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第三話 知識チートを目指して

A.G.2869 ギネス二五八年

太陽の月(一の月) 神の週の一日(一日)

魔の森 古代神殿



「新年おめでとう!」

「しんねんおめでとー!」

「はい、新年おめでとう。エリもユーリウスも、今年もよろしくね?」

「はーい!」

「はい!」


 というわけで、ユーリウスは二歳である。

 産まれた年が一歳、翌年の元旦、というか、新年の第一日目に二歳になる為、ユーリウスはこれで二歳になったのである。

 日本で言えば「数え年」というやつだ。

 ただし、どう見ても十代半ばから後半程度にしか見えないエリが、それで既に二十二歳であると言うのは納得がいかない。

 メディナも一見二十代の中頃から後半に見えるが、本当の年齢はエリですら知らないらしい。張りのある肌にどちらかと言うとドイツ系というよりスペイン系の顔立ちで、柔らかな練り色に近い肌色をしている。

 情熱的で蠱惑的な唇は紅く、金色の粒を撒き散らした何処までも深い紫檀色の瞳に、癖の強い艶やかな黒髪を毎朝綺麗に結い上げている。

 一度だけエリが口を滑らせ飛び出した台詞が事実なら、エリが出会った時のメディナは既に老境に差し掛かっていたはずなのである。


(――っ! ま、まぁ女性に年齢を尋ねる者は、遺書か婚姻届けを先に書けと言うし?!)


 心臓を握り潰されそうな視線を一瞬感じた祐介は、即座に思考を放棄した。

 ともかく一応新年のお祝いというものを三人で行っているのだ。

 因みに神殿の周りは休む事なく降り続く雪に閉ざされおり、広間の一角を占領している大量の薪と、やはり広間の一角を占領している大量の保存食だけが頼りの生活である。

 ただし特別な時以外は、ただ寝ているだけという訳にはいかない。

 冬の間に、次の冬までに必要となる糸や紐やロープ、生地やブーツや木靴やサンダルなどなど、農作業や狩りで使う予定のあらゆるものを作りあげておかなければならないのだ。

 もちろん糸や生地などは冬でなくても作り続けてなんぼの消耗品ではあったが、消耗品であるが故に、余計に疎かに出来ないのであった。


「どう? 美味しい?」

「うん! 美味しい! たくさん美味しい!」

「じゃあ沢山食べないとね?」

「うん!!」

「ねえエリ? そこは『たくさん美味しい』ではなく『とても美味しい』だって訂正してあげるべきじゃないかしら?」


 因みに皿代わりの木の板しかないが、メインディッシュは雪に埋もれて凍り付いた外の地面に穴を掘って埋め、その上で火を焚いて、丸一日以上かけて準備してきた鳥っぽい何かの蒸し焼きである。

 貴重な燃料である薪を、これでもかと消費して作った冬のご馳走。

 ユーリウスの前に出されたソレは小さく切り分けられていてツナフレークのようだったし、乳歯が完全に生え揃う前で味覚も未発達であるため、大して美味いとも言えないのだが、その贅沢補正が味覚を超えていたのだ。


(それより何か俺にも手伝える事って無いもんかね?)


 暖かい時期には幾日か毎に、エリもメディナも様々な獣やモンスターと呼ぶに相応しい何かまで、次々と運び込んでは血抜きや解体をして、肉や毛皮や骨やらなんやらを得ていたし、夏の間、メディナがしばらく神殿を留守をした後、沢山あった毛皮やらなんやらが減った代わりに金属製品や豆や穀物類や小麦やらが増えており、交易か物々交換を行うルートがあるらしい事も気付いていたが、その全てにおいて祐介、いや、ユーリウスに手伝えそうな部分が見出せないのである。

 オムツもとれない幼児が何を考えているのやら、と、呆れるべきなのかどうかは判断に迷うが、ともかく毎日毎日休む事もなく働き続けている二人の手助けをしたいと言う真心だけは、認めてやるべきだろう。


(ここはやはり転生者としての現代知識チートの出番ではないか?! いやまさに俺の知識が求められているのだっ!!)


 が、所詮は中二病の「ナンチャッテ知識チート(笑)」でしかない。

 この場でなんとかしようと思えば「たららたったら〜〜」と、便利グッズを某青タヌキの如く取り出せる様な能力が必須となるだろう。

 

(知識チートって言っても森の中だしなぁ? 一応農産物は生産してるけど、穀物には手を出していないし米もないから、塩水選だの千歯扱きなんて要らないし? 塩水って言えば製粉ってどうやってんだ? 石臼とか見た事無いぞ? どんな種類の豆があるもわかんないし、芋もわからん。そう言えば今までミルクとお粥と卵しか喰ってなかったわ。ダメじゃん俺……?)


 ずーんっと床に両手を付いて思いっきり落ち込む祐介の姿を、今日も横目で生暖かく見守るエリとメディナである。

 もちろんその内復活して理解不能な行動を繰り返すであろう事を理解しているのである。

 だが断言しよう、これはネグレクトではない。


(やはり俺には知識チートは無理なのか?!)


 無理だろう。


(いや未だ諦めるのは早いぞ俺!)


 いきなりスックと立ち上がり、握り締めた小さな拳を見つめるユーリウス。

 そろそろ某ライナス並にフサフサし始めた金髪といい仕草といい、パッと見は可愛い様な気がしないでもないが、中二病な中身が全面的な減点対象だ。


(俺には現代知識に裏打ちされた魔力があるじゃないか!)


 魔力はあるが現代知識に裏打ちされてなどいない。


(魔力プラス現代知識で魔法チートや魔道具チートが俺にはある!)


 だが人はそれを思い込みとか妄想と言うのだ。

 ともあれ不毛な脳内会議を終わらせた祐介は、食事とお喋りに興じるエリとメディナを尻目に、日課になっているブルーとの親睦兼戦闘訓練兼魔力開発兼情報収集を始めた。


(幸いな事に魔法っぽいものも使える様になったし、どう見てもここは中世ヨーロッパ風異世界で間違いないはずだ。つまり……)


 ……つまり?


(立体機動装置が作れるはずだ!)


 祐介はもう一度転生するべきなのだと思う。

 遠い昔の遥銀河の彼方に。


(うむ。夢が広がるな。夢……か……? 夢と言えば、魔法で空は飛べるのか? 魔法の箒とか空飛ぶ絨毯とかがある……可能性は無きにしも非ずか?)


 などと、延々と干し草だの飼料用らしい豆類だのを食べ続けるニグラスを見つめる祐介。

 

(なんとなーく嫌な予感がしないでもないんだが、コイツを見る限り魔法の絨毯くらいはありそうではあるんだよなぁ……? まてよ? ニグラスがニグラスであるなら、もしかして宇宙旅行も可能だったりするのか?) 


 なぜ中二病患者という存在はこうも飛躍した思考が出来るのだろう?

 

(いや、可能だったとしても宇宙旅行はヤバイ気がする。宇宙は宇宙すら膨張させる真空で一杯だから、そのまま出たら身体が膨張して死ぬし)


 うん。ちょっと違う。


(とりあえずは空を飛べる様になるべきだろうな。先ずはそれを目指そう。司会の山ちゃんも空を飛ぶ事は人類の夢だって言ってたし)


 不意に顔をあげたユーリウスに見つめられて、一応羽毛が生えている鶏っぽいブルーが近寄って来る。


「ブリューもしょらを飛びたい?」

「クケェ?」


 いたいけな魔物に無茶を言うのはやめて欲しいものである。


「しょっかぁ、ブリューも飛びたいんだね……」


 絶対理解していない顔で、不思議そうにユーリウスを見つめるブルーであったが、再び考えこんでしまったユーリウスを見てつまらなそうに去って行く。


(よし、空を飛ぼう!)


「メディナ!」

「あら、どうしたのユーリウス?」

「空が飛びたいから魔法教えて?」

「え?」


 やっぱり中二病の思考は理解出来ない。





次の投稿は明日の朝七時です。


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