第六十六話 報復行動
本日二話目の投稿です。
A.G.2880 ギネス二六九年
霜の月(十の月) 人の週の一日(三十一日)
魔の森 エレンハルツ(リーフ)川上空
エレンハルツ川の水面が燃えている。燃えているのはメンディス・ディッタースドルフ両大公国の軍船であり、ナグルファー号による攻撃を受けたのだ。
どうやら既に生きている者は居ないらしい。
「生存者はありません」
「わかった。次へ向かおう。副長、上昇だ。高度二〇〇〇ローム(凡そ一二〇〇メートル)進路このまま」
「高度二〇〇〇。進路このまま、了解!」
ユーリウスの指示を副長に任命された中間種のカタリーナが復唱し、それを副長以下操船や航行、環境その他の乗員達が更に復唱する。
完成時よりもより未来的な印象を与えるのは、乗員の周囲に並ぶ画面接触式光学透過型画面の所為だけでは無い。
そうしたどう見ても近未来のサイエンス・フィクション風の装置類に加えて、どこかスチームパンク風のアナログ式メーター類各種やスイッチ類に操縦装置の類が大量に追加されている為である。
これは重要だ。
非常に重要だ。
最も重要な点は、戦術指揮官の座る席も同様であり、主砲を発射する場合には目前のパネルの中央が開いてアナログ式の光学照準器と松本零士ファンから訴えられそうな形状の引き金が付いた射撃管制装置が飛び出して来る様になっている事だろう。
が、通常は各砲の基部にある射撃管制室に指示を出すだけなので、それはユーリウスとアニィしか知らない秘密の機能だ。
秘密の機能だ。
秘密なのである。
ユーリウスとアニィであれば、何時か「こんな事もあろうかと」という台詞を口にする機会が来るだろう。
「そろそろ日が暮れるな……」
「は? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。今のうちに主砲の砲身に損傷がないか確認して後に報告を。必要ならば俺が行って直接見る」
「はっ! 戦術、砲身の損傷を確認して後に報告せよ!」
「了解! 砲身の損傷を確認して後に報告します!」
全員がホムンクルスの女性であるのはユーリウスの趣味とかそう言う訳ではなく、古代神殿の地下研究施設にあったホムンクルスの大半が女性型であったからだ。
男性型はその身体能力の高さもあって貴重であり、軍と諜報部門が全員連れて行ってしまったのである。
残念な話ではあるが、適材適所という意味では問題は無いのだろう。
ともあれ、ユーリウス達はメンディス・ディッタースドルフ両大公国のリーフ川水軍を殲滅していた。
リーフ川(エレンハルツ川)を下る二〇隻を超えるゴーレム船とガレー船の群れを発見したのは午後も遅い時間であったが、ユーリウス達は躊躇する事無く高度凡そ六〇〇メートルで砲撃を開始したのだ。
元々爆撃だけでも十分壊滅させる事は可能であったが、実戦での使用が未だ一度も無かった事と、アニィの射撃系の経験値を上げる事を目的として砲撃したのである。
非人道的、の言葉がユーリウスの脳裏を過るが、ナグルファー号が期待通りの働きをするか否かで戦いの行方は大きく変わってしまうだろう。
それに……流石にシュリーファ号の乗員達を皆殺しにされた事で荒れていた気持ちは落ち着いていたが、周辺諸国から認められる為にも報復を止める訳にはいかない。
なによりエトムントの死がユーリウスの思考を縛っていたのだ。
だからユーリウスは命じた。
淡々と、さも当然の事の様な顔と声で。
「目標、敵ゴーレム船のゴーレム。砲撃を開始せよ」
「はっ! 目標は敵ゴーレム船のゴーレム! 砲撃開始!」
「砲撃開始します!」
どうやら既に照準は終えていたらしく、ユーリウスの命令から殆ど間を置かずに砲撃が開始されていた。
ただ、やはり各部の工作制度が甘い事と射撃時の反動について未だ理解が足りなかった為であろう、アニィが制御する射撃管制系をもってしても初弾命中とまではいかず、五発ほどは大きく目標を外して水柱を立てただけに終わっていた。
もちろんそれ以降は各部の細かな実数値を把握したアニィが、一発の外れも無くゴーレム船のゴーレムを正確に撃ちぬいていく。
鉄製のフレシェット弾を出力を最低の状態にまで落として撃っているのに、ゴーレムはもちろん軽々と撃ち抜いた上で船底を破壊してしまっていた。
もっとも、弾頭は直径二センチメートル、全長六〇センチメートル程で、重さはほぼ三キログラムもある。最低出力とは言え初速で秒速一〇〇〇メートルを超える速度で撃ち出される弾頭の運動エネルギーは軽く一・五メガジュールだ。
砲弾が命中したゴーレムは貫通時の衝撃波だけで内部構造を滅茶苦茶にされた挙句に綺麗に周囲にはじけ飛び、その破片によって船体や人体が破壊されてゆくのだ。
それはもう見事なくらいのオーバーキルである。
オリハルコン製の装弾筒付翼安定徹甲弾を最大出力で発射した場合の威力など知りたくもない。
しかも砲弾が船底を貫通して水の中に飛び込んだ時の衝撃波によって、乗員達は船底を何か大きな物が叩いている様な衝撃を感じる訳で、その攻撃が上空からのものである可能性など思いもつかないのだ。
一体何が起こっているのか理解出来ずに右往左往する水夫や兵士達を眺めながら、ゴーレム船の全て、合計一〇隻程を叩いた所で船団直上まで到達していた。
ゆっくりと大きく旋回しながら光学透過型画面に映し出される下界の景色、損害を受けた軍船に他の軍船が群がり救助活動を行っているのを確認する。
ゴーレムを破壊されて穴の空いた船を守る様に集結し、水棲の魔物による水中からの攻撃だと勘違いしたまま全ての船が水面を、水中を警戒しているのだ。
「まさか全く気付かれないとは思わなかったな……いずれにせよ、ここがお前達の『赤壁』だ……」
一人そう呟く事で決意を固めるユーリウス。
「火炎樹脂爆弾を用意せよ」
「火炎樹脂爆弾用意!」
「準備完了次第攻撃せよ」
「準備完了次第攻撃開始っ!」
副長が復唱する事で流れ作業の様に進む攻撃準備を、手元に浮かべた窓で眺めつつ、心の中で死者とこれから死者の仲間入りをするであろう者達への祈りを捧げた。
「投下五秒前、四、三、二、一、投下。点火まで十五秒。十三、十二、十一、十、九……」
投下したのは一種の気化爆弾であるから、その構造と爆発のメカニズムはそれなりに複雑である。
「総員耐衝撃防御」
初の実戦使用である上に小規模な実験しか行っていない上仕様通りの規模での使用もまた初めてであるから、ユーリウスとオートマタらが用意した爆弾の威力を誰も知らないのだ。
「総員耐衝撃防御!」
「七、六、五……」
もっとも、ユーリウス自身は然程心配はしていない。
アニィが幾千回と思考実験を繰り返したのだ。
問題は無い。
「三、二、一、点火」
その瞬間、爆発の前段階である予備爆発が発生し、大量の樹脂が三百度程の比較的低温の火炎と共に融解しつつ飛び散り、直後、予備爆発で周囲を吹き飛ばした後の細長い棒状の魔道具で、青白い火炎の魔法が発動した。
それは爆発を直接視認する事が不可能な、六〇〇メートル上空の艦橋に居てさえ目が眩む程の閃光で周囲を満たした。
「衝撃波の到達まで、三、二、一……きゃあぁああっ!」
予想以上の轟音と衝撃に悲鳴が周囲を満たし、次いで席に着いていた者達が放り出されそうな乱流に巻き込まれた。
流石のカタリーナも悲鳴をあげて座席にしがみつく。
暫くして乱流が収まりかけた所で先ほどより弱い二度目の乱流。
ユーリウスが展開している窓には、直径八〇メートルを超える禍々しい赤茶けた炎に包まれたきのこ雲が映しだされていた。
一瞬目を閉じて大きく息を吸い込むユーリウス。
「――損害報告っ!」
ユーリウスの声に驚きと恐怖に混乱していた乗員達が我に返った。
「全艦損害報告!」
カタリーナが命令を復唱し、即座に全員が動き出す。
最初はパネルを使って各部の損害状況を確認し、次いでアナログ式の計器類や操縦装置の動作確認を行う。
が、特に問題は無いらしい。
ユーリウスのレーダー機能を利用して行った船体外部の状況を見れば、装甲板のガタつきが数カ所見つかった程度であろうか?
「大丈夫そうだな?」
「はい。問題ありません。全力発揮可能です」
「次はもう少し高度をとってから使用する。……先ずは生存者の確認を。五〇ローム(凡そ三〇メートル)まで降下せよ」
「はっ。五〇ロームまで降下!」
と、そうして上記冒頭の部分に戻る。
浮いているのは嫌な匂いを発して燻っている木片と死体くらいのものであったのだ。
生存者の有無と爆風で吹き飛ばされた周囲の木々に飛び火していない事を確認したユーリウス達は、サン=モーンド湖へと向かって舵を切った。
メンディス及びディッタースドルフの両大公国の水軍根拠地を爆撃で破壊するのである。
今回用意して来た爆弾は、先程使った総重量六〇キログラムの火炎樹脂爆弾が残り四発に、二〇キログラムの火炎樹脂爆弾が八発、更に現在もオートマタがゴーレムや他のオートマタを使って作り続けている一二〇デル(凡そ三六〇グラム)の爆弾、と言うか手榴弾が三〇〇個、そして比較的低温で、焼夷効果を高めた五〇キログラム程の低温火炎樹脂爆弾が六発である。
最後の低温火炎樹脂爆弾については、爆発力は小さいが粘着性のある樹脂が比較的長時間燃え続ける為、港を含めた水軍根拠地を焼き払うのであれば効果的だろうと持って来たのである。
何れを使用するにしても、これは事実上の戦略爆撃、言い換えれば虐殺である。
大魔導師としての仮面を全面に押し出して呟くユーリウス。
「……さぁ。大魔導師ユーリウスに敵対すればどうなるか、精々思い知ってもらおうか――」
――この夜、メンディス大公国とディッタースドルフ大公国がその総力を上げて建設していたサン=モーンド湖畔の水軍根拠地は、嫌な匂いの毒煙を撒き散らす、水では消える事の無い地獄の炎に包まれ灰燼と化した。
数日後に報告を受けたザルデン王は絶句したまま身じろぎ一つせずに聴き終え、その損害の巨大さに内心頭を抱えていたが、直ぐにメンディス・ディッタースドルフの全軍をあげた犯人達――当たり前だが単独ではなく相当数の侵入者が居たものと判断したのだ――の捕縛を命じると共に、リーフ川(エレンハルツ川)の制圧を命じていた水軍部隊を呼び戻して水路を封鎖し、国外への逃亡を許すなと厳命した。
が、その六日後、メンディス・ディッタースドルフ両水軍の壊滅が伝えられたのである。
生き残っていた数隻の高速船(ガレー船である)が伝令としてリーフ川を下り、その途中で大量の船の残骸と、僅かばかりの焼け焦げた兵士達の死体を発見したのだ。
一隻はその行動限界までリーフ川を下って生き残りを探したが、何処まで行っても合同軍の主力と出会う事は出来なかった。
八〇〇名を超える水夫と水兵達が失われたのである。
根拠地での被害を合わせれば、両国が雇っていた船大工や職人達も含めて二〇〇〇人を超える死傷者が出ており、その損害を回復する為には一〇年近い歳月がかかるものと予想された。
ザルデン王が厳命していた――成功していれば魔の森を包み込む巨大国家成立への先鞭となるはずであった――リーフ川の制圧、魔の森の打通作戦は、初動段階で完全に頓挫したのである。
悪魔です。
非戦闘員を巻き込む凶悪な攻撃まで行います。
誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。




