第六十五話 発火点
ちょっと短いです。
本日二〇時にもう一話予約投稿してありますのでよろしくお願いします。
A.G.2880 ギネス二六九年
霜の月(十の月) 木の週の一日(二十五日)
ナーディス諸侯領 ハウゼミンデン
領主館の大広間で行われた迷宮利権のオークションは盛況の内に幕を下ろした。
ここでもやはりヴェッツエルが動いていたが、手に入れたのは比較的安かった三階層から六階層の幾つかだけであった。
迷宮珠の生まれる十階層と、問題がありそうな一階層については結局販売しない事にした事から、それについては予想通りと言えた。
なにはともあれ新迷宮一六階層分の権益を売った代金の合計金額は、ハウゼミンデンの税収七年分にも相当した。
「……危ない所だったなぁ……オークションが無ければ国家破産宣言しなきゃならん所だもんなぁ……?」
エーディットの淹れたお茶を飲みながら、『国家破産チョーヤベー』などとケラケラ笑うユーリウス。
「笑い事じゃありません。国庫支払い停止令とか出すのは絶対に嫌ですからね?」
「確かに嫌だなぁ……あ、そう言えばジビレー達への支払いもこれで大丈夫だよな?」
「ええ。――ダメですよ? 余計な金なんて一切無いんですからね? 覚えてますか?」
もちろんユーリウスとて理解している。
今回集めた莫大な量の現金を「信用」として扱い、商業ギルド、貸金ギルド、両替ギルドの三者から金と人員を引き出してザルデン王の攻勢を防ぎ、可能であれば反撃しなくてはならないのだ。
「もちろん。だがこの場合一番強力なのが情報だぞ?」
「ええ、わかっております。情報戦。プロパガンダ。欺瞞工作。情報統制……その為に必要だと言うのであれば可能な限り用意致しますとも」
無駄遣いはするなと言っているのだが、ユーリウスは自身の金遣いが荒いとも無駄遣いが多いとも思っていないのだ。
「エーディット。一つだけ言っておく。俺が金をばら撒くのはそれが必要だからだ。元々何も無いんだから、この程度の利益供与くらい出来て当然。その程度の事も出来ない奴に誰が着いて来る? さっさと見切りをつけて自分達でエリを担ぎ上げるに決まってるだろうが?」
「ユーリウス様には――」
「あぁ、様々な知識も技術もあるし、大魔導師としての名声もあるな。だがそれで一体誰が着いて来る? アルメルブルクだけでやっていくならそれでも良かったんだが、ゲルマニア全土が相手だからな。大義を掲げて義に篤い者達をエリが纏め、金をばら撒き利に敏い者達を俺が纏める。それが出来なきゃ軍を率いて戦うなど夢のまた夢だ」
「……ユーリウス様」
静かに溜息を吐くエーディット。
「それよりそろそろメンディスに向かった者達が帰ってくるはずですが……本当にやるんですか?」
「準備は出来てるだろ?」
「多くの民が巻き込まれる事になりますが?」
「ゲルマニアの民じゃない。それに最初に仕掛けてきたのはザルデン王だし、既に妖精族もシュマルカルデン王国も作戦に同意した。ナヴォーナの諸侯も通貨協定には好意的だ。協定がまとまり次第作戦開始となる。今更中止はありえない」
突き放した様に答えたユーリウスだが、微かに目が泳いでいる所を見ると、罪悪感が無いわけではないらしい。
「……わかりました」
こうして、後にシュマルカルデン同盟と呼ばれる、シュマルカルデン王国、妖精族の国、ブランザ王国、そしてナヴォーナの諸侯達による極秘の共同作戦が始まったのである。
が、それについては未だもうしばらく先の話になる。
この日この時この場で起こった事について語らなければならないのは、ヴィーガン卿がもたらした悲報についてだ。
メンディス・ディッタースドルフの両大公国が水軍を派遣してエレンハルツ川の水源にあたるサン=モーンド湖を封鎖し、その際にシュリーファ号を始めとした各国の商船が攻撃を受けて沈められたと言うのである。
その第一報を聞いたユーリウスは、立ち上がって手にしていた高価な茶器を床に叩き付けてザルデン王への復讐を誓ったのだ。
「おのれザルデン王っ! 灰色の霧に賭けて! 必ず貴様の首を城門に晒してやるぞっ!」
メンディスとディッタースドルフの両水軍は、数に任せて襲いかかると皆殺しにして船と積み荷の全てを奪ったらしい。
話を伝えてくれたエレンの商船も随分と酷い状態であったらしい。
即座にザルデン王への抗議の為の使者が旅立ち、同時にシュマルカルデンやヴェルグニーといった同盟関係のある国や領主達にも対応を協議する為の使者が出されたのであった。
因みにユーリウスが激怒したのは半ば演技であったのだが、第二報、第三報と続報に触れる内、顔を蒼白にして黙りこんでしまう。
メンディス・ディッタースドルフの両水軍は、拿捕したゴーレム船の船員を集めて見せしめに虐殺したと言うのである。死者の中には当然シュリーファ号の乗員も含まれており、漁師に戻りたいと言うのをユーリウスが拝み倒して続けてもらっていた、船長のエトムントもまた死者の中にいたのだ。
蒼白になったまま両足を投げ出して椅子に座り、気怠げな様子で頬杖をついたまま言う。
「……ヴィーガン卿。直ぐに全ての船舶に警告を発しろ。状況が落ち着くまでエレン湖以南のエレンハルツ川への進入を禁止する。妖精族やシュマルカルデン王国にも伝えてくれ」
「はっ」
ハルトと伝令や文官達が退出した後、ユーリウスがポツリと呟く様に言う。
「……エーディット。ナグルファー(ゴリアテ(仮)号の正式名。ヴァテス教の神話に出て来る巨船の名前)を飛ばす」
「ユーリウス様!」
「日のある内はサン=モーンド湖には近付かない」
そう言う問題ではない。
「目撃者は全て殺す」
ユーリウスを見つめて黙りこんでしまったエーディットだったが、暫くして口を開いた。
「いいえ。いっその事見せつけてしまいましょう」
「なに?」
「見られた所で何がなんだかわからないはずです」
確かに、鏡面仕上げが施された船体が遥か上空に見えた所で何がなんだかわからないだろう。
「……わかった。確かに見られた所で構わないか……」
そう言って笑うユーリウス。
「それで、それからどうする?」
「噂を流します。魔の森の竜を怒らせた、魔の森の支配者の逆鱗に触れた者がいる、ザルデン王は魔王の逆鱗に触れた……まぁそんな感じの噂です」
なるほど、と考え込んだ様子のユーリウス。
「魔王ではなく守り神にしておけ。後で聖女伝説につながる様に考えておいてくれ」
「はい。では守り神の眷属とでもしておきましょう」
「任せる」
そうして暫く頬杖をつき、ダラけた姿勢のままで考え込んでいたユーリウスだったが、不意に窓を開いてアニィに幾つか指示を出すと立ち上がった。
「エーディット。新年の祝賀会ではブランザ王国の復活を宣言するだけではなく、テオデリーヒェン大公国とザルデン王国、それからメンディス・ディッタースドルフの両大公国に対する宣戦布告も行う。決定事項だ」
「――わかりました」
「ナグルファーは今夜中には到着するが――」
「一緒に行きます」
「エーディ」
「一緒に行きます。この場にはオートマタを残して下さい」
エーディットの台詞と態度に大きな溜息を吐くユーリウスだったが、その口元は笑っていた。
「わかった。確かに不便だからな。ヴィーガン卿にはオートマタを一体貸し出そう」
「はい」
「――エーディットは、ただの私戦で兵を動かす事に文句は言わないのか?」
「私戦ではありません。アルメルブルクへの敵対行為には断固たる対応をしなくてはなりません」
「なるほど。そう言えばそうとも言えるか」
「報復は当然の権利です。禁止すべきなのは過剰な報復のみ」
軽やかに宣うエーディットに、なにやら非常に疑わしげな様子で聞くユーリウス。
「その、過剰か否かは誰が判断する?」
「勝った側に決っているでしょう?」
絶句したユーリウスに微笑み言葉を続けるエーディット。
「だから戦をするなら負けちゃダメなんです。負けないで下さいね?」
誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。




