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第六十四話 会議は踊っちゃうよ

本日二話目の投稿になります。

A.G.2880 ギネス二六九年

霜の月(十の月) 水の週の五日(十一日)

ナーディス諸侯領 ハウゼミンデン



 ギルド長らを集めて行われた会議は夜半まで続けられ、決着がつかなかった問題については翌日の夕刻まで全員を拘束する事で決着させた。

 これで次からはこれ程の長丁場にはならない様に考えるだろう、などと考えているユーリウス。

 エーディットの考えは少々違うらしいが、何れにしてもこのギルド長会議は二ヶ月毎に行われる事に決まっている。

 しかも病気や天災、戦争等の不測の事態を除いて全員参加が義務とされた事から、ギルド長の負担は格段に大きくなった。

 ただし、ギルド長会議での決定はハウゼミンデンに属する全てのギルドが従うとも決まった為、ギルド長の権限が従来とは比べ物にならないほど強化される事にもなっている。商業ギルドのブルーノと倉庫ギルドのガルバン以外の参加者達の顔は明るいものであった。

 弱小ギルドの長などは下からの突き上げで色々と苦労が絶えないのだろう。

 そうした訳で、要所要所で領主権限を振りかざすなど多少強引な面もあったが、ユーリウスとユーリウスのタスクチームの評判は悪い物ではなかった。

 問題があるとすれば、弱小ギルドなど鼻で笑って吹き飛ばせるであろう、商業ギルドに属する豪商達である。

 ギルド長の権限が強化され過ぎではないかと懸念の声が広がっていたのだ。

 そうした懸念に答える為、ユーリウスは再び強権を発動してハウゼミンデンの商業ギルドに属する全ての商人達を集めていた。

 ただしハウゼミンデンに支店を置いているだけの商会や、行商に出ており会議の事すら知らない者達は当然来ていないし、情報収集目的で登録しているだけの商会等もある為、全員が来た訳でも来た者達全員が各商会の長というわけでもはない。

 

「忙しい中よく集まってくれた。礼を言う」


 そのユーリウスの言葉から始まった面談は、先日のギルド長会議と同様、倉庫ギルド本館裏手の倉庫で行われている。

 出席者は三〇〇名を超えていたが、大半は個人の店主や行商人であり、中心となっているのは三日月形に並べられた椅子の中央、最前列の十二の席に座っている男達である。

 ユーリウスとの距離は三メートル程だろうか?

 十二の席の後ろにずらりと並んだ四〇〇近い椅子には空席もあったが、押し寄せてくる熱気はそんな隙間がある事すら感じさせない。


「先ずは自己紹介から始めてくれ」


 そこまではギルド長会議の話も聞いていたし、全員が予想済みだったのだろう。

 だが十二名の商会の代表者が自己紹介を行った後、早速本題のギルド長権限の話に移ろうとした商人達の代表、輸送と貿易を賂としているゴッサバウム商会のクレーメンスが立ち上がったのを押さえて、その後ろに居並ぶ中小の商人達へも自己紹介を求めた所で会場の雰囲気が変わる。


「自己紹介が先だクレーメンス。まだ全員の自己紹介が終わっていない」

「その、お言葉ですがユーリウス様、その、全員でございますか? 大半は――」

「全員だ。今日ここに呼んだのは商業ギルドの会員であって、特定の商会だけを呼んだ訳ではない」


 その言葉に商業ギルドのギルド長でもあるヴォーゲル商会のブルーノが、言わんこっちゃない、とでも言いたげな視線をクレーメンスに送る。


「全員だ。時は金なりとも言うだろう? 次だ。その一番左のお前からだ。自己紹介をしろ」

「は、はい!」


 と慌てて立ち上がったのは未だ十代の後半に見える人族の男である。

 シドロモドロになりつつ行った自己紹介によれば、宝石類を用いた細工物を商うヴァイツシュタイン商会の店員らしい。

 よくわからないからと、暇な者を適当に送ってきたらしい。

 哀れな話である。

 ともかく、そんなこんなで一人づつ立ち上がって自己紹介を続ける事数時間。

 漸く本題である。


「うむ。ご苦労。では先ず最初にクレーメンスと数名の連名であった、ギルド長の権限が大きくなり過ぎる事への懸念と言う事であったな?」

「はい。この度――」


 と、少々うんざりした様子であったクレーメンスが立ち上がって、ギルド長による各商家への不当な干渉やら不正な取引などの可能性を、様々な事例を用いて説明していく。

 が、その答えはクレーメンスらにはとても満足のいくものではなかった。


「懸念には及ばない。他にはないか?」

「ユーリウス様!」

「なんだ?」

「それではとても納得がいきません!」

「お前が納得するかどうかはこの際問題でない。が、後ろの席にも不満に思っている者が多い様だから答えよう。もし仮に不当な扱いや不正があればギルド長会に申し出ろ。事実であればハウゼミンデンの全ギルドが敵に回るし、他の都市のギルドにも通達を出す事になっている。一度でも馬鹿な真似をすればギルド長は確実に破滅するだろう。仮にお前がギルド長だとして、そんな馬鹿な真似をするか? それ以前に、そこのブルーノが不正をしないか心配だと言うならお前がギルド長になれ。ここには商業ギルドの全会員の代表者がいる。確かギルドの規約では半数以上の同意があればギルド長を強制的に解任出来るのだろう? 反対の者は居るか? ……喜べクレーメンス。今からお前がギルド長だ。他の会員に懸念を持たせない様に励め。良かったなブルーノ。お前の胃と頭髪は来年も無事だろう」


 一体これは何事だろう? と大半の者が唖然としている中、ふっ、っと、小さな笑みを漏らしたブルーノが立ち上がって首から下げていたギルド長のメダルを外すと、つかつかとクレーメンスの席に近づきその首に手にしていたメダルをかける。


「お任せしますよ、クレーメンス殿。ギルド長などもう二度としたくありません。どうぞ頑張ってください。ではみなさん、新しいギルド長の誕生です。商業ギルドの伝統に則り拍手で祝福をお願いします」


 そう言ってクレーメンスの両手をとって立たせて後ろを向かせると、ブルーノが率先して拍手をはじめ、場内の全員が立ち上がって拍手を行った。

 暫くして拍手を静めたブルーノが元の席に座ると、ギクシャクしながらクレーメンスがユーリウスの方に向き直り、自分の席に座る。


「クレーメンス。次のギルド長会議は二ヶ月後だ。忘れるな、大きな権限には大きな責任が伴うのだと。今この時より、ハウゼミンデンの商業ギルドで発生する諸問題の責任は全てその方の肩にある。――その方の働きに期待している」


 ユーリウスの言葉で一体何が起こったのか漸く理解できたのだろう、クレーメンスの顔が真っ青になる。


「そして商業ギルドの会員諸君にも言わせてもらおう。諸君らと商業ギルドは一蓮托生だ。商業ギルドに問題があると判断すれば、ヴィーガン卿とギルド長会議は諸君ら諸共この商業ギルドを潰し、他の都市から商人を呼び込んで新たな商業ギルドを立ち上げるだろう。どう足掻こうとも他の全ギルドを敵に回して生き残る術など無いのだ。だが、周りを見てみろ。商業ギルドの会員達が結束すれば、一体どれ程の事が可能となるか想像してみるが良い。互いに業績を競うのは良いが、敵対するな。諸君らの敵はこの中にはいない」


 暫く間をおいたユーリウスが続ける。


「さぁ、時は金なりと言ったはずだぞ? 次の議題だ! 誰か居ないか? ではこちらから指名しよう。そこの、ヴィルマーだったか、商業ギルドの運営について何か疑問に思った事や問題に思った事はないか?」


 慌てたヴィルマーが口にしたのは大半が愚痴ではあったが、ユーリウスはそれを聞いて逆にどうするつもりなのかを質問する。

 もちろん単なる愚痴に過ぎない以上、一つ一つ見ていけば対応するのは簡単だ。答えがわかっているにも関わらず、つい言いたくなるのが愚痴なのだから。


「ならその通りにせよ。ヴィルマーなら可能であろう。次は……いや、おい、ブルーノ、お前が指名しろ。次はパスカルだ。その席順に一人づつ十二人指名して話を聞け。進行はクレーメンス、お前だ」

「は?」

「はい?」


 素っ頓狂な声があがったが、ブルーノとクレーメンスは即座に立ち上ると視線を交わし合って溜息を吐いた。


「で、では私は――行商人のシュテファンを指名します。シュテファン、行商で困ること、商業ギルドに期待している事を言え。全部言ってしまえ。俺が許す」

「は、はい!」


 と奥の方で二十代の後半に見える男立ち上がった。

 まぁこれで大丈夫だろう。と、エーディットに誰かにお茶を入れさせる様に頼むユーリウス。

 後は高みの見物である。

 幾人かとのやり取りを経て、漸く調子を取り戻してきたのか、クレーメンスの声に張りが戻って来ていた。

 幾分かやけっぱちに近い答えも混じっている事からその心境が推し量れるが、そんな答えを受けても苦笑が交じる程度で済んでいるのは、ブルーノが横から声をかけてクレーメンスの補佐をしているからだ。

 が、座ったままで悠然としているブルーノに腹が立ったらしい。

 クレーメンスが質疑を中断して宣言する。


「諸君、今まで見た通り、私はまだギルド長になったばかりで不慣れた、どうだろう、私が慣れるまでで構わない、ブルーノ殿を副ギルド長に推薦したいのだが、賛同してくれるだろうか?」

「なっ! クレーメンス! 貴様! いきなり何を言う!」


 慌てた様子で叫ぶブルーノだったが遅かった。

 拍手喝采、ほぼ全会一致の様相でブルーノが商業ギルドの副会長に決定したのである。

 こうして、ギルド長権限が強すぎるという問題は有耶無耶にされた。


「……悪くない雰囲気だな」

「そうですね。ただ、アシルもエジードも沈黙を保っています」

「あぁ、そっちはもう考えたくないよ……」


 と、エーディット自身が淹れて来たお茶を片手に会議の様子を見守るユーリウス。

 そのまま比較的明るい雰囲気のまま会議は進んでいったが、十二人全員の指名と出された議題についての討論が終った所で、遂にエジード老が動いた。


「一つよろしいかな?」

「どうぞ」


 密かなざわめきの中、自身の席から立ち上がったエジードがユーリウスに一礼して会員達の方を向く。


「儂はエジードと言う隠居じゃ。若い頃にはちょっとした商いをしててな、あぁ、年寄りの繰り言でも自慢話でもないぞ? 昔やっとった商いで幾つか伝手があってな……」


 と軽く冗談めかした話し方で爆弾を投げ込むエジード。


「実はの、ザルデンの王様がの、ブランの貸金ギルドと両替ギルドを廃止する様に言って来たのじゃ」


 それまであったざわめきが一瞬で消えた。


「エジード老、それは本当ですか?」

「本当じゃ。メンディス、ディッタースドルフ、テオデリーヒェンの三大公国にザルデン王国、その四カ国の貸金ギルドと両替ギルドを統一するんじゃと、そう言っておった」

「エジード老ともあろう方が、随分と出来の悪い冗談ですな」


 アシルであった。


「おお、これはこれは、ルツの商人アシル殿、お久しぶりですな。ザルデン王のご機嫌はいかがでしたかな?」

「さて、一介の商人には王のご機嫌など覗いようもありませんが、エジード老、そのような世迷い事を一体どこで耳にされなさったか?」

「ご存知かな?」


 と、アシルを無視して背後の者達に語りかけるエジード。


「なんでもヴィーガン卿は妖精族(エルフ)と結んだとか。お陰でハウゼミンデンには妖精族(エルフ)の鍛冶師やら細工師やらが大勢訪れた。鍛冶や工芸に関わる者達が色めき立っておる。が、色めき立っておるのはテオデリーヒェン大公もザルデン王も一緒じゃったというわけでな。そうじゃなアシル殿」

「さて。その様な話は一向に私の耳には入っておりませんが? ナーディスの一貴族が妖精族(エルフ)と結んだ所で、メンディス、ディッタースドルフの両大公を兼ねるザルデン王がお気になさるとも思えませぬ。エジード老とてそこいらの行商人が妖精族(エルフ)の産物を商った所で気にする事などありませんでしょう?」


 ユーリウスにはアシルの目的が全くわからなかった。

 これではまるで挑発しているとしか思えない。

 いや、もしかしたら挑発しているのだろうか?


「まぁ気にはせんじゃろうの。じゃがその行商人が妖精族(エルフ)の産物を自在に作れるとしたら別じゃ。皆の衆、ザルデン王はまだ(・・)軍を出そうとまでは考えてはおらぬ。代わりに出してきたのが銅貨(リシュアン)(※1)と小銀貨(スピッツェン)(※2)じゃ」


※1 ザルデン王国が発行している銅貨

※2 ザルデン王国が発行している銀貨

 因みに銀貨の大元はナヴォーナの銀貨で、ほぼ同じ大きさと純度の物が大陸中で使われている。


 ギルド長会議の場に現れたエジード老がユーリウスに語ったのがこの問題であった。

 そしてこの問題が理解出来なければ商業ギルドに属していた所で大成はしないだろう。

 未だゲルマニアに金融という言葉は存在しないがナヴォーナやリプリアには存在しており、一定レベルの教育を受けた商人であれば、金融を押さえられて通貨の供給を握られる危険性についてはある程度の想像はつく。

 少なくとも、ここに集っている商業ギルドの会員達の大半は理解している様に見える。


「このままザルデン王の思い通りに進むのであれば、ブランの、いや、ゲルマニアの商人は終わりじゃ。己が血液の全てを他人の自由にされるのも同然じゃからの」


 静まり返った広間に舌打ちの音が驚くほど大きく響いた。

 アシルである。


「それでどうするエジード。仮にそれが事実だとしてもどうにもなるまい?」


 あぁ、これはやはり挑発に来ているのだ、そう言って溜息を吐きたくなるユーリウス。

 ブランの次は周辺の諸都市も同様に通貨統合を進めるつもりなのだろう。

 そしてその次に矛先が向かうのはハウゼミンデン。

 ナーディス諸侯領である。

 暴発すれば軍を動かす大義名分となるし、受け入れるのであればなんの問題も無い。ナーディス諸侯領などという名前など無意味だ。


「おや、アシル殿はこの老いぼれの戯言を信じて下さるのですなぁ、ありがたい話ですの」


 再びアシルの舌打ち。

 だがその目は苛立っている様にも怒っている様にも見えない。

 冷静に周囲の者達を観察している。


「エジード老。よろしいか?」


 そう言って立ち上がるユーリウス。


「今はまだブランの金融(オイコノミス)(ナヴォーナの古語)を握られたわけではないのだろう?」

「そうですな」

「ブランの商業ギルドからの反発はどうなっている?」

「黙殺されておりますの。逃げ出す事が出来る者は既に動き始めております」

「テオデリーヒェン大公の反発は?」

「全くありませんの」

「それは大公が父王の政策に従っているからか?」

「さて。気付いておられるのであれば、今頃自身の権益を確保する為に奔走しておられてもおかしくはないのですがのぅ?」


 一番大きな溜息を漏らしていたのはクレーメンスだ。

 どうやらクレーメンスはテオデリーヒェン大公との面識があるらしい。


「ありがとうエジード老」


 そう言って周囲を見渡すユーリウス。


「アシル。ザルデン王に伝えろ。ハウゼミンデンは暴発しない。要求があっても呑む事はない。受けて立つつもりだ、とな?」

「……ふん。賢者と呼ばれる大魔導師もこの程度か」


 そう言って即座に踵を返すアシル。

 アシルが広間を出て行った所で再びユーリウスがエジードに声をかける。


「エジード老、私が断言しよう。ヴィーガン辺境伯(マルク)はブランを見捨てない」


 どよめきが起きた。


「そして私もだ」


 そう言ってニヤリと笑って続ける。


この程度の大魔導師(・・・・・・・・・)に、一体何が出来るか、目にもの見せてやろうぞ……ックックック」


 ドン引きである。

 ユーリウスの演技が成功したのかどうかはわからないが、少なくともなんの手もなく負けてしまうかもしれないとは思わないだろう。


「エジード老にはこの後相談がある。クレーメンス、代表を六人選べ。お前たちに新しい戦い方を教えてやる。ブルーノ、会談は終わりだ。全員に酒と食事を振る舞ってやれ。ジビレーにも手隙の連中を全員送って来るように伝えろ。全部大魔導師ユーリウスに付けていい」


 ユーリウスの言葉の意味が理解出来たのだろう。

 どよめきと歓声があがった。


 ……余談だが、ブルーノとジビレーからの請求書を見たエーディットが膝から崩れ落ちるのは、この日から三日後の事になる。







誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。

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