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第六十二話 飛行戦艦

A.G.2880 ギネス二六九年

雨の月(九の月) 風の週の二日(二十日)

魔の森 アルメルブルク



 アルメルブルク号の悲劇から一ヶ月と十日が過ぎたこの日、手隙だったほぼ全ての職人達とゴーレムにオートマタを投入し、突貫工事で建造された二隻目の飛行船が試験飛行を行っていた。

 より強化された装甲の側面から下面にかけては鏡面仕上げが施され、質量を探知しているという迷宮の目を欺く竜や精霊(モモ)達の魔法を組み込み、気嚢や隔壁についても細分化された上、防火用の結界は船内の複数の場所で重複して管理する様に改められている。

 潰れたクジラの様な形状は変わらないが、全長八〇メートル、全幅五〇メートルもあるハイブリッド飛行船で、元々の計画でもアルメルブルク号よりも大型になる予定であったから、各種変更を行った後もアルメルブルク号と殆ど変わらないだけの積載量を確保する事が出来た。

 多少運動性能は落ちていたが、ゴーレム式の大口径二重反転プロペラ八基を動力として、最高時速一二〇キロメートル。巡航速度である時速六〇キロメートルならば二週間という航続距離を確保している。


「っくっくっく……見たまえ! あれが我が軍の秘密兵器ゴリアテ(仮)だ! 世界は恐怖しゴリアテ(仮)の下にひれ伏す事になるだろう!」

「凄いですね。ところで完成したのであれば拘束していた職人達とゴーレムを本来の作業に戻したいのですが?」


 ヴァルツ・マリアの城壁に立ち、いい気分で叫んでいたユーリウスであったがサラッと流してくれたホムンクルス(エーディット)である。


「……はっはっは!」

「笑ってもダメです」

「もう一隻、爆撃機仕様が欲しいんだけど?」

「無理です。あんまり我儘言わないでください。ただでさえ冬支度が遅れ気味なんです」

「だー! 解ってないな! 爆撃機仕様って事は大量輸送用って事なんだぞ!? 冬支度なんてちょちょいと往復して速攻で終わらせてやるわ!」

「秘密兵器じゃないんですか?」


 その通りである。


「……ゴーレム一〇体でどうだろう?」

「ダメです」

「五体」

「無理です。雪が降る前に周辺の街道整備を終わらせておかないと来年の計画に支障が出ます。良いんですか?」

「……三体! 三体だけ使わせてくれ! その代わりオートマタはアニィちゃんとアリスたん以外全部持って行って良いから!」

「――もう。仕方ありませんね。ですが飛行船用の迷宮資材はもう無理です。出せません。シュリーファ商会に不渡りが出ますよ? アルメルブルクもろとも破産します。作るなら他の物にして下さい」

「っく! 解ったよ! こうなったらもう一個迷宮植えてやる!」

「管理出来なくなるからやめて下さい。じゃあそういう事で。あ、そうそう、ボニファン様とマチェイ様がお待ちでしたよ?」


 そう言って身を翻したエーディットを見送って、ふと我に返る。

 妖精族(エルフ)との同盟と技術供与に関する人材交流計画についての話し合いがあったのを思い出したのだ。


「あー!」


 と、一声叫ぶと、遠隔操作(直接操作?)しているアニィに後を任せて神殿に向かって走るユーリウス。

 遊んでいる場合ではなかったのである。

 それでなくてもアルメルブルク号の悲劇で妖精族(エルフ)側の態度が硬化していたのだ。

 なんでもユーリウスの提供する技術の安全性に疑問が出てきたと言う。

 もちろん言いがかりだとして一蹴していたが、迷宮から攻撃された事を秘密にした事で少々歯切れの悪い説明になってしまい、外交上の問題にまで発展していたのである。

 もっとも、ゴリアテ(仮)号が完成した以上それも終わりだろう。

 妖精族(エルフ)にもその力の全てを見せるつもりは無かったが、ゴリアテ(仮)号は裸眼では視認するのも難しい高度を全力で駆ける駿馬の二倍の速度で飛び、最大一〇〇名、計画では三〇名の乗員と六〇名の完全武装した兵士を輸送出来る上に、熟練魔導士の爆炎球の魔法(ファイヤーボール)にも匹敵する爆弾、というか手榴弾――鋳鉄製の丸い球の中に仕込まれたクズ魔石で威力の弱い爆炎球の魔法(ファイヤーボール)を発動する――など言う兵器(三〇〇グラム強)を雨霰と降らせる事が出来るのだ。

 更に主砲は砲身長がほぼ八メートルにもなる、漆黒の二四〇〇口径三・三センチ電磁加速砲(レールガン)(接触型の二本のレールを使う)が上下に単装一基づつの二門。ゴーレム式の自動装填装置付きで発射速度は一分間に最大六発。

 オリハルコン製の装弾筒付翼安定徹甲弾――と言っても砲弾は全て装弾筒付きだが――を用意しており、数は少ないが榴弾まである。

 なぜ重金属製の硬芯徹甲弾が必要なのかは不明だ。

 副砲(?)には近接火力として、初期加速と機関部の動作にゴーレム式のコンプレッサーを使う、ニ〇〇口径一ニミリの電磁加速砲(リニアガン)(精霊制御の非接触型で、砲身に並んだ無数の電磁石を連続的に作動させて弾体を加速する。連射可能)が上部に前後単装二基、下部が前部単装二基後部単装二基の合計六基六門備えられていた。

 副砲にももちろん複数の弾丸が用意されている。

 装弾筒付きで直径五ミリメートル程のフレシェット弾、やはり装弾筒というかシェル付きの散弾、炸裂弾、信号弾に近接信管付きの炸裂弾やら、非殺傷用の雷魔法を放つスタン弾まであるが、基本的にはベアリング用に作られた重量五~六グラム程の十一ミリ球形弾を使用する。近場に弾をばら撒くのが目的であるからこれでも十分なのだ。


 ……元から足りなかった自重を完全に捨てたらしい。



「先ずは妖精族(エルフ)に謝罪してゴリアテ(仮)号に招待してから仕切りなおしだな……」


 それが無難であろう。

 そんな訳で急遽エリとメディナ、それからボニファンとエリクとニクラウスに数名の兵士と、妖精族(エルフ)のマチェイにフィーム他数名の妖精族(エルフ)兵士を乗せての試験飛行である。

 操縦するのはアニィで事実上の自動操縦であったが、エーディットやティアナら中間種(ホムンクルス)の面々が操縦法を習得すべく乗り組んでいる。

 エリクについては一度乗って、乗組員として誰を選抜するかを検討する事になっていた。

「これは……」


 とおっかなびっくり乗り込んだあと絶句したままになっているマチェイを尻目に、全力飛行時の挙動や旋回性について確認してゆくユーリウス。

 フラップやラダーは制御用の魔晶に繋がれたゴーレム式であったから、事実上のフライ・バイ・ワイヤ式で、現在はアニィが細かな挙動をチェックしつつ制御している為非常に滑らかな挙動をみせているが、どうやら工作段階での不具合や不良は避けられなかったらしい。


「最高速度では振動が出るのか……装甲の貼り付けに問題がある?」


 呟いたユーリウスの周囲には複数の(ウィンドウ)が展開され、気圧の変化や横風や突風の影響に関する情報が、凄まじい勢いで蓄積されている事がわかる。

 各種パーツの大きさが迷宮と古代神殿の出入り口の大きさに制限される為どうしても接合部分が多くなり、それが予想外の障害となって出てきているのだ。

 しかも船体を構成しているフレームにも若干の歪みが存在しており、設計上は存在しない応力を生んでいた。

 ……当たり前である。


「やっぱり思ったより問題が多いな。主砲とか本当に撃てるのかコレ? ……建造専用のゴーレムでも作るか?」


 再び新しい(ウィンドウ)が開いて専用の多脚、多腕のゴーレムが幾種類も表示されていく。


「ゆ、ユーリウス殿!」


 それを見ていたマチェイから悲鳴の様な声があがった。


「今は艦長とお呼びくださいマチェイ殿」

「――か、艦長殿、その、それは一体なんでしょうか?」


 (チート)である。


「私の契約精霊(あいぼう)のアニィです。アニィ挨拶を」


 殆ど無表情でそう言ったユーリウスであったが、内心ではやっとこの時が来たか、と感動に打ち震えていたりする。

 そんなユーリウスの言葉に更にもう一つ新しい(ウィンドウ)が開き、オートマタのアニィちゃんの顔が浮かび上がってニッコリと微笑んでから消える。

 妖精族(エルフ)には人族とは比べ物にならないほど多くの精霊魔法の使い手が居るが、その妖精族(エルフ)のエリートであるマチェイにしても、こんな魔法は見たことが無かったのである。


「私の契約精霊(あいぼう)はなかなか優秀でしょう? ではそろそろ上昇しましょう。一応気密性は確保してありますが、多少の気圧の変化を感じるかもしれません。耳が痛くなったり気分が悪くなりましたら直ぐに声をかけて下さい。アニィ、最大高度まで上昇してくれ」


 すっと微かな荷重を感じると共に、わずかに機体を傾けて左回りに旋回しつつ上昇していくゴリアテ(仮)号。

 一定高度からは機体の推進力を利用しなくては上昇出来ないのだが、それがおよそ二〇〇〇メートル前後、最大高度は三〇〇〇メートル前後の計算であり、現在は高度三〇〇メートルほどであろうか?

 上昇力にも十分な余力がある状態から揚力まで発生させて、一気に上昇していくゴリアテ(仮)号。

 その機体の下部最前面に設えられた艦橋からの眺めは非常に良い。

 分厚い透明な樹脂(ポリカーボネート)製の窓が半球形に周囲を覆い、中央の一段高くなった場所に艦長席、その左、半歩前に副長席、左右に機関と気嚢及び環境を担当する者の席があり、その前方に操船、戦術、航法の担当者用の席が三つ。

 現在副長席にはエリが座っていたが、ユーリウスは「ナンバーワン」と呼びかけたくて仕方が無いらしい。

 指示する命令は「エンゲージ」で決まりだろう。

 ともあれ、ゴリアテ(仮)号は緑の美しいアルメルブルクの上空を旋回しつつ、名前すら無い魔の森の山々やエレンハルツ川の流れを見下ろしながら上昇していく。

 秋晴れの空と魔の森の緑、上昇するにつれて見えてきた万年雪を頂く山並みは、ヴァイサーベール山脈だろう。その反対側、地平線に霞む魔の森の切れ目の彼方に見えるのは海だろうか?

 既に誰一人言葉を発する者は居ない。

 誰一人想像する事すら出来なかった景色なのだ。


「エリ、前に行ってもいいよ? ブランの街が見えるかもしれない」


 はっきりとは見えないと思う。

 が、少なくともエレン湖は見えていたから、ブランの街の場所は大体の見当がつくのだろう。

 席を立って最前面の窓に手を置き、遊覧飛行と化した試験航海を楽しむ。


「他の方もどうぞ。乗員の邪魔をしなければご自由になさって下さい」


 その言葉に早速動き出す面々であったが、エリクはどうやら身動きがとれない様だ。

 もしかしたら高所恐怖症なのだろうか? と、心配になるユーリウスであったが、こればかりはどうしようもない。

 選抜の後で発覚したのでは大変だろうから、先ず乗せてみて、それから選抜に移る様にしよう、などと考えている。

 こうして、比較的順調に行われていた試験飛行であったが、工作段階での不具合だろう、高度二八〇〇メートルで気嚢の一つが膨張に耐え切れずに裂けてしまった事からそれ以上の上昇を諦め、再びゆっくりと降下して静かにヴァルツ・マリアに着陸したのであった。

 因みに地上では着陸予定地点の周囲に軽食の準備が行われており、記念に豚を数頭潰してそのまま夜の宴会に雪崩れ込む予定となっていた。

 また、初速を秒速五〇メートルから一〇〇メートル程に押さえ、一分間に二〇〇発程度の発射速度に押さえた、ゴリアテ(仮)号の副砲というか機銃が一門取り外されて固定され、デモンストレーションに使われていた。

 的は人族が使う鎧を着せた案山子で、見事にボロボロにされている。

 城壁にでも据えられたら非常に危険な兵器だが運用費用が高額になり過ぎ、遠距離では弓矢や魔法の方が強力に思える物に仕上げてある。


「艦長殿」

「いえ、地上ではユーリウスで結構ですよマチェイ殿」


 一瞬沈黙したマチェイ。


「ユーリウス殿、このゴリアテは――」

「「|ゴリアテ(仮)ごりあてかっこかりかっことじるごう」ですマチェイ殿」

「ゴリアテ(仮)号の技術を供与していただく事は可能なのでしょうか?」

「残念ですが流石にこれは無理です」


 当然であった。

 これだけは渡せない。ついでに言えば、渡した所で迷宮の目を欺く魔法を渡すつもりはない以上無駄である。

 もしかしたら、神竜や龍族との交流もあるらしい妖精族(エルフ)であれば、迷宮の目に関する情報を持っている可能性もあったが、それを語るつもりもなかった。


「――そうでしょうな。いや、失礼しました」

「いえ。構いません。マチェイ殿のお言葉は当然ですから」

「ユーリウス殿」


 と、姿勢を正したマチェイが改めて口を開く。


「まさかコレほどの物だとは想像すら出来ず、先日は大変失礼な事を口にしてしまいました。ここで改めてお詫びいたします」

「いいえ。気にしておりません。どうぞお忘れになってください」


 と、完全に強者の余裕を見せるユーリウス。

 だがユーリウスは少し勘違いしている。

 この二ヶ月でマチェイの、調査団に加わっていたエリート達の意識の中ではアルメルブルク、いや、新生ブランザ王国とヴェルグニーとの力関係が完全に逆転してしまっていたのだ。

 その決定打となったのが、ユーリウスが妖精族(エルフ)の精鋭達が接近する事すら出来ずにいた魔王の迷宮に安々と到達したのみならず、魔王の迷宮の迷宮珠を六つも持ち帰ってきた事である。

 普通迷宮珠というのは一〇階層毎に生じるものであったから、マチェイら妖精族(エルフ)の戦士達はユーリウスが地下六〇階層まで攻略したものと思い込んでいたのだ。

 実際にはユーリウスは一〇階層まで行って迷宮珠を確保し、迷宮珠が復活するのを待って再度迷宮珠を確保するというのを繰り返しただけである。

 マチェイ達が驚くだけで質問して来なかった事で生じた誤解なのだが、妖精族(エルフ)の戦士が束になってかかっていっても、ユーリウスには傷一つ負わせる事は叶わないだろうと判断したのだ。

 他にもゴーレムで強化しているという黒い鎧、魔法無しでは太刀打ち出来ないのは明らかであるその装備に身を包んだ兵士達に、公団住宅という集合住宅の設備や、それらを建設するゴーレム達が誰の指示を受けた訳でもないのに勝手に動いている様に見える事など、確かに全体の水準としてはヴェルグニーの方が優れていると強弁出来ない事もないのだが、先端技術では完全に圧倒されている事に気付いてしまっていたのである。

 要するに、現在アルメルブルクとハウゼミンデンで進められている技術の底上げが終った時点で、ヴェルグニーを超える技術大国が誕生すると思っているのだ。

 それはある意味正しい認識であったが、総合的な国力を求めるユーリウスから見れば、一〇年やそこらでヴェルグニーを超えるのは難しいと思っており、報奨金まで準備した上で常に「カイゼン」という名の効率化や能力向上の作業を、職人達のみならず街の酒場の女給達にまで繰り返させているのだから、妖精族(エルフ)のエリート集団である調査団の面々が恐怖する程の都市国家と化していたのである。

 因みに報奨金まで用意してカイゼン運動を繰り広げているのは、ありとあらゆる分野のマニュアル化を画策している為である。

 エーディット達ホムンクルスに監修させた上でマニュアル化し、アニィとアリスに纏めさせた上で再編し、オートマタの大量生産時代に向けた準備を行っているのである。

 そんな訳で、もうマチェイとしては一刻も早くヴェルグニーに戻り、未だヴェルグニーの方が強大であると言える現状で、余裕を持って国交と同盟を結ぶ事で恩を売りたいのだ。


「実はユーリウス殿に一つお願いがございます。来週ハウゼミンデンに向かう予定の定期船で私の他数名を送って頂きたいのです」

「マチェイ殿が帰国されるのですか?」


 予定外の事であり、事前の協議ではマチェイの任期は二年という話であったのだ。


「はい。任期の途中でこの地を離れるのは心苦しくもあるのですが、(ヴェルグニー)に迷宮珠の確保を再優先する様にと、私が直接進言するべきだろうと思うのです。もちろん調査については今後も継続します」

「なるほど。そういうお話であれば我々としても大変心強く思います。もちろん最大限の協力をさせていただきます」

「ありがとうございます。後任についてはこちらのイゴルが代理として当たります。どうかよろしくお引回しください」


 そう言って一人の若い妖精族(エルフ)を紹介する。


「イゴルです。ユーリウス様にはどうかお見知り置きください」


 萌黄色の斑を散らした辛子色の瞳の青年で、鋭い目つきでユーリウスを見据えている。

 

「イゴル殿ですね。灰色の霧の加護がりますように」

「感謝します」


 そう言ってもう一言二言マチェイと言葉を交わすとユーリウスにもう一度挨拶してから調査団の面々の下へと戻っていく。


「有望そうな若者ですね、あ、いや、妖精族(エルフ)の方であれば恐らく私よりも上でしょうから、こんな言葉は失礼かもしれませんが」

「いえ、アレは実際に見た目通りの年齢なのですよ。今年で三〇程だったでしょうか。若造ですが将来が楽しみな男です」


 朗らかにそう返されて内心少しだけ凹むユーリウスであったが表には出さない。


「なるほど。調査団のお陰でアルメルブルクの周辺についても我々が気付かなかった様々な事実が判明しておりますから。多いに期待させていただきます」

「……ユーリウス殿にそう言って頂けるのであれば、我々もやって来た甲斐があるというものです」


 そうしてマチェイもまた、簡単な挨拶をして去って行く。

 残されたのはその間ずっと控えていたエーディットだけであった。


「ユーリウス様。マチェイ様がヴェルグニーに戻られるのであれば、それに合わせてアルメルブルクからも誰か送りましょう」

「そうだな。誰を送る?」

「ゲラルトを」


 ゲラルトというのはアルメルブルクでは比較的新しいブランザ系の住民で、父親はイエルスの騎士だったらしい。

 基本的な教育も受けていたし、ブランザ系の難民達には慕われている男であった。


「わかった。だがゲラルトだけでは大変だろう?」

「はい。ですのでブリギッタを付けて下さい」


 ブリギッタはエーディットと同じ中間種(ホムンクルス)で、エーディットの補佐をしていたはずである。


「エーディットはブリギッタが居なくなっても大丈夫なのか?」

「はい。ヴィーガン卿が送ってきた文官たちの教育もそろそろ仕上げの段階ですから、十分に回せます」

「わかった」


 と、そこでエーディットがすっと一歩下がって頭を下げた。


「ユーリウス」


 エリだ。


「あぁエリ、どうかした?」

「お礼を言おうと思ったのです」

「お礼?」

「あの、ひこうせん、からの景色です。モモや鳥達はみなあの様な景色を毎日見ているのですね……私は感動しました」


 そう言って嬉しげに微笑むエリ。


「そっか。でもお礼なんていらない。ずっとエリに見せたかったんだ。ほら、俺の世界には人を何百人も乗せて、音の速さと変わらないくらいの速度で空を飛ぶ機械があるって言った時、エリは信じてなかったでしょ?」

「――あぁ、そう言えば、お話してくれた事がありましたね」


 そう言うエリであったが、そう言えば、などという言葉は必要無い。

 エリはユーリウスの語った事なら殆ど全てを完璧に覚えているだろう。


「そうそう。だからどうしても見せたかったんだよね。本物はあんな物じゃなくて、物凄い音と速度で飛ぶんだよ」


 それを語るユーリウスはとても楽しそうであった。少しだけ、胸の奥の方をチクリと刺す棘の様な物を感じはするものの、楽しいのも本当の事なのだ。

 だからエリはユーリウスだけを見つめていたずらっぽく微笑んだ。


「それも何時か作ってくれるの?」

「流石にちょっと難しいかもしれないけど、似たような物は作りたいと思ってるから、そしたらまた招待するよ」

「わかりました。楽しみにしていますね?」

「期待してて」

「はい。では、挨拶も終わりましたから、そろそろ戻ります。私が居ると妖精族(エルフ)の皆さんを緊張させてしまう様ですから――」


 そう言って楽しそうに笑うエリ。


「わかった。あ、そうだ。後でオートマタ(アニィちゃん)が作った細密画を持っていくよ。エレンハルツ川やエレン湖や森の主様も描かれた魔の森の空から見た景色」

「ありがとうユーリウス」


 そうして微笑みだけを残し、ティアナや他の侍女達を連れて神殿へと戻っていくエリ。

 そんな二人を微かな微笑みを浮かべて見ていたエーディットだったが、少しだけ気になる事があった。

 意識してか否かはわからないが、エリは一度もエーディットの事を見なかったのだ。

 もちろん今までも見つめる様な事は滅多に無かったのだが、二人の立ち位置から考えてもその会話の間、エーディットは恐らくエリの視界にすら入っていなかっただろう事に気付いたのである。

 思い返しても、これまでそんな事は無かったはずなのだ。

 エリはユーリウス以外の者を決して見つめたりはしないが、会話の際には必ず周囲の者たちを視界に入れて微笑んでいたのである。

 そして、エーディットがそれに気付いた瞬間に感じたのは純粋な恐怖であった。

 見つめられただけで、多分自分は死ぬだろう、そう思ったのである。だからこそ、エリはエーディットを視界に入れない様に動いていたのだ、と。

 死ぬ事など怖くなかったはずなのに、いつの間にかエーディットは肩を抱えて震えていた。


「どうした? 寒いのか?」

「――はい……少し。冷えた様です」

「もう夜は寒いもんなぁ。もう俺達も一杯くらい呑んでもいいともうんだが、飲んで良い?」

「そうですね。私も、お付き合いしたいと思います」

「よし、じゃあ試験飛行の成功を祝って乾杯しよう!」

「はい。ユーリウス様……」


 





はい。

ロマンス入ってます。(サスペンス?)

多分。

ユーリウスは気付いてません。

ユーリウスにとってエリは「お姉ちゃん」です。

エーディットは違うと知ってます。

が、エリもまた、未だ気付いていません。

そろそろチーレムの気配が漂います。

誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。


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