第六十話 傘屋と幼女と地下研究所
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A.G.2880 ギネス二六九年
海の月(七の月) 人の週の三日(三十三日)
魔の森 アルメルブルク
夏の日差しが眩しいアルメルブルクの古代神殿には、二〇名程の妖精族達が宿泊していた。
全員が熟練の魔導士であり戦士でもあるという、ヴェルグニーの謂わばエリート達であったが、そんな彼らであっても、都市精霊のアリスと世界最強の精霊である灰色の霧に驚き、ユーリウスの狩猟仲間と言っていい鶏のブルー達や、未だアルメルブルクで新鮮な乳を供給し続けている黒い仔山羊っぽい見かけのニグラスの存在には恐怖するしかなかった。
魔の森に産まれた人族の街は、妖精族にとっては魔都とも呼ぶべき場所だったのである。
が、そんな事で何時迄も呆然としている暇は無い。
妖精族も忙しいのである。
「大魔導師殿」
「なんでしょうか参事官殿」
「あぁ、私の事はどうかマチェイとお呼び下さい」
「わかりました。ではマチェイ殿、私の事もユーリウスとお呼び下さい」
「はい。では、ユーリウス様。魔王の迷宮は現在放置されておられるそうですが、攻略は進めないのですか?」
どうやら未だに妖精族は魔王の迷宮を破壊するつもりであるらしい。
因みにこの参事官と呼ばれたマチェイは、アリスと地下研究所の調査で徹夜を続けていた、調査団の団長である。
深い緑色の髪の毛に、淡い水色の瞳をした中年の妖精族だ。
三〇〇年は生きるという妖精族であったから確実に一〇〇歳は超えているだろうが、これでさらに若返りの魔法を使っているのであれば実年齢など見当もつかない。
「魔王の迷宮ですか。魔王の迷宮は少なくとも十六年前の時点で六〇〇階層を超えております。最深部まで突っ切るだけでも二〇〇年力を蓄え続けた灰色の霧と、聖なる鎧と剣を手にした聖女が全力を振り絞って二ヶ月以上かかったそうですから、本格的に攻略するより都市精霊を育てた上で迷宮珠を攻略する事を考えるべきだと思っています」
要するに無理だと言っているのだ。
「はい、それは聞いておりますが、我が軍の兵士達から我らも実際に潜ってみるべきだとの意見が出ておりまして……」
それを聞いたユーリウスが静かに微笑む。
「場所はお教えしますし、攻略を進めるのであればここを拠点にしていただいて構いません。ですが、本気ですか? 魔王の迷宮の周囲に現れる魔物はブルー達でも手こずる様な本物の化け物揃いですが?」
「はい。魔の森にはここ数百年で千人を超える精鋭達を送り込んで、生きて帰って来たのはフィーム様ただお一人……そのフィーム様も魔王の迷宮の入り口にすら届かなかったと聞いております。ですがそれは皆も覚悟の上なのです。例え魔王が既に滅ぼされた後だとしても、魔王の迷宮はなんとしてでも我らの手で潰したい。あ、いえ、もちろんユーリウス様や灰色の霧様の邪魔をするつもりはありませんが、我らが攻略を進める事については、どうかお許し頂きたいのです」
ユーリウスにとっても妥協の許容範囲内である。
「わかりました。灰色の霧からも妖精族であればそう言って来るだろうとは聞いていましたから、私としてもそれを邪魔するつもりまはありませんが……」
「では、魔王の迷宮内では互いに不干渉という事でよろしいですか?」
つまりは競争しましょうという話である。
「はい。妖精族が得た迷宮珠についても破壊するなり売るなりご自由にどうぞ。公団住宅と同じ様な造りになるかとは思いますが、妖精族の戦士達が居住する場所についてもこちらで用意しましょう。本格的な攻略を目指すのであれば、アルメルブルクから魔王の迷宮までの道を整備する方がいいかもしれませんね。森を切り開く許可も出しましょう。森を切り開いて街道を整備する為のゴーレムは準備可能ですか?」
「――寛大なお言葉、このマチェイ、妖精族を代表して心より感謝致します。森を切り開く許可まで出していただけるのであれば、作業の為のゴーレムはもちろん我らで準備いたします」
どうやらマチェイはユーリウスの言葉に感動しているらしい。
だが実のところユーリウス達は、妖精族には魔王の迷宮を攻略するのは不可能だと思っている。
破壊された迷宮珠は、時間がたてば新たに生み出される。
それも迷宮規模に応じて復活するまでの時間は短くなるのである。
やるなら三〇〇階層分、三〇個くらいの迷宮珠を同時に破壊するくらいの事をしなければ、破壊した端から新しい迷宮珠が生み出されるだけだ。
六〇〇階層超えの迷宮とはそれほど強大なのである。
それならば、新しい迷宮珠を生み出さない様に、迷宮珠が奪われた事に気づかれない様に偽装出来る都市精霊を育てて、一階層毎に奪っていく方がまだ可能性があるだろう。
「灰色の霧の名の下に、妖精族の戦士達の健闘を心よりお祈りいたします」
「ありがとうございます」
こうして妖精族の戦闘集団が、魔王の迷宮を攻略する為にアルメルブルクに駐留する事となった。
当然ながら、魔王の迷宮を攻略する為の拠点としてのアルメルブルクの維持には妖精族も協力せざるを得ない訳で、事実上ユーリウスの全面的勝利である。
「さて。ゴーレム兵に機械化兵とくれば、次は航空戦力だよな。航空機はどう制御していいかわからないから、やっぱり飛行船だろう……燃える!」
どうやらユーリウスは本気で世界征服を企んでいるらしい。
そのままユーリウスが独占している倉庫の一角に入って「カイハツ★」を始める。
一応グランドデザインとでも言うべき大まかな構想は存在している。
大半が硬式で大型の飛行船だ。
アニィと共に技術的な問題を無視した妄想図は山のように作ってあるのだ。
迷宮素材の樹脂で補強した気嚢を迷宮素材の骨格で包み、ある程度の防御力を発揮出来る外板を貼る。
そうした中から選んだのは何処か潰れたクジラの様にも見える、大きな翼とリフティング・ボディを兼ね備え、ゴーレム式の駆動装置でプロペラを回して推進する三胴の飛行船であった。
アニィの計算では最大積載量二トン、最高速度は時速一〇〇キロメートル程と、それなりの積載量と速度性能を発揮出来るはずである。
どこでどうやって作るかはまでは考えていないらしいが、ヴァルツ・マリアであれば場所はいくらでもあるったし、十二年に渡って灰色の霧とアリスが育てた迷宮があれば、飛行船の二隻や三隻程度の素材供給には困らないだろう。
「画一化したパーツの組み合わせで部品数を可能な限り減らしたいから、そのつもりで設計してもらえる?」
ユーリウスの言葉に、周囲に展開していた窓が瞬き、次の瞬間には全ての窓で同時に無数の設計案が生まれては消えてゆく。建造の際の工程数を減らし、完成した際の安全性や運動性能を予想し比較しているのだ。
ユーリウスはそれを見ながら、時折思い付いた事を口にして仕様に変更を加えると、それを元に更に様々な設計を繰り返すアニィ。
「初号機だから実験的な部分があっても構わない。とにかく作ってしまう事が大事だから、出来るだけ簡単に造れる様にして欲しい」
その言葉で半ば完成していたパーツの設計図が無数の窓に展開され、組み木式であったり乾燥前の樹脂で止めるリベット的な物を使う方式であったりといった、新たな手法の設計が生まれていく。
強度計算もされている様子であったから、最初の想定が正しければ大丈夫なのだろう。
飛んでいる時にいきなり空中分解事故を起こすような事は無い、と信じたい。
「うーん。これが一番カッコイイかなぁ……」
だがコレである。
結局の所、ユーリウスが選ぶのは見た目の「格好良さ」なのだ。
「何処かで見たことがある様な形だけど」
それ以上口にしてはいけない。
上から見れば凡そ巨大なエイの様であり、正面から見れば潰れたクジラだが、どことなく某国のステルス爆撃機に近い印象を保っている。
「……悪くない。悪くないぞ? 流石はアニィだ。俺の好みは完璧に把握してるんだなあ……」
ユーリウスの言葉に合わせて幾つかの窓が瞬いた。
「後は武装だな。ハードポイントは六ヶ所。どうする? 大砲か?」
再び展開される窓。
その昔、ユーリウスがつらつらと語った電磁加速砲を始めとした兵器類の、概念図のリストが表示されている。
「積載量が二トンで六割が機関と居住区の設備だから八〇〇キロくらいか。大きさの割に少ないな……。あぁ、大型化も可能か……五キロの爆弾一六〇発で絨毯爆撃とか悪くは無いけどなぁ……え? 気化爆弾の方が効果的って……そりゃそうか……いやいやいや、それはダメだろ? なんでって、その、なんでだろ?」
そんなこんなでアニィが設計した気化爆弾の概念図を見て唸るユーリウス。
他にも無数の子弾をばら撒くクラスター爆弾の様な物もあるらしい。きちんと子弾の何割かは爆発せずに地雷になる凶悪な物である。
精霊は忘れない。口は災いのもとなのだ。
「……と、とりあえず、殺しすぎるのはダメ。恐怖を与えて……え? 火が良い? 生物はみんな怖がる……そうだね。それでナパーム弾? ナパームなんて無い? あ、うん、火炎樹脂弾ね? うん。怖いね。高温と低温の二種類? なるほど……じゃ、じゃあそれと狙い撃ちが出来る武装も欲しいから……あぁ、ガトリング砲ね。補給や補充が大変だから発射速度は低くていいよ?」
どうやらアニィはユーリウスよりも中二病な存在に成長しているらしい。
「折角だしレーザーとか光学兵器は……え? 光学兵器は見えないからその脅威が伝わらなくてダメ? あ、そう? じゃあやっぱり大砲? ……これ、爆弾じゃないの? メタルストーム? あぁ、そう言えばそんなのがあったね……却下。さっきも言ったけど発射速度とかあんまり要らないから。魔法も矢も届かい所から一方的に攻撃出来るだけでいいの……万の軍勢を一撃で粉砕? だから殺しすぎるのはダメなんだってば! 後でブランザ王国の国民になる予定なんだから!」
アニィは多分冗談のつもりで表示しているのだろう。
だと良いな……。
――いや、それはともかく、結局は揮発性の高い樹脂をばら撒いて火を付ける一種の気化爆弾を装備する事が決まった。
重さも威力もそれなりであったし、派手な炎が上がる事から示威効果が高いと思われたのである。
更に地上に対する狙撃や空を飛ぶ魔物相手には上下に一門づつ回転砲塔を搭載する事に決めたのだが、搭載するのは一種のロケット砲である。
炸薬に使える物が黒色火薬レベルではお話にならなかったのだ。
「……まぁ少々微妙ではあるけど、こんな所で良いか」
そもそも空を飛ぶ時点で十分にチートである。
何よりユーリウスが乗れば、攻撃力は十分に確保出来るのだ。
「それで内部に充填する気体はヘリウムが良いんだけど……無いからな。水素で行くしかなないのがちょっと怖いな……?」
と、その言葉に合わせて新しい窓が開いた。
どうやら時を止める結界の魔法らしい。
実際には本当に時を止めているわけではなく、層位をずらして物質とエネルギーの動きを止めて(若しくは極端に遅くしている)いるだけ――とは言ってもそれだけでも相当に高度な魔法である――なのだが、酸化その他の反応が進まないのであれば同じ事である。
「――あぁ、なるほど。気嚢毎に結界で覆えば酸化を防げるのか……って、消費魔力めちゃくちゃデカイんだけど?!」
再び新しい窓が開く。
「え? あぁ、そうか。妖精族の大規模魔法の応用で省力化が出来るのか……でも魔晶一つで一週間くらいしか持たないじゃない? ――なるほど。戦闘中だけ作動させて普段は気をつけろって……まぁ気を付けるしかないのはわかるけど……ヒンデンブルクみたいな最後は嫌だぞ俺?」
今度はダメージ・コントロールの為の隔壁を付けた設計図が表示される。
「……隔壁か。だったら酸化を、いや、熱を検知して結界を展開する防火設備とか作れないか?」
どうやら可能らしい。
「おおっ、これなら安心だし魔晶の消耗も抑えられるし良いんじゃないか?」
設計図が更新された。
「よしよし。資材の生産は……うん。アリスとオートマタに任せる。空いてるゴーレムは自由に使って良い。これなら二隻同時に作れるよね? 一隻は設計図通りで良いから、もう一隻は拡大強化型にしよう」
再び新しい窓が開いて二回りほど大きな飛行船の設計図が表示される。
旋回砲塔は上部に一つで同じだが、下部の旋回砲塔は前後に一つづつ二門装備されるらしい。
「いいね。それじゃ早速作業開始だ!」
その言葉で地下の研究所やゴーレム格納庫や迷宮の入り口等に待機していたオートマタ部隊とゴーレム、そして都市精霊のアリスが行動を開始する。
「ところで水素はどうやって作るつもり? 電気分解? マジ? あ、でもこれは……凄いな。地下都市用のエアコンンディショナーで使ってるフィルターで酸素を回収出来るのか……! え? これで水素を蓄えるの? ああ! 水素電池か!!」
水素電池とは少し違うらしいが、どうやら水素の生産と備蓄は全く問題無いらしい。
都市精霊もちょっと、いやかなり可怪しい。事実上の水素電池用の炭素素材まで作れる様だ。
先史文明可怪しい。
「……余裕じゃん……もっと早く作れば良かった……え? あぁ、迷宮が育ったから作れる様になったっだけか……」
アニィが制御していた窓が一枚アリス用に設定されたらしく、そこには浮かんだ地下研究所と、それに融合した迷宮の透視図が回転している。
ご丁寧にも、赤い傘をモチーフにしたシンボルマークまで回っていた。
……思った以上におちゃめさんである。
「え? なに? アリスもオートマタが欲しいの? 別に良いけど……これって子供が良いってこと? 少女? 幼女のオートマタが欲しいの? 金髪じゃなきゃ嫌って、おい、アニィ、あんまり変な事教えるなよ……え? なにこれ? アンデットが欲しいの? 違う? 研究するの? え? ダメ! 絶対! ……って、オートマタくれないとアンデット?! ……わかった。つーかそれって反乱じゃねーの? 違う? おねだり? ヒュメルフリューグが教えてくれた……だと……? あのやろう……!」
都市精霊のアリスも順調に成長しているらしい。
結構な事である。
……たぶん。
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