第五十九話 都市計画のはじまり
今月中はこのペースになると思います。
A.G.2880 ギネス二六九年
海の月(七の月) 水の週の六日(十二日)
ナーディス諸侯領 ハウゼミンデン
ヴェルグニーでの全ての交渉を終えた総勢二十三名の一団は、漸くハウゼミンデンに帰って来ていた。
ユーリウス達が希望していたユグドラシルの見物は許可されず、レニでの交渉が終わるとなんだかんだと理由を付けて、追い立てられる様にして帰国の途についたのだ。
が、同時に魔の森の調査団という名目のアルメルブルクへの使節団についても編成され次第出発する事になり、更に友好国の使節を護衛するという名目で二〇〇人もの兵士達が同行していた。
なお、ユーリウス達の一行にはしれっと妖精族のフィームが加わっていたりするのだが、誰一人気にする様子が無い為ユーリウスも放置である。
「ヴェルグニーからの使節は既に一〇日も前に到着していましたから、途中で何かあったのではないかと心配していました」
溜息と共にそう話しているのはハルト・ヴィーガン、ヴィーガン辺境伯である。
内心のあれやこれやを押し殺し、完璧な臣下の礼をとっている。
「嬉しく思いますヴィーガン卿。これからも卿の忠誠を期待しています」
「はっ」
「では後の事はユーリウスと話し合って進めて下さい。よろしですね、ユーリウス?」
「はい。お任せ下さい陛下」
因みにハウゼミンデンの領主館の一室である。
エリが退出するのを見送ってハルトが溜息を吐いた。
「しかし驚きました。本当に妖精族を味方に引き込んだのですな……」
ユーリウス達はヴェルグニーから帰ってきたその足で直接訪れたのである。
二〇〇名の妖精族を率いて。
実際には妖精族を率いているのは妖精族であり、彼らは魔の森の調査団の一部で実質ユーリウス達の監視部隊に過ぎないのだが、傍から見ている分にはわからないし、ユーリウスも妖精族も態々説明して回るつもりなど毛頭なかった。
「まだ正式なものではないが、アルメルブルクの視察を終え次第ハウゼミンデンにて正式な国交樹立を宣言する予定でいる」
「その時期はいつ頃になりましょうや?」
「新年の祝賀会で」
「――ではブランザ王国の復興もその時に?」
「そうだ。今月末には四〇体のゴーレムが到着する。それをもってハウゼミンデンの防衛力と都市機能の強化を行う事になる」
「四〇体のゴーレム、ですと?」
「そうだ。一〇体はヴィーガン卿にお預けしよう。上手く使って欲しい」
なるほど。と、ハルトの目が妖しく光る。
「……なかなか楽しませていただけそうですな?」
「陛下もヴィーガン卿の手腕に期待している。大暴れさせてやるから期待していろ」
三〇体のゴーレムでハウゼミンデンを強化し、一〇体をゴーレム兵として使って周辺の諸都市を従わせろと言うのである。
元々ハウゼミンデンでは八体のゴーレム兵を確保しており、ハルトの知略とその武力をもってナーディスの諸侯を率いて来たのだが、それが一気に十八体である。
テオデリーヒェン大公ですら戦闘用は五体しか持っていない。
十二年前の事件以降、各国の軍隊での扱いが悪いのだ。
ゴーレム兵を完全に無くしてしまう訳にも行かず、かと言って主力として扱う訳にも行かずという事で、厄介者の扱いを受ける様になっていたのである。
「もちろんゴーレムが到着次第、卿には敵ゴーレムの制御を奪う為の魔道具も渡す。配下の魔導士を訓練して役立ててほしい」
ユーリウスが口にした「敵ゴーレムの制御を奪う」という言葉。それを聞いたハルトは一瞬瞳を閉じると溜息を吐いた。
「ユーリウス殿は、一体何時からそれを狙っていたのです?」
ユーリウスは答えない。
「我が軍の主力はゴーレム兵だ。来年にはテオデリーヒェン大公を倒し、王都ブランを奪還する予定でいる。そのつもりで準備してほしい」
ハウゼミンデンが立った時には、最初から戦闘にすらならないだろう。
ハルトも「ゴーレムを狂わす」という魔道具の存在を聞いて以降、相手のゴーレムの制御を奪う方法もあるのではないかと莫大な資金を投入して研究させていたが、その緒すら掴めずに挫折していたのだ。
それをなんでも無い事の様に言い放つ大魔導師。
「はっ」
と、ユーリウスに向かって頭を下げるハルト。
「次はハウゼミンデンの都市計画についてだ。専門の任務部隊を組織して対応したいと思っている」
「たすくふぉーす、ですか?」
「目的別編成集団とでも言うか、普段別の仕事をしている者達を、ある一定の目標を達成する為に特別に集めて動かす手法とその集団の事を言う」
「――なるほど」
と、考え込むハルト。
「今後は軍においても作戦毎にそうした部隊を抽出して編成しなおして使える様にしたい。現在ある騎士団方式はでは通用しなくなるものと思って欲しい」
「……かしこまりました」
「それで任務部隊じゃなくて、そうだな、任務部隊とでも呼ぶか。誰か商業ギルドや職人ギルド、それから徴税や治安や築城や街割について詳しい者は居ないか? 最低でも一〇名くらいの専門家集団にしたい」
「なるほど。それがタスクフォースですか」
「そうだ。六日で準備可能か?」
「……なんとかしてみましょう」
「その編成と指示が終わり次第、妖精族を連れてアルメルブルクに行かなきゃならない。頼む」
ハルトはユーリウスの言葉に「かしこまりました」と頭を下げる。
「次にコレだ」
と、部屋の片隅に運ばせておいた迷宮素材を多様した甲冑、ゴーレム技術の粋とも言うべきユーリウスのゴーレム式動力甲冑である。
指揮官用の特別仕様として作った物であるから、ユーリウスが使っている物と殆ど変わらない性能の逸品である。
「これは?」
見た目も黒いだけであったし、ハルトには「一風変わった鎧だな」程度の意識しかない。
「先ずはそれを着けてみてほしい。」
絵にしたら確実に著作権侵害で訴えられそうな見た目の鎧である。もしかしたらドイツ軍ファンも文句を言ってくるかもしれない。ひさしと襟周りが特徴的なヘルメットに、無骨でありながら何処か生物的な曲線を描く全身鎧だ。まるでオークの様であった。が、魔物のオークなので問題無い。多分士郎正宗のファン辺りが文句を付けてくるかもしれないデザインなのだが、残念ながら魔物のオークにどこと無く似ているだけであるので、現状では著作権侵害にはならない。
因みにフェースマクスは催涙ガスや毒ガスの使用が前提なのだろう、押井守ファンが駄目出ししてくるかも知れないビジュアルである。魔物のオークに似ているだけでなく、どうやら人狼にも似ている様だ。実にファンタジーである。
一応一人でも簡単に着けられる様にはなっているが、やはり初めての者には分かり難い部分もあったらしい。
ユーリウスの手を借りながら一〇分ほどかけて装備するハルト。
「で、ここに魔石を入れる。予備の魔石はここ。で、先ずはこの魔晶に血を付けてもらおうか」
と、右の腰に付いていた箱を開けて幾つかの魔石や魔晶が組み込まれてた板から小さな魔晶を一つ引き抜いてハルトに渡すユーリウス。
多少嫌そうな顔をしながらも、ナイフを抜いて小指の先を傷つけると魔晶に血を一滴落としユーリウスに返すと、ユーリウスはそれを元の場所に差し込んだ。
「おおっ!」
楽しそうに席に着いたユーリウスの前で、思わず驚きの声を上げるハルト。
それまで小さな穴を通じて見える赤く染まって歪んだ景色しか無かった視界が一瞬真っ暗になり、マスクを付ける以前に見ていた周囲の景色が眼前に映し出されたのだ。
さらに視界を埋めて流れ始めた文字列を見て再度驚きの声を上げる。
このフェースマスク、外見上は赤い二つのレンズがあるだけに見えるが、内側は違うのだ。左右二枚に別れた曲面状の半透明な樹脂に、外部の景色や様々な戦術情報を映し出す様になっているが、そうした情報は一括でアニィが管理しているからこそこんな小さな魔晶が一つで作動している。
事実上ユーリウスの制御下に置かれているのだがそれは秘密だ。何れにせよ明らかなチート技術である。
因みにガスマスク部分は声が聞こえ難くなるため今は着けていないが、ガスマスクがあれば腐海に落ちても五分で肺が腐る事は無い。
もちろん腐海が何で何処にあるかは謎だ。
「今視界に表示されているのは起動時毎に行われる動作確認だ。何か問題があればその時点で警告が出る。問題が無ければ動いてみてくれ。最初はゆっくりと。立ったり座ったりも交えて色々と動いてみてくれ」
「……はい」
と、見た目よりかなり軽かったそれを着たままゆっくりと歩き、両手を振り、腰を曲げて戻してしゃがんで立ち上がる。
「もう良いだろう。既に重さは感じなくなっていると思うがどうだ?」
「――おお、これは凄い! 元から随分と軽い鎧でしたが、今は鎧を着ている感覚などまるでありませんぞ?!」
「次は、そうだなこのテーブルを持ち上げてみてくれ」
「このテーブルを?」
不思議そうに答えながらも、言われた通りに持ち上げようとして振り上げてしまうハルト。
「なっ……!」
もちろん質量分の慣性はあるから身体は振られるが、そんな事など全く気にならないほどの軽さだ。何度か手にしたテーブルを上下左右に振ってみた所で、テーブルの方が負荷に耐え切れずに真っ二つに割れてしまう。テーブルを持っていた部分に指の形がはっきりと残っていた。
笑っているユーリウスに気付いて掠れた声をあげるハルト。
「こ、これは……!」
「そう。動力付き甲冑、動甲冑と呼んでいる。その鎧を着た者の動きを支え、強化する働きをするゴーレムが全身に仕込まれている。効果は見た通りだ。最初は違和感が出てしまうが少しづつ装着者の癖に慣れて、使えば使う程動きが良くなる。飛んだり跳ねたりするにはコツがいるがな? そこにかけてある剣を振ってみろ」
そうして壁にかけてあった剣を持って振り回すハルト。
暫く動き周り、両手を見て唸る。
「……これは……一体、どれ程の数を用意出来るのでしょうか?」
「フルスペック、えっと、指揮官用の情報画面付きの物はそれ一つだけだ」
そう聞いて微かな溜息を漏らすハルト。残念なような安心したような、複雑な思いの篭った溜息であった。
「ただし動甲冑その物は然程難しい物じゃないからな。アルメルブルクが全力で生産すれば月産三〇〇着くらいにはなると思うが、現状では良くて月産三〇着くらいだろう」
「……わかりました。それでハウゼミンデンにまわしていただけるのは如何ほどになりましょうや?」
「先ず年末までに一〇〇。足りない分はハウゼミンデンで作って欲しい」
「一〇〇……は? なんですと?!」
動甲冑のせいで口元しかわからないが、驚愕しているらしい事が見て取れる。
「ハウゼミンデンで作れと言っている。動きを制御する魔晶の加工だけはアルメルブルクで管理するが、残りの部分はハウゼミンデンでも作れるはずだ。因みに騎乗戦闘にはあまり向かないからな? 何かの拍子に馬に負傷させてしまいかねないんだ」
「な、なるほど。ですが、よろしいのですか?」
そう言いながらもなにやら右手を動かしたり足を振ったりを繰り返しているハルト。
「技術の流出を心配しているのか?」
「はい」
「問題無い。それを制御する魔晶は妖精族にも作れないし、魔晶は先程血を付けてもらった時点で個人用だ。その甲冑に使われている魔晶は既にヴィーガン卿専用になる。よって他の者が着た所で一風変わった鎧というだけだ。製造に必要な資料は他の鎧と共に持ってこさせる。魔晶は必要な分だけ用意するから兵士の選抜と資料を準備しておいてくれ」
因みに別の鎧に自分の魔晶を入れるのであればその鎧を使う事は可能だ。
「わかりました」
「準備期間は短いが……やれるな?」
もちろん軍事行動である。
「――お任せ下さい」
ヘルメットを外したハルトに軽く頷くとユーリウスが先を続ける。
「次に外交についてだが、今後妖精族との技術交流が予定されている。妖精族の金属加工技術を供与してもらう事になっているから、協力してもらえる工房を幾つか選抜した上で王立工房の立ち上げを準備して欲しい」
「妖精族の加工技術で王立工房、ですか……」
「予算は必要とするだけ準備する。足りなければシュリーファ商会が全面的に支援する事になっている」
「――わかりました」
「それからシュマルカルデンとの同盟も決っているが、ハルツ川とエレンハルツ川の水運はブランザ王国が奪うつもりだから心得ておいてくれ」
「はっ」
どうやらハルトも楽しくなって来たらしい。
「テオデリーヒェン大公国については、本領安堵で切り崩せるなら切り崩して欲しいが、貴族連中の半分は滅ぼしたい。誰を残して誰を滅ぼすべきかは任せる」
「お任せ下さい。その……ナーディスの諸侯については……?」
「ナーディスの諸侯については任せる。が、ハウゼミンデンを新生ブランザ王国の首都とし、ブランと合わせて直轄領にする予定でいる。ヴィーガン卿が落とした都市であれば好きな所を幾つか任せよう。選んでおけ」
一瞬口篭ったハルトであったが、どうやらハウゼミンデンに代わる領地に心当たりがあるらしい。
ニヤリと笑って頭を下げた。
「……かしこまりました」
「最後だ。迷宮珠を二つ用意してある。これをハウゼミンデンに植える。が、一階から五階程度までの階層を利権、権利として売ろうと思う。場合によっては一〇階程度まで売ってしまっても良い」
ユーリウスの言葉は理解できたが、その意味するところを計りかねるといった表情で聞き返す。
「階層の権利ですか?」
「そうだ。購入した階層に人を送り、封鎖して独占するもよし、入場料を取って開放するも良し。一〇階層まで売るのであれば、そこで迷宮珠が生まれる度に採集して売るも良し……どう思う?」
「……売れます……それは……売れます」
「良し。ゲルマニア全土から人を呼んで競りを開きたい。入札の条件はハウゼミンデンに市民権がある個人、若しくはハウゼミンデンに大使館や支店や営業所がある法人、だ。告知して開催までに最短でどのくらい必要だ?」
「――はっ。告知に一月、質問状のやり取りに一月、ハウゼミンデンに新たな支店を開く者たちの為の準備期間に一月。霜月(十の月)には可能でしょう」
「任せる。売上の五割はハウゼミンデンの運営に使え。そして売上の三分(三パーセント)はヴィーガン卿の物だ。精々盛大に頼む。それから植える場所も任せる」
「――はっ! お任せ下さい」
そう言って席を立つユーリウス。
「詳細は後でエリクとティアナを交えて詰めておいてくれ」
「ははぁっ!」
早速側近の名を呼ぶハルツの声を背後に残して部屋を出るユーリウスであった。
ブランザ王国の復興に向けた動きを本格化させます。
パワードスーツ部隊とゴーレム軍団を先頭にゲルマニアを蹂躙するつもりのユーリウスです。
因みにプロローグで一言二言書いていた空中戦艦の建造もあります。




