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第五十八話 産業革命の萌芽?

A.G.2880 ギネス二六九年

獣の月(六の月) 水の週の三日(九日)

ヴェルグニー(妖精族の国) レニ



 レニの中心には巨大なドームがある。

 そのドームの中には、中央の円形の大きなテーブルに二〇席、それを取り囲む様に聴衆の為の席が数百席並んでいる。

 長老会議が行われているのはまさにこの本会議場と呼ばれるドームの円卓である。

 といっても実際にはこの本会議場が使われる事は滅多にない。

 今日の様に主に外国人が居る時に使われているだけで、普段の長老会議は長老達の何れかの自宅に三々五々集まって行われているだけの報告会の様なものに過ぎないのだ。

 巨大なヴェルグニーと呼ばれる国家を運営しているのが長老会議である事も間違いでは無いのだが、実のところ長老達はそれぞれぞの氏族の長と言うだけであり、その氏族の中にも一族毎の指揮命令系統が存在しているのである。

 長老が貴族の当主だと思えば凡その所は間違い無いのだが、当主だからといって貴族達の様に全権を握っている訳ではなく、実際に一族に対する命令権があるのは次代、もしくは次次代の当主達である。

 それでも対外的には長老会議こそが、ヴェルグニーにおける最高意志決定機関という事になっていたから、外国人との交渉等、その場で決定した事には全ての氏族が従う。

 だからこそ、事前の根回しが重要になってくるのであるが……今回の長老会議ではその根回しが十分では無かった。

 その結果が一二名の長老達とユーリウスが包まれている怒号であった。


「……参ったな。妖精族(エルフ)って迷宮の何がそんなに気に食わないんだ?」


 ずらりと一二名の長老が弧を描いて並んでいるその正面、開いている八つの席の中ほどに一人で座っているユーリウスが小さくボヤいていた。


「ユーリウス殿、我らは魔王と迷宮を滅ぼす事を神々より直々に命じられた一族の末なのだ。そうと知っても同じ台詞が言えるかな?」


 怒号が収まるのも待ち、硬い表情をしたハヴェルという老妖精族(エルフ)が口を開いた。

 妖精族(エルフ)が魔王と迷宮を滅ぼそうとしている事は知っているが、神々から直々に命じられたという話は知らない。


「何度でも言いましょう。魔王は既に滅ぼされました。それにヴェルグニーに植える事を提案している迷宮は魔王の物ではありません。復活した都市精霊が管理する物で、厳密には迷宮などと呼ばれる物とは別の存在です」


 再び沸き起こる怒号。

 どうしようも無かった。

 迷宮珠(ダンジョン・ペアレ)に宿っている精霊を都市精霊でもあるアリスの眷属(コピー)で上書きしてしまえば、能力そのものは低下するが、迷宮の機能を活用出来る様になる。

 迷宮素材の活用はヴェルグニーにとっても大きな福音となるはずであったし、時間はかかるがある程度の大きさの迷宮にまで成長させれば、伝説にあるような自ら成長する巨大な都市を地上に生み出す事も可能になるのだ。

 が、ユーリウスがユグドラシルの結界魔法との引き換えに行ったこの提案は、完全に裏目に出てしまっていた。

 妖精族(エルフ)がここまで迷宮に対して拒否反応を起こすとは思っていなかったのである。


「魔王の迷宮は生きている。だが魔王は既に存在しない。そんな言葉をどうして信用出来ると言うのかね?」

「事実ですから。逆に聞きますが、どうすれば信じて頂けると?」


 ヴィートという長老の言葉にユーリウスが答える。


「信じる信じないではない! 魔王の生み出した全ての迷宮を滅ぼす事は(ヴェルグニー)の総意である!」


 再び怒号。そして歓声。

 今度はベルナルドという長老で、ヴェルグニーにおけるタカ派とでも言うべき一派の首領であるらしい。

 

「迷宮を滅ぼすとは、どんな状態を言うのですか?」

「決っているではないか! 迷宮を攻略し、全ての迷宮珠を破壊した時にだ!」

「迷宮を破壊する事とは迷宮珠を破壊する事。間違いはありませんか?」


 静かにそう言ったユーリウス。

 何を言われているのかわからない様子の長老達。


「迷宮珠を破壊する。それは良いでしょう。ですが迷宮その物も残りますし、粉々に砕いた所で迷宮珠だった結晶は残りますが? それは良いのですか?」

「――なに?」

「迷宮珠さえ破壊すれば、残っている迷宮も魔物もそのまま放置するのですよね?」

「迷宮珠さえ破壊すれば滅びたも同然ではないか?」

「私が提案しているのも同じ事なのですが?」


 多少勢いの落ちた怒号が治まるのを待って続ける。


「古代の都市精霊の眷属にするとは、則ち元々存在していた迷宮珠に宿っている精霊を殺す事です。魔物は特別に指示しなければ生まれません。そして生み出されるのは迷宮ではなく地下都市です」

 

 漸く場の雰囲気が変わってきた。未だ数名の妖精族(エルフ)が何やら叫んでいたが、大半はユーリウスの言葉を考えているか、周囲の者達と迷宮珠について話し合っている。

 どうやらユーリウスの提案の意味が漸く理解できてきたらしい。


「迷宮を滅ぼす、それは可能でしょう。ですがこれまで滅ぼした迷宮は一体どうなっているのでしょうか? 地下に巨大な構造物がそのまま残り、地上は良くても農地、大半は荒地、森など絶対に育たない土地になっているはずです」


 ざわめきが大きくなる。


「ですが迷宮珠を都市精霊に置き換えれば、命じるだけで迷宮その物を消滅させる事も可能になります」


 もちろん、その場合には大量の供物が必要になる、などという事は言わない。


「こう考えて頂けませんか? 迷宮珠、迷宮の精霊を都市精霊に変えるという事は、魔王から迷宮を奪う事なのだと。あぁ、もちろん魔王など既に存在しないのですがね?」


 いつしか静まり返った会議場に、ユーリウスの声だけが響いた。


「今後世界は今よりも遥かに広がり小さくなるでしょう。覚えておいて下さい。我々は既に魔王亡き後の世界に生きているのです」




 ……その後、そのまま長老会議が三日間の休会となった事から、レニの街並みを見物しながら迎賓館に戻って来たユーリウス。

 だが出迎えたのはエリではなくオトマルであった。


「やってくれましたな?」

「何のことでしょう?」

「お陰で暫く寝る暇も無いでしょう」

「それは大変ですね? そうするとどなたが工房を案内して下さるのでしょう?」


 舌打ちでもしかねない顔でユーリウスを睨んだ後で溜息を吐くオトマル。


「私ですよ。長老会議で指名を受けてしまいましたから最後まで私が担当します」


 その言葉に肩を竦めてみせたユーリウスであったが、改めて話し合いを行う事については昨日からの約束である。

 昼食の後でサロンに場所を移して談合である。


「ユーリウス殿。都市精霊が復活したとはどういう事ですか?」

「正確にはモモが、灰色の霧が復活させたんですよ。アルメルブルクの古代神殿の地下には都市精霊が管理していた施設が丸ごと残っていたので、魔王の迷宮で手に入れた迷宮珠を使って都市精霊を復活させたんです」

「……また灰色の霧ですか……」

「都合が良すぎる話ではありますね。私が妖精族(エルフ)でも信用する気にはなれません。ですが事実です。長老会議としても事実を確認する必要はある。それも早急に」


 微かに微笑みながら用意されていたお茶を口に含むユーリウス。


「長老会議ではある程度大きな調査団を組織するでしょうね。そして貴方方が帰国する際には陸路を使われるとか」

「はい。シュリーファ号は既に帰国してしまいましたから。帰国は自動三輪車(ミゼット)爺さんを使って、ハウゼミンデンまでは陸路の予定になっています」

「陸路であれば調査団の護衛にもある程度の人員が必要になるわけだ」

「あぁ、大変ですね。私としてはあまり目立ちたくはないのですけど」


 大嘘である。

 武装した妖精族(エルフ)の集団がハウゼミンデンに入ると言うだけで、周辺各国に要らぬ疑惑を与えてしまうのは間違いなかった。

 ハウゼミンデン、ナーディス諸侯領が何を言おうと、周辺の国々は妖精族(エルフ)とナーディス諸侯領が同盟関係、あるいはそれに類する盟約を結んだものと判断するだろう。


「我らが船で送ると言っても聞いてくれないのでしょうな?」

「魅力的な提案ですが、そこまでご迷惑をおかけするのも心苦しいですし、なにより我が主が楽しみにしております故、遠慮させていただきます。あぁ、妖精族(エルフ)の方々は船で先にハウゼミンデンに入っては如何ですか? ハウゼミンデンからは船での移動となりますから、妖精族(エルフ)の方々が余りにも多い様ですと我々だけでは対応しきれませんから」


 沈黙する二人。

 ユーリウスは涼しい顔でお茶を楽しんでいるだけだが、オトマルの額にはじっとりと汗が浮かんでいた。

 魔の森の奥深くに大規模な調査団を送るのだ。

 その護衛もかなりの規模になるだろうし、そうなればどれほど隠そうとしたところで必ず露見するだろう。

 妖精族(エルフ)の大規模な武装集団が動いたとなれば、ユーリウスからの提案がどうなった所で、ヴェルグニーは確実にユーリウス達の独立闘争に巻き込まれる事になるだろう。


「それにしても、明日が楽しみですね。レニにもかなりの規模の工房があると聞いていますからね」


 その相談もあったのだ。

 ユーリウスに言われて思い出した様だ。


「休会後の話し合いでは好きなだけ見せてやる様にと決まった。質問も自由にして良い」

「――なるほど。ならばオトマル殿には先にお見せしましょうか」


 オトマルも何を、とは聞かない。

 ユーリウスが自身のゴーレム技術をどれだけ見せるかによって、明日のオトマルの対応も変わるのだから。

 そんな訳で、ユーリウスが先ず見せたのが単純な屈伸運動を繰り返すだけのゴーレムの指であった。


「これが全ての基本になってる」


 ユーリウスが魔石を組み込み、片手でオトマルには不可視の状態のまま(ウィンドウ)を操作して作動させる。

 ゴーレムの指がかくっと曲がって元に戻る。


「――これが?」

「コレです。では実際に使われている所を見てもらいましょう」


 そう言って席を立ち、自動三輪車(ミゼット)爺さんの所へと連れて行き、前輪のキャスター角を操作して殆ど水平の状態にして車輪を浮かせ、カバーを外して動かして見せる。


「少し見難いけど、ここにこのゴーレムが使われています。この指が次々に曲がって円盤を回してる」

「――まさか、まさかゴーレムなのは、これだけなのか……?」

「そう。だからクズ魔晶にクズ魔石だけで動く。ゴーレム一体丸ごとなんて無駄はしない」


 そう言って抑えた笑いを漏らすユーリウス。

 構造についてはオトマルには理解できなかったらしいが、黒い迷宮素材できた太いチェーンベルトが滑る様に動いて回転比を自動で変え、前輪の回転があっという間に凄まじい速度になって絶句する。


「クズ魔晶とクズ魔石でこれか……!」


 どうやらオトマルが気付いたのはその経済性についてであった。


「そう。コレを使えば、ヴェルグニーが現在使っているゴーレム船とは運用費用が桁違いに安くなるし、見ての通り、この技術の真価はゴーレム部分じゃない。長老会議が馬鹿にしていた蒸気機関でも運用が可能なこの仕組みの方だ」


 むう、と一言唸って考えこんでしまうオトマル。

 真価はゴーレム部分じゃないと言われても、このゴーレムの技術がどれほど有用であるかはオトマルの目にも明らかなのだ。

 それにフィームの義足があった。

 この技術はなんとしても欲しい。

 ゴーレムを仕込んだ鎧という物がどれほどの力を引き出すものなのかはわからなかったが、フィームの手紙が本当であれば、どんな手段を使ってでも手に入れる必要がある。

 フィームの言う通り、金属加工の技術と引き換えでは安すぎる程の技術であったのだ。

 もちろんそんな事はおくびにも出さないオトマルであったが、ユーリウスには見ぬかれているだろう事もまた理解していた。

 ブレーキをかけて停止させ、キャスター角を元にもどすユーリウス。


「……これが、魔王亡き後の世界か」


 暫く考え込んでいたオトマルが呟くように言った。


「世界は広がり小さくなる。だったか?」

「えぇ、そうです」


 小さく微笑んだユーリウスが続ける。


「ゴーレムの技術はアルメルブルクとヴェルグニーで独占するつもりですが、蒸気機関とその関連技術は既に拡散している。いずれはゴーレムなど及びもつかない程高性能な物が生まれるでしょう。その時必要となるのは魔晶でも魔石でもありません。火と鉄です。我々は良き隣人として、共に発展していける、いや、共に発展していかない限り未来は無い。放置すればヴェルグニーも魔の森も、何れは業火の中に滅びる事になる」


 だがその火を付けたのはユーリウスである。

 マッチポンプも良いところではあったが、それはこの場では言わぬが花というものであろう。


「そんな未来を回避する為にも、ヴェルグニーが迷宮を必要とする事になるのは間違いありません」


 流石にそこまでの未来を思い描くのは難しいのだろう。

 一口にヴェルグニーと言ってもその支配領域は広大であり人口も多い。ヴェルグニーに匹敵する人族の国と言えばリプリア王国くらいなのである。

 今のところは。


「この、速度を変える絡繰りは我らにも教えていただけるのかな?」


 オトマルも義足の技術についてはおくびにも出さない。

 今は未だ。


「長老会議の決定次第ではありますが、こちらの絡繰りについても提供する用意はあります」


 再び黙りこむオトマルであったが、暫くして完璧な姿勢と笑顔で口を開く。


「実に有意義な午後でした。明日はどうか(ヴェルグニー)の工房巡りをお楽しみ下さい。今日はこれで失礼させていただきます」

「はい。こちらも有意義な時間を共有できた事を喜ばしく思います」


 では、と、一礼して迎賓館を出て行くオトマル。


「後は長老会議の決定待ちって事か」


 そう一人呟いたユーリウスであったが、ヴェルグニーがアルメルブルクとの国交樹立と同盟に同意するだろう事は疑っていなかった。

 メンテナンス・フリーでイルガンディからレニの街まで走り切った自動三輪車(ミゼット)爺さんの技術は驚異的であったし、それがクズ魔晶とクズ魔石で動いていたなど驚異を通り越して脅威的ですらあったのだ。

 ユーリウスはそれらの技術をアルメルブルクとヴェルグニーで独占するつもりであるとは言っていたが、これがヴェルグニーよりも先に人族の国々に広まる様な事があれば、ヴェルグニーの優位がどこまで保てるか解らなくなる。

 しかも蒸気機関というゴーレムの代替技術が存在している。

 今はまだ玩具同然の技術ではあったが、ゴーレムを独占されている人族が蒸気機関の開発に傾注していくであろう事は確実であったし、ユーリウスの言葉が正しければ、潜在力で言えばゴーレムよりも蒸気機関の方が上なのだ。

 ヴェルグニーとしてはゴーレム技術を向上させつつ、ものになるのかならないのかすらわからない蒸気機関の開発についても、同時に平行して行わなくてはならないだろう。

 そう考えた時点で気付くのだ。

 一定以上の火力を安定して発揮する熱源としては、魔石や魔晶よりも迷宮素材の方が優れている事に。

 魔物や魔力溜まりの存在に依存する魔石や魔晶を必須とする技術では、無尽蔵とも言える程に産出されるであろう迷宮素材を利用する技術には対抗出来ないだろう事に。

 ……迷宮を持たないヴェルグニーには未来が無い事に。


 そしてヴェルグニーは今更ユーリウスを拘束する事も害する事も出来ない。

 都市精霊などユーリウス以外には扱えないし、都市精霊ではない迷宮をヴェルグニーの地に植えるなど市民達が決して許さないだろう。

 なにより灰色の霧の眷属を拘束するなど恐ろしくてとても出来るものではないのだ。

 つまり妖精族(エルフ)には、ユーリウスと共にユーリウスの描いた未来に向けて突き進むか、共に倒れるかという未来しかないのである。


「……だから早く一緒に遊ぼうよ。きっと楽しいと思うよ?」


 東のグライエ山脈を紅く染め、西のザール山脈へと沈みゆく太陽を見ながら、一人大きな声で笑い出すユーリウスであった。



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)






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