第二話 幼児の頃から魔法が使えるのはチート
A.G.2868 ギネス二五七年
雪(氷)の月(十一の月) 火の週の三日(十六日)
古代神殿
ユーリウスと呼ばれる幼児は普通よりも成長が早いらしく、既に簡単な言葉を話す様になってエリとメディナの二人を喜ばせていた。
そんな二人が話している言葉は、祐介の記憶によればどことなくドイツ語っぽい硬い雰因気の言語で、某銀河の英雄達の伝説が大好きだった祐介としては、なぜ第二言語にスペイン語ではなくドイツ語を選択しなかったのかと、荒い布切れが巻かれた苔の枕を濡らしたものである。
ともあれユーリウスの言語能力の向上と、諦める事を知らない魔法への探究心は僅かながらも実を結びつつあった。
なんとなくではあったが、エリとメディナが魔法を行使する際の手順に、明確な差異がある事に気付いたのである。
メディナが魔法を使う時、確かに何かが動いていたのである。
オーラというか陽炎とか蜃気楼みたいな何かがメディナの周りで動くのが「わかった」のだ。
そう、その時、何かが動いた。
(ユーレカー! アレだ! ついに見つけたぞ!! アレが魔法だ!)
と、それに気付いた後は予想外に早かった。
ニグラスは常にその陽炎に包まれていたし、ブルーもまた、毎朝卵を産む時にその陽炎を纏っていたのだ。
(これだ! コレが魔力だ! きっと俺にもあるはずだ! やっぱり魔法は実在したのだっ!!)
既に目の前で何度も使われているのでこの世界に魔法が実在するのは今更だ。両手を握りしめて感動にうち震える幼児というのも珍しいが、それをいつもの事として生温かく見守る保護者二人も珍しいに違いない。
(まずは、そう、まずは俺の中にあるアレを目覚めさせるんだ!)
祐介が考えている「アレ」がなんなのかは知りたくもないが、エリが魔法を使う時には殆ど見られない現象であることは都合良く忘れている祐介である。
(眠りに着きし我が魂の竜よ! 時は満ちた! 目覚めよ! 今こそその力を我が手に!!)
……もちろんそれで何が目覚める訳でもない。
幼児がバンザイしているだけである。
(……おかしい)
可怪しいのは間違いなく祐介だ。
(なぜ何もおきないんだ?)
むしろそれで何かが起きたら腰が抜ける。
(つまりまだ“その時”ではないということか……!)
ここは本気で驚いている祐介にこそ驚くべきだろう。
びっくりだ。
異世界転移だの転生だのは中二病患者にしか適応出来ないという格言があるが、まさにその通りなのだ。
(いいだろう神よ! その試練! 確かに俺が受けて立とう!)
勝手にしてくれ……。
「『天上天下唯我独尊!』」
とりあえずよちよちと七歩ほど歩いてから、右手で天を、左手で地を指しながら叫ぶ幼児。
因みに台詞は日本語だ。
(言ってやった! 言ってやったぞ!! フラグはばっちりだっ!!)
「あらあら、またあの子変なことしてるわ。……やっぱり魔物なのかしら?」
そう笑いながら生あったかい視線と割りと物騒な台詞を放っているのがメディナ。
美しい黒髪に赤い茶色の瞳が印象的な美女である。
この地に雪が舞うようなってからは殆どの時間を神殿に篭ったままで過ごしており、以前は気付かなかった、ユーリウスの異常性に目が届く様になっていたのである。
「やめてよメディナ! モモも言ってた通り、あの子は魔物じゃないわ! ちょっと変わってるのかもしれないけど、あの子は人間です!」
内心の不安もあってか、少々過剰なほどの反応をみせているのがエリ。
精霊であるモモが人間であると断言した以上、メディナも本気でユーリウスが魔物だなどとは思っていない。
いないが、やはり何処か変な子供であるとは思っている。見た目は可愛らしいのだが、その目と目線が普通の子供とは違うのだ。
そして何より、これはエリには伝えてはいなかったが、ユーリウスはいつの間にか周囲にマナをまとわりつかせていたのである。
魔女であるメディナにとっては嗜み程度の技術ではあったが、流石にただの子供に成せる様な簡単な技ではない。
「にぐらしゅ! お手! ブルーはマテ!」
そしてコレである。
ユーリウスに必要な乳や卵を得る為に、森の主との契約によって得た二体の魔物が、いつの間にか随分懐いてしまっている。
今も左手で二グラスが伸ばした触手を掴み、ブルーには右手を伸ばして静止を命じている。
因みにユーリウスがニグラスと呼ぶソレは、一見山羊の様にも見えるし草しか食べていないが、蹄も無ければ前肢も後肢も一つづつしかなく、急ぐ時には奇妙で不条理な跳ねる様な動きで移動し、普段は蹄の代わりに生えている触手を動かし、遠目には身体を動かす事無く、するすると滑る様に移動しては小型の動物や昆虫を捕食する肉食の魔物であったし、殆ど毎日の様に卵を産んでくれるブルーと呼ばれたソレもまた、一見大きな鶏の様だがそもそも翼が生えておらず、代わりに大きな鉤爪のある腕が生えている。嘴も無いし、仮に全身を覆う羽毛が無ければ、まるで小型の竜かトカゲと言っても通りそうな雑食の魔物であった。
どう見ても羽毛の生えたヴェロキラプトルである。
ありがとうございました。
「エリにしか懐かないって言ってたはずなのに、どうやって躾けたのかしら?」
「それはきっと才能があるんです! あの子は、ユーリウスは私の弟なんですから! 将来は優秀な魔獣師になるかもしれません!」
と、未だ大して豊かとは言えない慎ましやかな胸を張り、堂々と弟バカっぷりを披露するエリ。
はいはい、と、自身からエリの注意が逸れた所で再び手仕事を再開するメディナ。
「あっ! ぶりゅーー!! マテ! ……マテぇっ! まてぇっ! ステイっ! あ! それは僕の手! 手ぇっ! らめぇーー!」
エリに注意を向けられた途端にブルーにじゃれつかれて、右手を咥えられたまま引きずられていくユーリウス。
契約もあってブルーがユーリウスに怪我をさせる様な事は無いと知っている為メディナはあっさりと無視し、エリは複雑そうな顔をして必死で意識を逸らしている。
しばらく引きずり回して満足したのか、それとも子供をあやしているつもりだったのかはわからないが、不意にぺっ、とユーリウスの手を離すと、何処か楽しそうに鉤爪を振り回しているブルー。
「よーしもう怒ったじょ! しょーぶらぶりゅーー!!」
と、トテトテとブルーを追い回すユーリウス。
一見すると、それなりに微笑ましい光景であったが、ブルーは群の子供に捕食行動の訓練を行っているつもりなのだ。
が、相手が祐介である事を思えば、魔獣が格下の存在を嬲っているだけの様にもみえなくはない。
不思議である。
「ぶりゅーー!! うぎょくにゃーーーー!!」
そんな日常が続いている。
因みに祐介のなんちゃって魔法訓練はかなり進んでいて、その気になれば纏ったマナを装甲がわりにしたり、核となる物が必要ではあったが、マナをまとめてボールの様にして投げる事も出来る様になっていた。
今もそこらに転がる焚き付け用の小枝だの飼料用の干し草だのをとんでもない速度で投げつけている。
「ねぇエリ? アレってやっぱり何かちょっと可怪しいと思ったりしない?」
「私は知りません。普通のはずです。私達はそもそもあのくらいの年頃の男の子を知りませんから。多分普通なんだと思います」
「まぁ気持ちはわかるけど?」
もちろん普通の子供に出来る様な事ではない。
因みにユーリウスとブルーの攻防は、ニグラスにマナ玉が当たった事で強制的に中断されている。
近くを走っていたブルーを瞬時に伸ばした触手で押さえ込み、マナ玉を当てたユーリウスも殆ど同時に伸ばされた触手で押さえ込んでいる。
ニグラスは怒らせると怖いのだ。
「にぐらしゅ、ごめん……!」
「ぶしゃー! ぶしゃー! くけぇぇええぇえぇっ!」
外では雪が降り続いていた。
幼児期が続きます。
進行が遅いかもしれません。
次の投稿は9月24日朝7時に予約してあります。