第五十六話 妖精族の国
A.G.2880 ギネス二六九年
木の月(五の月) 木の週の二日(二十六日)
ヴェルグニー(妖精族の国) アラー湖
カルスを出発したユーリウス達は、レーベン川を遡り、リーゲン川、アラー湖へと入っていた。
そのアラー湖の「出島」には大小四〇隻を超える川船が停泊していたが、木の葉と木の実をモチーフにしたヴェルグニーの旗が見える一〇程の軍船は、その全てがゴーレム船であり、妖精族の国の強大さを物語っているようである。
もちろんユーリウス達の様な民間のゴーレム船も数隻停泊していて、上陸前には兵士達による検査の順番待ちが発生していた。
「……参ったな。エルフを侮っていたかもしれない」
と、エリと共にその様子を見に来ていたユーリウスが呟いた。
「どうかしましたか?」
「見て? あの四隻」
「外輪船ですね?」
「そう。でもその奥の船には外輪が無い」
「――そうですね。ガレー船ですか?」
「ゴーレム船だと思う。プロペラかウォータージェットか、はたまた魚のヒレの様な物でも使っているのか……調べてみよう」
そう言って幾つかの窓を展開し、アニィと相談しながら音波式の探知画面を作っていく。
「技術的に面倒だったのと、俺以外の者にも補修修理が出来る様にって事で外輪船にしたんだけど……っと、あぁ?! まさかウォータージェットか?! ……って違う? うわ、マジでスクリュー使ってんのかよ!?」
「螺子……ですか?」
思わず大声を上げてしまったユーリウスであったが、驚くのも無理は無かった。
直径一メートル以上もある一本ないし二本の筒を船底もしくは船腹に備えたゴーレム船だったのだ。
「……そう、ペラじゃないけどスクリューが付いてる。しかも、シャフト・ドライブの全金属製かよ……っと、えっと、スクリューってのは、あぁ、そうだ、アルメルブルクでも畑に水を撒く時に使ってる揚水機のアレ」
「スクリュー? シャフトドラブ? 揚水機の……あぁ、皆が水汲みが楽になったと喜んでいたあれですか……」
そう言って概略を図にした物をエリにも見える様に投影してみせる。
当然周囲の人々の目にもふれているのだが、二人は気付いていない。
「こんな感じでスクリューを水中で回す様になってる。どうやらまだ過渡期だな」
「過渡期ですか」
「お客人?」
「うん。色々試している最中みたいだ。全部微妙に違う形式になってる。迷宮素材は使われないはずだからと安心してたよ……」
そう言って幾つかのアルキメディアン・スクリュー風の推進装置を表示するユーリウス。
「そうするとアルメルブルクの、えっと技術的優位は変わらないのですか?」
「お客人」
「多分ね? でも面白いよ。コレなんて螺子の溝は普通一つなのに、溝、というか羽根になってる部分が二重構造になってる。このまま進めばウオータージェットの方向に進むんじゃないかな?」
「ウォータージェット?」
「お客人っ!」
と、ユーリウスとエリが投影画像を見ながら話し込んでいると、背後から声をかけられた。
顔を赤くしてこめかみに血管を浮かべた妖精族の文官と兵士達であった。
「……お客人、一体何を話されているのかな?」
思わず顔を見合わせたユーリウスとエリであったが、兵士達は完全に戦闘態勢にある。
「えっと、ゴーレム船の推進方式について……?」
と、慌てて展開していた窓を消して取り繕うユーリウス。
「我が軍の秘密をどうやって調べたのかは知りませんが、これは重大な敵対行為です。この場で処刑されても文句は言えないはずですが、我々は文明人ですからな、正式な裁判無しで処刑する様な野蛮な真似はしません」
「は?」
「え?」
「ひっ捕らえろ! 何処の密偵か知らぬが抵抗すれば殺してもかまわん!」
「ええええっ?!」
と、驚きの声をあげるユーリウスであったが、六人いた兵士達の中から二人が前に出て、手にした槍を振り上げて迫る。
「ま、待て! エリは目を閉じて!!」
慌てて叫んだユーリウスだったが遅かったらしい。
その場で一人が足を縺れさせると嫌な音をさせて転び、もう一人がその際に振り回された槍先で二の腕を貫かれて悲鳴をあげ、最初に倒れた男に駆け寄った、いや、駆け寄ろうと同時動いた二人が衝突し、もつれ合った拍子にユーリウス達に向かって動いていた一人を巻き込んで倒れて嫌な音を複数響かせ、それに気づいて立ち止まった一人に別の一人が衝突して転ぶと、その際に手を離れた槍が最後の一人の足の間に転がって躓かせる。もちろんその兵士も受け身すら取れずに転んで頭を打つと意識を失っていた。
「――な!? 何をしているんだ馬鹿者!!」
一瞬で六人の兵士が自滅した事に呆然としている文官風の男。
だが殺意が無かったからこそこの程度で済んでいるのだ。捕縛ではなく殺害を目的にしていたのであれば、恐らく半数は確実に死んでいたはずである。
「あ、な、何をしているんだ貴様ら!?」
真っ赤だった顔をあっという間に真っ青に変えた男に向かって声を上げたのは、正装に着替えてくると言って船室に引っ込んでいたフィームであった。
妖精族の戦士達によくみられる皮の鎧を各所に装備し、細身の長剣を腰に佩くと左手に黒い機械弓を持って草木染め風のマントを付けていた。
どうやらこれが妖精族の戦士達の「正装」であるらしい。
因みに矢筒は無く、コンパウンドボウに数本の矢が取り付けられている。
「フィーム!」
「この人達を助けてフィーム!」
エリを背中に隠す様にして、その実エリの呪いから妖精族の兵士たちを庇っているユーリウス。
そんなつもりは無いのだが、エリの呪いは突発事態になると未だに自動的に発動して周りを巻き込んでしまうのだ。
だがエリは悪く無い。
「一体何をしているんだ貴様ら?!」
悲鳴やらうめき声やらをあげる兵士たちに駆け寄って怪我の程度を見ると、文官風の男に腕を刺し貫かれていた兵士を抑えさせて槍を引き抜き、止血するフィーム。
ユーリウスはエリを落ち着かせる為に目と耳を押さえるようにしてその胸に抱えている。
が、知らない者から見れば恋人を守る様にして抱きかかえている剣士、といった風情である。
そんな感じでその場を動かず、ここはフィームに任せて手を出さない方が良いんだろうなぁ……などと考えているユーリウスであったが、騒ぎに気付いたエルフの兵士達が詰め所から次々に船着場に出てきており、停船していた軍船の上にも兵士達が出てきている。
弓を持ち出して構えている者も見えていた。
「どーしようかエリ……」
「ご、ごめんなさい」
「いや、エリの所為じゃない。こんな目立つ場所で窓とか展開してたのが間違い。俺が悪い」
その通り。
ユーリウスが悪い。
「でも、どうしようか。あ、なんか船もこっちに向かって来てるし……」
「どうすれば良いんでしょう?」
「――フィームに任せよう……」
「はい」
丸投げする事に決めた二人であった。
そんな訳で、夕刻になってもまだ二人は上陸していなかった。
一応六人の兵士達への事情聴取も終わり、兵士達への暴行容疑は晴れた、のだが、二人に対する密偵容疑は晴れておらず、二人が出した紹介状がシュマルカルデン王の直筆だった事や、フィームが妖精族でも有数の名家の出身であり、妖精族の長老達への面会の予約までとっていた事、エリが人族の王族である事、ユーリウスがゴーレム船の発明者である事等が判明した事等等が幾重にも重なり、妖精族側が大混乱に陥ってしまったのである。
「今日中に上陸するのは無理っぽいね」
「すまない。こんな事になるとは……」
答えたのはフィームである。
「いや、フィームには感謝してる。下手をすれば戦争だったもの」
フィームから返って来たのは大きな溜息であった。
「危ない所であったな……」
「危ない所でした」
と、もう一度二人で溜息を漏らす。
シュリーファ号にはフィーム以外のエルフ達は既にいないが、シュリーファ号そのものは五隻の軍船に周囲を固められており、軍船の船上には完全武装の兵士達が詰めている。
「妖精族の弓も高性能だって言ってたっけ?」
「ああ、ユーリウスの機械弓にも劣らない性能だ。魔法もあるしな。……そう言えばこんな話を昔もしたな?」
そう言って手にしていた機械弓を見て笑うフィーム。
「そうだね。……それにしても、妖精族の技術力には驚いたよ。凄い。たった十二年で現物など無い噂だけの状態から外輪船を作り上げただけじゃない。外輪船の欠点にも気付いたんだろう、完全に水中で働く推進装置の開発が始まっている。ゴーレム技術を伝えるのがちょっと怖くなっちゃったよ」
「ユーリウス……」
「あぁ、もちろん約束の技術は伝えるよ? 妖精族のゴーレム船で使ってる金属製スクリューの製造技術なんて喉から手が出るほど欲しいもの」
「そ、そうか? ユーリウスには作れないか?」
「アニィなら作れる。でもアルメルブルクでは作れない。欲しいのはそういう技術なんだよ」
ユーリウスの言葉に一瞬考え込んだフィームであったが、直ぐにその言葉を理解したらしい。
花が咲くような笑顔をみせて答えた。
「――あぁ、そうか。そうであろうな。個々の技術では遅れをとる事があったとしても、里の技術力は世界一だからな」
確かにその通りだろう、そう思うユーリウスである。
ゴーレムでクランクを回してる所まではカルスでも同じだったが、ヴェルグニーではそれらが全て金属製になっており、ベルトで駆動力を伝達するのではなく金属製のシャフトと歯車を使っているのだ。
迷宮素材を使わない妖精族にとっては苦肉の策とも言うべき技術であったが、それこそユーリウスが欲しかった「技術」なのである。
もちろん妖精族の魔法技術についても知りたいとは思っていたが、ユーリウスにとっては冶金技術や金属加工技術と比べると見劣りがする。
「妖精族との交渉が楽しみになったよ」
「――ま、まぁあまり無茶はしないでくれるとありがたい。そうだ、今のうちに言っておくが、里には「ダシーリタマッゴハー」など存在しないからな?」
随分変わってしまっているが、それはその通りなのだろう。
「え? なんだって?」
「あ、いや、里は技術も高いし豊かだが、ユーリウスが求める様な秘宝があるほどではないからな、妖精族にも届かない様な秘宝なんかは神竜達にでも聞いたら良いと思っただけで他意はない」
「神竜? そうか、竜か……竜と妖精族は交流があるの?」
「あるぞ? 私も見たことはないが、ユグドラシルの守りにも手を貸してもらっているはずだ」
言われてユーリウスも色々と思い出したらしい。
「それは何時かこの目で見てみたいな。話をしたら面白そうだし」
「ふむ。まぁユーリウスであれば向こうも興味を持つかもしれないがな……」
「ま、そんな機会があるとも思えないけどね?」
それはフラグと言うのではないのかユーリウス?
誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。




