第五十三話 技術供与という手土産
三分割した二話目です。
A.G.2880 ギネス二六九年
木の月(五の月) 風の週の一日(十九日)
シュマルカルデン王国 カルス
「シュマルカルデン王国との同盟は望む所なんだが、生憎今は出せるカードが無い。何か一発大きく目を引く物があれば良いんだが……」
流石に手土産も無しに行く訳にはいかず、予定外の外交交渉にどうやって挑むか悩んでいた。
もちろんヴィルフリートは手土産など望んではいないだろうが、アルメルブルク、いや、ブランザ王国としての外交に組み込んでしまうつもりである以上、何らかの手土産は欠かせなかったのである。
ハウゼミンデンでもカルスでも、こうして土地のトップが直々に乗り出してくるのはエレンで行った「ヤンチャ★」が原因であるから、ユーリウスとしては誰に文句も言えないのだが、想像以上に大魔導師の名声が高い。
ゲルマニアどころか、大陸全土の軍事力の根幹を一撃で叩き潰してしまったのだから、当たり前と言えば当たり前ではある。
「目を引く物ですか。……シュリーファ号やミゼットお爺さんをあげる訳にはいきませんものね」
「そうなんだよなぁ? これがヴェルグニーからの帰り道だったらミゼット爺さんを……ミゼット爺さんか――」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ちょっと思い付いた事が……」
と、何やら窓の魔法を展開して調べ物を始めるユーリウス。
数十人の名前とメモがあるところを見ると、どうやら何かのリストであるらしい。
「無い。エリ!」
「はい」
「良い物があった! これで勝つるっ!!」
「そうですか。それは良かったです」
キター! などと奇声を上げるユーリウスを微笑ましい表情で見つめるエリであったが、そこはとりあえず他人の家で奇声を上げない様にと注意するべきだろうと思うのだが?
まぁエリなので仕方がない。
因みにユーリウスが確認していたのは鉄道模型の販売リストである。
そう。
ユーリウスはシュマルカルデン王に蒸気機関車を献上する事にしたのである。
「シュマルカルデン王ならこの有用性に絶対に気付くはずだ。何も誰かが自然に気付くのを待つ必要なんて無い。ただし、実用的な、例えば船で使える様な蒸気機関を作れる様になるまでに何年もかかるはず」
そう言ってシュリーファ号からヴェルグニーで献上する予定であった鉄道模型の一つを降ろして持ってこさせるユーリウス。
「カルスでレシプロ蒸気機関が実用化されるまでにアルメルブルクで蒸気タービンを実用化してやれば良いだけだからな。ブランザ王国の優位は変わらない……くっくっく……剣と魔法の迷宮世界をスチームパンクで汚染してやる……くっくっくっく……!」
「悪い顔をしていますよユーリウス? 人前ではお止めなさい」
「おっと、これは見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございません陛下」
「あなたは考えている事が顔に出やすい、お気をつけなさいな、宰相」
言い合って微笑むユーリウスとエリである。
国家建設という茨の道を歩む事を決意した後でも、なんだかんだで仲の良い姉弟の様な関係は変わっていないのが救いである。
そんな訳で、ユーリウスはカルスの宮殿に使いを走らせ、鉄道模型のレールを敷設する許可を貰って鉄道模型の売り込み担当の者とカルスの大工を幾人か送り込んでいる。
担当者には最小限の大きさで構わないと伝えてあるため、恐らく夕食の頃には完成している事だろう。
後は自動三輪車爺さんに機関車と二人乗りの貨車の模型を二つほど載せて準備完了である。
一応エリナリーゼ女王の外交デビューともなる予定ではあったが、「お忍び」を強調することで細かい部分は目を瞑る事にしているが、秘匿していたフィームも一緒に連れて行く為ある程度のハッタリは効くだろうと考えている。
そんなこんなを慌しく準備している間に予定の時間が来て、自動三輪車爺さんを先頭にした一行はカルスの王宮へと到着した。
王宮前の広場に設置されたレールは未だ細かな調整が行われている最中であったが、驚いた事にヴィルフリートが出てきており、その様子を楽しげに見ていた。
「おお、大魔導師殿、なんでも噂のキカンシャとやらを贈ってくれるそうではないか。実はどんな物なのか一度見てみたいと思っていたのだ」
どうやら掴みはバッチリというやつである。
こうなる事も想定の範囲内であった為、椅子とテーブルも一緒に積んできている。
直ぐに適当な場所に据えてエリには座って待っていて貰う様に伝えるユーリウス。
「それほど楽しみにしていただけるとは思いませんでした。お贈りする甲斐があるというもの。宜しければ共に座ってご覧になってはいかがですか? 準備にはまだ暫くかかるでしょうから」
「うむ……ところで、大魔導師殿、その方の乗ってきた馬車にも興味がある。もしやそれはゴーレムが動かしているのか?」
そう言って自動三輪車爺さんに視線をおくるヴィルフリート。
夕闇の中、無数の篝火が焚かれた広場で、そこだけ魔法の明かりで周囲を照らして目立っている自動三輪車爺さん。
今はシュリーファ号の船員達が荷台から機関車を降ろしている所であった。
「ご賢察、恐れ入りましてございます、陛下」
「……やはりゴーレムか。一行にエルフ族が混じっているとは聞いていたが……」
どうやらエルフ族が提供した技術だとでも思っているのだろう。
「ヴィルフリート陛下、どうかこれ以上はお聞き下さいますな。陛下のご意志には可能な限り添いたいと思っております故……」
その言葉と態度で、ユーリウスがエルフ族との交流によって得たゴーレムを使っているのだろうという予想を補強する。
「――ふん。まぁいい。それよりキカンシャだ。直ぐに見せてくれ。ゴーレムではなく火の魔法で動くと聞いているぞ?」
既にレールの上に置かれた状態になっている機関車であったが、お湯が沸くまではどうしようもないのだ。
「申し訳ございません、先ずは湯を沸かさなくてならないのです」
「湯を沸かす?」
「実の所、火の魔法で動く訳ではないのですよ。火の魔法で沸かした湯から出る、湯気、蒸気によって動かすのです」
「……ほう?」
そう言って火の魔法を発生させる魔道具を作動させている様子を見るヴィルフリート。
「つまり、魔道具という訳ではないと申すのだな?」
「はい。必須という訳ではございません。湯を沸かす事さえ出来ればどんな物でも使えます」
「それは……つまりあれは、もしや魔導士が居なくても使えると言う事か?」
「はい」
そうこうしている内に作りの雑な部分からピューピューと音をさせて蒸気が漏れ始めた。
「どうやら沸いてきた様子。魔道具でなくてはここまで早く沸く事はございませんので魔道具を使っておりますが、実は堕民が使う火鉢でも十分に動きます。まぁ口でご説明致しますより、先ずは動いている所をご覧になる方が早いでしょう」
そう言って作業者達に声をかけるユーリウス。
「動けるようになり次第動かせ!」
「はっ!」
後は大体ユーリウスの予想通りであった。
ゴーレム船が普及し出して以降クランクの概念はある程度の知識層に広まっていたから、ゴーレム船の最大供給元であるカルスの支配者たるヴィルフリートももちろん知っており、動き始めた段階で完全に黙りこんでしまったのである。
「……大魔導師ユーリウス。これを作ったのもお前か?」
「はい。賢明なるヴィルフリート陛下にはお分かりでしょうが、これは、ただの玩具にございます」
再び沈黙するヴィルフリートだったが、動き始めた鉄道模型を見て唸る。
「大魔導師。アレはどれ程の力が出せる?」
「さて、そればかりはなんとも。どれ程の大きさの物が作れるか、それ次第でございましょう」
そう言ったユーリウスの顔を見て、再び暫くの間沈黙する。
「……なるほどな。既にあるのだな? 玩具ではないキカンシャとやらが?」
その言葉に笑い出すユーリウス。
「これは、失礼いたしました。流石はヴィルフリート陛下にございます。エリナリーゼ陛下、申し訳ございません。陛下の秘密を漏らしてしまいました」
「待て大魔導師!」
「はい? なんでございましょう」
「今なんと申した?」
「あぁ、これは失礼いたしました」
そう言って椅子から立ち上がり、一歩下がって片膝を着く。
「ヴィルフリート陛下。ご紹介致します。こちらが我が主、アルメルブルクの聖女にしてブランザ王国の女王エリナリーゼ陛下にございます」
ユーリウスの台詞に、お茶を片手に優雅にニコリと笑うエリ。
「ヴィルフリート陛下には失礼をしてしまいましたが、ヴェルグニーへの行幸の途上ゆえ正式な挨拶とは参りませぬ。どうかご容赦くださいませ」
と、堂々と座ったまま微笑むエリであった。
次の投稿は二十時に予約してあります。
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