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第四十七話 伝説のはじまり

A.G.2868 ギネス二五七年

雪の月(十一の月) 地の週の一日(一日)

テオデリーヒェン大公国 エレン



 ユーリウスとエリクはエレンの城壁内、それも領主の舘に居た。

 再開発が進んでいると聞いていた城壁の内側ではあったが、実態は焼けたり破壊された建物の撤去と資材化が終わったというだけで、内部の大半が更地になっているだけであった。

 一応新しく建設する訳であるから、資材化(リサイクル)した廃材や新たに購入された資材がそこかしこに山を成していたのだが、それを使って造られているのは数件の邸と騎士団の本部だけである。


 アイブリンガー子爵の財政状況はかなり悪いのだろう。

 ついでに言うと城壁内に造られていると言うのに、アイブリンガー子爵の舘は所謂城塞であった。

 大きな鉄や迷宮外壁材で補強された門を潜ると、落し戸がある通路を抜けて中庭へ入り、再び頑丈そうな門を潜って漸く邸の入り口広間である。

 中庭が所謂殺し間になっている訳だ。

 更に舘の内部も防衛戦を考えられた造りであり、石造りの舘でありながら階段は木造で何時でも落とせる様に造られている。


 正直無駄な構造ではないかと思わないでもないが、統治も潜在敵と味方的な分け方で行われている様子であったし、正面から大公に喧嘩を吹っ掛ける人物なだけあると言える。

 少なくとも舘に詰めている兵士や使用人達はみな規律正しい動きと動作で働いている様子であったし、ユーリウスが尋ねて来たと聞いて現れたセバスティアンも何処か軍隊調に見える。


 ともあれ、セバスティアンに案内されて応接間らしい五〇畳ほどの大きさの部屋に通されると、直ぐに数人の使用人を引き連れた領主のアイブリンガー子爵がやって来た。

 ガッチリとした武人らしい体格で立派な口髭を蓄え、黒に近い癖のある茶色の髪を背中まで伸ばした鋭く深い灰色の目をした青年である。

 実際の年齢についてはわからないが、少なくとも四十代にはなっているはずであった。

 因みに鎧は付けていないが脛当てと鎧下の上に上衣を纏って腰に剣を佩いており、篭手と胸当てを着ければそのまま戦に出れる状態である。


「お初にお目にかかりますご領主様。魔導士のユーリウスと申します。お見知り置き下されませ」

「うむ。戦時ゆえ大したもてなしも出来ぬが先ずは茶でも一杯如何かな?」

「頂きます」


 そうして腰の剣帯を自ら解くと使用人の一人に渡し、ユーリウスと領主との会談が始まった。


 見た目二〇歳前後の青年と一〇歳そこそこの子供との会話とは思えないが、見た目と実際の年齢が違う事くらい、貴族で領主の側に仕える使用人達にとっても然程珍しい事ではないのだろう。

 使用人達がお茶の準備をする中、最初は適当な世間話と言う情報収集を行う二人であったが、アイブリンガー子爵の目的はもちろんユーリウスの囲い込みである。


「ところでユーリウス殿、貴殿は仕える主を求めては居らぬのか?」


 結構直球で来たな? などと思いつつ、用意していた答えを返すユーリウス。


「少々勝手をしてしまっておりますゆえ、我が主についての話はどうかご容赦を。その代わりと言ってはなんですが、変わった魔道具を持参しております。お納め頂きたいのですが、どなたか確認していただける方はございますかな?」


 因みに持って来たのはゴーレムを無力化する為に作った魔晶である。

 ゴーレムの核に別の命令を上書きするだけであり、本来は適当なクズ魔晶が一つで十分なのだが、ハッタリを効かす為にもそれなりに大きな魔晶に偽装の回路を山程組み込んだ物を持って来ている。

 直ぐに子爵に仕えている筆頭魔導士という男がやって来て、ユーリウスから三つの魔晶が包まれた上布を受け取って調べ始める。


「ユーリウス殿。これは一体?」

「我が研究の成果、いや、過程で生まれた副産物とでも言いましょうか、少なくとも領主様には危険な物ではございません」

「ほう?」


 と先を促すアイブリンガー子爵を焦らす様にお茶を一口含んで子爵の魔導士に視線を送る。

 難しい顔をして魔晶を自身の魔力(マナ)で包んで調べているが、何を目的とした魔道具になるのかはわからないはずであった。


「――領主様には危険はございませぬが、連合軍の者達には致命的となり、領主様に勝利を齎す事が叶いましょう。簡単に言いますれば、ゴーレムを狂わす事が出来る魔道具でございます」

「ゴーレムを?」

「はい。どんな方法でも何処でも構いません、連合軍のゴーレムにその魔晶を埋め込んで頂ければ、たちまちの内にゴーレムは狂い命令など聞かなくなります」

「なんと……!」

「若いの、解ったかの?」


 ニヤリと笑ったユーリウスがどう見ても中年の魔導士に声をかける。


「ゴットフリート。どうだ?」

「……申し訳ございません。私には分かりかねます」

「ふむ……」

「なに、それが本当にゴーレムを狂わす事が出来るかどうか、試して見れば良いのですよ。連合軍が丁度三体用意してくれておりますからな。誰か、そう、弓の得意な者でも送り込んで打ち込んでみたらよろしい。それで本当にゴーレムを狂わす事が出来るかどうかがわかります」

「……セバスティアン。準備出来るか?」


 声をかけられたセバスティアンがゴットフリートの手から魔晶を受け取り重さや大きさを確かめて頷く。


「はい。弓の得意な者に試させましょう」


 クックックっと愉しげに笑ったユーリウスがセバスティアンに声をかける。


「もうそれきりしか無いでの。間違っても鎧に当てて壊さぬ様にの?」


 流石になんと返答して良いのかわからなかったらしいセバスティアンがアイブリンガー子爵に視線を送る。


「よい。セバスティアン。必ず直接ゴーレムの体に撃ち込ませるのだ」

「はっ」

「ユーリウス殿、コレがあれば我らは救われるだろう。かたじけない」

「なんの、ご領主様に頂いたお見舞いのお返しとしては少々足りないかも知れませぬが、浅学非才の我が身として精一杯。過分なお言葉を賜りまして恐悦至極にございまするよ」


 そう言って笑うユーリウス。

 慇懃無礼な態度が本当に愉しそうである。

 愉しいのだろう。

 魔王の重臣キャラなどと言っていたが、似合い過ぎである。


「――ユーリウス殿。此度は来訪感謝する。大した物も出せぬが食事を用意させてある故、ゆるりとしていってくだされ」

「感謝致しますご領主様。お言葉に甘えさせていただきまする」


 それで会談はお開きとなったが、どうやらユーリウスを歓待している間に件の魔晶を使うつもりであるらしい。

 上手くゆけばユーリウスは大魔道士。

 失敗すれば詐欺師。

 そう言う事であろう。

 だがゴーレムを排除する作戦はもちろん成功する。

 何の命令もしていないゴーレムが突然動き出し、周辺を滅茶苦茶にした挙句、魔の森の奥深くへと去って行ったのである。

 連合軍の陣地は大混乱となり、念の為に、と準備していたアイブリンガー子爵軍による奇襲で潰走する。

 ユーリウスは「お味方大勝利!」の報告があった時点でセバスティアンに挨拶をして退去している。


「ゴーレムはどうなったのかねぇ?」

「勝利したのであればゴーレムは役に立たなかったのでしょう」

「恩は売れたよな?」

「――恩は売れる時に売っておけ、出来るだけ高く、でしたか?」

「そうそう。エリンギ族の商売の秘訣」


 まだエリンギ族とか言ってるのか……。

 ともかくこうしてエレンの戦いには決着がついた。

 小規模な貴族同士の利権争いに過ぎない戦いではあったが、二つほと特筆すべき事がある。

 一つ目はユーリウスの名前がゲルマニアの歴史に初めて刻まれる事になった事。

 大公派と反大公派の戦いに手を貸した謎の大魔導士ユーリウス。

 公式には前述通りの貴族同士の小競り合いであった為、テオデリーヒェン大公国からもザルデン王国からも手配される事にはならなかったが、ユーリウスの名前に注目が集まったのは確かで、ハウゼミンデンからやって来たと言う触れ込みであった事からテオデリーヒェン大公国とナーディス諸侯領との関係が若干悪化する。

 二つ目は各国のゴーレム兵への信頼が崩壊してしまった事である。

 テオデリーヒェン大公国がアイブリンガー子爵への開発支援と言う名の賠償金まで支払って得た、「ゴーレム潰しの魔道具」は各国の王族や貴族の他、軍関係者を震撼させる事になったのだ。

 戦場の女王が一転して戦場の厄介者へと没落したのである。


 国の存亡を賭けた戦いの、まさにその最中に主力のゴーレムが制御を失ったら?

 とてもではないがゴーレム兵など最前線で使える物ではなくなってしまった訳だ。 

 かと言って相手がゴーレムを持ち出してきた時にはこちらもゴーレム兵が無ければ戦いにならない。

 何処まで情報が漏れているかはわからなかったが、ザルデン王国を中心に「大魔導師ユーリウス」と「ゴーレム潰しの魔道具」の回収・買い取り・捜索・探索が行われる事になる。

 この戦いで大魔導士、いや、大魔導師ユーリウスの名前は伝説となったのだ。

 ユーリウスの癖に生意気な……。



挿絵(By みてみん)





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