第四十六話 予定は未定
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 人の週の六日(三十六日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
捕まえた三〇〇人の傭兵から身ぐるみ剥いで返した後、ユーリウスとエリクは作戦の練り直しをしていた。
傭兵達を返した後、今度はなんと領主からの使者が到着したのである。
「まぁアレだけ派手な事をすれば当然か」
「領主軍でも野に強力な魔法使いが居ると言う噂になっているそうですから」
「――徴用しようって話なのかな?」
「それは無いでしょう。ですが取り込みたいとは考えているでしょうね」
「だよなぁ……まぁ一応話てみるか」
「直ぐにお通しします」
そうしてガルツの造船所にある応接間で、領主軍からの軍使との会見が行われる事になった。
予定とは少し違うが、領主軍も貴族連合軍もユーリウスの存在に翻弄されているのは間違い無いだろう。
「お初にお目にかかります魔道士様。私はアイブリンガー子爵に使えるセバスティアンと申します」
そう言って挨拶して来たのはザルデン訛りの強い文官風の壮年男性であった。薄い灰色の瞳に白髪混じりで黄色く見える長めの髪を後ろで纏めている。
案内された先に居たのが一〇歳程の少年であった為か、一瞬唖然としてエリクに視線を送ったが、即座に表情を改め視線を下げて僅かに膝を落とす。
どうやらその一瞬でユーリウスの事を、個人で若返りの薬が使えるだけの力を持つ錬金術士か、それなりの金と権力を持つ者であろうと判断したらしい。
恐らくただの使い走りではないだろう。
「あぁ、余計な挨拶は良い。人生は短い。さっさと要件を済ませるように」
ユーリウスの返答も相手の誤解に付け込む様に尊大であった。
「――はっ。では領主様からの招待状を持参しておりますので、先ずこちらのお受け取りを……」
そう言ってくるくると巻かれて蝋印で止められた羊皮紙を差し出す。が、ユーリウスはエリクに視線を送って受け取らせただけで、次の言葉を待つ。
「……この度は領主様の戦にご助力を頂けたとの事、アイブリンガー子爵も大層お喜びにて、その謝礼をしたいと――」
「要らぬ。わしはこれでも忙しいのだ。それに自らにかかった火の粉を払っただけの事。アイブリンガー子爵の戦に協力したつもりは無い」
どうやらこのユーリウスの台詞で、完全に若返った年嵩の魔導士なのだと信じこんだ。
「これは――。左様でございますか。では同じ火の粉に降りかかられて難儀している者同士、という事で、どうかお見舞いの品だけでも受け取って抱けませんでしょうか?」
そう言って取り出したのは大人の拳程の透明な玉であった。
「――それは、エレンの物か?」
「はい」
エレンの物。
エレンの迷宮珠だ。
どうやら領主は謎の魔導士を随分重く見ているらしい。
そしてセバスティアンはユーリウスを『都市一つ分』の価値があると判断した訳だ。
つまりセバスティアンは領主の腹心という事になる。
「そうじゃの。同じ火の粉に降りかかられて難儀している者同士じゃったの。お見舞いとあれば受け取らないと言うのも失礼となろう。アイブリンガー子爵にはお見舞いのお礼も兼ねてお伺いすると伝えてもらおうかのぅ」
と、天使の様な声と笑顔で答えるユーリウス。
直ぐにもう一度エリクに視線を送って迷宮珠とそれを包む布を受け取らせ、セバスティアンの事など忘れて様子で内包されている魔力にうっとりとしながら両手でもて遊ぶ。漸く魔力を遮断する為の布で迷宮珠を包んみ、未だ読んでいなかった羊皮紙に目を通したのは、流石のセバスティアンが焦れてエリクとユーリウスの二人を交互に見始めてからしばらくたってからの事であった。
業突張りで偏屈な若返りの老魔道士という演出はもうこの程度で良いと思う。
「ふむふむ。明日にもアイブリンガー子爵の下を尋ねさせてもらおう」
この一言さえ引き出せればセバスティアンもユーリウスには用など無いに違いない。
多少の情報収集はするつもりだろうが、ユーリウスが(自称)ハウゼミンデンの(方から来た)魔導士らしいという事以外にはわからないはずであった。
「ありがとうございます。魔導士様」
そうして後は適当な世間話的情報収集活動を行って帰って行くセバスティアン。
適当なキャラ設定で生み出された謎の魔導士の姿はもう無い。
「――面倒になって来たな」
引っ掻き回して領主軍と連合軍を噛み合わせるつもりが、目立ち過ぎて第三勢力になってしまったわけである。
そもそも隠す気も無さそうであったから、どうでも良かったのだろう。
何時でも船で脱出可能だった訳だし、いざとなれば本当に焼き払って全てを終わりにする事も出来るのだから。
「楽しそうにしてらっしゃいますが?」
「だって面倒だけど領主に伝手が出来るのは面白そうじゃないか?」
「面白い、ですか」
「折角だから領主に会って、どんな奴か確かめてみよう」
「……演技をするのは良いのですが、出来れば事前に相談をお願いします」
「――うむ。善処しよう」
かなり切実な様子のエリクであったが、ユーリウスは気付かない振りをして適当な答えを返す。
エリクの溜息が微かに聞こえた。




