第四十五話 虜囚返還交渉
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 人の週の六日(三十六日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
「この世界でも戦場での交渉事は白旗なんだな……」
思わず呟いたユーリウスの声は左斜め前に立つエリクには届かなかったが、右隣に立っているカイには聞こえたらしい。
「この世界?」
そもそも「世界」の言葉の意味すら知らないカイであるから、後で誰かに聞くつもりなのだろう。
「そこで止まれ! 先ずは下馬して何が目的か言え!」
エリクの声に従い、巨大な軍馬から軽やかに降り立ち兜を脱ぐ男。
騎乗して来ただけあって、他の傭兵達より上等な装備を身にまとっている。兜は羽根飾りの付いた鉄製の物であったし、ひざ上まで覆う一つながりの鎖帷子の上に紋章の描かれた上衣を纏い、両手は頑丈そうな篭手に覆われている。
もしかしたら騎士なのかもしれない。
序に言えば髭面ではあったが、意外と若いらしい。
「交渉の受け入れ感謝する。私は「コダートの白い狐」のヴォルフラムだ。私の部下が捕らえられたと聞いたのでね。生きている者が居れば助けたいと思っている」
普通に話しているだけの様にも見えるが、恐らく乱雑に縛り上げられて転がされている傭兵達に聴かせる為でもあるのだろう、かなり大きな声である。
「殊勝な心がけだな! 良いぞ!」
即座にエリクがそう返した。
軍使らしき者が来たと聞いた時点でユーリウスとエレンの間では話し合いが行われ、捕虜の返還を求めるのであれば、それに応じてやろうと言う話になっていたのだ。
「――すまんが、もう一度言ってもらえるか?」
まさか何の交渉も無しに「良いぞ」などと言われるとは思っていなかったらしい。
「だから捕虜だろう? 返してやると言っている」
「……私はその条件を先に知りたいのだが?」
「何もいらん。あぁ、服以外の装備品はこちらで回収させてもらうがな?」
その言葉に再び沈黙するヴォルフラム。
「嘘じゃない。まぁ二度と俺達に手を出すな、程度は言いたい所ではあるのだが、うちの大魔術師が言うには「どれほど来た所でまた同じ結果になるだけだ」だそうだからな。別に金に困ってる訳でも無いし身代金もいらん。おっと、それからもう一度やるつもりなら覚悟して来る事だ。なんでも無傷で捕らえるより殺す方が何倍も簡単なんだそうでな。面倒だから次からは手加減しないとも言っていた」
どこか楽しそうなエリクの台詞に、縛られたまま纏めて転がされている傭兵達を眺めて顔を強張らせるヴォルフラム。
「――まさか、全員無傷で捕らえたと?」
漸く出てきた言葉がそれであった。
「確かめてみると良い。おい! 立っていいぞ! さっさと帰れ! フィリベ、お前たちは自力で立てない奴に手を貸してやれ」
「……本当に、全員無傷なのか……?」
「あぁ、転んだ拍子に打ち身だの擦り傷くらいは出来た奴が居るかもしれんがな?」
そこまで言われたら信じるしか無い。
実際、見た所立ってしまえは全員自力で歩けている様子であったし、疲れていたり怯えた様子はあってもそれだけなのだ。
ざっと人数を確認したヴォルフラムが唸り声を上げる。
どうやら馬鹿にされていると思ったらしい。
「武器を奪ったとは言え、無傷で返してタダで済むとでも思っているのか?」
「あー、そう言われたら、「本当に面倒だから、次は傭兵達八〇〇人全員で一度に来い、一瞬で全員消し炭にしてやる」と、そう返す様に言われてるんだ。正直こんな事は言いたくないんだが、一番得意なのは炎の魔法らしいからな、本当に消し炭にされるぞ? その後片付けは俺達がさせられるんで、出来ればやめて欲しいと思ってる」
再び唸り声を上げて黙りこむヴォルフラム。
馬鹿にされているのではなく、哀れまれている事に気付いたのだ。
「もう一つ、「連合軍が来たらお前たちが寄越したものと判断する。その時点で街から半クルト以内にいたら、お前たちから先に焼き殺してやる」だ、そうだ」
「……本気で言ってるのか?」
「まぁその気になったら領主軍も連合軍も纏めて燃やし尽くすして終わりに出来る方だからなぁ……? 本気なんじゃないか?」
とぼけた様子のやり取りであったが、言っている本人の直ぐ後ろで所在無げに立っている子供が件の「大魔術師」だとは夢にも思わない。
「礼は言わないぞ?」
「それは当然だろう? 礼を言うのはこちらなんだから。金には困ってないが、武器や防具が三〇〇人分だ。それなりの儲けは出る」
それなり、どころの話では無いのだが、それは言わぬが華だろう。
もはや挑発しているとしか思えないやり取りであったが、三〇〇人の傭兵達はもう使い物にはならないだろう。
それが宿営地に戻って何を言うのか、ヴォルフラムがどんな判断を下すのか、それはわからないが、三〇〇人の兵士が一瞬で無力化された姿を見ていたのは恐らくこの男のはずで、再度来るとしても弓兵隊の支援は必須と考えるはずである。
傭兵達にも若干名の弓兵は居るが大半がクロスボウであり、正規兵が持つロング・ボウを使っている者は居ない。
当然一〇〇メートル以下の接近戦になる訳で、再び弓を放つ前に全員が捕虜になって終わる。
そこで虎の子たる弓兵まで失ったとしたら、残った五〇〇人の傭兵達が全軍で押し寄せた所で士気が保たないだろう。
来なければ良し、来たとしても弓兵を先ず潰してやれば、それ以上近付いて来るとは思えなかった。
流石に全員を消し炭にする必要は無いだろう。
……まさか本気で消し炭にしたりしないよな?
分割したら短くなってしまいました。
16時にもう一話投稿します。




