第四十四話 戦場に轟く雷
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 人の週の六日(三十六日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
傭兵の小部隊を撃破して二日目、ユーリウスの望み通りに傭兵達が幾つかの集団に分かれて造船街へと向かっていた。
既に造船街の北側にあった橋はユーリウスの手で破壊されており、放置されていた渡し舟その他についても回収・破壊済みであるため、南側から荒れ地を通って来るしか無いのである。
ただし今回は何があるかわからない為、ユーリウスとエリク、それから伝令役のカイ以外は全員シュリーファ号の上で待機している。
が、残しておいた傭兵達によれば魔法使いを抱えている傭兵団は参加していないらしく、再び一方的な展開になるものと思われている。
「――どうやら傭兵団毎の集団でやって来てくれてるみたいだな?」
「そうですね。あの方が何かあった場合に対応し易いのでしょう」
「申し訳なくなって来るんだが、やっちゃって良いよな?」
「今回は出来るだけ引きつけてからお願いします。捕虜にするとしても、あまりに広く散らばっていると対応出来なくなる可能性があります」
「……なるほど」
そう言って既に展開済みのレーダー情報の確認を始めるユーリウス。
人間サイズの反応で造船街へと向かっている集団は全部で七つ、それぞれ二〇人から多くても四〇人ほどであったが、一応こちらを包囲するつもりがあるのか、それが横一列になって進んで来ている。
後詰めが居る可能性もあるが、少なくともユーリウスのレーダーで解る範囲には居ない。
「んー、三〇〇人超えてるなぁ……一五〇づつ二回の設定で攻撃するか……いや、一〇〇人づつ三回の方が良いか。どうせ何処かで戦いの様子を見てるだろうし?」
言いながら高電圧低電流の電撃を一〇〇撃同時発射する設定を組み上げていくユーリウス。
何度か複数の魔法陣が周囲に浮かび、しばらくして準備が整った。
「……そろそろやっちゃって良い?」
ユーリウスが準備を整えている間に五〇〇メートル程の距離まで迫っていた傭兵達が停止しており、一斉に攻めかかるつもりなのだろう、進む間に乱れていた隊列を整えている。
「攻撃は全部で九回ですか? 前の時の様に三連続で三回放てるのであれば、出来ればもう少し、可能であれば一五〇ローム程の所でお願いできませんか?」
「一五〇ロームって言うと……大体九〇メートルくらいか……余裕だけど、なんなら五〇ロームくらいまで引きつけてからやる?」
「……それが可能であれば、そうして下さい。どれ程の射程があるのかは秘匿すべきです――そう言えばどれ程の射程があるのですか?」
「んー……今のところは半クルト(二キロメートル弱)くらいかな?」
「半クルト……ですか……」
そう言って思わず、と言った様子で苦笑いするエリク。
「一度に二〇〇以上のその、電撃、を、何百回でも放てるのですよね? 半クルトもの彼方から?」
「そう。でもモモはもっと凄いんだよ」
「――最古の聖霊様と比べないで下さい」
どこか疲れた様子を見せるエリクであったが、殺すだけならもっと遠くからでも可能なのだ。流石にそれを言うつもりは無いらしい。
ついでに言えば、ユーリウスは既に言付けの小鳥の魔法を改造した、超大遠距離攻撃魔法を開発済みなのである。
言付けの小鳥と違うのは届けるのが言葉ではなく爆発物である事だけ、という杜撰さであったが、爆発の規模は精々が怪我をさせる程度の物から、半径一〇〇メートルを超える範囲を薙ぎ払える様な物まで、各種取り揃えて神殿の自室に仕舞い込んである。
因みに弾頭は魔晶である。
魔晶の中心部分から連鎖的に崩壊させる事で爆発が起こせるのだ。
それも一グラムも有れば持った指先をもぎ取れるほどの爆発で、魔石なら一グラムで爪が剥げる程度と思えば良いだろう。
ただし魔晶も魔石もただ叩いたり潰したり燃やしたりしても爆発しない。ユーリウスが魔石のエネルギーを無理矢理一度に取り出す為に作った魔法が必須になる。
そんな事を話している間に、準備が整ったらしい傭兵隊が吶喊の声を上げて走り始めた。
「……なんだか可哀想になるな」
「こうなる様に煽ったのはユーリウス様です」
あとほんの一走りで造船街の周りに造られた柵へと取り付ける、凄まじい形相をした様々な装備を身に纏っている傭兵達に向け、一〇〇条の閃光と轟音が連続して九回。
残ったのは四人。
「総数は三〇四名でしたか」
「みたいだな」
窓上で範囲選択しただけである為、特に数えていなかったらしい。
「――逃げないな?」
「逃げませんね……?」
「あ」
「逃げ出しましたか。シュリーファの連中に声をかけてきます」
「……頼む」
残った四人の傭兵達は、どうやらあまりの出来事に呆然としていただけらしい。
気付いた途端に武器も何もかも投げ捨てて何やら喚きながら逃げ出している。
……トラウマだろう。
確かにコレを見せられたら、二度と突撃などする気にはなるまい。
「しかし、傭兵は後五〇〇名か……ん?」
レーダーの索敵範囲ギリギリに居た二組六人程の集団が一斉に動きだしたのだ。
「やっぱりこっそり見てた連中が居たか。エリクの言う通り接近させてから攻撃したのは正解だったな」
さて、連合軍の連中はどうするかな? などと気を失った三〇〇名の傭兵達を眺めなら考え込んでいたユーリウスであったが、船の上から戻ってきたシュリーファ商会とエレンの船大工達を見て次にすべき事を思い出したらしい。
「カイ」
「はい。ユーリウス様」
「次の作戦に移るぞ。今夜中に片付ける。今夜は全員船の上で夜を明かしてもらうから、ナータンとイルマ、それからガルツに伝えてきてくれ」
「ナータンとイルマ、それからガルツですね。行ってきます」
いつの間にか復唱する事も覚えて、動きにも張りが出てきたカイである。
「何処まで近付けるか……やっぱり陽動が必要かなぁ?」
ユーリウスが考えているのは、ゴーレムの核の制御を奪うウィルスを仕込んだ魔晶をクロスボウの先に付けて打ち込む方法だったのだが、なんでもゴーレム兵は鎧を着ているらしく、下手な場所に命中したのでは魔晶が壊れてしまう可能性があったのだ。
もちろんフルプレートの全身鎧などではなく、核を守る胸と、消耗の激しい両腕と両足を守る程度ではあったが、鎧を外して狙うとなるとこれが中々難しい。
いくら超高度な射撃管制系のサポートがあるとは言っても、クロスボウ自体の信頼性がそれなりであったし、クロスボウの先に付ける魔晶の所為で弾道が安定しないのだ。
しかもこの地方には矢羽の無いタイプのクロスボウしか無いと言う。
ユーリウスも「射出機側に溝を一本掘れば良いだけだろ?!」などと叫んでいたが、無い物は無いのだ。
なんでもクロスボウが強力になり過ぎて、数代前のクラメス教団の教皇が矢羽を禁止し、それにヴァテス教が便乗した結果なのだと言う。
要するにこの大陸で矢羽付きのボルト(クロスボウの矢の事)を使う者は異教徒もしくは異端者という事である。
つまり弾道が比較的安定している一〇〇メートル圏内、可能であれば六〇メートルくらいにまで接近しないと、いくら的が大きいとは言っても、鎧の隙間を狙える程の精度は出せないという事だ。
「問題は離脱時なんだよなぁ?」
そう、ウィルス魔晶をゴーレムに撃ち込む為に六〇メートルまで近づいたとして、そこはもう宿営地の内部なのだ。仮にゴーレムをひと暴れさせてから魔の森に向けて歩かせるとして、大混乱になるであろう宿営地からはユーリウスの足ではとても脱出出来そうに無いのである。
「……途中に馬を隠しておいて、エリクに背負ってもらって走るか? よし」
どうやらユーリウスの中では決定らしい。
「城壁の方に向かって逃げて、何処かに渡し舟を用意して……うん。なんとかなるな。「なんちゃって電磁シールド」全開で行こう」
……行けなかった。
シュリーファ商会の面々が傭兵達全員を縛り上げて居る所へ、騎馬に乗って白旗を掲げた一人の傭兵らしき人物が現れたのである。




