第四十一話 三胴の魔物
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 風の週の六日(二十四日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
それは随分と職人魂を擽る存在であったらしい。
ユーリウスが持ち込んだ様々な機材や設計図に謎粘土の模型である。
既に職人達の手で似たような形状の外輪船の模型が幾つも造られていたりする。
「随分早いな……」
思わず口にしたユーリウスの台詞に、エレンの船大工の元締めで親方のガルツが誇らしげに胸を張る。
「エレンの船大工は優秀だからな。腕だけならカルスの船大工にだって負けてねぇんだよ」
因みにカルスと言うのはゲルマニア北部のレーベン川とトルヴァ川に挟まれた位置にある迷宮に生まれた都市で、レーベン川からハルツ川に至る広大な地域の水運に大きな利権を持つ商業都市である。
水運が強いだけに船大工の技術も高いらしい。
「そうか。流石だな。それで強度の方はどうなんだ?」
「無駄かと思うくらいに頑丈だぜ!」
無駄なのか?
と、三隻並んでいる様に見える三胴船の船底を叩くユーリウス。
全長約二五メートル、全幅約二〇メートルの巨大な船である。
と言っても三胴船であるから、中央の船は全幅六メートル程であったし、左右の船は全長約一二メートル、全幅三メートル程度で、上から見れば、凡そ縦に長く、中央の船の後部両舷に外輪が装着される為、歪な六角形の甲板が見えるだけで、とても船とは思えない形状である。
既に機械式の舵と舵輪も完成しており、現在は甲板上に船縁と船上構造物が造られている所であった。
エレンの船大工は軒並み仕事が無くなってしまっていた為、四〇人を超えるエレンの船大工達のほぼ全員がこの仕事に掛り切りになっているのだ。
「戦闘でも使うから強度は必須なんだよ」
「戦船かい……だがなぁ、多分だが戦で使うには遅過ぎて話にならねぇぜ? 最低でもこの三倍は漕ぎ手が必要になると思うんだが……?」
「動力船だから要らないんだよ」
「水が水車を回すみたいに水車を回して水を動かすんだったか?」
「そう。それより舵と外輪は出来てるのか?」
「おう、この舵は良いな。一人でどんなデカイ舵でも楽々操れる! 他の船でも使わせてもらっていいか?」
「おう、どんどん使え」
「ありがてぇ! それで外輪、だったな。もう出来てる。こっちだ」
そう言って隣に併設されている作業場へと案内する親方。
そこにはユーリウスが揃えて送って来た大量の謎物資に、直径三メートル、幅二メートルはある、巨大な水車の様な外輪が横倒しになっていた。
「軸の外壁材は届いてるな?」
「あぁ、だが、なんていうか良くこんな物が手に入ったな?」
「金さえ積めばどうにでもなるんだよ」
実際には小金貨を積んだ訳であるが、用意されていたのは全長四メートル、直径一〇センチメートル程の真っ黒な棒が二本である。
嬉しげに二本の棒を軽々と持って振ってみせるユーリウス。
「だがよ、こりゃぁ削り出し前の一〇〇壁貨だろ?」
「そうそう。八〇〇〇壁貨分くらいかな? でも二本で二小金貨だった。ボッタクリだよなぁ……」
「ボッタクリの意味は解らねぇがよ、ベントっていやぁ金貨だろ? 旦那は金持ちなんだなぁ……」
「まぁいいや。それでコレが軸受けね? これしか無いから分解して中を見ようとか思わない様に。壊したら全員殺すよ?」
「はっはっは、そりゃおっかねえや、はっ、は……本気かよ旦那……」
そう言ってユーリウスが大事そうに鞄に入れて来た封入型の軸受けを四つを受け取り、その重さと動きに思わず落としそうになって慌てて抱えるガルツ。
「――な、なんだこりゃ……」
「秘密」
渡された軸受けの動きを確かめて唸るガルツ。
「――旦那ぁ、こりゃぁ、一体、なんなんだよ……」
「だから秘密なの。どうして知りたければここでの生活を捨ててもらわなきゃならない」
「ハウゼミンデンじゃこんな物が造られてるのか……」
「いや、今は俺だけ」
そう言われて再び唸りだすガルツ。
「その価値が理解出来るなら歓迎するけど、取り敢えずは仕事をしてくれ。俺も動力部を組み込まないといけないから」
なんとも言えない顔で頭を振って他の職人達に声をかけ、外輪の軸部分の加工を始める親方ガルツであった。
ユーリウスが言った通り、軸受けの動きを一瞬確かめただけで、それがどれ程巨大な革新的技術であるかは別にして、少なくともその有用性に気付いたらしいガルツは相当に有能なのだろう。
そしてユーリウスである。
「エリクは適当に休んでいて良いから。作業の手伝いは職人に声をかけるし」
因みに四人組に金を与えて食事の準備をさせ、自身は影の様にユーリウスに付き添っているエリクであったが、ここから先は殆どする事がないのだ。
ユーリウスの言葉に一言返事をして作業場を出て行く。
「さあ組み込みだ」
と、取り出したのは大量の極小魔晶が入った小袋である。
普通は使い物にならず、潰して触媒として使うしかないクズ魔晶と呼ばれる物であるが、ユーリウスからしたらコレでも十分過ぎる程の魔導核素材である。
一度に四〇以上の魔法陣を展開して作業環境を整えると、大量に用意されていた謎粘土と謎煉瓦を適当な大きさに分けていく。
そして先ずは金型として使われる事の多い謎煉瓦を、アニィの監修でラチェット機構に形成して円盤状の一枚板に貼りあわせ、熱線の魔法で数か所に穴を開ける。
当たり前だが大気を焼く音と衝撃波による凄まじい音がするわけで、作業中だった船大工達が顔を青ざめさせてユーリウスの方を恐る恐る伺っていたりする。
「よし。で、穴を謎煉瓦で鋲接して……」
一人でブツブツと何やら呟きながら魔法陣を展開し、怪しげな光る膜を何枚も浮かべ、時折閃光を発したり轟音を発したりしながら得体の知れない物を作っている一〇歳児(四歳児)である。
不気味なのだ。
かなり。
因みに今作っているのが動力部で、これで生み出した回転力を巨大な水平勢車に魔物素材のベルトで移し、そこから更にベルトで二つの外輪の回転力に変えるのである。
間に入れるのはゴーレム式の無断階変速機で、八分割された鉄枠ドラムの内部にゴーレム腕を組み込み、回転速度に応じて外径を変えて変速するというかなり無駄の多い機構なのだが、アニィとのシミュレーションでは動作が一番スムーズだった手法なのだ。
高効率の、ある意味無理のある機構にすると、木製部品の破損が絶えなかった事から苦肉の策という奴である。
ただしこの場合もベルトを使うのは初期だけと決めているユーリウスである。
金属か迷宮素材が使える様になったら、即座にシャフトかチェーンに切り替えるつもりなのだ。
しかもゴーレム式のプーリーだと回転速度に限界があり、大口径のプーリーしか作れないという欠点もある。
物が外輪船(もしかしたら簡易の鉄道)でなければ使えないし、長大なベルトを捻って動かす事になる訳で、もし仮にベルトが切れる時に巻き込まれでもしたら、人の身体くらいは軽く千切れる。
完成しても稼働中の機関室には絶対に入りたくない船であった。
「恐らくこの世界初の大型外輪船。しかも三胴船……くっくっく……名前はインディペ……いや、ウナベディヒタイト号……! ――長いな……何か別のかっこいい名前を考えよう。白く塗ってブリュンヒルトとか紅くしてバルバロッサとかどうだろう……? いやまて、ここは一つ偉大な実験艦の名前をとってエルドリッジとかどうだ? ん、何かフラグが立ちそうだから……」
――とっても気持ち悪いです。
こうして、親方や職人達の作業が終った後もエリクが持って来てくれた食事を適当に摘んだ程度で、深夜までユーリウスの作業は続いたのである。
外輪船が完成しませんでした……。




