第三十七話 魔道具の秘密
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 火の週の四日(十六日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
戦支度が始まって、エレンの街も何処か浮ついた雰囲気になっており、即座に便乗値上げが始まったり売り渋りが始まったりしていたが、シュリーファ商会の倉庫には荷車と荷馬車と馬車、さらに輓馬二頭に騎馬が一頭届いていた。
「手に入り難いと言っていたのに、突然どうしたんだコレ?」
「戦が始まりそうだからです」
「意味がわかりません」
「――荷馬車だの馬だのは戦で徴発される事が多いんです」
「なるほど。徴発されたら丸損だから、今のうちに売り抜けてしまおう、そう言う事?」
「はい。ですが考える事は誰しも同じらしく、随分値引きさせたそうです。まぁシュリーファ商会には関係ありませんけどね」
「あぁ、先払いで余った分はあげるって言っちゃったからか」
「そうです」
むふー、と鼻息を荒くしているエリクであったが、ユーリウスにしてみれば大した問題では無い。
魔石は魔物や一部の獣の体内で生成される物であるから、魔の森やダンジョンがあれば幾らでも手に入ると思っているのだ。
困った事にそれはほぼ事実なのである。
「エリンギ族の商売の秘訣第三十五。恩は売れるときに売っておけ、なるべく高く」
それはエリンギではなくフェレ◯ギで、更に言えば秘訣の第三十五は「平和は商売のチャンス」である。
ところでエリンギは茸の一種ではなかったか?
「……エリンギ族?」
「その昔、業突く張りの商売人を多く輩出した種族が居たんだよ」
「なるほど。なかなか含蓄のある言葉ですね」
うん、また騙されているぞエリク?
「うん。それより船はどうなった?」
「そちらは未だなんとも。荷留めが始まってどの船も出航出来なくなっていますから、運が良ければ売りに出される船もあるはずです」
「資金は?」
「まだ宝石や金塊が残っていますし、魔晶は手付かずですから問題ありません」
「そうか。じゃあ任せるよ」
「はい」
そんな訳で、ユーリウスは再び魔道具の研究を始めるのであった。
因みに今ユーリウスがハマっているのは光を発する魔道具である。
周囲に無数の窓を展開し、ユーリウスが確保して魔力で包み込んだ物をアニィの力を使って、精霊界経由で調べるのである。
「道理でオートマタが動かない訳だよなぁ……」
ユーリウスは研究を始めると独り言が増える。
自身の擬似人格とのやり取りや、アニィがユーリウスの思考や感情を拾っている為完全な独り言とも言えないのだが、傍から見れば独り言である。
「つまり魔石からエネルギーを取り出す為には、謎粘土の様な触媒になる物が必要で、それは徐々にマナによって侵食されて無くなってしまう訳だ」
要するオートマタを動かすには、侵食されて無くなってしまったか、もしくは消耗を抑える為に外されていた何らかの触媒を一緒にして動力部に入れなくてはならなかったのである。
「でもって灯りの魔道具に使われてる触媒は……謎の木な訳だが……一体なんなんだコレは?」
植物である。
少なくともその構造は植物なのだが、問題はその細胞を構成している物質であった。
「流石にこれ以上細かくは調べられないからどうしようも無いけど、金属よねコレ?」
アニィが肯定している。
細胞壁の構造に金属が使われているのだ。
「ファンタジー世界パネェな。世界樹も炭素素材に大量の金属を含んだ物質で出来てたみたいだけど、もしかしてそこらの植物にもこんな風に金属が含まれてたりするの?」
アニィの答えは否定である。
「そっか。なら変な物を食べなきゃ重金属の中毒とかで死ぬ可能性は少ないか……」
アニィはこれも否定。
「――どういう事?!」
同時に無数の魔石が表示された。
「うーー……ん? これって……もしかしてオドの結晶?」
アニィは更に否定する。
オドだけではなく、マナの結晶もあるのだ。
「あぁ、わかった。マナとオドの両方か。だから何……あ! まさか重金属とか中毒になりそうなものが魔石になるの?!」
肯定と否定。
全てでは無いが、そうした物もあると言う事でだろう。
「神々からの贈り物は良いけどさ、マナとかオドって万能すぎじゃね?」
アニィが否定する。
確かに万能ではない。
「それよりこの木がなんて種類の木なのかわかる?」
新しい窓が開いてコレまでユーリウスが魔の森で見たり触ったりした幾つかの種類の植物が表示された。
「おおっ?! これ……森の長老じゃん!」
アニィの肯定。
「マジでか……ファンタジー世界マジでパネェっす……」
アニィが肯定した。
何はともあれ、魔の森で育つ植物の幾つかを加工する事で触媒が作れそうな事が判明し、ユーリウスの魔道具「カイハツ☆」に弾みがつきそうである。
計画している魔道具の概念図によると、魔石からエネルギーを取り出し精霊の欠片でそれを制御して、謎粘土の一種と思われる陶板っぽい物体を発光させようとしているらしい。
陶板の元になる物が何かがはわからないが、恐らくメディナであればわかるだろう。
「この制御が上手く行けば、簡単なドット表示板が作れるから、更に進めればモニターが作れる様になるわけだ」
ユーリウスの言葉を即座に理解し概念図をつくり上げるアニィ。
「そうそう、流石はアニィ。こんな感じで良い。ちょっと大きくなり過ぎる気がしないでもないけど、小型化は可能だよね?」
アニィの肯定。
問題はその為にどれほどのブレイクスルーを必要とする事になるかであるが、ユーリウスが可能か否かしか聞いていない為にアニィは肯定するだけである。
ユーリウスはもう少し質問の仕方を考えるべきだろうが、いつか試してみて壁にぶつかるまでは気付く事は無いのだろう。
「後は色だけど、微妙な暖色系の白以外の色は発光させる事は可能? どうすれば良い?
肯定と新しい窓で答えるアニィ。
発光体の素材が不明なため、光を屈折させて特定の波長を取り出すか、発光体の表面に色の着いた膜を貼ったり、色の着いた鏡を置くか、鏡の表面に傷を付けて特定の周波数の反射光を取り出す等の方法が表示された。
因みにそれをどうやって実現するかは不明である。
アニィも知らないしユーリウスも知らないのだ。
「おお! なるほど! こんな方法でもいけるんだな! なんだか希望が出てきた! 嬉しいね!」
アニィが肯定する。
勝手にしてくれ。
「よし、じゃあ次だ。熱を発生させる箱があったよね? アレを見せて」
他の窓の背後になってしまっていた窓が最前面に出てくる。
「これ、どの程度の温度まで上げられるかわかる?」
再び新しい窓が開き、最も高い温度になった時の箱の中に、水滴を落とす様子が表示された。
水滴は玉になったまましばらく転がり、次の瞬間蒸発して消える。
どうやら二五〇度くらいはあるらしい。
「同じ方法で出力を上げる事が可能なら何処まで温度を上げられる?」
今度は鉄製の箱が赤熱していた。
つまり一〇〇〇度前後である。
「よっしゃぁっ!! コレで蒸気機関が作れる!!」
アニィの肯定。
待つんだアニィ。
耐久性を無視してはいけない。
動かしたは良いが数分で壊れてしまう様な物では使い物にならないのだ。
もちろんそんなこんなには一切気付かず蒸気機関の概念図を生み出し続けるユーリウスとアニィであった。
「スチームパンクなファンタジーも良いよな? 夢が広がるわ!」
アニィの肯定。
暴走したユーリウスは、既に古代神殿からグリーフェン砦までの鉄道路線の構築を計画しはじめているが、それほど大量の鉄材をどこから手に入れるつもりなのだろうか?
……まぁそのうち気が付くだろう。
気が付くといいね、ユーリウス……。
次の投稿は明日の朝七時になります。




