第三十六話 戦争の気配
ごめんなさい!
投稿できてませんでした!
ごめんなさい!
本当にごめんなさい!
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 火の週の二日(十四日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
ユーリウスが古代神殿を出発してゲルマニアの暦で二週間、十二日間が過ぎていた。
「何時になったら出発出来るんだろうね? そろそろ雪が降りそうなんだけど?」
「わかりません。領主様次第です」
ほぼ全ての商品が揃い、後は船に荷物を運び込めば帰還出来る、という所まで来ていたのだが、「不審な所がある」と、ここに来て荷留になっていたのである。
ただしユーリウス達の品物だけが荷留になった訳ではなく、エレンの街の全ての商品、一定以上の量の荷の全てが輸送も販売も禁止されてしまったのだ。
「夜中にこっそり運び出せるかな?」
「街を横断するしかありませんから、流石にそれは難しいでしょう」
「……でもいざとなったら強行突破するしかないぞ?」
「本気ですか?」
「いや、流石に不味いよねぇ……」
と、そんな訳で暇になったユーリウスはエレンの商館街や市場を視察中である。
隣を歩くのはベルタとエリクだ。
「ユーリは物知りだねぇ……びっくりしちゃうよ」
「知らない事の方が多いよ。ね、アレは何?」
「アレはカルプ虫よ。一匹カゴに入れて飼っておけばネズミや他の虫が居なくなるの。でも私はアレ嫌い。変な匂いがするの。ユーリも近づいたらダメよ?」
「――なるほど。アレは?」
と、ユーリウスは初めて見る物や何処かで見たことがある様な物に目を輝かせている。
特にユーリウスが目を惹かれたのは、雑貨として売られていた魔石を使う道具類だった。
「こんな物が普通に売られてるとは思わなかった」
「どういう事?」
「魔石を使う物は専門のお店や魔法使いが売ってるんだとばかり思ってったって事」
「そういうお店もあるわよ? でもこういう普通の物は普通に売ってるの」
そう言って店の品物を手にして使ってみせるベルタ。
ラネック訛りのある貧民の少女に店の主人は何か言いたそうな顔をしているが、ユーリウス達が商人か貴族の微行姿の様であるため文句を言うのは止めたらしい。
壊されても弁済可能だと思われているのだ。
ともかく、雑貨屋で売られている高額商品の大半はユーリウスが「魔道具」扱いしていた物である。
調理で使うらしい魔石を入れると一定時間内部を温める箱や、点火装置付きの壁材を燃やす為の炉が大中小と揃っていたし、温水器紛いの物まで売っている。
が、ざっと見た所その全てが「温める」物だけである事がわかる。
「――ねぇベルタ、こういう道具って全部何かを温める物しかないわけ?」
「なんで? そうじゃない物って何かあるの?」
どうやら知らないならしい。
「これはお坊ちゃまもお目が高い。他の品は高額ですし使う魔石の量も大きさも必要になりますからね、全てしまってあるのですよ。よろしければご覧になりますか?」
と、そこで店主が出てきて口を挟んできた。
「あぁ、ご店主。是非とも見たい。光を出す道具はあるかな?」
「ええ、ええ、もちろんございますとも。どうぞこちらへお掛けになってお待ち下さい」
そう言って店の奥の応接間らしき場所に案内すると、丁稚か奴隷らしい青年に声をかける。
しばらくして見せてくれたのは、シャンデリアに使うと言う箱や、どう見てもビニールにしか見えない薄い膜に絵が描いてある幻灯機に、馬車の前にぶら下げる為の大きな投光器等である。
因みに幻灯機も非常に大きく、膜は薇発条で動き、ゲルマニアではよく知られた騎士物語の絵巻が映るらしい。
「――面白いな。この投光器と幻灯機は一つづつ貰う。他にはどんな物があるんだ?」
「ありがとうございます! では他の物もお店しましょう!」
と、今度は声を出す(だけ)ビスクドール紛いの超精密人形や、文字盤が光る薇発条か重錘式で動く壁掛けの時計、獣や魔物が嫌う音を出して追い払うという箱が獣や魔物の種類毎に十数種類、逆に家畜を呼ぶ為の箱が五種(牛、山羊、羊、馬、鶏)類、何処を向いても指定した方向を延々と指し続ける女神像が乗った、ジャイロコンパスの様な大きな箱、そして「これは秘密でございますよ?」と各種護身具の類が出てくる。
どれも面白くはあるが、中には「何処に魔石が必要なの?」と、ユーリウスが首を傾げてしまう物まである。
面白いのは魔物避けと閃光手榴弾の様な護身具だろうか?
強烈な光を発して目を眩ませる効果が期待できる物であったが、無音で使い捨てにせざるを得ない上にかなりの大きさの魔石を一回で使い切ってしまう為に売れなかったらしい。
「――こんな物があるとは! 魔獣と魔物避け全部、それから女神の導き(ジャイロコンパス?)と鶏寄せとこの瞬光器(閃光器)を貰う!」
「ありがとうございます!」
面白い物が手に入ったとホクホク顔のユーリウスと、不良在庫も含めてかなりの売上となったホクホク顔の店主であったが、金貨での支払いを余儀なくされたエリクは顔面蒼白であったしベルタはドン引きであった。
もちろんただ面白いからと購入した訳ではない。
構造を調べて自分達で作って売ろうと思っているのだ。
購入した品物はヨーゼフの邸に運ぶ様に伝えて店を出る。
「いやぁ、いい買い物が出来た」
「ユーリ、あんな物を一体どうするつもりなの?」
どうやらユーリウスの買い物を無駄遣いだと思っているベルタが聞いて来る。
「もちろん分解するんだよ。あ、分解する為の道具も買わなきゃ」
「え? 分解ってなに?」
「バラバラにして中がどうなってるか見るの」
「壊しちゃうの?!」
分解という単語を知らなかったらしいベルタがわかりやすい反応を返してくれる。
ユーリウスはこういう娘が好みなのだろう。
間違いない。
「違うよ。調べて今度は自分で作ってみるの」
「こんなものを作るの?」
「作るよ。作ってシュリーファ商会の売り物にする。魔石は沢山採れるから、こういう道具が沢山使われる様になると嬉しいしね?」
「……わかった」
そしてユーリウスは帰還が遅れている事も忘れて魔道具の「カイハツ☆」に没頭し、それはこの夜、ヨーゼフからの「領主が戦支度を始めている」という急報が来るまで続けられたのである。
言い掛かりとしか思えない「不審な所がある」などと言う理由で荷留があった事を、ユーリウスはもう少し真剣に捉えるべきであったのだが、ユーリウス達だけでは無かった事に安心してしまったのが失敗であろう。
独自に調べていればもう少し早い内に気付いていたはずだ。
「……つまりザルデン王国時代からのエドウィンの側近が次期エレンの領主になって、ディッタースドルフ系の現エレン領主が腹を立てて、やれるもんならやってみろ、と戦支度を始めたわけだ。マジかよ……」
「マジです」
ヨーゼフからの急報があってから慌てて情報収集に向かったエリクが帰還し、事の詳細を教えてくれた。
「そのアイブリンガー子爵、だったか? 都市一つで本気で勝てるつもりでいるのか?」
「貴族の意地ってやつだと思います。そもそも勝てるか勝てないかではないのです。それにアイブリンガー子爵はザルデン王国でも力のあるディッタースドルフ系の貴族ですから」
そこまで言われたら、ユーリウスにも既にそれなりの知識がある。
恐らくテオデリーヒェン大公国でもディッタースドルフ系の貴族は動かないだろうし、ザルデン系貴族も日和見するはずであった。
しかもザルデン系貴族と言われる者達は、その多くがザルデン王国やディッタースドルフ、メンディス両大公国に親族や領地がある。
いざとなればエレンの街を破壊しつくされた所で再起可能なのだ。
「いざとなれば迷宮を暴走させてでも徹底的に戦うと言っているそうです」
「……冗談だろ?」
「アイブリンガー子爵の本領はディッタースドルフですから」
「――最悪ここを捨てても大丈夫だって事か、ふざけやがって……!」
「あ、あの、ユーリウス様?」
「無茶はしないけど、いざとなったら何をするかわからんよ?」
「はい、覚悟はしています。ですがヨーゼフが言うには、エドウィン王子も軍を出すまではせず、新都市建設に人と金を出させて終わりにするだろうと。最悪でも小競り合い程度で済むはずだと……。楽観的過ぎる気がしますが、ブランとエレンの間には小規模な農村が幾つかあるだけですから、都市建設の話は過去にも何度かあったそうなのです」
「……だからって、いや待てよ? 一体どうしていきなり領主を変えるだなんて話になったんだ?」
「わかりません。ですが、最近エドウィン王子の取り巻きが力を持っているのだそうです。恐らくこの機会に完全に主導権を握るつもりなのでは?」
「そんな事の為に内戦を引き起こすつもりなのか。やってられないな……」
どうせ戦をするのであれば、戦に引っぱり出される民が納得の出来る大義名分程度は用意すれば良いのに、と、そう思うユーリウスであった。
「仕方ないか。ある程度の目処が付くまでエレンに留まるしかないな。なぁ、外輪船初号機に防雪対策するのと、適当な船を買うか一から作るかして、改めて外輪船を作るか、どっちが良いと思う?」
「……わかりません。お任せします」
「よし、任された。ヨーゼフにアポとってくれ。購入可能な船が無いか確認してみよう」
「アポ?」
「あ、えっと、面会予約をとってくれ」
「はい。明日の朝一で連絡を入れます」
「よろしく。じゃあ寝るから。おやすみ」
「はい。おやすみなさいませ」
予定は未定とはユーリウスの為にあるような言葉なのだろう。
というか、もしかしてユーリウスはフラグを立ててしまったんじゃないのか?
次の本編の投稿は今度こそ明日の朝七時になります!




