第三十五話 国是
すいません。
短い上に会話(説明・ネタ)回です?
A.G.2868 ギネス二五七年
霜の月(十の月) 火の週の二日(十四日)
テオデリーヒェン大公国 エレン
ユーリウスがエレンに来て解った事の一つに、旧ブランザ王国の常識は、この大陸の常識ではない、という事があった。
「どういう意味ですか?」
「この大陸、名前を知らないから仮にエウロパ大陸って呼ぶけど、このエウロパ全体の統一された知識や経験というのは存在しないんだって事だよ」
「――そうですか」
「エリク? また訳のわからん事を、とか思っただろ?」
「いえ、慣れましたから」
「言い訳すらしないっ――?!」
ラネック王国出身で元従騎士という過去からある程度話が通じると考え、時々この手の話をしていたのだが、エリクからすればそんな事を言われても困るのである。
土地には土地の常識がある事こそがある意味常識であり、統一された知識だの経験だのと言われても、逆になにが言いたいのか解らなくなってしまうのだ。
「要するに、だ。人は自身の常識が通じない相手を異物と見做して排除しようとするんだよ」
「……なるほど、つまり?」
「ザルデン王国によるブランザの民の取り込みは、早晩失敗する」
「そうなのですか?」
言ってやった。
とドヤ顔するユーリウスであったが、エリクにとっては話が飛び過ぎて多少混乱している。
「ラネック王国は支配民族と被支配民族に分けて分割して統治しようとしてたのはわかる?」
「まだなんとなく、ではありますが」
「そしてザルデン王国では、ザルデン王国の常識でザルデン人とブランザ人、そしてラネック人を支配しようとしているんだよ。しかもザルデン人の常識とリプリア人、正確にはディッタースドルフ人なんだろうけど、多分ザルデン王はディッタースドルフの、リプリアの常識でザルデン王国を治めて成功しちゃったから、今回もそれが通じると思ってるんだろう」
ユーリウスの分析は正しいだろう。
地球の歴史でも似たような事例は多々あるのだ。
それをなんとかしようと思えば全住民に対する洗脳に近い教育が必須となる。
「通じないのですか?」
「ある程度は通じるだろうけど、そこには必ず歪みが出るし、その歪みは必ず拡大する」
「……また、戦ですか?」
その顔を見れば国が乱れるであろうと信じている様子である。
「ラネック王は、いや、ザルデン王はどうすれば良いとお思いですか?」
「まずは距離を置いて、その間にリプリア王国の国教であるクラメス教を広める。徹底的にね?」
「……それは、反発が大きいのでは? ブランザ人もラネック人も大半がヴァテス教徒ですよ?」
「大丈夫だよ。最初から教義を広めたりしない。最初は迷宮堕ちした連中や難民達に施しをするだけ。そこから少しづつ興味を持たせてクラメスの教義に慣れさせるんだ。クラメスの教義を一つの常識にするんだよ」
「そんな事でヴァテス教徒が靡きますか?」
「実はヴァテス教徒はヴァテス教徒のままでも良いんだよ。クラメス教っていう共通の常識を持たせた時点でブランザ人もラネック人もザルデン人も、異物から他人に早変わりだから」
そう言ってエリクの反応を伺うユーリウス。
「なるほど、そこで先程の話が……。ですが、そんな簡単な事なのですか?」
「人ってのは意外と簡単なんだよ。現にエリク達はラネック人だけど、ニクラウスやエトムントはブランザ人だろ? なんで仲良くしてる?」
「それは、同じ難民ですから……あぁ、確かに単純ですね」
「そうなんだよ。単純なの。しかも食料の節約って面もあったけど、全員が同じ場所で同じ物を食ってるだろ? 多少の常識の違いとか出自とか以上の別の常識を上書きされてちゃってる状態なわけ。しかも魔の森の魔物っていうわかりやすい敵が存在してるしね?」
「それはわかります。そうすると、失敗したらザルデン王はどうすれば良いのです?」
「さぁ? 逆に滅茶苦茶なってブランザ人もラネック人もザルデン人も、内乱や戦はもう嫌だ、って共通の認識が出来た時点で兵を率いて直接乗り込んで来たら、意外と上手くいくかも?」
「……それは、なかなか非道な手段ですが、上手く行きますか……?」
「初めから失敗しそうな奴を頭に据えて置けば良い。最初から搾るだけ搾って金を貯めておけば、後の軍事行動も多少の足が出るくらいで困らないし、わかりやすい敵を……あぁ、例えばあのテオデリーヒェン大公を晒しあげて殺しちゃえばエリクも納得いくでしょ?」
「――あの、テオデリーヒェン大公はザルデン王の息子ですけど?」
「例えば、だよ。……まぁ息子って言っても沢山いるみたいだし、第二王子でしょ? 泣きながら自分で切ってやれば民衆も納得するよ」
ドン引きである。
「それは流石に……」
「まぁ本題はそこじゃない。問題が拡大するにせよ燻り続けるにせよ、本格的に火が付くのはまだまだ先の話だ。だから俺達はその間に準備をして、火が付いたら即座に動ける様にしなきゃならない」
「その為の組織作りと拠点の確保、ですね?」
「そうそう。出来ればテオデリーヒェン大公全土を。最低限イエルスくらいまでを支配下に置きたい。ただしその場合はナーディス諸侯領との連携が必須になるけど」
「……これが、貴方でなければただの誇大妄想だと思うんでしょうが……」
「実現出来ちゃいそうでしょ?」
「神殿の様子やあのゴーレム達を見ていると……時々空恐ろしくなります」
「実現しちゃうから。時間はかかると思うけどね? だからエリクの責任は重大だよ。皆が元気で幸せになれる国を造る為だから」
「……はい。ユーリウス様のあのお言葉、忘れていません」
「あのお言葉?」
「市民は幸せになる義務がある。それから、働けば自由になる、です」
惜しい、正確には「幸福は市民の義務である」だ。
ついでに言うと適当にそれっぽい事を言っただけで、ユーリウス自身はそこまで考えていない。
しかも「働けば自由になる」は、祐介が記憶していた数少ないドイツ語の一つでアウシュヴィッツ収容所の門に掲げられていた言葉である。
エリク、騙されてるぞ?
「――あぁ、何れ生まれる新生ブランザ王国の国是だよ」
「なんと! そうだったのですか!」
「う、うん。そう。だからエリク、みんなの幸せの為にも頑張ってくれ」
「はい! お任せ下さい! 必ず成し遂げてみせます!!」
……可哀想なエリク。
閑話にしようと思ってた分だったりします。ごめんなさい。
次の本編の投稿は明日の朝七時になります。




