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第三十三話 酢漬けと揚げ物は北国の魂

A.G.2868 ギネス二五七年

霜(雪)の月(十の月) 水の週の四日(一〇日)

テオデリーヒェン大公国 エレン


 

 日が沈み、西に光り輝く女神の羽衣(リング)からの光が絶えて、そろそろ辺りが闇に閉ざされる頃になる。

 冬場は女神の恵みが薄れてしまう――リングが赤道上で水平に存在しており地軸が僅かに傾いている為、冬場は反射光ではなくリングの裏側からの輻射光しか無い――為に非常に暗い。

 麦わらの小山に寝転び空を眺めるユーリウスの前で、名も知らぬこの星の影が徐々にリングを隠してゆき、今度は二つの月が微かな光でリングを照らし始める。

 二本の触覚を生やしたあのボスなら、きっと「この星の夜空は美しい」とでも言うに違いない。

 晩秋というより初冬と言って良いこの時期のこの時間である、風は冷たく気温も低いが、麦わらに半ば埋もれているユーリウスは、着ている魔獣革のマントもあってそれほど寒さは感じていなかった。


「……麦わらは良いけど流石に手足は冷えるよなぁ……あー、缶コーヒーが飲みたいなぁ……」

「かんこーしー? なにそれ美味しいの?」


 思わず呟いたその台詞を聞かれてしまったらしい。

 頭の上から覗き込む様にして顔を見せたのは、ユーリウスの面倒を見てくれる事になったベルタである。

 十分に卵型と言えるその顔に、ボサボサにの髪は綺麗な栗色で瞳は透き通ったヘイゼルに、淡い茶色の縁取りがあり、恐らく栄養状態が関係しているのだろう、十五歳と言うのに男の子と殆ど変わらぬ体形の少女だ。

 慌てて身体を起こして立ち上がったユーリウスの頭や背中のゴミを払ってくれた事で、腰を屈めた彼女の顔が目の前に来て、その瞳が赤の月(フレイア)の光に照らされ、昼間の色とは全く違ったオレンジ色に輝いているのに気付いた。


「――綺麗な瞳だね」

「え? あ、ありがとう。――って、なんなのよ突然、びっくりするじゃないの!」

「え? びっくりしたのはこっちだけど?」

「ん、ま、まぁいいけどさ。それよりカンコーシー? って何?」

「本当は苦いんだけど、とっても甘くて香ばしい良い香りがする美味しい飲み物だよ」

「本当は苦いの? でも甘いなら飲んでみたい。どうやって作るの?」


 「買う」という発想が出てくる以前に「作る」が出てくる所に衝撃を受けて口籠るユーリウス。


(――そっか、そもそも買うっていう発想が無いのか……!)


「作り方は知らないの?」

「んー、一応知ってるんだけど、コーヒーの種が必要なんだよ。あとミルクと砂糖」

「砂糖! そんなの誰も持ってないよ! とっても高いんだよ!?」

「うん。知ってる。だから飲みたいけど飲めないんだよ……」

「そっかぁ、残念だねユーリ」


 ユーリ?


「ユーリって俺の事?」

「ユーリウスだからユーリでしょ?」

「その呼ばれ方は初めてだ」

「――ふーん? じゃあ他にはなんて呼ぶの?」

「ユーさ、あ、ユーとかユゥとか?」

「そしたら他のみんなにはユーって呼ぶ様に言っておくね? ね? 私はユーリでも良い?」

「別に良いけど。なんで?」

「弟みたいだから」


 また弟か……! と内心がっかりしているユーリウスだが、そもそも自身の外見と中身の年齢が乖離し過ぎているのだ。


「そうなんだ。ベルタの弟ってどの子? あ、あの栗色の髪の男の子かな?」

「ん? どの子かわからないけど、私の弟はユーリと同じくらいの時に死んじゃったの」

「……そっか」

「ユーリと同じ綺麗な金色の髪をしてたんだよ?」

「そっか。生きてたら友達になれたかな?」

「多分ね?」


 と、そこでイルマの声が聞こえて来た。

 どうやらベルタの事を呼んでいるらしい。


「あ、いけない、お仲間の皆さんが着いたから夕食にするって、呼んでくる様に言われてたんだっけ!」

「あ、到着したんだ? お腹空いてたから良かったよ」

「ごめん、そう言えばカンコーシーが飲みたいって言ってたもんね? さぁ行こう! エリクさんが沢山お金を出してくれたから今夜はごちそうなんだって!」

「楽しみ!」

「でしょう? 早く行こう!」


 と手をつないで駆け出す二人。

 ラネック系住民が寄り添って暮らしている倉庫は一列に全部で三棟あり、ユーリウス達が泊めてもらえる事になったのは、イルマ達が暮らしている一番西の倉庫である。

 泊めてもらうお礼にと、かなり多めの一人二〇〇壁貨(ヴァンツ)づつ、一〇〇〇壁貨(ヴァンツ)棒貨と、エトムントが手土産にしたラネック産の大麦から作った蒸留酒を一樽渡した事で大歡迎を受けたのである。

 現金なもの、とはこの事なのだろう。

 因みに酒と壁貨(ヴァンツ)のどちらがより効果的であったかは不明である。

 兎も角歓迎されている間にフィームの事をさらりと紹介し、妖精族(エルフ)である事を強引に納得させて今に至る訳だ。

 

「そうだエリク、ボニファンの領地に居た人は居なかった?」

「おりませんでした」

「それは残念……」


 それは夕食の席である。

 かなり硬めの黒パンと塩味の(ラード)にクズ野菜のスープ、各種野菜の酢漬けにエレン湖の魚を(ラード)で揚げた料理、普段より相当豪華らしい屑肉と脂肪を(ラード)で揚げた料理が山程。

 ラネック料理は大量の(ラード)を使うのが基本らしい。

 更に言えば、ガイエスと呼ばれる軽く火が付く強さの蒸留酒が出されており、八三人のラネック難民が勢揃いしていた。

 エリクは大喜びであったしユーリウスもあまり気にせず食べていたが、エトムントやニクラウスには胸焼けしそうな料理であるらしく、パンとスープに魚の揚げ物しか食べていないし、フィームは匂いだけで限界を迎えたらしく外に出てしまっていた。

 そんな食事を楽しげに会話しながら摂っていたユーリウスであったが、ふと思い付いたかの様に言う。


「そうだ、この倉庫は誰かから借りてるって言ってたよね?」

「――言ってましたね?」

「買う事は可能だと思う?」


 ユーリウスの言葉に溜息を吐くエリク。


「そんな風にたった思い付きましたって顔をしなくても大丈夫です。ずっとお考えだったんでしょう?」

「ちぇっ。バレてたのか」

「流石にユーリウス様の事も随分と解るようになって来ましたからね。ええ、買えるか否かで言えば恐らく買えますよ。代理人を仕立てて手を回して見ましょう。ここを難民集めの拠点にしたいんですよね?」


 図星であった。

 グリーフェン砦を経由し、魔の森を突っ切るルートも利用可能ではあったが、護衛の手配が非常に難しいのだ。

 だがエレンハルツ川を経由するのであれば、中継場所の整備さえしてしまえば護衛すら必要なくなる可能性が高い。


「それもバレてたか。あ、倉庫もイルマ達が借りてる三棟だけじゃなくて、他の四つを含めて七棟の倉庫すべてとこの周辺の土地も欲しい」

「それは流石に……予算が足りないのではないかと……?」

「増やせば良い。幸い魔の森の獣や魔物は魔石持ちでは無い方が珍しいくらいだし、魔石は有れば有るだけ売れる消耗品だもの」


 確かに魔石は常に需要過多となっている売れ筋商品だった。

 有史以来多種多様な魔道具が実用化されており、それらに使用される魔石は消耗品であるのに、迷宮やマナの濃い場所に棲む獣や魔物からしか採れないのだ。

 当然価格は高止まりしており、本来更に高価であるはずの魔道具の価格が下落傾向にある程となっている。

 魔道具は魔石(魔晶の場合もある)が無ければ使えないのだから仕方がない。


「確かに魔石の販路が有れば可能でしょうね」

「他にも魔晶や魔物の素材を売る事だって出来る。本当はテオデリーヒェン大公国よりお隣のナーディス諸侯領で売りたいんだけど、それだってエレンで中継出来れば色々と誤魔化しが効くからね?」

「――ナーディス諸侯領、ですか」

「そう。敵の敵は味方、ってね。ナーディス諸侯領が強くなればテオデリーヒェン大公国を牽制出来る」

「なるほど……」


 エリクの答えを聞いたユーリウスが一旦口を噤んで姿勢を正す。


「こんな時だけど、エリクには色々とお願いしたいんだ。ボニファンには神殿の統治に全力を尽して貰わなきゃいけないから、外に出て交渉事を行ったり拠点を準備したり、難民から移住者を見繕って神殿に送ったり、って、外の仕事をエリクに任せたいんだよ。大変だと思うけど、引き受けてもらえないかな?」


 ユーリウスの言葉と態度に息を呑むエリク。

 最初は「こんな子供になんで俺が……」という感情が時折見え隠れしていたエリクであったが、少しづつユーリウスへの忠誠心を高め、この密輸行で(ボニファン)、の主、として認めるに至ったらしい。


「――もちろんです。きっとボニファン様も賛成して下さるでしょうし、私としても望む所です」


 一瞬の息を呑んだエリクであったが、しっかりと頷くと一旦跪いてユーリウスの手を取り、両手で掲げる様にして額に当てた。

 ゲルマニアでは忠誠を捧げ、最上位の礼を表す行為である。


「頼りにしてるよエリク」


 そう言って「計画通り……!」などと口元を歪ませるユーリウス。

 ボニファンを中心に神殿とその周辺の安全を確保して生活環境を整え、エリクを中心に難民達を移民に仕立てて神殿に送り込む。

 エリクが交易路を構築し、ニクラウス達は魔の森の産物を加工し、エトムント達が漁をしながら各地の街に加工品を運んで外貨を稼ぎ、神殿では作れない様々な品物を持ち帰る。

 最低限このサイクルが出来上がってさえいれば、ユーリウスが居なくなっても神殿の経済力と生産力は徐々に上がるはずであり、同時に領主で聖女で精霊の巫女という扱いのエリの生活も向上するはずであった。

 ユーリウスも色々と考えてはいるのである。

 

「……多少は恩返しになる……のかなぁ……?」


 エリとメディナには、自由に好きな事が出来る環境を用意したい、そう考えていたユーリウスであったが、中途半端な状態で自分が抜けてしまう事になり、責任を二人に押し付けてしまった様な気がして、少々心苦しくもあった。


「やっぱり春までに、なんとかボニファン達だけに任せて大丈夫な状況にまでしておかないとなぁ……」


 いまさらだが、意外と考えているのだ。

 本当にいまさらなんだが……。

 

 





次の本編の投稿は明日の朝七時になります。

好き放題して来たユーリウスが、漸く真剣に街造りを考え始めました。

自分が居なくなった後、自分が居なくても大丈夫な街造りを考えています。


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