閑話 傭兵 05
閑話です。
A.G.2867 ギネス二五六年
地の月(四の月) 火の週の五日(十七日)
テオデリーヒェン大公国 ブラン
四地区合同自治会会議の日から二週間(十二日間)が過ぎていた。
「――考えたものだよなぁヘルムート。街が明るくなった気がするよ」
執務室の空気は比較的明るい。
自警団の予算を圧縮出来たお陰で余裕が出来ていたのだ。
傭兵団の資金繰りが夜逃げ寸前になっている事も知っていたが、ヘルムートの機嫌が悪いのは何時もの事であったし、無茶をして資金繰りを悪化させていたのはヘルムートであったから、ゲオルグ自身は然程心配はしていない。
きっと何か理由があるのだろうと、黙って見ているだけである。
「はい。幾人かの商人達が、防火の為にはもっと沢山の水桶が必要なのではないかと煩い程です」
「ほう? ご隠居様に釣られたのかなぁ? 善行はするものだよなぁ。まぁ自分達で場所を確保出来るなら好きにさせたら良いと思うが?」
「ダメです。用地確保は我々がします」
はて? なぜだろう? と、少しだけ考え込んだゲオルグであったが、直ぐに防火用水用の水桶用地の利権問題なのだと気付く。
あの宴会の時、そんな話題を耳にしていた。
ヘルムートが必死であの二人に食い下がり、団の予算の全額に加えて数年先までの予算を抵当に入れ、強引過ぎるほど強引に資金確保したのだ。
「あぁ、つまり土地を貸すわけか?」
「はい。現在確保済みの用地の所有者は四割は自治会、三割がご隠居様で一割がルートガーですが、二割はウチで押さえる事が出来ています。多少無茶もしましたが名義は別にしてあるので問題ありません。幅五ローム、奥行二ロームの土地でも借地は借地ですからね。それも今後半永久的に店子が入る借地です。絶対に押さえさせてもらいます」
「――そんなに必死になる必要があるのか?」
「当たり前でしょう?! 何を言ってるんですか?!」
「高々週に二〇壁貨かそこらだろう?」
その瞬間、気温が一〇度は下がった。
「隊長、隊長が戦場では頼りになる事に疑問の余地はありませんが、もう少しだけ戦以外の事についても考える癖をつけてもらえませんか? 高々週に二〇壁貨と言いますが、それが全部で三四〇ヶ所もあるんだって事を理解して下さい。週に幾らになりますか? わかりませんか? そうですか、教えて差し上げましょう。全部で六四〇〇壁貨です。年間幾らですか? わかりませんか? そうですか。教えて差し上げましょう。約四二〇〇〇〇壁貨です。つまり八四〇銀貨! 八金貨と四小金貨です!!」
「――お、おぅ……!」
「ウチが確保したのはその内たったの二割で、あのご隠居様が三割ですよっ!」
相当腹に据えかねているのだろう。
手にしていた書類を叩き付けて撒き散らしてしまうヘルムート。
「……まぁ良いでしょう。年間八四〇〇〇壁貨が丸々利益ですから。一金貨と六八銀貨にはなります」
「そ、そんなになるのか……?」
バンッ! と両手でテーブルを叩いたヘルムートの鬼気迫る様子に沈黙するゲオルグ。
「――なるんですよ、それもブランの街が発展し、地価が上がれば更に増えるんです。既にあのご隠居様が始めた事で防火用水用地の価格が跳ね上がってますよ。契約の更新は二年毎ですからね。次の更新では週に二〇壁貨だなんてあり得ません。その三倍は確実にいきますね。まったく、あのジジイどもが、どうしてくれよう、どうしてくれよう……クッククク……」
「あ、あのな、ヘルムートさんや……?」
「――なんですか?」
「あのな、どうしてそんなに上がるのか、ちょっとわからないんだが、教えてくれないかなぁ、なんて思うんだが……?」
恐る恐る尋ねるゲオルグだったが、恐れていた爆発は無く、それどころかゲオルグの言っている言葉の意味が全く理解出来ないと言った様子で見つめ返してくる。
「――その、もしかして本気で言ってるんですか?」
「本気だが?」
と、再び沈黙するヘルムート。
「自警団の上衣は兎も角、傭兵団の上衣の利権を確保していたからてっきり理解してやっていたのかと思ってましたよ……」
「あぁ、アレな。なんで怒らないんだろうと不思議だった」
ついには頭を抱えてしまうヘルムート。
「同じですよ。あのご隠居様どもは新しい商売の種を作り出したんです」
「ほうほう?」
「……貴方もその一人に数えられているんですが?」
「へぇ……?」
全く思い当たる節が無いらしい。
「あのご隠居様とルートガーが設置した水桶は見ましたね?」
「あぁ、綺麗に彩色されて何か描いてあったな。地図もあった気がする。街が明るくなった様で評判も良かった。街の有志が目立つ様にと自費で灯りまで設置してくれたよ」
「……そうですね。あれをバイパルでは「広告」と言うらしいです。ご隠居様は広告と呼んでましたがね?」
「それで?」
「要するに、アレで人目を引いて名前を売るんです。新しい自警団の上衣にはウチの団章を入れたでしょう?」
「おう、シルスの竜だ。俺達の団章はやはり最高だったな!」
「あれを俺達以外の奴も着て、街の皆の役に立ってる訳です。俺達の団章を付けた俺達以外の奴らが汗水垂らして働いてるんですよ。それでも街の皆が見るのは俺達の団章なんです俺達が何もしなくても俺達の団章を付けた奴らが働いてくれているお陰で俺達の評価が上がる。この意味が理解できますか?」
「――お、おぅ、ちょっとズルいよな?」
「そーじゃありません!!」
「そ、そうか」
「――もう良いです。あの水桶の絵や文字や地図も同じです。綺麗に色分けされて、街の案内図も付いている。わかりませんか? 例えばブランに初めて来た者達が宿屋を探している、ふと見ると水桶があって宿屋の印と地図を見つける。どうすると思います?」
「う、うむ。その地図の場所に行くな。便利じゃないか。流石は先代ヴェッツェルだな?」
「理解してくれましたか。あのご隠居様は手桶一つで週五壁貨の料金を徴集してます。因みに大半の広告主は手桶一つなんて使いません。手桶の大半を借りきって広告を描かせてるんです。手桶一つで週に五壁貨なら、二〇個で幾らですか? わかりませんか、一〇〇壁貨です。週一〇〇壁貨! それが三四〇ヶ所あります!週に幾らですか?! ――わかりませんか、三四〇〇〇壁貨です。年間幾らですか? わかりませんか、二二一〇〇〇〇壁貨です! 四四二〇銀貨! そう、四四金貨以上の儲けが出るんですよ! 何が善行ですか何処が善行なんですかっ!! コロっと騙されやがってこのバカ隊長!!」
ヘルムートの気持ちが漸く理解出来た気がするゲオルグ。
「……隊長? 隊長!? 何処へ行く気ですかっ?!」
「ちょっとアノご隠居様をぶっ殺してくる……!」
「バカ言ってないでさっさと座って下さい! 話は終わって無いんです! それで俺達の上衣の背中には全てシルスの竜が入ってますが、前には何も描いてありません」
「……そうだったな。どうするんだ?」
「広告を入れます」
何処かで聞いた事がある言葉であった。
「……なんだと?」
「だから広告を入れるんですよ」
「――儲かるのか?」
「多少はね?」
「ほう?」
「既に希望者が居るんです。筆頭はご隠居様で、次はルートガーですがね? どうします? あのご隠居様に売るかルートガーに売るか、それとも俺達が自分で探すか?」
「どうするのが良い?」
「腹立たしいですがご隠居様に任せるのが一番良いと思います」
それを聞いて大きく溜息を吐くゲオルグ。
「わかった。ご隠居様の隙を狙うんだな?」
「違いますよ!! 未だ殺す気だったんですか?!」
「ち、違うのか?」
「殺せるならとっくにこの手で殺してます! 殺せないから腹立たしいんですよ!!」
「お、おぅ……?」
「もう良いです! じゃあアノご隠居様に任せる様にします。……殺しちゃダメですよ?」
「――ん」
「殺しちゃダメです。聞こえましたか? あのご隠居様を殺しちゃダメですからね?」
「わかったよ! 殺さねえよ!」
「半殺しとか手が滑ったとかも無しですからね! あのご隠居様のお陰で予算を減らされても自警団としては生き残れる道が見えてるんですからね? 本当に余計な事しちゃダメですよ?」
「……そうなのか?」
ふぅ……と疲れきった様子で溜息を吐いたヘルムートが立ち上がる。
「そうなんです。腹立たしい事に。あのご隠居様のお陰なんですよ。今からご隠居様の所に行ってきます。今の内なら土下座する必要もありませんからね」
そうして、撒き散らされた書類を手荒く纏めてゲオルグの前に置くと、目線だけで終わらせる様にし指示して執務室を出て行くヘルムート。
「……戦に、行きたいなぁ……」
ゲオルグの呟きは、誰に聞かれる事もなく宙に消えた……。
次の本編投稿は明日の朝七時になります。
傭兵隊長のゲオルグは、全く場違いの戦場で苦労しています。
ヘルムートが居なければ敗戦確実な戦場です。
一応強いんです。
それなりに交渉力もあるし頭も良いんですが、経済面はガタガタです。
金勘定の重要性は、一応ある程度は理解しているので、全面的にヘルムートに任せているのです。
頑張れゲオルグ。




