第三十一話 執行猶予?
A.G.2868 ギネス二五七年
霜(雪)の月(十の月) 水の週の二日(八日)
エレン湖 エレン近郊
エレン湖の漣の音を聞きながら、焚き火を囲んで夕餉の支度をしている者達がいる。
ユーリウスと愉快な仲間たち、エリク、エトムント、ニクラウス、そしてフィームである。
「それでモモに頼んで連れて来てもらったって訳なんだよ。これでモモからの借りが二つ。今からどんな事を言われるか怖くて仕方ないよ……」
「おい、そうじゃねぇだろ?」
とエトムント。
聞きたいのはそんな事ではないのだ。
「なにが?」
「ユーリウス、森の主様からの要求はなんだったのだ?」
フィームが改めて問う。
「あぁそうか、知らないんだっけ」
「まさか逃げて来たとは言わないよな?」
多少心配しているらしいエリクが尋ねる。
「そんな事出来るわけないだろ? ありゃあヤバイ。モモの次くらいにヤバイんじゃないかな?」
「だからよっ!?」
「わかってる。要するに今は執行猶予中なんだよ」
「ハァン? なんだそりゃぁ?」
ユーリウスの言葉に素っ頓狂な声を挙げたのはエトムントである。
「要するに償う方法は決まったけど、それを執行するのを待ってくれているって意味。因みに三つの方法で償う様に言われてる」
そう言って笑いながらざっと内容を説明するユーリウス。
その一つ目は、エレンハルツ川の魔物を撃退する事。
二つ目は、森の長老の若木を十二年間世話して育てる事。
そして最後の三つ目。
ユーリウスには理解不能だったが、モモ曰く、森の思考方法を学べという事であったらしい。
その方法が、森の主様の迷宮珠を手に入れる事、なのだという。
「……まぁ今直ぐだと他の者に迷惑がかかるから、少し待って欲しいって森の長老に確認したら、それなら来年の春からでも良いって言うからさ? 春のティックルルーと一緒に森の主様の所へ行く事にした」
「……そんな事が出来るのか?」
「出来る、って言うか、来年の春、ティックルルーが来た時に俺が居なければ、コイツが目を覚ますらしい」
そう言って首の後ろの小さな痣の様なものを見せる。
「なんだこれは?」
「何かの種」
「何かってなんだよ?」
「俺を殺して成長する何か」
痛いほどの沈黙が訪れた。
「――ユーリウス。お前は直ぐに私と妖精の国に来い。こんな物、簡単に取り除ける」
「ダメ。それじゃ二度と魔の森には戻れなくなるし、その時点でモモがやってくるよ。モモの前で成立しちゃった約束事だよ? 反故になんて出来ないって」
「……っく! すまないユーリウス!」
なにやら土下座でもしそうな勢いでフィームが謝罪を始める。
「はぁ? なんでフィームが謝るのさ?」
「あの時、私は私一人でも船に戻れたはずなのに、あんな所でユーリウスの支援を求めてしまった」
「は? そんなの関係無いって。調子に乗ってあんな魔法使った俺が悪い」
その通り。
ユーリウスが悪い。
「違うんだ! 私は、私は何処かでこの左足を信頼しきれていなかったのだ。それで、戦いの最中に不安になってしまった。その結果、必要も無い支援要請で必要の無い被害を……」
なるほど。これでいてフィームはユーリウスの保護者のつもりであったのだ。
ユーリウスの外見に騙されているぞフィーム。
コイツの中身はそんな生易しい者ではない、慢性の厨二病患者なのだ。
「だぁー! もう、フィームの気持ちはわかったけど、俺も別に死ぬ訳じゃないし、それに謝らないといけないのは俺の方。妖精族の国に行く約束なんだけど、どんなに早くても十二年後って事になった」
「なぜ謝る? 十年や二十年どうということは無いだろう? そんな事より、私はこの左足を信頼すると自分で言っておきながら、自らその言葉を穢してしまったのだ……」
――なるほど。
人間と妖精族の文化的、意識的な差はこんな所にもあったらしい。
「……そう言えば、妖精族って何百年も生きるんだっけ……?」
「なんだ? 突然?」
「いや、ちょっと……」
「――そんな事より、私はユー様が無事で良かった。全くの無事ではないのかもしれませんが、生きていてくださって本当に良かった。何かあったら私はたぶん家には帰れませんでした」
と、ニクラウス。
意味がわからない。
「何言ってんの?」
「妻から言われていたんですよ。ユーリウス様を守れって。姫様の弟君に何かあって私がなんとも無いと言う事にでもなっていたら、きっと妻は許してはくれなかったでしょうから……あ、これは、なんだか酷い事を言ってますね。でも、私もユー様が無事で本当に良かったと思っています」
「――そーですね」
「そ、そうか」
「なるほど」
「惚気けんな馬鹿野郎」
ユーリウス、エリク、フィームが流そうとしたニクラウスの台詞をエトムントが真正面から迎撃した。
一瞬の沈黙の後、あの夜以来失われていた笑顔が戻ってきた。
「そうだエトムント、外輪船初号機は問題無かった?」
「おう、全く、って訳にはいかないが、都合四日でエリス湖に入ったからな。コイツはとんでもない船だぜ?」
「全くじゃないのか、その全くじゃなかった部分を教えてくれ」
そうしてユーリウスが聞き出した問題点は、先ず船の上は寒いと言う事らしい。
しかも後方からの風が強いと全員びしょ濡れになってしまうのだという。
「どうしようも無いんで後ろの二本の支柱に天幕を使って風除けを張った。後方からの風が強かったから帆を張ったみたいになってな。それがまた随分風を孕むんで真っ直ぐ進むのが難しくなってな。苦労した」
「なるほど……」
「寝るときも上陸するのは怖かったんでな、適当な木にロープを貼って、舵を固定して低速のまま岸から少し離して寝てたんだ。船が大きくなりすぎて積んであったアンカーじゃ流されちまったからなぁ……」
結局この四日間、夜明け前から日暮れ後の数時間、つまり一日一〇時間程度は進みっぱなしだったらしい。
「つまり神殿からエリス湖までは大体六〇〇キロメートルから八〇〇キロメートルって所か……」
「なんだって?」
「あぁ、えっと、エリス湖までの距離だよ。大体一七〇から一八〇クルトくらいかなって?」
「――お、おう? そんなもんじゃねぇか?」
「それと春までにもっと大型の輸送船を造ろう。夜間航行も問題無いくらいの大型船。それから大型船が停泊出来る泊地も造らないとな。泊地に倉庫と宿泊施設を用意して、神殿と泊地の間は大型船を使い、泊地から先のエリスやブランとの行き来はこのくらいの小型船を使うんだ。それで神殿の場所を可能な限り秘匿する」
「なるほど」
どうやらユーリウスは水運を使った密貿易網の構築を目指すらしい。
「――そうですね、ゴーレムが居れば冬でも作業は出来ますしね……なんとかなるでしょう」
工事責任者に内定しているニクラウスが他人事の様に言う。
言質をとられたんだが気付いてはいないだろう。
今年の冬は単身赴任が決定である。
「あと森の主様の近くにも港を造る。今まではティックルルーだけが交易手段だったけど、今後はこちらからも交易船を出すんだ」
「それは良いですな。ブランの商人につなぎを取りましょう。継続的に魔の森の産物が手に入るなら、多少の危険は厭わないって連中は多いはずです。なにより未だ見つかっていない難民達を探して連れて来るのが楽になる」
エリクはこの計画に乗り気であるらしい。
考えてみればボニファンの元領民達は二〇〇人中六〇人しか見つかっていない。なんとかしたいと思っているのだろう。
「うん。そして何れは妖精族の国とも船で交易をする」
「ん? ユーリウスは里との交易なんて考えていたのか?」
「無理かな?」
「いや、確かにエレンハルツ川を下ればハルツ川、レーベン川と繋がているからな。レーベン川を遡れば里に入る。ユーリウスが約束を果たせばその程度の要求は通るだろう」
「良かった。それで何れは各地の水運船に偽装して、正々堂々密貿易をしてやろうと思ってるんだ」
ユーリウス……それ、正々堂々って言わない。
「そう、密輸王に、俺はなる!」
その前に十二年の強制労働だから。
次の本編の投稿は明日の朝七時になります。
ユーリウスの強制労働確定です。
ただし春まで執行猶予。
身辺整理します。




