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第二十九話 魔の森の主さま

A.G.2868 ギネス二五七年

霜(雪)の月(十の月) 地の週の二日(二日)

魔の森 エレンハルツ川



 夜明けまであと三十分ほどであろうか?

 朝靄に包まれた払暁のエレンハルツ川をゆっくりと遡行(水上でほぼ停止している)する一隻の双胴船。

 ユーリウス達の外輪船初号機である。

 全員疲れきった様子であったが、船長であるエトムントが一番疲れている様子であった。

 当然であろう。

 エトムント以外に操船出来る者が居ないのだ。

 だが上陸して休むという道は無かった。

 大量の魔物が川の両岸を外輪船初号機の移動に合わせて動いているのだ。

 それはユーリウスのレーダーにはもちろん、戦闘系の技能は何一つ持っていないニクラウスにも判る程であり、上陸など思いも寄らない状況となっていたのである。

 もちろん森の主様の眷属を大量虐殺してしまった件については、言付けの小鳥(アヴィークラ)の魔法でエリに報告したのであるが、未だに返事が来ないのだ。


「まさか、途中で言付けの小鳥(アヴィークラ)が狩られたとかって話は無いよなぁ?」

「滅多にある事ではないが、この森を見ていると可能性はあるな」


 最早溜息しか出ない様相のユーリウス。

 調子に乗ってバカげた魔法を連発したりするからである。

 もちろんユーリウスがモモや森の主様と敵対しても良いというのであれば、恐らく魔の森の半分くらいは焼き払えるだろう。

 その直後に怒り狂ったモモの攻撃を受けて消し炭にされて終わるだろうが……。

 森の主様がどれほどの存在なのかはわからないが、この森の様子からすれば、下手な神竜よりも強い存在なのであろう事は想像に難くない。


「そろそろ夜明けだし、結局どうなるかわからんのだろう?」 


 不意に声をかけて来たのはエトムントである。


「先ずは腹拵えだ。火が使えない以上大した物は無いが、とにかく何か腹に入れて安め。どんな状況になっても出来る事を全力でやるのが立派な船乗りってもんなんだ。お前らは船乗りじゃあねぇが、船に乗っている以上は船頭の指示には従え」


 そう言ってエリクとニクラウスに指示を出し、ボウズというカラカラのサラミの様な腸詰めと、塩漬け肉の切れっ端と堅パンを水でふやかした物を作らせ、酢漬けの野菜を添えて食べ始める。

 食欲など欠片も無かったユーリウスであったが、一旦食べ始めてしまえば身体はそれを求めてあっという間に完食してしまった。


「全員食ったな? 食ったら交代で寝るぞ。ユーリウスはエリクに操船を教えながら監視。ただし低速でな。それ以外は禁止だ。それじゃ俺も寝かせてもらう」


 一瞬だけエリクと視線を交わしたユーリウスだったが、直ぐにその言葉に首肯する。


「わかった」

「よし。任せておけ」


 そういう事になった。

 操作方法だけはそれほど難しいものではない為、速度にさえ気を付ければエリクであっても問題は無いだろう。

 問題は、航行中は操舵桿が重すぎてユーリウスには扱い切れない事。


「これを……エトムントは一日中……」


 低速航行中でしかないのに、力自慢でもあるエリクが目を白黒させつつ呟いていた程であったから、高速航行のまま自在に船を操ってみせたエトムントは相当に優秀な船頭なのであろう。

 重い操舵桿に四苦八苦しながら、可能な限り両岸から距離をとって進む。

 パタパタと水を掻く外輪の音と共に、少しづつ朝靄が薄れ始め、突然フィームが剣を抜いて跳ね起きた。


「ユーリウス!」


 何かに気付いたフィームが鋭い警告の叫び声をあげ、全員が即座に飛び起きる。


「あーーうん、大丈夫」

「なに!?」

「モモが来てくれた」


 その言葉が終わるか終わらないうちに、再び船は濃い灰色の霧に包まれたのである。


「ユーリウス、森の主は怒っていたぞ?」


 それがモモが到着して最初に発した一言であった。

 フィームとエリクは片膝を着いて頭を下げ、エトムント、ニクラウスの三人は両膝を着いて頭を下げている。

 もちろん外輪は停止中だ。


「怒ってるんだ……っていうか、もう会って来たんだ?」

「会って来た」

「それで、どうすれば良い?」

「知らぬ。先ずはお前たちを森の主の所へ連れて行く」

「あちゃぁ……え、たちって事はエリク達も一緒?」

「そうなるな」


 ユーリウスとモモの会話に顔を見合わせ絶望的な表情になるエリク達。


「いやいや、ちょっと待って、エリクたちは関係無いから。巻き込まれただけだし?!」

「ならば自分でそう伝えるが良い。いずれにしろ少し戻った所で上陸する」

「わかった。エトムント、船を回してくれ。ソッコーで頼む」

「は、はい……!」


 エリク達の表情は既に死者のものであった。



 そうして全速力で川を遡る事数時間、モモの指示する場所に上陸して船を岸辺に固定していると、見計らったかの様に数体の森の長老(トレント)達が表れる。

 ふわりとモモの一部が周囲を舞ったところで森の長老(トレント)の一体が前に進み出て、着いて来る様にと枝を振った。


「さぁ、進め。それほど遠くは無い」


 モモの言葉に背中を押され、下生えが次々に避けて道になっていく森の中を進む。

 先導している森の長老(トレント)の力であるらしい。

 後ろを見れば、ユーリウスが通り過ぎたのを確認したかのようにして、再び下生えが動いて元通りの森に戻る。

 そうして森の長老(トレント)に先導され、周囲を得体の知れない魔物達に囲まれたまま森の中を進んでいくユーリウス達だったが、最初は懸命に、半ば走る様にして後を追っていたユーリウスが最初に力尽きて転んでしまった。


「あぁ、すまん、考えたらユーリウスは未だ四歳だったのだな、こんなに小さいのによく頑張った」


 そう言いながらユーリウスを抱え上げるフィーム。

 それを見たエリクとニクラウスがならば自分が、とユーリウスを運ぶ役目を買って出るが、命の恩人だからと譲らず、そのまま歩き続けたのであった。


「ありがとうフィーム。実はもう限界だった……」

「みたいだな。もう少し身体が出来たら森歩きの方法を教えてやろう」

「ありがとう。約束だからね?」

「あぁ、約束しよう」


 ちょっとした事ではあったが、約束した後で「これはもしかしてフラグか?」などと思いつくユーリウス。

 もちろん何かのフラグだろう。

 死亡フラグだと有りがたい。

 まぁ死ぬ直前にその肉体だけは我が美味しく頂くとしよう。


「ユー様、あ、ユーリウス様は、森の主様にお会いした事はあるのですか?」


 不意に未だに顔を青くしたままのニクラウスが声をかけてきた。


「いや、会った事は無いし、どんな姿かも知らない。エリとメディナは見た事があるらしいけど、そのうち連れて行ってあげるから楽しみにしておけって言われてそれっきりだ」

「――そうですか」

「心配しなくても良い。全ての責任は俺にある。何かあっても命に賭けてお前たちには指一本触れさせない」


 今更そんな事を――それも女の腕に抱かれた幼児から――言われても、全く安心出来る要素が無いのであるが、そこは基本的には善良な一般人のニクラウスである。

 素直に感謝して少しだけ顔色を明るくしていた。


「モモ、まだ遠いの?」

「それほど遠くは無い。が、人の足では一刻かそこらは必要であろうな」

「休憩したら不味いかな?」

「あぁ、そう言えば歩くと人は疲れるのだったな」


 と、まるで歩いても疲れない様な台詞を吐く渦巻く灰色の霧(モモ)である。

 そう言えば足が無い。


「では少し休もう。我らが止まればアレも止まる」


 そうして幾度かの休憩を挟みつつ、一刻どころか二刻半程も歩き続けて、ついにその時がやって来た。


「――まさかっ……!」


 と、真上にかかる木々の枝の更にその上に広がる景色を見て絶句するフィーム。

 ユーリウスもそれに釣られて上を見たが、最初はそれがなんであるのか理解出来なかった。

 生い茂る木々が邪魔で、その上にかかっているモノが良くわからなかったのだ。


「――おいおいおい、なんだよアレは……!」


 絶句したフィームの足が止まり、それに釣られて上を見上げたユーリウスが絶句し、さらにそれを見ても最初は何がなんだかわからない風だったニクラウス、エトムント、エリクが、順次それが何であるかに気付き、上を見上げたまま呆けた様になってしまう。

 予備知識無しで見たらこうなるのも不思議ではない。

 頭上に広がっていたのは、少し歪んだ地上の景色(・・・・・)だったのである。






次の本編投稿は明日の朝七時になります。

森の主様です。

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