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閑話 幸福な市民 02

A.G.2868 ギネス二五七年

火の月(八の月) 地の週の六日(六日)

テオデリーヒェン大公国 グリーフェン砦



 作戦は順調に進んでいた。

 まさか走竜(ブルー)に無理やり載せられ――間違いでは無い。乗せられる、ではなく載せられて、来たのだ――グリーフェン砦の直ぐ近くまで送られる事になるとは思っていなかったが、お陰で三日目にはグリーフェン砦に入る事が出来たのだ。

 リプリア騎士団の使う地竜とは全く違う、肉食獣の走りだった。

 そう。

 リプリア人の使う地竜はそれはもう大きな身体で二本の角が生えており、見た目はとにかく恐ろしいのだが、実は気の弱い草食の魔獣なのだ。

 だが金髪の小僧(ユーリウス)様の走竜は違う。

 長距離を走る持久力はあまり無い様子であったが、そもそもの歩く速度が普通の馬と変わらない上に、生い茂る木々を諸共せずに進んで行くのだ。


「当たり前だろ? ブルーは最強の(ヴェロキラプトル)なんだから」


 驚き感心してそれを言えば、あの金髪の小僧(ユーリウス)様はそんな風に答えてくれた。

 それは確かに鶏としては最強だろうが、どう見ても鶏じゃないだろう?

 とても口では言えなかったが、毎日卵を産むのは全部鶏だと思っているのではないだろうか?


「――いかん、まだ呆けているらしい」


 以前何度か世話になった、同じラネック難民の伝手を使って行商人達に話を通して貰ったのが一昨日、そこで適当な宝石を一つ金に替えて要求を伝え、昨日はエメラルド一個という完全に足元を見られた価格でちょっとした屋敷を手に入れ、同時に屋敷の管理人として件のラネック難民を雇う。

 もちろん臨時雇いと伝えてあるから、使い続けるかどうかはボニファン様次第だ。

 そして今日から本格的な人探しになる。

 ボニファン様の開拓村は、村外れの大きな楡の木に因んでルスター村と呼ばれていた。

 もっともそんな村があった事すら知らない者の方が多いが、それでも「ルスターのボニファンが知人を探している」と噂を流せば、村人だった者なら必ず気付くはずであった。


「ルスターのボニファン、誰だいそいつは?」

「俺の領主様さ」


 そう言えばそれ以上の質問は無い。

 領主は貴族だ。

 最低でも騎士である。

 グリーフェン砦で暮らしている以上この男も難民である。

 難民が貴族に関わってもろくな事にはならない。


「領主様が人探しねぇ? まぁ金は貰ったからな。本当にこの街の迷宮だけで良いんだな?」

「あぁ構わない。他は俺が直接行く事になってるんだ」

「それはまたご苦労なこって」

「あぁ、人使いが荒いんで苦労してるよ。おっと、これは秘密だぜ?」

「はぁん? そんなネタ要らねぇよ。どうせ持って来るなら新しい大公様のネタでも持って来いってんだ」 

「大公様なんて冗談でも近づきたかないね。命が幾つあっても足りねぇよ」

「違いない」

 

 下らないやり取りではあったが、どうやらグリーフェン砦の連中は大公様の動向を気にしているらしい。

 確かにグリーフェン砦は不法占拠しているだけだからな。

 しかもなんの権利も無い難民ばかりだ。

 大公様がその気になったらあっという間に流浪の生活に逆戻りとなる。


「一つもらおうか」

「あいよ。おっと、あんた、まだ生きてたのかい」

「そいつは随分なご挨拶じゃないか、折角買いに来たってのによ?」


 懐かしいラネック言葉でやり取りしながら三壁貨(ヴァンツ)を渡す。旧ブランザ王国のこの地では絶対に会えないと思っていた味と香りが漂っている。


「あぁ、ごめんよ。しばらく見てなかったからね。迷宮堕ちしておっ死んじまったのかと思ってたんだが、随分とまぁ立派な身なりになって、それにまた随分と肥えたねぇ?」

「おいおい、肥えたはねぇだろ?」

「何いってんだい。ここで肥えたは褒め言葉だよ。ほい、熱いから気をつけなよ?」


 袖を使って熱々のファボックを受け取り上下に分ける様に裂いてから、ラネック人以外には受け入れ難いらしい量のラードをたっぷりと付けて齧り付く。

 涙が出る程の熱さと旨さが心まで満たしてくれる。


「――うまいな」

「そりゃそうさ。うちのファボックは他のと違って本物だからね?」

「確かに本物だよ。くそう、持ち帰れたら良いのになぁ!」

「そいつはやめときな」

「これは暑い時には熱々で、寒い時にはもっと熱々で」

「『暑い時には熱々で、寒い時にはもっと熱々で』だろ?」


 腹が減ってどうしようもなくて、でも金も無くて。

 以前は匂いに釣られて見ていただけだったが、その言葉は時々耳にしていた。


「わかってるなら余計な事を考えずにまた食べにおいで」

「おう、そうさせてもらうわ。あ、そうだ、ちょいと人を探しててな、ラネックからの難民を見たら「ルスターのボニファンが知人を探している」って噂を流してくれないか?」

「ルスターのボニファンねぇ? そう言えばわかるのかい?」

「あぁ、頼むよ。漸く仕事にありつけたんだが、コレに失敗したらまた難民に逆戻りしそうなんだよ」

「おやおや、そりゃあ大変だねぇ。同郷のよしみで手伝ってやるかねぇ?」

「頼むよ。これは気持ちだ。頼む。受け取ってくれ」


 そう言って心ばかりの一〇〇壁貨(ヴァンツ)棒貨を握らせる。


「こんなに、こりゃちょっと真剣にやるしかないねぇ。――それでどんな相手なんだい?」

「何人もいるんだよ。男も女も子供も老人も。兎に角ラネック訛りがあったら言ってみてくれ」

「ふーん。なんだかわからないが、そう言ってわかる相手なんだね?」

「ああ、大丈夫なはずだ。それで見つけたら西の外れの楡の邸に来いって伝えくれ」

「西の楡ねぇ?」

「西の外れで尋ねたらわかる様にしておくから大丈夫だよ」

「あいよ。まかせておきな」

「頼むよ。それじゃまた近い内に食いに来るからよ」

「まってるよ」 


 とりあえずグリーフェン砦には種を蒔いた。

 後はヴェルニ、イエルス、ジョブロ、ロートシート、可能ならベルクトやブランにも足を伸ばしたい所だが……やはり馬が必要か……。

 そう言えばボニファン様は馬の代わりに買われたんだったか。

 笑い話になれば……いや、笑い話になるようにしなくてはな。

 明日はヴェルニに向かおう。

 ……なんだか、予想以上に大変なんじゃないか?

 俺は、多分幸福なんだよな……?




本編の投稿は明日の朝七時です。

また閑話です。

エリクの苦難の物語。

市民(エリク)、貴方は幸福ですか?

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