閑話 幸福な市民 01
閑話です。
エリクの物語。
散逸してしまったボニファンの領民達を集めに行きます。
閑話のタイトル変更しました。
A.G.2868 ギネス二五七年
火の月(八の月) 地の週の一日(一日)
魔の森 古代神殿
開拓地であるとは聞いていた。
確かに「少しだけ危険」とも言っていた気がする。
が、そこがまさか魔の森のど真ん中だとは聞いていない。
件の開拓地からグリーフェン砦までは数日だったとも聞いていたが、来るときには連中が「鶏」と言い張る、走竜の化け物に乗って来たのだとは聞いていない。
歩けど歩けど一向に目的地に着かない事から、数人が意を決して確認してみれば、あの金髪の小僧は目を逸らし、「嘘はついてない」などと言う。
例え数日とは言え女子供も居る集団が魔の森に入り込んでしまったら、俺一人では絶対に守り切れない。
バカみたいに強い少女と魔女に先導され、二週間もかけて漸く古代神殿に辿り着いた時には全員が涙を流して喜んでいた。
もちろん俺も泣いた。
とは言え、今では俺もそれについては文句など言うつもりはない。
奴隷堕ちや迷宮堕ちと、古代神殿での暮らし、どれを取るかと聞かれても、全員迷う事なくこの地での暮らしを選ぶだろう。
いくら貴重なゴーレムが何体も居て手伝ってくれるとは言え、開拓地である以上毎日の苦労は並大抵のものではない。だが、それ以上に、ここには日々暮らしが良くなっていると言う実感があったのだ。
「――ク、おい、エリク? どうしたんだ?」
「すまん、考え事をしていた」
再び手にした大鉈を取り直し、ゴーレム達が伐採した木材の枝を払っていく。
そう、確かに仕事はキツイが、こんなつまらない考え事に耽る事すら可能なのだ。明日の食事どころか、何日も物が食えなかった頃にはこんな事を思う余裕すら無かった。
考えるのは食い物の事だけ。
ここでは朝から夜まで、食堂に行けば何時でも飯が食える。
外回りに出る時にもちょっとした食事を詰めた木箱――ベントーと呼ぶらしい――を準備してもらえる。
最初は神殿で暮らす様に言われたが、本物の大精霊様が暮らす神殿で寝起きするなど恐れ多いと、しばらくは裏手の倉庫に寝床を設えさせてもらっているし、希望者は全員に家を建てる土地をくれると言う。
驚きだった。
あの金髪の小僧は「これは先着一〇〇名様まで。おめでとう。お前らきっちり死ぬまで働いて返せよ」などとは言っていたが、ここ数日でそれが照れ隠しの言葉である事には全員が気付いていた。
人が良いのか悪いのか。
そんな事を気にした所で意味はない。
少なくとあの金髪の小僧の言う事は正しいのだ。
「市民諸君! 幸福は市民の義務である! 例え今は辛く苦しくとも! 明日は必ず今よりも良くなる! そして昔の偉い人は言った! 働けば自由になる! と! だから働け!」
難しい言葉が多くて理解するのは大変だったが、俺もその言葉に背くつもりは無い。
自ら働けば働くほど権限を増やして貰えるし、出来る事があればそれを行う事も許してもらえる。
大工として働いていた元細工師のニクラウスなど、自分の工房を持たせて貰えると聞いてその場で泣き崩れた程だ。
指示された分を作れば、後は自由にしてて良いと言うのである。
奴が十年ぶりに作った髪飾りは、大食堂で働く奴の妻に贈られたが、本当に見事な出来だった。
そう、働けば自由になるのだ。
俺も幸福だ。
美味い食事、気の良い仲間達、時折出される酒……なによりボニファン様と共に生きる事が出来る。
少しだけ変わってしまった部分もあるが、一度は諦めざるを得なかったボニファン様の夢も、ここでならば実現可能なのではないかと思っている。
「おいエリク! すまんが手伝って欲しい事が出来た! 直ぐに神殿まで来てくれ!」
クルトだった。
ビュットの街で兵士をしていたが、ブランザ王国併合の際に新天地を求めてやって来て、ザルデン王国による侵略で全てを失いグリーフェン砦に流れ着き、ボニファン様に拾われた男だ。
ボニファン様に心酔している一人でもある。
「わかった! すまんアーバン、続きは任せる」
「おう、行って来い。だがベントーは両方とも俺がもらうぞ!」
「仕方ない、ベントーは置いて行く」
軽く手を振り、道具入れを抱えて神殿に向かう。
クラリッサのベントーは惜しいが俺は幸福だ。
俺の家が出来て、少し落ち着いたら、今度こそ……!
「勧誘……ですか?」
「そう。他に買い物も幾つか頼みたい。ボニファンの領地で商人との交渉はお前の担当だったと聞いたが、間違いは無いか?」
どうやらボニファン様にも話が通ってるらしい。
神殿の入り口の広間に入った途端に、ボニファン様、姫様、金髪の小僧様に出くわしこれである。
「はい。確かに私が商人との交渉を担当していましたが、それはあくまで相手が元からの知り合いだったからで……」
「へぇ? 商人の知り合いがいるのか?」
「はい。幼馴染が行商人をしておりました。ただ、ザルデン軍の侵攻以来一度も会っておりません。一体どうなったかもわかりません」
それで少し考え込む様子を見せたが、直ぐに姫様の方を向いて言い放つ。
「まぁ知り合い相手だったと言っても、他に商人との交渉経験がある者は居ないし、俺はエリクで良いと思う」
「わかりました。ではやはりエリクにお願いしましょう」
は?
「エリク、これは大変重要な任務になる。日程も厳しいが、資金はたっぷり用意出来るはずだ。細かい部分は全て任せる。だから頼む」
ボニファン様がそう言うのであれば否やは無いが、一体なんなのだろう?
「その、ボニファン様、商人との交渉とは一体?」
「それは俺が説明しよう。難民達を受け入れる為の準備だ。ボニファンの領地には二〇〇名以上の領民が居たと聞くが、今はその一割にも満たないほどしか居ないだろう? 中には新しい生活を始めている者もいるだろうが、この御時世では大半が未だに難民をしているはずだ。だからうちで受け入れる事に決めた」
なるほど。
「作戦はこうだ。まずエリク、お前にはグリーフェン砦に難民を集めてもらう為の拠点を準備してほしい」
「あの、グリーフェン砦には難民しかおりませんが?」
「そうだけど! 先ずは信用の置ける者だけにしたいんだよ! だから受け入れるのはボニファンの元領民と、ボニファンが認めた難民だけにするの! 話は最後まで聞けよ!」
――なるほど。
「わかりました。そう言う話であれば喜んで」
「うん。で、拠点に難民を集めて貰ったら、たっぷり食わせて歩けるようにしてやってほしい。そしたら迎えを出してここに連れて来る。あ、もちろんグリーフェン砦を出るのは数人づつでバレない様にするけど。そうそう、森の中にグリーフェン砦から出た難民が集合する為の、一時的な宿営場所も選んでくれ。予算は使えるだけ使って構わないけど、先ず予算を作る為にもコレを売って金にしてほしい」
そうして、ずっしり重い革袋を渡された。
中には大小二つの革袋が入っていて、小さい方は宝石、大きい方にはなんと金塊が入っていた。
「俺も一緒に行きたい所だが、俺はここで受け入れ準備を進めなきゃならん。俺はお前なら出来ると信じている」
「――わかりました。ボニファン様、必ずや皆を探し出してみせます!」
俺は幸せだ。
幸福になる義務とはまさにこうした事を言うのだろう。
なんとしてもやり遂げてみせる!
そして、アイツの行方も……!
本編の投稿は明日の朝七時になります。




