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第二十七話 旅立ち

A.G.2868 ギネス二五七年

霜(雪)の月(十の月) 地の週の三日(三日)

魔の森 エレンハルツ川



 誰も見た事の無い、全く新しい舟、いや、船が完成していた。

 外輪船初号機(ユーリウス命名)である。

 全長凡そ六メートル。全幅凡そ六メートル。

 二艘の川船を横に並べて連結し、その上を甲板で覆っている。

 更に言えば船首部分の船舷がかなり高くなっている他、甲板後方の中央部分に、幅が一メートル、直径が二メートルにもなる、大きな水車状の外輪が据え付けられており、硬化剤で固めた魔獣の革でその半分以上が覆われている。

 その隣の一段高くなった場所にあるのが、操舵桿と制御紐を設置した船長席だ。

 上から見ると若干歪な台形の、まるで筏か艀の様な船であり、甲板中央部分にマストの様な支柱が一本と、左右の船舷に三本づつ、若干短めの支柱が立ててあり、日差しの強い時や雨の時には、油抜きのしていないフエルト状の大きな布で天幕を張る事が出来る。

 計算上の最高速度は、全く波の無い状態でも馬の早足程度で時速一五キロメートル前後、中速では大人の男性が歩く速度よりも若干早い程度で、凡そ時速六~七キロメートル程、低速になると一〇歳前後の子供が歩く速度と同じくらい。当然下流に向かって進む事になる行きについては、殆ど空荷で行く事になる為相当の速度が出るはずであった。

 ただし帰りは違う。

 エレンハルツ川は一見ゆったりとした流れに見えても大阪人の歩行速度(その他の情報についても事実であるなら、大阪人とは実に驚異的な種族だ)程度、つまり馬の並足程度流れはあるのだ。

 荷物を積めば更に遅くなるはずであったから、どれほどの時間がかかるか予想がつかなかった。


「試験航行が殆ど出来てない状態で出発せざるを得ないのが厳しいな。計算上は六百キロ以上一トン未満の積載量が見込めるんだけど、本当なのかなぁ……?」


 甲板の上でトントンと飛び跳ねて様子を見ているユーリウス。

 ユーリウスだけなら信用出来ないが、モモのデータを元にアニィが計算した結果であれば信用出来るだろう。

 それともニクラウスの工作能力が信用出来ないのだろうか?


「ねぇユゥ? 本当に行くつもりなの?」

「え? 今更?」

「だってユゥが行っても何もする事が出来ないんでしょ?」

「いや、何もしなくて済めば良いんだけど、もし仮にコイツが壊れた場合の事を考えると、ニクラウスだけじゃどうしようもない場合があるし?」


 そう、今回の買い付け、と言うか密輸には、船長に任命されたエトムント、開拓地で商人との交渉経験のあるエリク、それから元細工師で大工のニクラウス、念の為の護衛にフィーム、と、最後にゴーレム担当のユーリウスが乗る事になっているのだ。

 因みに落とすと怖いので駄剣(ヒュメルフリューグ)はお留守番である。


「それはわかってるけど……」


 エリの態度は弟を心配する姉そのものである。本当は自分も行きたかったと顔に書いてある様だ。

 そうこうしている内に、換金用の荷物の積み込みが終わった。


「まぁ心配しないで待ってて。なるべく沢山買って来れる様に頑張るから」


 因みに頑張るのはエリクとエトムントである。

 エリスの街の近くで上陸し、エトムントの伝手を使ってエリクが商人との交渉を担当する予定になっているのだ。


「出発するぞ!」

「いいよ!」


 エトムントの声にユーリウスが応え、見送りに来ていたボニファン達が船を川の中へと押し出す。

 この地点でのエレンハルツ川の幅は凡そ六〇メートル。一旦川の中央部にまで移動し、それから徐々に加速していくことになる。

 川の流れとボニファン達が押した際の惰性でゆっくりと動き出した船の上で、ユーリウスがエリに向かって親指を上に向かって立てた拳を突き出した。

 エリはもちろん他の誰にもその意味は理解できない。

 それに合わせた訳でも無いだろうが、エトムントが制御紐を引いて、ゴーレム駆動装置を始動した。

 先ずは一段、「低速」だ。

 初めて見た者達から驚きの声があがる。

 行き足がついた所で二段、「中速」に以降する。

 外輪がバタバタとけたたましい音を立て始め、見送りに来ていた殆ど全ての者達から驚きの声が上がる。

 エトムントが舵を操作して船首を川下へと向けた時には、エリの姿は殆ど見えなくなっていた。


「うん、やっぱり静かだな」


 と、ユーリウスが思わず口にした台詞にエトムントがツッコミを入れる。


「何処が静かなんだよ! 未だ二段目なのにこんなにうるせぇぞ?!」

「そういう意味じゃない」

「どういう意味だよ!?」


 もちろんゴーレム腕駆動機の事である。

 外輪が水を掻く音は騒々しいが、逆に言えばそれだけなのだ。

 ユーリウス以外の者には説明のしようも無いため、溜息を一つついて椅子から降りると甲板の上に寝転ぶユーリウス。

 そこで外輪船初号機が最高出力に加速した。

 三段目の「高速」である。

 殆ど風の無い状態であったが、恐らく後方からの風があるのだろう。甲板中央で寝ているユーリウスにも水しぶきが飛んでくる。

 外輪が大量の水を巻き上げているのだ。


「あちゃぁ、これは効率が悪すぎるなぁ……」


 水を巻き上げてしまっているという事は、その分だけ推進力が落ちている証なのだ。

 しかも川幅が広すぎてどのくらいの速度が出ているのか、ユーリウスにはよくわからなかったのである。


「おーいエリク! それからニクラウス!ちょっと 屋根を張ってくれ! 様子をみてみたい!」

「わかった!」

「おうっ!」

「それからフィーム! 魔物なんて滅多に出てこんから座ってろ!」

「そうなのか?!」

「そうだ! お前さんの仕事は夜だよ! 天幕を張るからちょっと寝てろ!」

「わかった!」

「坊主! お前も邪魔にならん場所で寝とけ!」

「えー」

「寝なくていいから横になるか座っとけ! ちょろちょろ動いてると邪魔なんだよ!」

「まじか……!」

「マジだマジ。この先は俺も知らん場所だからな、先に何があるか見落としたくないんだよ」

「――なるほど。わかった」

 

 そういう事で、船長席にエトムント、甲板の中央の支柱に凭れて目を閉じているフィームとユーリウス。さらに一応のバランスを考えてか、左舷にエリク、右舷にニクラウスが座り込むという形で、外輪船初号機は快調に進むのであった。


「――おい、おいユーリウス、起きろ。食事にするぞ」


 いつのまにやらフィームの膝の上で熟睡してたユーリウスが目を覚ました。

 フィームの膝の上で。

 まぁ精神的にはともかく、肉体的にはまだまだ幼児の範疇である。

 ここ数日の疲れが出てしまったのであろう。

 だが念の為に、という事でステータスとHMDの魔法を起動していたのに、そこまで熟睡していたら意味が無い様な気がしないでもない。

 寝る時に張っていた天幕もいつの間にやら外されていて、秋の心地よい日差しがユーリウス達を包み込んでいる。 

 

「ありがとうエトムント」

「おう、しばらく一段目で行くから早く食え」

「わかった。それからフィーム、邪魔してごめん」

「大丈夫だ。ユーリウスは邪魔になどなっていない」


 男前(イケメン)な女戦士である。

 水の上に出る事自体が初めてというニクラウスは未だに緊張がとれないらしく、これだけ広い甲板の上を歩くのにもおっかなびっくりであったが、誰一人船酔いになる者もおらず実に順調な滑り出しであった。

 嬉しげな様子で木箱に詰められていた食事を取り出したのはニクラウスである。大食堂の厨房で一番腕が良いと噂のクラリッサが作ってくれた物で、ソーセージと最近流行りの揚げ物を中心にした料理がこれでもかという程入っている。

 因みにクラリッサはニクラウスの妻だ。


「エトムント、この調子で進んだらどれくらいでエレン湖に着ける?」


 この調子、などと言っても眠っていたユーリウスにはどんな調子で進んでいたのか全くわからないのであるが、そこはエトムントへの信頼と思って良いだろう。

 ほんの五分にも満たない説明と操作で、ほぼ完璧な操船を見せてくれているのである。

 ただの厳つい漁師さんではないのだ。


「わかるわきゃぁねぇだろう? 俺だって初めてなんだからよ?」


 ただの厳つい漁師さんではない。

 一応「偉い人の家族」扱いであるユーリウスに対して、エトムントの様な口を効く者は一人も居ない。


「そりゃそうか。じゃあどのくらい進んだ?」

「そうだなぁ。どのくらいかなぁ……?」


 わからないらしい。

 そもそも計算が出来る様な男ではない。


「――ずっと三段目で進んでたの?」

「おう。ずっと同じだ」

「川の流れも同じくらい?」

「そうだな。ほとんど変わってねぇな」

「わかった。大体馬が軽く駆けてるくらいの速さだよね?」

「そんなもんじゃねぇか? しかしなんだな。こんだけ速いってのに、なんっていうか楽すぎて眠くなっちまうな」


 そう言って太いソーセージに齧り付くエトムント。

 それでもこれだけわかれば、なんとなくどれくらいの距離を進んだのかくらいはわかるだろう。

 川の流れが時速で凡そ六キロメートル、船の速度が時速で凡そ一二キロメートル前後。

 出発したのが大体朝の六時前後で、食事をしている今の時間が大体一〇時前後だ。

 これだけでざっと七〇キロメートル程度は進んだ事になる。

 因みにグリーフェン砦までは徒歩で一〇日前後、といっても獣道同然の所を行くのであるから、直線距離では一〇〇キロメートル以下だろう。

 ユーリウスはエリとの会話から、古代神殿からグリーフェン砦までが一〇〇キロメートルとして、グリーフェン砦からブランまでが四〇〇キロメートルから八〇〇キロメートル程、遠くても一〇〇〇キロは無いと予想しており、ついでに言えば直線距離なら更に短くなると思っているのだ。


「一日八時間移動できるとして一五〇キロメートル近く進めるわけで、下りの場合は何もしなくても進んでるわけだから、下手をすると明後日にはエリス湖に入っちゃうんじゃないか……?」


 ユーリウス自身もびっくりだ。

 仮に水棲の魔物が脅威にならないくらいの船を作るか、更に効率の良い高速船を作りさえすれば、古代神殿からエリス湖まで一昼夜で到着出来てしまうだろう。

 陸の二週間がなんと三日である。

 雲一つ無い青空と、川面に張り出す美しい紅葉の森を眺めながら大きく伸びをするユーリウス。


「――これなら余裕で雪が降る前に帰って来れるな」

 

 フラグを立てやがった……!







次の投稿は明日の朝七時になります。

ゴーレム駆動船が進水し、処女航海に出発しました。

タイタニックはしませんがアルゴ号にはなるかもしれません。


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