第二十六話 建艦計画
A.G.2868 ギネス二五七年
霜(雪)の月(十の月) 地の週の一日(一日)
魔の森 古代神殿
エリとユーリウスが塩の手配についての協議を行った日から三日が過ぎていたが、今日もユーリウスは一人、神殿倉庫の一角に設えた工房に篭って実験中である。
と言っても一見肘掛けと足掛けのある「お子様椅子」の様な椅子に座っているだけだ。
「スクリューって形が悪いと物凄く効率が悪くなるんだよなぁ……やっぱりポンプジェット推進が……いや、やはりもう一度電磁推進を……」
などと一人でブツブツ呟きながら周囲に無数の魔法陣を展開し、三〇近い窓を半球形に開いて考え込んでいる。
実験と言いつつ未だに何一つ造った様子は無いのであるが、最近のユーリウスはこれが普通となっているのだ。
契約精霊であるアニィが保持する有り余る程のリソースを使って、スパコン並の計算力を生み出していたのである。
しかも守護精霊自体が量子コンピュータ並であり、且つユーリウス自身の超高速で思考する仮想意識も同時に同じ問題に取り組むのだから、試行錯誤するのは窓の中だけで良い。
ざっと目的とそれに必要となる構造その他を理解させたら、アニィがそれに伴う問題を一つ一つ丁寧に洗い出し、窓上でそれを動かしてみるわけだ。
しかも不明な部分はこの世界で数千年の時を過ごし、その間の全てを記憶しているモモが教えてくれるのだ。
ユーリウスの思い付きをユーリウスの仮想意識がアニィに伝え、アニィがモモのデータを元にそれを検証して答えを出し、仮想意識が理解したものをユーリウスが「思い出す」のである。
この手法に夢中となるユーリウスの気持ちは理解出来るだろう。
つーかマギシュトゥンはどうした?
「ようよう、ユーリウスよう、また今日も一日中篭もるつもりなのかよぅ?」
「煩いよ駄剣。邪魔すんな……」
などと駄剣との応答すら上の空だ。
「駄目だな。一六枚羽根のスクリューなんて正確に作れる自信がない。NC旋盤でも作れば別だろうけど。つーか金属加工技術が無いし。そもそもの冶金技術がボロボロだし。迷宮素材って手もあるけどそれもまた工具の制作から始めなきゃならないから時間がかかる……と」
ユーリウスは気付いていないが、それは事実上の妄想と変わらないという事だった。
「くそっ、先ずは作れる物から作るしかないか……!」
当たり前である。
手作りで試行錯誤していれば、三日も無駄にする事は無かったのだ。
「流石は播磨のイシカワさんにヤマハさんだったぜ。とても同じ物なんて作れる気がしないわ。駄菓子菓子! 俺にはヤマハさんには無いゴーレム技術がある!」
と、早速これまでのデータを保存して、判明している限りのゴーレムやオートマタのデータを呼び出すユーリウス。
なお、イシカワさんやヤマハさんが誰であるかは自主規制である。
そもそも人が漕ぐから大変なのであって、ゴーレムであれば疲れもしないし文句も言わないのだ。
「手漕ぎだって良いじゃない、ゴーレムだもの~~」
それではこの三日間の超高度な思考実験と努力はなんだったのだろう?
この金髪の鼻歌小僧めが……!
「どうせ作るなら極力無駄は省くべきだよなぁ……オールを動かすゴーレムの腕とか制御が大変そうだし無駄も増えそうだし……あ、そうか、ラチェット機構使って腕だけが軸の所でピョコピョコ動く外輪船とか行けるんじゃね? 始動は手動で外輪を回して、停止は腕に付けた紐を引っ張るとか……? 速度調整はゴーレムだし出力を上げるだけで良いか。で、三段変速くらいにして、一回紐を引っ張ると一段、二回で二段、三回で三段で、四回目に引っ張ると停止でラチェットが働いて……とかどうだろう?」
即座に簡単な概念図が新たな窓上に浮かんで、その動きを再現しながら回転し始める。
「うんうん。悪く無いね。これなら船尾に……どうやって取り付けよう? 船舷がいいかな?」
などとユーリウスが呟く毎にそれを実現可能な複数の概念図が表示される。
「舟は二艘あるんだし、双胴船は可能?」
可能であるらしい。
「全面を甲板にして、双胴にしたその間に転輪をおいて? そう。え? 舟の大きさと形状が違う? 効率はどう? あぁ、悪いねぇ……まぁこんなものだろう……でも積載量は増えるんだから良しとしよう。あと必要な魔石はどのくらい? 制御用の魔晶は……おお、小さい! クズ魔晶でも大きすぎるくらいじゃん! で、速度は? 小魔石一個での航続距離は? 横置きにしてスクリューの方が良いかな? ……木製じゃ強度の確保が難しいか……やっぱり水車モドキの外輪使おう。ん? そう。時間的に今ある資材だけで済ましちゃいたいんだよね? あぁ、資材は結構あるね。木材で一番強度が出るのは?」
――こうして、ほんの数分の間に基本設計が出来上がった。
あとはアニィの指示を仮想意識に記憶させて、炎の魔法で木の板に各パーツの寸法と数、組み立て方法を焼き付けて、ラネック王国出身で元細工師の大工であるニクラウスの所へ持っていけば良い。
最後の最後になってようやく完成形をマギシュトゥンで造って終わりである。
敢えて言おう。
この三日間の超高度な思考実験と努力はなんだったのだろうか?
「あぁユー様、いえ、ユーリウス様、お待ちしてました」
「はい? 待ってたって?」
外壁材として用意されていた木の板数枚を引きずって来たユーリウスであるが、ローゼ区――ユーリウスの命名。現在ある二つの城壁の内、内側がヴァーンツ・シーナでシーナ区、外側がヴァーンツ・ローゼでローゼ区となっており、いずれはウォール、もとい、ヴァーンツ・マリアという第三の城壁も建造する予定であるらしい。命名基準は不明である。不明なのだ――に工房と住居を構えるニクラウスが、工房の外でユーリウスの到着を待っていたのである。
ユーリウスが来る前に一応身なりを整えたらしく、手と顔だけは洗った形跡があったのだが、無精髭とごま塩頭の寝癖で台無しの感がある。
「はい。先ほどエーディット様がいらっしゃいまして、もう直ぐユーリウス様がお見えになるから、他の者にも声をかけて資材をたっぷり用意して待つようにと」
そう言って工房に視線を向けるニクラウス。
照れくさそうに横を向くエーディットだが、この手配りを褒めて良いのか悪いのかよくわからない所ではある。
ユーリウスとしては、そうした手配り以前に今引き摺っている四枚の木製外壁材を持ってくれた方が有りがたかったのである。
「……そ、そうなんだ……いや、うん。ありがとうエーディット。次回は先触れは他の者に任せて荷物を運ぶ方を手伝ってほしかったかな……?」
「――そ、それでユーリウス様、これは何時までに仕上げればよろしいので?」
「直ぐ。『ソッコー』でお願いします」
「ソッコー、でございますか?」
「ソッコー」などという日本語が通じる訳がない。
クリクリとした茶色の瞳と無精髭を震わせ、不思議そうな顔で聞き返すニクラウスであったが、一切頓着せずに言葉を続けるユーリウス。
「うん、とっても素早く仕上げて欲しい。軸の部分については、出来れば迷宮素材の黒い奴を使って欲しいんだけど、余ってたよね?」
「棒……?」
「ほら、三〇センチ……じゃなくて半ロームくらいある黒い棒」
「半ロームくらいの黒い……! ユーリウス様! あれは一〇〇〇壁貨でございますよ?!」
「なんか不味かった? 別件で必要ならなるべく早く同じ物を用意するから、今回はアレを使ってくれる?」
「――同じ物を用意するって……!」
「大丈夫大丈夫、迷宮が育ったら幾らでも同じ物を作れるから。今は手持ちが他に無いから使うだけで、次からはちゃんと専用に削りだした物を用意する。約束する」
問題はそういう事ではないのだ。
貨幣の毀損は重罪であったし、貨幣の私鋳は、偽造は一族郎党死罪の大逆罪である。
ついでに言えば、ニクラウスはブランの銭座が秘匿しているはずの、迷宮外壁材の加工技術を持っているなどと平然と言い放つ事に驚いている。
「……わかりました。仰る通りにいたしましょう」
それでも何やら決意した表情で、絞り出すようにして答えるニクラウス。
「ですがどうかこれは私一人にお任せいただけませんでしょうか?」
「え? それは別に構わないけど、一人でやったら時間がかかるでしょう? 大丈夫? どのくらいかかる?」
「もちろん材料の加工は皆にも手伝ってもらいますが、舟に載せるこの絡繰部分だけは私にお任せ下さい。大半が既にある材料を切って組み上げるだけですから、明後日の朝までには必ず仕上げてみせます。ですからどうか、この通りでございます!」
一気に言い切って跪き、両腕を交差して頭を下げているニクラウス。
つまり貨幣の毀損という重大犯罪の責任は自分だけで収めて欲しいという事だろう。
この男気溢れる親方魂が、ユーリウスには全く通じていない。
残念である。
「わかった。その心、決して無駄にはしない。直ぐに取り掛かってくれ。これにはここに暮らす全ての者達の命運がかかっているのだっ……!」
「ははぁっ」
この時、歴史が動いた。
二人の男(一人は幼児)の大逆罪が確定したのである。
因みにユーリウスの台詞は、なんとなくそれっぽい事を言った方が良い雰囲気だったから、という程度の意味でしかない。
中二病が良いほうに作用した結果であろう。
ついでにこの様子を見ていたエーディットが少しだけ上気した顔になっているのは、ニクラウスの心意気に感動したからであると信じたい。
ツンデレ系だなんて信じないんだからねっ!
……どうでも良いが、時々我も我が信じられない。
どうしよう……?
次の投稿は明日の朝七時になります。
ユーリウスは四歳ですが、肉体は既に十歳児並みです。
ユーリウスによるチート開発が本格的に始動しました。




