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第二十四話 難民たちの憂鬱

A.G.2868 ギネス二五七年

海(水)の月(七の月)火の週の一日(一三日)

魔の森 グリーフェン砦

 


 沈黙が支配する宿屋の一室。

 ユーリウス、エリ、メディナ、エーディット、そしてユーリウスが購入した奴隷のボニファンが居る。


「ユーリウス? 馬が欲しいって言ったのは貴方よね? どう見ても馬には見えないのだけれど?」


 その通りでございます。

 漸く発せられた台詞はメディナのものである。


「この男はボニファンという元騎士で、今は俺の奴隷をしています」


 そう言って頭を下げるユーリウス。

 慌ててボニファンも同じ様に頭を下げる。


「ボニファンです」

「馬を買うお金は使ってしまいました。ごめんなさい」


 再び痛いほどの沈黙が訪れた。

 いや、ほど、ではない。

 痛いのだ。

 ユーリウスは本当に痛みを感じている。

 どんな魔力も理力(精霊力とも言う)も使っていないのにこれほどの苦痛を与えるとは、魔女の力は驚異に満ちている。


「……それじゃわからないでしょうユゥ? どうして奴隷を買ったりしたのか、その理由を話して? 貴方の事だからちゃんとした理由があるんでしょう?」


 優しい声でエリが尋ねる。

 つまりこれが「良い警官、悪い警官」という尋問法なのであろう。

 どんな意味があるのか理解できなかった知識だが、ようやく我にも納得出来たようだ。

 縋る様な目でエリを見つめて、徐ろに口を開くユーリウス。


「ボニファンは一人ではなかったから」

「どういう事? 話して?」

「うん。詳しい話は未だ聞いていないけど、ボニファンが身売りしたのは、多分誰かを、それも沢山の人達を救う為だと思う。そう思ったら、安売りなんてさせたくなかったんだ」


 その台詞に視線を交わし合って大きな溜息を吐くエリとメディナ。

 困惑一色であったボニファンの表情が、今度は驚愕一色に塗りつぶされている。


「そうなのボニファン?」

「ボニファン? 貴方の売上は誰が貰う事になっているのかしら?」


 ほとんど同時にほぼ同じ内容の質問をぶつけられるボニファン。

 多分この視線も痛いのだろう。

 ボニファンの頬が軽く引き攣っている。


「――は、はい。奥様、私の売上は、私の領民、いえ、私の元領民達に支払われる事になっております」

「領民……?」

「あなた、本当に騎士だったの……」


 と、そこでユーリウスが呟く様に聞いた。


「あの子、その、あの人達は大銀貨(マルクット)五枚で大丈夫なの?」


 「あの子?」とボソリと呟いたのはエリとエーディットであったが、どうやらそれぞれ別の思考の結果から出てきた独り言であるらしい。


「はい。ユーリウスお坊ちゃま。それだけあればこの街の共同住宅に入る事が出来ます。迷宮堕ちする事なく、この街で新たな人生を歩む事が出来るのです。奥様、お姉さま。どうかユーリウス坊ちゃまを叱らないでやって下さい。ユーリウス坊ちゃまは、本当に良い事をしてくださったのです」

「坊ちゃま?」

「奥様……?」


 お姉さまと呼ばれたエリは既にそれで許してしまったらしいが、ユーリウスはどこか困惑気味の微妙な表情をしているし、奥様と呼ばれたメディナも少々微妙な顔をしてエリとユーリウスを眺めている。

 因みにエーディットは最初からユーリウスの背後に立ったままであり、ボニファンは支払いをした直後からエーディットをユーリウスの侍女か何かだと見極め、ユーリウスの正体やら自身がどんな仕事をすれば良いのか等を聞いていた。

 もちろんエーディットは適当な受け応えをするだけで何一つ明確な答えを与えてはいない。


「あの、ボニファン?」

「なんでしょうユーリウス坊ちゃま」

「勘違いしてるみたいだけど、メディナは僕のお母さんじゃなくて、その、お姉さまって区分になるんだよね……?」


 最後にメディナに向かって尋ねるような話し方になっていたが、ボニファンも一応は理解したらしい。素直に頭を下げて「お姉さまでしたか」と謝罪する。


「別に気にしてないから謝罪なんていらないんだけど。それでユーリウス?」

「はい」

「これはどうするつもりだったの?」

「どうしよう?」

「何も考えてないわけね?」

「いいじゃないメディナ。これも経験だと思う。ねぇユー、貴方が買ったのだから、きちんと最後まで面倒をみなさい。それが主人としての勤めですよ?」

「わかった」


 まるで捨て猫を拾ってきた小学生を諭す様な口ぶりのエリだが、少なくとも一応は王女様として十歳まで育てられただけの事はあるのだろう。奴隷を買う事もその面倒を見る事も、「経験」の一言で済ましてしまっているが、その瞳は優しくも真剣なものであった。


「ボニファン。俺は奴隷を買ったのも初めてだし、奴隷を使うのも初めてだからよくわからない。だから何か不備があったらそう言ってくれ。それから今は未だ無理だけど、いずれ俺が自分で稼げる様になったらきちんと給金を支払う。それで自分を買い戻して自由になってくれ」

「ユーリウスお坊ちゃま……」

「あ、それからお坊ちゃまはやめてくれ。どんぐり頭になりそうで怖い」


 意味がわからなかったが、お坊ちゃまという言葉にあまり良い印象が無いらしい事だけは理解出来た。

 これもユーリウスが持つ祐介の記憶の全てを我が知っている訳では無いのだから仕方の無い話であろうし、これでも十分なはずだ。

 それでなくともユーリウスの意識に引きずられ気味なのだから……。


 そんなこんなで元騎士の奴隷であるボニファンの受け入れを決めたエリとメディナであったが、そこで話が終わらないのがユーリウスという存在なのだろう。


「……で、この人が元領民って人?」


 唖然とした表情のままで、絞りだすように言ったのはメディナである。

 予定していた馬の購入計画が頓挫した為、さっさと神殿に帰ろうと言う話になっていたのだが、ノックの音と共に迷惑そうな口調で来客を告げられたのである。

 現れたのは何処から誰をどう見ても貧民以外の形容詞が浮かばない、ボロを来て痩せこけた一人の男。

 苦労した所為だろうか、ボニファンと然程変わらない年齢に見えるのだが、影のある暗い茶色の瞳に力は無かったし、手入れのされていないその黒髪には、所々に白髪が混じっている。

 こんな状態であっても、可能な限り身なりを整えたのだろう。

 手荒く処理された髭と、そこだけは綺麗にされた形跡がある顔と手が、なんとも言えない哀れさを醸し出している。


「お願いします。どうかボニファン様をお返し下さいませ! 足りない分は私が代わりに奴隷となります! どうか! どうかお願いします!」

「何を言っているんだエリク!」


 慌てた様子で叫んだボニファンからエリクと呼んだその男は、対応に出たユーリウスの前に土下座し、ボロ布に包まれた大銀貨(マルクット)四枚と、一本一〇〇〇壁貨(ヴァンツ)棒貨(バーヴァンツ)二本が混じった数えきれない程の壁貨(ヴァンツ)を差し出してくる。

 そこで先のメディナの台詞になる訳だ。

 ボニファンが謝罪し、エリクを追い出そうと必死になって説得している状況である。

 エリもメディナもエーディットも、どう対応すべきかわからず困惑するだけだ。

 なんだか面倒臭い事になったなぁ、などと天井を見上げているユーリウスであったが、どう考えてもこれは全面的にユーリウスの責任である。


「……聞いてもいいかな?」


 ユーリウスが弱り切った様子で言い争うボニファンとエリクに声をかけた。

 即座にその場に土下座する二人。


「えっと、エリクだったっけ?」

「はい。エリクと申します旦那様」

「旦那様って柄じゃないけどまあいいか。ボニファンのお金が無ければ困るのはエリクだけじゃないんでしょう?」


 全くもってその通りだったのだろう。

 エリクが差し出して来た金額を見れば、市の手数料である売上の一割を引いた金額に――幾らにもならないのは確かであったが――多少の上乗せをして差し出されているのがわかる。


「困りません。ここにも迷宮はあります。生きていくだけならなんとでもなります。俺たち、いや、私達が間違っていたのです。迷宮堕ちなどボニファン様と共にあれば恐れる事は無いと、そう気付いたのです」


 ユーリウスにも状況は理解出来たのだろう。

 大きな溜息を一つ吐くと、再び天井を見上げて目を閉じた。


「エリク。悪いがコレではボニファンを返す事は出来ない。俺がボニファンを買った金額は大銀貨(マルクット)五枚だ」

「はい、はい、その通りでございます! ですから――!」

「最後まで聞いて。それに、エリクを見て俺が支払った金額に間違いは無かったと思ったし、それどころかボニファンの価値は大銀貨(マルクット)程度で収まる様なものじゃない、金貨(ロアン)でも安いくらいの人物だと確信している。だからこそエリク達もなんとかボニファンを取り戻そうと思ったんだろう?」

「……その通りでございます」

「気付くのが遅すぎたんだよ。どうしてこんな事になったのかは知らないけど、今更返せとは、しかも高々数百壁貨(ヴァンツ)程度の上乗せや、ましてや元の金額よりも安くしろだなんて要求を聞くつもりは一切無い」


 ユーリウスの台詞にがっくりと肩を落として涙を流すエリク、そして千切れそうな程に固く唇を噛みしめて目を閉じているボニファンを見て、もう一度溜息を吐くユーリウス。


「だがしかし、このままではボニファンもエリク達が心配だろうし、なにより寝覚めが悪い。そこで提案なんだが、エリク達もボニファンと一緒に来ないか? ボニファンの領民だったと言うならそれはきっと働き者だろうし、色々考えている事があるんだが、何をするにも人手が足りないんだ。開墾しなきゃならないんでちょっぴり大変な所ではあるんだが、土地だけはたっぷりあるし、しばらくは共同生活をしてもらう事になるけど、いずれはそれぞれ自分の家が持てる様にもしよう。」


 もちろん即答出来る様な内容ではなかったし、何より見た目六、七歳の子供が口にする様な台詞ではない。なにより言っている内容についても驚きを通り越して呆れてしまうほどの好条件だった。

 一体どんな裏があるのだろうかと疑いすらもってしまっている様子のエリクに、それまで息を呑んで見守っていたエリとメディナが視線を交わして微笑む。


「基本的な条件については事実ですよ? 私達はあなた方を受け入れ用意があります。ただ、魔物も出ますし少しだけ危険な土地であることは納得して頂く必要があります」

「エリ? ――まぁ、私は少し、とは思わないけど、大体そんな感じで良いと思うわ」


 エリとメディナの台詞を聞いて、ユーリウスはまた自分が一人で勝手に突っ走ってしまった事に気付いたが、二人が良いと言うならまぁいいか、と反省も無しに流してしまう。

 これこそ自重を忘れた中二病の厄介さというものであろうか?


「ユーリウス様……!」


 感動に打ち震えてるボニファンが、エリク達が騙されている事に気付くのは、恐らくそう遠い先の話ではない。

 ユーリウスは常識というものをもう少し学ぶべきだろう。

 魔の森は大陸全土で最も恐れられている場所なのだ。







次の投稿は明日の朝七時になります。

奴隷と初国民げっと。

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