第二十二話 はじめてのおつかい
A.G.2868 ギネス二五七年 海(水)の月(七の月)火の週の一日(一三日)
魔の森 グリーフェン砦
ユーリウスが振る事すら出来ない魔剣を持ち歩いるのは、ある意味けじめであるらしい。
それは目の前で死なれてしまったカレスとの約束を忘れない為であり、忘れていない事の宣言である。
が、季節は既に夏の終わりであり、今から向かったのでは大人の足でも帰ってくる前に冬になってしまう。
冬の旅も不可能では無かったが、流石に子供連れでは厳しい。
幸い世界樹の苗木は妖精族の結界を生み出す魔法具によって守られているし、長ければ数百年は生きる妖精族の時間感覚は人族のそれとは全く違う。
フィームとの話し合いの結果でも特に急かされる事もなく、妖精族の国へ向かうのは来年の春と決まり、今年はその準備に明け暮れる事となっている。
問題なのは古代神殿の面々はメディナが居なければ買い物すら出来ないという事だろう。
「こんなに沢山の人が……」
と、早朝の広場で露店を開いている、およそ一〇〇人程の人々と、それを見て絶句するエリ。
「いや、これしか居ない、なんだけど……?」
この場合はユーリウスの感覚が正しいのだろう。
「これでも随分増えているのよ?」
「増えてるんだ……」
と、今度はユーリウスが絶句する番である。
ブランザ王国の滅亡によって遺棄されたグリーフェン砦は、その後ゲルマニア全土を巻き込んだ大乱の混乱にって半ば忘れ去られた街となり、ラネック王国の苛烈な支配から逃れて来た難民達が住み着き始めたのが八年前。さらに二年前のザルデン王国による侵攻で溢れた難民達が流れて来る様になって、今では人口三〇〇〇人を超える立派な都市となっているのだと言う。
「人口三〇〇〇人で都市なの?」
というユーリウスの疑問は、メディナとの問答で多少の認識のズレを修正しつつ解消されたが、要約すれば城壁があって迷宮があれば都市、城壁があって迷宮が無ければ街、城壁も迷宮も無ければ村、という区分けであるらしい。
要するに人口の過多では無いのだ。
「迷宮があるんだ?」
「そうよ? 若くて小さい迷宮だから、上手に育てないとあっという間に枯れちゃうけど。でも迷宮は迷宮だからここはグリーフェン砦は都市で間違いない無いわ」
「よくわからないんだけど、迷宮があるか無いかってそんなに重要なの?」
「重要よ? あ、そう言えばユーリウスはまだ迷宮を食べた事が無いのよね?」
「はい?」
間の抜けた顔で思わず立ち止まってしまうユーリウス。
「なんだヒヨッコ、そんな事も知らないのか?」
「うっせぇ|駄剣≪ヒュメルフリューグ≫そんな事も、って事は迷宮を食べるってのが常識だとでも言うのかよっ?!」
「常識ですよ?」
「常識だぜ?」
「常識なのよねぇ……」
と、間髪入れず、ほとんど同時に常識である事を告げられたユーリウス。
「意味が分からねぇ……迷宮を食べるってどういう事だってばよっ!!」
言葉通りの意味である。
実は迷宮は食べられるのだ。
拡大する最下層及び外周部分が成長する際、最初は木の根の様な状態となって土や岩盤に穴を開け、それがある一定の太さまで成長すると粘液に包まれて溶けていき、粘液が乾くにつれて成長する肉の様な状態となって回りを押し広げて通路を形成し、それが終わると中央部分から溶ける様にして空洞化する。
最後に残った粘液部分が乾くにつれて硬化して変質し、迷宮の壁を構成する黒くて頑丈な謎物質に変化するのだと言う。
迷宮の魔物はそうした変化の途中で、木の根状の物や肉状の物から分化して生まれ、草食の魔物は木の根状の部分を食べ、肉食の魔物は肉を食べて成長するのだ。
当然魔物を駆逐してしまえば食料として利用する事が可能であったし、魔物に分化する前の段階であれば、安全に魔物を駆逐する事が可能となる。
「……つまり、迷宮探索では食料は要らない……?」
「その通り。流石はユーリウスね」
「しかも迷宮のお肉は深くなればなるほどおいしいのです」
「そうなの?」
「そうなのです」
「そうらしいわよ?」
この世界の迷宮はどこかおかしい、そう思うユーリウスであったが、迷宮が生きている存在である事は聞いていた為、なんでもありなんだな……、と無理やり納得する。
「たぶん迷宮の肉は売られているはずだし食べてみる? 迷宮によって微妙に味が違うから、美味しい迷宮がある都市は大きくなるの」
「……でも、お高いんでしょう?」
「高かったら平民の食料にはならないじゃない。もちろん迷宮の深い場所にある物はそれなりに高くなるけど」
「迷宮パネェな……」
流石は魔王様である。
「それより買い物をしましょう。ユーリウスは未だ他にもホムンクルスを復活させるのでしょう?」
「もちろん。メディナ一人を残して行くなんて出来ないしね?」
「あら、心配してくれるの?」
「そ、それにブルーたちの世話もあるでしょう?」
「それなら服を作る糸や布地が全然足りないと思うの」
「そうね。先ずは糸と布地、後は針も必要ね。毛糸もあったら欲しいのだけど」
と、エリとメディナの表情が変わる。
針も糸も布地もある種貴重品の仲間なのだ。
グリーフェン砦は市が立つ程度には発展している都市であったし、市に並ぶ品々もそれなりに豊富ではあったが、同じ物を一定数以上集めようとしても難しい事が多いのである。
「それじゃ私が布地を探してくるから、エリは針と糸をお願いできる?」
「はい。あ、毛糸は?」
「毛糸も私が探して来るわ。ユーリウスはどうするの?」
「適当に見て回る事にする。何を買ったらいいのかわからないし?」
「そう、それじゃ買い物は任せて。ただ、そうね、買い物が終わったらアヴィークラを飛ばすから」
「わかった」
「迷子にならない様に、広場から離れないようにしてね?」
「迷子になんてならないよ!」
「――そう、ね。じゃあ気をつけてね?」
……フラグが立った。
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魔の森 グリーフェン砦
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魔の森 グリーフェン砦
次の投稿は明日の朝七時になります。




