第十九話 厄介事の気配
A.G.2868 ギネス二五七年
星の月(三の月) 火の週の三日(十五日)
古代神殿
森に生い茂る下生えを蹴散らし、樹々の合間を凄まじい速度で駆け抜ける「鶏」のブルー。
その背中に乗っているのがユーリウスである。
こんな滅茶苦茶な不整地走行で、時速四〇キロメールは確実に叩き出しているであろうブルーの脚力には驚きを隠せない。
ホスキンスでなくとも兵器利用を考える者は多いだろう。もちろんホスキンスが誰かはこの場では言えない。
「ブルーあと少しで見えて来る!」
「くけぇ!」
「敵は魔物だけだぞ!」
「くけぇ?」
「こんな時にわからないフリとかすんな!」
「くけぇっ」
ところでこんな場合だが、ユーリウスが戦術レーダーと呼ぶ高性能探知魔法が便利過ぎて怖い。
原形はティックルルーが使っていた探知系の魔法であり、出力をあげると並べた鉄の棒の合間に火花が散る事から、どうやらそれが電磁波の一種であろうと知れたが、ユーリウスのそれは電磁波以外にアクティブの音波やパッシブの赤外線まで利用している為、本家のティックルルーを遥かに超える識別能力があるのだ。
当然ティックルルーの様に相手の魔石や魔晶を識別するだけでなく、地形や樹木の位置等色彩以外のほぼ全ての情報を収集出来る。
だからこそ、魔物から逃げ切れずに喰われてしまった者の状況についてもほぼ正確に把握していたし、先行している者が疲労か負傷でさほど早くは走れていない事、囮となった者達もまた負傷か疲労が酷いらしい。
また一人、暫く走った所で不自然な止まり方、恐らく転倒した後、その場から動かなくなる。魔物達に向かって僅かに動いた所を見ると、どうやら逃げるのを諦めてしまったらしい。
「ちくしょう、諦めるなよ……!」
思わず呟いてしまったユーリウスであったが、それもある意味仕方ない。
そもそもこんな魔の森の最深部で誰かの助けが望めるかも知れないなどと思える方が異常なのだ。
なによりこの時点で追跡して来ている魔物はタンタルピッツという、混沌さんか深淵さんでも這い寄って来そうなイソギンチャクのお化けであるらしい事が分かってしまった。
子供や小動物であれば一撃で心臓を止めてしまえる程の麻痺毒を持っている魔物だ。
既に全員が毒を受けた後なのだろう。
であれば、タンタルピッツが追跡を止めていない理由も良くわかるし、先程の一人が動きを止めた理由も想像が付く。
最後の力を振り絞って戦うつもりであるのか、完全に毒が回って身動きがとれなくなっているのか……。
「っく!」
「くけぇ?」
「なんでもないよブルー」
間に合わなかった。
そして三体のタンタルピッツは、こちらもまた先程から動きを止めている囮の最後の一人と、恐らくは先行の一人についても見逃すつもりは無いだろう。
が、既に二人ともこちらの方が近いし、タンタルピッツよりブルーの方が遥かに早かった。
「居た! ブルーは待機! あいつらは毒があるから近付いちゃダメ!」
「くけぇ?」
「毒があるの!」
先ずはタンタルピッツに近い方の囮となっていた一人である。
だがこちらもどうやら既に意識が無いらしい。見た目は冒険者風(当社比)の男、と言ってもゴーグル(金属らしい網目に一見プラスチックの様に見える透明な樹脂を塗った物)と幾重にも顔に巻かれたスカーフ状の布地で顔は見えないが、イケメン臭がプンプンする相手である。
意識は無いのに手槍をきつく握り締めたまま離そうとしないところにもイケメン臭が漂う。
見捨ててしまって良いだろう。
「ブルー、お願い! コレを背負って!」
「くけぇ……?」
「お願い!」
「くけぇ……」
通じたらしい。
手槍を噛んで一振りして引き剥がしてユーリウスに渡すと、背負子の部分を噛んで軽々と自身の背中に載せてしまう。
「ありがとうブルー」
「くけぇ」
「うん。ご褒美は期待して良いから」
「くけぇ!」
「見てろ。近付く前に片付けてやる!」
「くけぇっ!」
さっさと殺ってご褒美を食わせろと言う意味だろう。
ニヤリと笑ったユーリウスが魔方陣を展開すると、空中に窓が開いてレーダー画面が表示された。
レーダー情報に同期させた射撃支援魔法である。
ユーリウスはレーダー画面をタップして拡大すると、魔物の光点三つを範囲指定でロックオンする。
「――くたばれ化け物ども! 拡大強化焔槍!」
再び森に青い三条の閃光が迸った。
次の投稿は明日の朝七時になります。
やっと物語が動き始めた様な気がしますが……?




