第十六話 ステータス!!
A.G.2870 ギネス二五九年
夜の月(十二の月) 木の週の二日(二十六日)
古代神殿
年の瀬も押し迫ったこの日、ユーリウスは幾つかの魔法を完成させ、エリに披露しようとしていた。
場所はもちろん神殿の大食堂である。
だがその魔法について説明する前に、どうしてその魔法が必要になったのかを説明しなくてはならない。
先ず冬籠りが始まり神殿の地下施設、研究所の存在を知ってから、ユーリウスはゴーレム達を復活させる計画に全力投球していた。
これには多少の紆余曲折があったものの大した困難も無く成功していたのであるが、ユーリウス個人の魔晶と呼ばれるマナの結晶と、魔石と呼ばれる雑多なマナの塊の在庫が尽きたのだ。
もちろんエリやメディナが街で換金する為に溜めている物はある程度存在していたが、殆ど自分の趣味でしかないゴーレムやホムンクルス等の復活の為にそれを使う程恥知らずではない。
当然ながら、ユーリウス自身で魔石や魔晶を手に入れる必要に迫られたのである。
「と言っても魔物と戦うのは怖いから……」
そう言って、今度は戦闘用の魔法の研究に没頭した。
もちろんユーリウスは精霊魔法が使えるし、簡易魔術や魔術や魔法や錬金術等についても学んでいる。
その気になればある程度の魔物までは瞬殺出来るほどの魔法も使えるのは確かであったが、いざとなると恐ろしくてまともに魔法が使えなかったのだ。
――ふっ、ヘタレが。
「魔物と戦うのが怖いから作ったのがこの魔法ですか。ユーリウスは勇気がありますね」
「はい?」
これは我も理解できなかった。
意味がわからない。
「なんで? 怖いって言ってるのに?」
「怖いから戦わない、ではなく、怖くても戦う為に努力する事は勇気と言うのですよユーリウス」
ユーリウスが惚けた。
「……エリって……」
「なあに?」
まさに聖女。
これがあの悪魔の影響下にあると言うのは脅威なのではないだろうか?
「なんでもない。それより見て?」
と、あからさまな照れ隠しの台詞と共に立ち上がったユーリウスの周囲に無数の魔法陣が展開し、更に中空に浮かぶ明るい半透明の幕が出現する。
幕には何処か見覚えのある小さくてカラフルな絵が散りばめられていた。
「これが『窓』の魔法。この幕みたいなものを窓って呼んでる。モモがアニィに古の契約ってのを教えてくれたお陰で精霊術は確かに使える様になったんだけど、一般的な魔法陣だけでも二千種類以上あるでしょ?」
「そうね。でも全部を覚える必要なんて無いのよ?」
「そうかもしれないけどそれじゃ勿体無いから。メディナが言ってたけど、精霊術の使い手は其々の流派毎に定められた基本の魔法陣を覚えて、その組み合わせで魔法を行使するって、本当?」
「ええ。私もモモから習った魔法陣とその組み合わせを覚えて使っているから本当よ?」
「それならきっとこの魔法はエリの役にも立つはずだよ。見てて?」
そうって周囲に展開していた窓の一つをちょっと摘む様にして同じ大きさの同じ様な明るいウィンドウを作ると、指先でエリの前まで異動させ、沢山の様々な小さな絵から魔法陣の模様が描かれた物、要するに所謂ところの『アイコン』に、素早く軽く二度触れる。
再び新しい窓が展開し、そこから指先で触れて見やすい位置に移動させる。
「こんな感じで指先で操るわけ。で、この絵の部分、アイコンって言うこの部分を長めに触れるか二回素早く触れると、種類毎の魔法陣のリストが出て来る。こんな風に。で、さらに未分類の魔法陣はコレで……」
と、アイコンに素早く二度づつ触れる度に新しい窓が生まれ、其々の窓に様々な種類の魔法陣のリストが表示される。
あっという間に二人は半球状に展開された窓に囲まれ、その全てに無数の魔法陣が表示されたが、それでもまだ足りずに、その殆どの窓で下から上へと魔法陣のタイトルと略図のリストが流れ続けている。
GUI、グラフィカル・ユーザー・インターフェースという操作系である。
「凄い。魔法陣ってこんなに沢山あったのですね……」
「そう、全部で五百万はあるらしい。大半は何が目的で作られたのかもわからない様な、ラプラス由来の魔法陣だから下手に発動しない方が良いらしいけど」
そう言って未だ流れ続ける魔法陣のリストにため息を漏らすユーリウス。
「で、コレが使用頻度の高い魔法陣と、知っていると便利そうな魔法陣のリスト」
そう言って先程展開した窓の一つを二人の前に移動し、両手の指先で縁に触れて拡大する。
「あ、これ、私がモモから学んだ魔法陣と同じです!」
「そう。俺もモモから教えてもらった。エリと違ってまだまだ全部は覚えてなんていないけど。でもコレを使えば、うろ覚えの魔法陣であっても使えるってわけ。咄嗟の時や戦闘ではとても使えないから、そういうのはキーワード、えっと短い呪文を決めて自動的に発動する様にも出来る」
もちろん頭の中で思い浮かべて集中するだけでも同じ事が出来るし、使用する魔法陣を直接思い浮かべるだけでも魔法陣の展開と共に魔法は発動する為、エリの様に完璧な形で覚えてしまうのが一番良いのは確かであった。
「凄い魔法ですね。魔法を使う為の魔法をここまで徹底して作り上げちゃうなんて……」
「凄いでしょ!」
などと、一〇〇パーセント林檎社か微細柔軟社のパクリのクセに、これでもかというドヤ顔のユーリウス。
アニィに一つ一つの動作を教え込んでいったその労力については認めるが、実際のところユーリウスは何一つしていないのである。
全てはアニィの力であり、古の契約とありとあらゆる魔法陣をアニィに教え込んだモモの力だ。
ただし公平を期して言えば、元々はアニィとのコミュニケーションが一方的な魔法陣を介してしか行えなかった事に不満を持ったユーリウスが、自身と同調する自身の疑似人格を精霊界側に作ればアニィとのコミュニケーションが可能になるのではないか、などと考えたのが発端であった。
それもあくまでアニィの膨大な余剰領域、要するにアニィの潜在能力があってこその力技であったっが、それによってアニィはユーリウスが望んだ事を正確に把握出来る様になったのである。
もちろんそれだけではアニィ側からの伝達手段が無い為、最初は光を生み出す魔法を使ってモールス信号による通信を考えたらしい。
当然その計画はユーリウスの能力的な限界により破綻し、紆余曲折の末、文字と音声によるコミュニケーション系の構築に成功する。
モモと会話が出来る以上、同等かそれ以上の潜在能力を持つアニィであれば、それ程難しくも無い事だったのである。
ただし、これはアニィが元々人間の女性であったテオドラの意識の一部を受け継いでいたからこその成功であり、どれほど強力な精霊であっても精霊界しか知らない生粋の精霊とは、思考も環境も異質過ぎて不可能事である事は理解しておく必要があるだろう。
それ故の契約と魔法陣なのであるから当然と言うしか無いのではあるが……。
「で、これは多分エリにも使えるはずなんだよね。モモは契約精霊との会話なんて出来ないって言ってたけど、窓系だけなら既存の魔法陣の応用だから。ちょっと複雑だけどアニィに魔法陣を展開させて、エリが魔力を流し込めば使える様になるはず。一度展開しちゃえば呪文の設定で何時でも実行出来る様になるし?」
まさにチートであった。
そうしてエリが窓系の魔法を使える様になった時点で、次のチート魔法の登場である。
「それじゃ次の魔法。HMD展開! ステータスオープン!!」
そう言って祐介が展開したのは、なにやら非常に巨大で複雑な魔法陣を中心に広がる無数の補助魔法陣であった。
因みに凄いのはユーリウスではなくアニィである。
「こ、これは?」
そうして浮かび上がって来たのは様々な数値と、それが表す能力その他の雑多な情報の寄せ集めだ。
「これがステータス。ステータスとかスキルとか無いみたいだから、無いなら作っちゃえ、と」
「すてーた……? ……あ、それよりこれは一体なんでしょうか? 筋力、素早さ、体力、器用さ、知力、精神力、外見? 意味はわかりますけど、この人型の図とHP? それからこのSPとMP? 技能って?」
「うむ。ここは説明せねばなるまいっ!」
と、妙に気合いの入った様子で各種項目と数値の説明を始めるユーリウス。
HMDの魔法は戦闘用で、HPやMPといった比較的重要な数値をグラフ化して視界の一部に表示する魔法であり、視界に存在する全ての生物について、簡易・詳細の二種類の表示が出来る。
ユーリウスにとって一番重要なのは視界をゲーム画面の様にする事で、戦闘への恐怖を和らげる事であったがそれについては口にしない。
男の子としての見栄である。
説明にもどろう。
先ず筋力は筋繊維の質からランクを、量から数値を算出しており、人間ならCランクの一から三〇で、基本的には力が筋力、瞬発力が素早さ、体力は血中酸素量や臓器の健康状態。
器用さは脳の運動神経結節がどの程度発達しているか。
知力は脳の平均的な活動量や情報量で、精神力は各自の持ち得る、もしくはもっている無意識の規模と、契約している精霊が居るなら精霊の情報密度、外見は肌の状態と見た目の健康状態を表しているのだと言う。
「そしてこのHPという項目は要するに、内出血を含めた出血量の限界値。血液は一定量を失うと意識を喪失して限界を超えると死亡する。人型の図については各部位の損傷度合いを一から百までの割合で表記していて、百を超えると部位の破壊か切断状態。SPは精霊力で、精霊の情報密度と干渉力量。MPは使用可能なマナとオドの量」
「これは……なんだか少し恐ろしいですね?」
「でも便利でしょ? どれかの数値に異常があれば精霊が即座に警告してくれる事になってるし、HPについてはモモにも手伝ってもらって、この地域に住む生物の平均が登録済みで、登録が無い種族は出血量の加算値を表示して自動で記録できるし、人型以外の魔物や動物の表示にも対応してる。必要なら視界の上部に自身と選択された対象それぞれのHPとMPを簡略化して、なんとリアルタイムで表示できる!」
エリには「少しは便利かな?」と疑問符付きで感じる程度であったが、祐介にとっては全く違う。
魔物との戦いがただただ怖くて不安でどうしようも無かったのが解消されたのだ。
「そしてこのステータスシステムの目玉が技能系だっ!」
「スキルシステム?」
と、これは要するに、人が何かに習熟すればする程無意識に出来る事が増えていくのと同時に精霊の存在が強固になり、作業を分担出来る割合が増える事を利用したものだった。
人や獣には必ずしも精霊が存在する訳では無いが、精霊を持った生物が死ぬと通常はすぐに地上と精霊界との繋がりが切れてしまい、精霊は霧散するかいずれ自立した精霊になるのだ。
が、その瞬間だけは他の精霊が乗っ取りを仕掛ける事が可能となり、一部なりとも乗っ取ればその分だけ精霊を拡張し、運が良ければ相手が無意識で行う事が出来た技能の一部を得る事が出来るのである。
「それはもしかして精霊の交代の魔法の様な……?」
「そうそうそれ。大規模な魔力を投入した魔法とは違うから、精々がある程度のリソースというかソースコードというか、ちょっとした知識や経験の欠片を奪える程度なんだけど、上手くすれば自分が全く知らない知識や技能を相手から奪えるかもしれないし、完全なジャンクコードしか奪えなくてもその分だけ自分のアニマを拡大、つまり強化出来るのだっ!」
要するに精霊の強化と拡大はステータス上の精神力を強化するだけに留まらず、運動神経や交感神経その他能力の向上にもつながり、多少の時間差はあるものの肉体の強化にもなるのである。
さらにある程度似通ったコードが集まれば、祐介の言う通り自動で編集し直し一個の技能として登録出来るし、全く知らない技能であっても無意識に身に付いている事になる為、一通り使ってみることで脳に動きを覚えさせる事が出来る訳だ。
「本当は睡眠学習機能とかが欲しかったんだ……」
「リソース? ソースコード? ジャンクコード? 睡眠学習?」
「そう。色々な分野の達人からコピーさせて貰えれば、マトリックスな技能チートも可能だと思ったんだけど……」
「ぜんぜんわかりませんけどダメなんですか?」
「丸ごと奪うか元からある領域に上書きするのは簡単なんだが、新しい領域を作り出すのが難しい。つまり……」
「つまり?」
「自分の記憶を上書きするしかない」
「そうするとどうなるんですか?」
「上書きされた記憶は忘れてしまう」
「それはちょっと……」
「そうなんだよ。それは嫌でしょ? ままならないもんだよね……」
いや、もう十分チートだから。
次の投稿は明日の朝七時になります。
やっとユーリウスがチートっぽくなってきました。
でもなかなかお話が進みません。
一応あと四話くらいで大きく動く予定ではいるので、どうかよろしくお願いします。




