第十一話 古代神殿
A.G.2870 ギネス二五九年
霜(雪)の月(十の月) 人の週の一日(三十一日)
古代神殿
夏が過ぎて秋が来て、また、古代神殿に長い、長い冬が訪れていた。
ユーリウスは一見可愛らしい幼児のままであったが、既に取り繕うのを完全にやめている。
有り体に言えば自重を捨てていた。
「モモ、エリ、それからメディナ? これは一体どう言うことだ?」
「くけ?」
「だって偉大な精霊様であるモモがここで暮せと言ったのよ?」
「考えた事もありませんでした」
「言うなよ! 考えろよ!」
「お前とて三年も気が付かなかったではないか?」
「黙らっしゃいっ!!」
「くけぇっ!」
と、ユーリウスが怒っているのは、古代神殿の奥の間、要するに神官や巫女達の生活空間がそのまま残っていたからである。
「何年もこんな苔のベッドで暮らさなくても、ちゃんとベッドやトイレや浴室のある部屋が残ってるんじゃねーか!!」
「も、モモはなんで教えてくれなかったんですか?」
「エリは初めて会った時の状態は覚えているか?」
「はい」
「我はエリやメディナはそういう生活が好きなのだと思っていたのだ。落ち着いた後もこの場所で快適そうにしていたしな?」
「そ、それは、魔の森で野宿しながら歩き続けた後ならここはもう天国ですし、ずっと修行で忙しかったですし……?」
「エリはまだ十歳だったんだろ? 仕方ないとは思うけど……モモはもっと気を使えよ?! メディナだって相当苦労したはずだぞ?!」
「私を巻き込まないでくれるかなぁユーリウス?」
「子供なんて直ぐに体調崩したり病気になったりするんだぞ?!」
「聞き捨てならんな? 我が契約者の健康状態すらわからぬ様な精霊だと言うのか? ちゃんと健康状態は把握していたし、必要な栄養素も欠乏する以前に摂取させていた。なにより健康を言うなら老化を止めていたのだから、大半の異常は起こり様が無いではないか?」
そうかもしれないが違うのだ。ユーリウスが信じるに、人間には最低限の健康で文化的で快適な生活というものがあるはずなのである。
もちろんそれは精霊にも言えるはずだ。
ところでメディナ? 何処へ行くのだ? まだ話し合いの途中だと思うのだが?
もちろん私の思いがメディナに通じる事はなく、気配を消してこっそりとその場を立ち去るメディナ。
流石は魔女である。
「そうですね。モモもメディナもいつも優しかった……」
違う。
ユーリウスにはそれは断固違うと言える。
これは優しかったからどうだという話ではないのだ。が、その不幸な生い立ちからエリには「こんな場所であっても天国」だったし、モモには本気で優しくされたとおもっている。
モモはモモで人間の常識など無いし、メディナがモモの言いつけに逆らうはずが無かった。
見た目と魔女という職業(?)に反してメディナは敬虔なヴァテス教徒であったし、何よりメディナが知る限り、エリよりも清潔で健康な状態で生活している者など周辺地域には存在していなかったのだ。
ついでに言えば、モモもエリもメディナも、生きてさえいけるのであれば――メディナには魔法薬の研究という目的もあったが――多少の不便など無視して満足してしまえるタイプである。
「だぁーーっ! もう良い黙れ! そんな事よりこの神殿の所有者はモモ、お前なんだな?」
「違う。便利だから使っているだけで我が所有している物など我が身一つだ」
「……え? じゃあなんでモモが神殿の維持管理なんてしてんの?」
「なんだ? 勝手に使わせてもらっている以上汚さない様に気を使うのは当然の事であろう?」
「それじゃこの神殿の人々は一体何処へ行かれたのでしょう?」
「我もかれこれ数百年は見ておらぬな」
「くそ、あんまり綺麗でしっかりしてるから勘違いしてた、要するにこの神殿は遺棄されて何百年も経ってる遺跡って事じゃねーか!」
「うむ。そうとも言えるな? だがそれがどうしたと言うのだ?」
(ダメだ、これはダメだ……!)
話が通じると通じないとか、問題は言語だけでは無いのである。
分かり合える時には言葉など要らないし、どれほど言葉を尽くした所で分かり合えない時は分かり合えないのである。
そもそも人と精霊が真に理解し合えるなどありえない事なのである。
「……わかった。この神殿は俺達の物だ。それで良いな?」
「そうか」
「俺達にはお前も入ってるからな?!」
「ふむ。そうか」
「そんな事を勝手に決めて良いのでしょうか?」
「誰も困らないし、魔の森は誰の土地でも無い。強いて言えば魔王の土地だったわけだが、魔王の後継は俺だ。だから魔の森は俺の土地だ。文句があるか?」
「ふむ。我も困らんし文句も無いな?」
「だろう? エリもいきなり狼狽えるな。堂々としてろ。この神殿は俺達四人の物だ。良いな? ここは俺達の家なんだ」
「は、はい」
「つまり我もそれに含まれるわけだな?」
「当然だ」
とドヤ顔がうざいユーリウスである。
「それでユーリウスよ。お前は一体なにがしたいのだ? 森の魔物達と縄張り争いでも始めるつもりか?」
「ある意味縄張り争いだが、これからみんなで封印のある部屋に何があるかを確認してみようと思う。モモは全部の部屋を見たのか?」
「いや、鍵かかかっていたり結界があったり封印がしてある部屋には入っていない。今迄は我の物ではなかったのでな……ふむ。面白いな?」
「よし! 探検開始だ!」
「はい!」
「ユーリウス、エリ、それからモモも、見落としが無い様にお願いするわね? 私は昼食の準備をしておくから。がんばってね!」
魔女はやはり魔女なのだ。
ともかくそうしてユーリウス達の遺跡探検が始まり……二時間程で終わった。
神殿の居住区には寝室はもちろん、神殿に暮らしていた全ての人々が一度に食事が出来たであろう食堂や、それを賄う為の台所、武器庫に倉庫に食料庫に荷下ろし場や厩舎に馬車どまり、薬草を育てていたらしい温室に菜園等、あらゆる物と設備が使用可能な状態で揃っていたのである。
「ここだけで三百人くらいは余裕で生活出来るだろうなぁ……」
「それは無理だろう。食料の確保が難しい。残っている量では三百人だと数日で無くなる」
「他から輸送したら良いんだよ。それにこの周りの開拓だって可能だろ?」
「それなら不可能では無いな」
「どうやって運ぶのですか?」
「昔は街道でもあったんだろう。馬車で輸送したんじゃないか? まぁ人間が三人しか居ない状態でこんな事を言っても意味は無いけどな?」
「面白いではないか。大切な事だと思うぞ?」
「はい」
「そんな事より問題はコレだ」
そう。その宝物庫へ続く通路に隠された地下空間は、少々毛色が違っていたのである。
「さっきの図書室はまぁ良い。封印の結界で保存すべき物なんだろうとは理解できる。が、これは一体なんなんだ? 構造が全く違うし、ただの石じゃないだろコレ? ここって完全に地下だよな? 何かの実験室か? こっちは人形? まさか土人形とか? こっちは人造人間かな?」
「ほう、ゴーレムだのホムンクルスだの、よく知っていたな?」
「え? まさか本当に土人形や人造人間なの? メディナはもう失われた技術だって言ってたけど?」
メディナは確かに失われた技術であるとは言っていたが、現物が一つも無いなどとは言っていない。
特にゴーレムについては、その能力から各国の軍隊が優先的に兵器としてかき集めている。
「ホムンクルスなんてもう妖精族の国にしか残っていないのではないかとおもってました」
「どれも保存状態は悪くないようだの。魔核を入れてやれば動くかもしれん」
「人造人間? 『マジか……大人の怪しい玩具じゃないのかコレ……』」
日本語で呟いた後、いっそ死ね変態! とでも言ってくれたら……などと考えているユーリウスはもう一度死ぬべきだと思う。
「どうやらここが神殿になる以前からなんらかの施設が存在していたらしいな」
「……まるで地下迷宮みたいです」
「恐らく造られた時期も同じなのだろう」
「え? 魔王の地下迷宮もこんな感じなのか?」
「はい」
「うむ。何れお前も魔王の地下迷宮に挑んでみると良い。魔王は既に存在しないが、迷宮そのものはまだ生きている。お前には良い訓練になろう」
「だが断る」
ユーリウスの答えはともかく、ラプラス戦役と呼ばれる神々と魔王の戦いの末期、傷付き弱った魔王の意識を侵食する封印には成功したものの、魔王は最後の力を振り絞り、自身を守る為に封印の間を魔物の湧き出す迷宮で覆ってしまったのである。
神々もまたその戦いで力の大半を失って撤退し、残された先史文明に生きた人々は、いつか魔王の地下迷宮を攻略して魔王を滅ぼす為に、ここに研究施設を建設して迷宮に挑んでいたのだ。
神殿はその研究施設の上に建てられていたのである。
神殿の図書室に残された記録を調べればわかる事であるのだが、意識を分けて書物や資料の読み込みを行っているモモからその事実を聞かされたのは翌日の事である。
次の投稿は明日の朝七時になります。




