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第九話 不撓不屈

A.G.2870 ギネス二五九年

水の月(七の月) 地の週の四日(四日)

古代神殿



「……さてエリよ。そろそろ良いかな?」

「モモ……ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎちゃいました」

「よい。人とはそういう存在なのだ。そなたは既に封じの聖女ではないのだから」

「はい」

「ではユーリウスよ」

「は、はい」


 感情が昂ぶり過ぎて思考が全く纏まらないユーリウスが慌てた様子で涙を拭ってモモに答える。


「これから伝えるのはそのほうの出生の秘密だ」

「出生の秘密……ですか?」


 あぁ、その事か。

 ユーリウスは知らないのだ。


「その身体は人を母として産まれた者ではない」

「はい?」

「魔王ラプラスとの戦いの話は知っておろう?」

「……はい」


 もちろんユーリウスは知っている。

 神々と戦い敗れ、この地に封じられた魔王のお話である。


「その戦いは幸運にも我らの勝利で終わったのだが、それは実のところ非常に危うい所であったのだ……」


 そうして語られたのは、モモから見た魔王との戦いの顛末である。

 エリが語ったものとは一味違う。

 迷宮の最深部。

 その本体を自らが生み出した漆黒の間(ミグレプレント)と呼ばれる世界の深淵へと隔離して、魔王ラプラスが傷ついた地上の身体を休める為に作った結界の底。

 このモモですら本体にも肉体にも手が届かず、計略をもってその意識だけをどうにか封じて、漸くその活動のほぼ全てを止める事が出来たのだが、その封印は、エリが封じの聖女となる前に破られてしまった。

 モモの言う幸運というのは、封印が破られた時、魔王が未だ不完全な状態のまま、その強大な本体の能力を使おうとした事にある。

 要するに、往年の名水泳選手が寝起きに準備運動も無しで競泳一〇〇メートル自由形に飛び込んだ様なものだと思えば良いだろう。

 心臓麻痺か足が釣って溺れるのも無理はない。

 しかも魔王自身が無作為に仕掛けた無数の強力な呪いの一つに自ら引っかかってしまったのである。

 結果は無残なものであった。

 新たな地上の身体を生み出す事にも失敗した挙句、モモどころかこの星ごと滅ぼせる程の力で自らをこの世界から吹き飛ばしてしまったのだ。

 残ったのは魔王の依代となるはずであった無垢の存在。


「それがお前だユーリウスよ」

「魔王の依代……!」


 もちろん他に私と封じの聖女(テオドラ)の残滓。

 因みにユーリウスは中二病を再発している。


(まさか俺が魔王だったとは……!)


 いや、お前は祐介=ユーリウスだから。


(俺には魔王として世界を征服する義務があるのだ!)


 いや、無いから。


「つまり僕は魔王なんですね?」


 いや、違うから。


「心配はいらない。ユーリウスはあくまでも人間だ。それこそどこをどう調べた所で人間以外の何者でもない」


 祐介のそれは心配ではなく期待である。


「そうなんだ……」

「そうだ。安心するが良い」


 そこで安心する様な人間であれば良かったのだが、ならば俺の中には一体何が眠っているんだ? などと考えている所が度し難い。

 そもそもずっと起きてるし。


「ただ今回の問題はその生まれが違うという事が原因で間違いないだろう」

「どういう事ですか?」

「お前が我と同じ存在であるからだ」


 はい?


「精霊が、いや、この場合は魔王が受肉する為に用意された存在であり、お前には魔王の本体が存在していた漆黒の間(ミグレプレント)と呼ばれる世界との経路パスが存在している。魔王が滅びた後、そこに残されているのは魔王の抜け殻。精霊の元とでも言うべき空っぽの力だけなのだ」


 そう言ってユーリウスの理解を待つ体制に入るモモであったが、こんな事がユーリウスに理解出来る訳がない。


(つまり……? やはり俺が魔王の後継者?!)


 という訳で、本来であれば単なる端末となるはずであった存在が、勝手な思い込みで増長する訳である。

 全くもって度し難い。

 必要とも思えないが、ここで敢えて言わせてもらえば魔王の後継者はユーリウスではなく私なのだ。

 いずれにせよ、なぜ他の精霊と同様に力を振るう事が出来ないのかは理解出来た。

 流石はモモである。

 魔王以外には触れる事すら叶わぬ漆黒の間(ミグレプレント)

 我には精霊たちの様に、直に地上への恵みとやらを齎す事は出来ないが、漆黒の間(ミグレプレント)から境影界を経て間接的にそれを行う事は可能なはずであった。

 必要とされる力は大きくなってしまうが、同じ力でこの世界の全てを一つの事象として扱う事が出来るという利点がある。

 ついでに言えば、聖女の残滓の大半は精霊界エイドスにあった。渦巻く灰色の霧(モモ)に言われなければ我でも気付く事は無かったかもしれない。

 だが話がそうとなれば後は簡単だ。

 ユーリウスを地上の端末とするのは既に不可能であったが、祐介の知識を使えば洗脳する事も可能であろう。

 つまり私が再び世界を支配する日も近いと言うことである。


「ユーリウスよ。そう考え込む事はない。漆黒の間(ミグレプレント)に繋がっている経路(パス)精霊界(エイドス)に繋ぎ直すのは難しい事ではない」


 はい?

 ……えー、あー、うん、不可能ではない、のか?


漆黒の間(ミグレプレント)の抜け殻の精霊を精霊界に移す事は不可能だが、ユーリウスを通して得られる『抜け殻の精霊』という存在の在り方を精霊界に転写(コピー)すれば良い」


 まって? どういうこと?


「転写?」

「そう。精霊界に・お・い・て・も・「在り様」とはそれで一つの力なのだ。経路パスを通じて一定の力を生み出す事が出来るのであれば、多少の欠損はあれど精霊界に同じ有り様の存在を生み出せる。もちろんそのままでは何も変わらないが、精霊界であれば我が他の精霊と同様の、『恵みの掟』を教えこむ事が出来るからな」

「……ありがとうモモ!」

「感謝の言葉など要らぬ。我は我が必要と思う事を成すのみ」


 ……っく! まさか! モモは私に気付いているのか?!


「では早速はじめよう。ただしモノがモノだけに少々時間がかかるだろう。我はその間動けなくなるが気にせず普段通りに暮すが良い。全てが終わり次第ユーリウスも精霊の恵みを得られる様になる」

「わかりました。全てモモにお任せします」

「ではユーリウスよ。経路パスに繋がる意識の一部を借りるが良いか?」


 やめろユーリウス!


「はい。でも、どうすれば良いんでしょうか?」

「心を安らかに我を受け入れるだけでいい」

「わかりました」


 やめろ! くそっ! このままでは私が消されてしまう!

 

「いくぞ……!」


 させぬっ!!


 ――ムリムリムリ! ヤバイ! ヤバイ! 抵抗できない!

 私が消される!!!!


(――やはり残っていたか魔王ラプラス! 逃さぬ! 消え失せろ!)


 消されて! たまるかっ……!!






次の投稿は明日の朝七時です。


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