第百十七話 踊れない会議
A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年
霜の月(十の月) 地の週の一日(一日)
ノイエ・ブランザ王国 ノルトブラン州
ハウゼミンデン
ユーリウス
ボーゲンザルツの地下迷宮が攻略されてから半年が過ぎていた。
シュマルカルデン同盟対霜月同盟による懲罰戦争は自然休戦中である。
休戦中と言っても事実上はノイエ・ブランザ王国の一人勝ち状態であった。
「大魔導師、ルツの地下迷宮攻略はどうなっている?」
シュマルカルデン王ヴィルフリートが聞く。
「予定通りです。明日には最後の迷宮珠を上書き可能でしょう。ルツの地下迷宮は生まれ変わりました。もう魔物も出てはきませんし、暴走もしません」
その言葉にため息が幾つか漏れた。
三〇〇階層超えの大迷宮が巨大な地下都市に生まれかわった、則ち十数万人分の食料や資材が確保可能になったという事である。
「ではもう黒い悪魔の脅威は無くなったという理解で良いのだろうか?」
オバルフェット男爵ギュンターである。
ギュンターはカスパル・シュテファン要塞での戦いで大きな被害を出した一人である。
「はい。ただ、未だ森に潜む黒い悪魔の全てを狩り尽くしたとは言い切れません」
「森に逃げた個体がいるのか」
「ザルツ山地やヴァイサーベール山脈には元からティックルルーが生息していますので、縄張り争いが始まる可能性もあります」
「山が荒れるという事か」
バイラー男爵テオバルトが顔を顰めた。
「可能性はあります。数年間は様子見するしかありません」
「大魔導師」
マルク侯爵ゲオルグだ。
「ザルツ山地に逃げ込んだ黒い悪魔がボーゲンザルツに降りて来る可能性は高いのか?」
「低いと思われます。ボーゲンザルツに地下都市が生まれたお陰で周囲の魔素が薄くなっていますから。……実は黒い悪魔の様な強大な魔物には魔素の薄い場所は居心地がよくないのです」
「ダンジョンがあるのに魔素が薄いと?」
「基本的には地上は非常に薄くなりますね。王都でも同じ様な現象が確認されています」
「基本的には?」
「はい。基本的には」
「どういう事だ?」
「ダンジョンの規模によって変わるのです。例えばボーゲンザルツの様な300階層超えの様な超巨大なダンジョンでは逆に濃くなりますが、そこは私が調整しましたから」
「……なるほど。納得した」
「では次の霜月同盟に対する制裁動議です――」
周囲に数十枚の窓を展開して行っている遠隔会議である。
参加者は皆自分の領地から板状携帯端末を通じて参加しているのだ。今ではこれが当たり前となっているのが恐ろしい。
人間とはどんな環境であれ適応するものなのだ。
ともあれ定例会議は順調に進み、最後の五カ年計画修正案になっていた。
「都市化が終わった迷宮が増えましたので、五カ年計画の修正案を検討して頂きたい」
言いながら参加者達が板状携帯端末を操作して修正案を確認しているのを眺めるユーリウス。
修正案にはルツとエアフ、エアフとボーゲンザルツをそれぞれ結ぶ新しい路線案が書かれている。
「大魔導師」
ヴィーガン侯爵ハルトであった。
「はい」
「随分と大きな変更だが他の路線に遅れが出たりはしないのか?」
「はい。ルツの地下都市化が想定より早く進んでいますので、資材化可能な迷宮外壁材が余っているのです。人員不足はありますが土人形の大量投入とE型の大量投入で対応する予定です」
「それをこちらに回して先に国内線の整備を進めた方が良いのではないか?」
「それも考えたのですが、リプリア王国の動きが不透明です。いざという時この路線があるか無いかでルツ防衛の成否に関わってくるかと……」
ユーリウスの言葉で考え込んでしまうハルト。
実際ザルデン・リプリア国境の街クロトネーにはリプリア王国の軍勢が三万以上も駐留し、交通を完全に遮断している。(因みにその直ぐ近郊にはイゼルローンという名前の都市が一つ存在しており、どう考えても主要通商路からは外れている上に軍事的な価値も皆無のその街を、なんとか難攻不落の巨大要塞にしようなどと妄想している事は、ユーリウスとアニィの機密事項である)
対して線路網の敷設工事の方は実に順調だ。
五カ年計画が早ければ三カ年で終わってしまいそうな程なのだ。
それもこれもユーリウスの高性能な土人形達と、有償供与され続けているE型強化防護服の所為である。
朝から夜まで、いや、夜明けまで延々と働き続ける土人形に、一人で二十人分の働きが期待出来るE型強化防護服によって、未来の各種重機を投入したのと同じくらいに高速・高効率化していたのだ。
なによりこの半年でE型が百数十機に土人形百体以上、合わせて自動貨物車が月産一〇〇台で六〇〇台以上が投入されているのである。
この三者が有機的に利用された瞬間、従来型の人海戦術という工法とは桁違いの効率で工事計画が進捗を始めた訳だ。
中世型の「工事」を知っている者達には全く信じられない進捗率であった。
「――わかった。賛成しよう」
「ありがとうございます」
板状携帯端末で各地の工事の進捗状況を調べていたハルトが賛成した。
国内路線で開通した線路はまだ無いが、開通すれば自動貨物車などより遥かに大量の物資・人員を移動させる事が可能になるのは、シュマルカルデン王ヴィルフリートの実験路線の成果でハルト達も知っているのだ。
賛成多数。
可決である。
同時にルツの地下都市では線路のレールと枕木の大量生産が開始された。




