第百十六話 ダンジョンとユーリウス攻略戦
A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年
地の月(四の月) 地の週の三日(三日)
ノイエ・ブランザ王国 ノルトブラン州
ハウゼミンデン
ユーリウス
ボーゲンザルツの地下迷宮攻略は、ユーリウスが本命と呼んでいたF型強化外骨格及びロケット弾の実戦化・量産化後は順調に進んでいた。
一〇階層毎に存在する迷宮珠をアリスで上書きしながら一八〇階層を超えて侵攻している。
出現する魔物も黒い悪魔のみ(他の魔物は生まれた途端に黒い悪魔に喰われて死んでしまう)。
しかも既に攻略部隊の補充物資の大半は、今まさに攻略中であるボーゲンザルツの迷宮で作られている程だ。
つまりは時間の問題であった。
『突然黒い悪魔が大量に湧き出したのです。しかも共食いをしながら、です。恐らく迷宮が暴走したのではないかと』
「暴走した……? つまり残りの約二〇階層では餌が無くなったわけだな?」
『恐らく。我らは通常通りの防衛線を敷いて応戦しているだけですが、いかがいたしましょう? 多少無理をすれは一気に最深部までの迷宮珠を奪う事も可能ですが?』
「無理はやめよう。都市精霊で上書きした階層では影響は無いのだろう?」
『はい』
「では計画通り黒い悪魔の殲滅しながら攻略を進めてくれ」
『了解しました』
「オートマタ」
「はい」
「どうやらボーゲンザルツ攻略も終わりだな」
「はい。残りはルツだけです」
「ルツはどうなってる?」
「本日一二〇階層の迷宮珠を確保しましたから、あと半年程度で殲滅出来るかと思われます」
「うん。無理をせず一階層毎に徹底的に掃討していってくれ。頼む」
「かしこまりました」
「それでエーディットはなんの用?」
「抱かれにきました」
「何を言ってるんだこんな時に?」
「四美姫様方が順番だと、子を成さないと困るのだそうです」
「却下だエーディット。今は忙しくてそれどころじゃない事くらいわかってるだろう?」
「わかっておりますが、外交上問題になっております。シュマルカルデン王の王女との婚約と婚儀も控えているのです。とにかくミヒャエラ様とヘルタ様だけは早急に懐妊させて下さい」
「ミヒャエラとヘルタ? じゃあなんでエーディットが来る?」
「順番だそうです。あの、ユーリウス。どうか奥向きの問題で表の問題を滞らせるのは止めていただけませんか?」
「俺の所為なのか?!」
「はい。全面的に」
「……わかったミヒャエラとヘルタだな?」
「いえ、まず私からです。順番なのだそうです」
「順番順番って、一体誰が決めたんだよ?!」
「四美姫との話し合いです。大変申し訳なく思いますが、誰か一人を寵妃として扱うのは外交上問題になります故、どなたかが懐妊なさるまでお止めいただきたいと思います。なので順番なのです」
「いや、でも、だってフィームはエルフだし、エーディットはホムンクルスだろう?」
「懐妊までは平等に、順番ですから」
爆発しろユーリウス。
「却下だ。懲罰戦争の後始末に五カ年計画と迷宮攻略計画にリプリア王国との戦争準備でそれどころじゃないんだ。リプリア王国の動員兵力を知ってるだろ? 二〇万以上、下手をすると三〇万は動員してくるんだぞ?! 後先考えない根刮ぎの動員なら四〇万から五〇万は行ける! ブランザ王国は奴隷と堕民を合わせても人口三〇万に届かないんだ。こっちは十分の一以下の兵力で戦うしかない! 十分の一だぞ?!」
「最新の兵器群に土人形部隊で無双させてしまえば終わりなのでは?」
「殺し過ぎちゃうだろっ?! それにリプリア王国でも銃の導入が始まっててな、最新の情報だと連発出来る上に二〇〇ローム(約一二〇メートル)で機動歩兵のゴーグルを撃ち抜ける性能があるらしい。そんな物を何万と揃えて侵攻されたらこっちの損害も馬鹿にできない物になるんだよ! 最低限こちらの兵士は全員が機動歩兵並の装備でなきゃ負けるだろ?!」
ある程度は事実であった。
ユーリウスの周囲に展開した窓の幾つかが反転してエーディットにも見える様になる。
そこにはリプリア王国がハウゼミンデンの流れ作業と工場制手工業の制度を既に真似て、ある程度の大量生産能力を身に付けつつある事、リプリア王国には硝石の鉱山もあれば硫黄の鉱山もあって、大量の弾薬を揃える事が可能である事などが表示されていた。
「リプリア王国ですか。ロカマドゥールによる停戦仲介案はどうなったのですか?」
「流れた。ロカマドゥールは中立に徹するそうだ。事実上の勝利ではあるし完全に折れたと思ったんだが、流石に宗教組織はしぶとい。司祭や司教は合わせて五〇人以上殺してやったんだがな……首を引っ込めて閉じこもっただけだ」
「となると旧ザルデン王国の支配地域が戦場ですか。ならばルツとルツ盆地を押さえているのは我が軍です。かなり有利なのでは? 旧ザルデン王国の支配地域は完全に我が国のものとなるでしょう?」
「その程度ではリプリア王国との戦争の対価としては全く足りない。可能であればメンディスとディッタースドルフを抑えて親ブランザ勢力で魔の森を囲んでしまいたい」
「国交はありませんが、アレマン王国は?」
「現在の国境線で満足してもらう」
問いかけながらもユーリウスの思考を整理し、必要なだけの言葉を引き出す事に成功したエーディットを見て、一瞬だけため息を吐くユーリウス。
どうやら自分が思考を誘導されていた事に気づいたらしい。
ニヤリと笑ったエーディットにもう一度だけため息を吐く。
「動甲冑の生産状況は?」
さっと、両手を振って周囲に展開した窓をさらに広げて幾つかピックアップする。
「一般兵士向けの簡易型が現状で月産三〇〇か。ブランザ軍の末端まで回るには備蓄分含めて半年は必要だし、突撃銃他の装備品の生産が全く間に合っていない。あと一年は大規模な軍事行動などとれない。つまりルツでひたすら耐え忍ぶしかない事になる。そこで消耗すればまた補充だなんだで侵攻軍の組織化が遅れる事になるだろう」
ユーリウスの言葉にアニィちゃんが反応し、さらに複数の窓が周囲に展開する。
「ブランザ王国は迷宮を押さえているから継戦能力だけは非常識なほど高いが、新しい軍制と新しい戦争に適応出来る新兵の数が全く足りないんだ。二個の機動歩兵大隊を除いて中世型の集団戦術をとるのが精一杯の兵士が八割以上を占めている」
「中間種は?」
「ダメだ。種族間の緩衝材としてこれ以上減らすわけにはいかない」
「自動人形は?」
「高価過ぎる。高価過ぎるが……検討しておこう」
「では土人形ですね。土人形軍団と中世型兵士達で蹂躙できましょう」
「リプリア軍がどこまで銃兵を組織化出来るかによるな。連射出来るほどだから、場合によっては塹壕戦を選択しなきゃならん」
「塹壕戦?」
エーディットの台詞に窓を一つ広げて塹壕戦の概念図を表示する。
「土塁を作って隠れるか溝を掘って隠れるかして、その状態のまま撃ち合う戦いだ」
「それは……」
「土塁や塹壕を越える事が可能な装甲車、そう、戦車が必要になるな」
そう言って土人形牽引式の物から高出力の各種発動機を搭載した物まで数十種類の『戦車』の概念図を表示する。
「まあアレだ。飛行戦艦とジェット爆撃機に|ヤヌス部隊《超小型戦闘用無人航空機部隊》が敵後方地域に戦略攻撃を仕掛けるから、塹壕戦で戦線を膠着させても構わないんだがな?」
「――それでは一体何を心配されているのです?」
「殺し過ぎる事」
再びそう言って両手を振り、全ての窓を一度に消し去るユーリウス。
「一体何千人、いや、何万人殺せばいいのかわからなくなっている。ボーゲンザルツで凡そ二万人が死んで、ルツでは四万人が死んだ」
「それはロカマドゥールが――」
「わかってる。だがロカマドゥールの暴走を誘発したのは俺だ。俺が急ぎすぎた事で――」
「――違います。ユーリウスの所為ではありません。ボーゲンザルツもルツも責めを負うべきなのはロカマドゥールです」
「……ロカマドゥールか……いずれ決着をつけなければならないな」
「燃やし尽くしてしまってはいけないのですか?」
「……そうだな。ロカマドゥールを信徒毎燃やし尽くすのも一つの手だな。皆殺しにしても精々一〇〇万人か」
いつの間にかユーリウスの背後に回って抱きしめるエーディット。
「一〇〇万人が一〇〇〇万人でも私はユーリウスの味方です。命じて下されば私が爆撃の指揮をとります。敵は殺し尽くしてしまえば良いのです」
「――エーディット」
エーディットの両手がユーリウスの頭を抱える様にして抱きしめる。
「ユーリウスは命じればいいのですよ。ユーリウスの為なら私達はどんな事でもやりぬくでしょう」
「エーディット――」
もう一度言う。
爆発しろユーリウス。




