第百十四話 エーディット
短いですが、本日18時にも投稿を予定してります。
A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年
星の月(三の月) 水の週の六日(十二日)
ノイエ・ブランザ王国 ノルトブラン州
ハウゼミンデン
エーディット
エーディットの日常は、常にユーリウスの周囲で始まり終わっている。
ユーリウス自らの手にかかって死んだ初代エーディットの様に自分も殺してくれれば良いのにと思いながら。
ユーリウスを愛し、愛され、その手で殺された初代エーディットが羨ましかった。
無視されるのが一番つらかった。
最初はただ傷ついた。
愛し愛される為に造られたはずの自分を拒絶するユーリウスに。
その態度に。
その言葉に。
紅い目を更に赤くして泣いた。
どうして良いかわからず右往左往して泣いてばかりいた。
その内ユーリウスの事が少しだけ理解出来る様になって、なぜ初代エーディットと同じ顔をした自分を避けるのかわかって来て、悲しくなってまた泣いた。
私が初代エーディットではない事は私の所為じゃないと叫びたくなった。
泣いて泣いて、初代エーディットの部分を切り捨てた。
エーディットらしく振る舞うのを止めた。
だから『仕事魔』の仮面を被り、『ツンデレ』の仮面を被ったのだ。
仕事の事であればユーリウスが応えてくれるから。
「仕事魔」の間はユーリウスに愛されていない事を忘れているフリが出来たから。
『ツン』の台詞には困った様な情けない顔で応えてくれたから。
未だ『デレ』のタイミングは掴めていなかったが、『ツン』の態度であれば受け入れてくれる。
それが不思議で嬉しかったから。
時々『ツン』が暴走するけど、別に構わないと思った。
「私は私、初代エーディットでも二代目エーディットでもない。私がエーディット」と、そんな風に思えるようになって、私が生まれた。
「私がエーディット。私は私――!」
仕事熱心でツンデレで、ユーリウスを愛している。
ユーリウスを愛し、ユーリウスの為に死ぬ。と。
その日はユーリウスが高速飛行船でアルメルブルクから帰ってきた。
だからユーリウスが溜め込んだ仕事がどれほど多いか決済待ちの書類を山にしてみせた。
「アルメルブルクはいかがでしたか? 板状携帯端末での作業は全くされていませんでしたが?」
「今からやる」
「お願いします。それからアナハイムと工業団地関連の決済は板状携帯端末ベースでお願いします」
「あ、アナハイムは稼働し始めたのか?」
「はい。レーダー射撃管制装置と動力甲冑関連の装備品の新規開発は、既にオートマタ六体と四〇名の職人が行っています。が。決済が滞りがちで研究も滞りがちだとか。板状携帯端末を開いてご確認下さい。見学の予定はありません。仕事をして下さい。アルメルブルクの一部軍需品と民生品の生産を全面的にハウゼミンデンに移すと決めたのはユーリウス様ですから。責任とって下さい」
「はい」
「では私はこれで失礼します。終わるまで部屋から出て来ないで下さいね?」
「――はい」
部屋を出ると溜息が漏れた。
これで良い。
今の内にアナハイムの視察の予定をいれておこう。
それから、そう、新型のロケット弾の実戦配備と量産化が始まった事を伝えよう。
それから、それからパノア候国から使者が来て通商条約を結びたいと言ってきた事……もう少し後で……。
そんな風にして仕事をこなしながらエーディットは沢山の事を学んだ。
周囲の中間種はみなエーディットに優しかったから。
「エーディット、お仕事は終わりまして?」
「ヘルタ様」
慌てて姿勢を整えて挨拶するエーディット。
相手はヘルタ・ヴァンデル・マルク、四美姫と呼ばれるユーリウスの妻の一人なのだ。
「喫緊の課題は終わりましてございます」
「――そう。ユーリウス様は?」
「恐らく半日は執務室に篭もる事になろうかと思います。何かユーリウス様に――」
「いいえ」
そう言って手にしていた鉄扇をパチリ。
「私に用があるのは貴女よエーディット」
そのまま顎の動き一つでエーディットに付いて来る様に促すヘルタ。
初代エーディットと四美姫の関係を考えると何を言われるのか判らず戦々恐々としてしまうエーディットであるが、逆らうつもりなど欠片も無い。
ヘルタはユーリウスの妻なのだから。
エーディットが連れていかれたのは『四美姫の間』と非公式に呼ばれる様になっている、本宮の中庭に面した茶室である。
当然の如くそこには他の四美姫、ミヒャエラ、ソフィー、フィームの三人も顔を揃えていた。
思わず足が震えてしまうエーディットであるが、そんなエーディットの様子にも気付かずなにやら四人で視線を交わしあっている。
暫くしてフィームに他の三人の視線が固定された所でフィームが溜息をつく。
「……仕方ない。エーディット、恥を忍んで聞くが、ユーリウスとはその、性的な交渉はあるのか?」
一瞬なにを聞かれたのか理解できなかったエーディットであるが、慌てて首を横に振る。
「ありません。私はユーリウス様から嫌われております故」
パチリ、とヘルタの扇が音を立てた。
「やはりな……だから言っただろうヘルタ」
「何を言う、その方は全く嫌われてなどないではないか」
とパチリ。
「その通りですわ、嫌いな相手を側に置く様なユーリウス様ではありません」
「私もお姉さまと同意見です。貴女を見つめるユーリウス様の目、あの狂おしい程の熱い視線を受けておきながら「嫌われている」だなどと、あり得ません」
「まぁまて。エーディットはどうやら本気で嫌われていると思っているのだろう、となると問題はユーリウスの方にある」
「では本当にエーディット様に操を捧げたとでも?」
「それは無いな」
「ありえませぬ」
「であれば――やはり……?」
「不能になったか腑抜けたか、或いは極度に臆病になっているか……」
「口惜しや、妾達をなんだと思っているのか。それほどあの紅眼が大事か……!」
「大事だったのでしょう。妾達が死んでもあれほど悲しんでくださるとは思えませぬ」
「ヘルタよ、恐らくユーリウスには妾達を抱く余裕などなくなっているのだろう。見た目に騙されるな、心は未だに一〇歳児だとでも思っておけ」
「それではお姉さま、エリナリーゼ陛下とはどうなのです? 夕食と夜会をあれほど頻繁に繰り返して――本当に何もないといえるのですか?」
「言える。子猫がじゃれあう程度の事しかしていない」
再びパチリとヘルタの扇が鳴らされた。
「エーディットよなぜユーリウスに迫らぬ? おぬしはユーリウスの事を好いていよう?」
「ヘルタ様、それではまた同じ事の繰り返しになってしませぬか?」
「ミヒャエラ様、それは違う。女に臆病になった男を元に戻さねばならぬのじゃぞ? 恐らくユーリウスは恐れているのだ。抱いた相手が死ぬことを、抱いた相手を自らの手にかける事を」
「それでこの紅眼ですか……なんとももどかしい」
「もどかしい、その通りでございます。なぜ妾達の元へは来てくだされぬのか……!」
「仕方あるまい。エーディット、その方には何としてもユーリウスに抱かれてもらうぞ?」
「フィーム様……!」
「お姉さま、それで本当に上手くゆくとお思いでございますか?」
「わからぬ。わからぬがユーリウスが初めて抱いた相手がエーディットなのだ。やり直せるなら先ずはそこからであろう? エーディットもユーリウスに抱かれる事については異存あるまい?」
怒涛の勢いに半ば呆けていたエーディットに、とんでもないセリフが飛んできた。
「え? 私は、」
「嫌ではなかろうが? 寧ろ積極的に迫りたいと思っておろう? 違うかエーディット?」
恐らく嘘も冗談も通じない。
正直に答える以外の道は無かった。
「――はい」
「では決まりだ。我らは一致協力し、ユーリウスにエーディットを抱かせる事に全力を尽くす。その後の順番は以前のまま、よろしいな?」
「はい」
「私もよろしくてよ?」
「私もそれで結構ですわ」
「……エーディット?」
「は、はい」
何がなんだかわからない間にそういう事になった。
ご意見感想誤字脱字等ありましたらよろしくおねがいします。
次の投稿は本日18時に予定しております。




