第百十三話 人型機動兵器と戦闘爆撃機
A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年
星の月(三の月) 水の週の三日(九日)
ノイエ・ブランザ王国 グロスヴァルツ州
アルメルブルク
ユーリウス
それは背中に巨大な二本の管楽器の様な物が付いているトンボといった形状の機体であった。
もちろん管楽器などではない。
二発のパルスジェットエンジンを搭載した二人乗りの航空機なのだ。
テストパイロットはパラシュートと動力甲冑を着込んだユーリウス自身だ。
既に無人のままオートマタによる試験飛行も終えており、時速二〇〇キロメートル近い速度で飛ぶ事がわかっている。
「ユーリウス様! 本当に飛ぶのですか?! 危険過ぎます!!」
「いざとなれはオートマタに操縦は任せる。その為にタンデムシートにしたんだからな? いくら高速で飛べても飛行船じゃダメなんだよ。鳥の様に自由に空を飛ぶ事こそが人類の夢なんだから。それに有史以来の人類初の操縦者は俺だと記録に残す! さぁエンジンに点火しろ! 征くぞオートマタ!!」
「――了解、ブレーキ良し、第一エンジン点火、良し、第二エンジン点火、良し。出力上げます――出力最大! ブレーキ開放!」
ボボボボボボボッという断続音からビィーー! という連続音に変わって機体が滑走路上を滑る様に走り始め、そこから先はあっと言う間であった。
ほんの数百メートルでフワリと浮かび、ユーリウスが無理な操縦をすると隙かさずオートマタが修正し、ユーリウスが無茶な操縦をするとオートマタが立て直す、を繰り返して、緩降下時の対気速度で時速二〇〇キロメートル突破する偉業を成し遂げたのであった。
「やったぞ! 対気速度時速二〇〇キロメートルを突破した! レシプロのプロペラすっ飛ばしてジェット機での初有人飛行だ! しかも初飛行で時速二〇〇キロメートルだ!! 勝ったぞ!! これがあれば我が軍は無敵だっ!! っくぅーーーーブランザの科学技術は世界一いぃぃいいいいぃいいいっ! 早速量産化と爆撃機化を進めるのだっ!! この機体も練習機として量産したまえ!!」
「了解。マイマスター」
などと、何処から色々ツッコミを入れられそうだがジェット機の爆撃機化については間違いではない。
もちろん一応戦闘機仕様の設計もあるが、恐らくお蔵入りであろう。
なにせブランザ王国以外に航空機を持っている国など無いのだ。
いや、シュマルカルデン王国は土人形エンジンを使った木骨布張りの複葉機実験を行っているが、設計上の最高速度が時速数十キロメートル、緩降下を行って漸く時速一〇〇キロメートルを超えるか空中分解か、という程度なので、全く問題にはならない。
これが可能になったのは偏にハウゼミンデンの城北工業団地やテクノタウン城北や城南テクノタウンといった工業団地が全力生産を開始したからに他ならない。
民需品の生産から解き放たれ、今やアルメルブルクは完全な軍需の街なのである。
「正直言って戦術級超小型無人航空機部隊『ヤヌス』を拡大する方が圧倒的に話が早いんだがなぁ……それだと唯でさえ悪魔扱いなのが魔王扱いにされそうでなぁ……人を殺すのは人だと、人が必要なのだと誤解させておきたいんだよなぁ……次の敵は総兵力二〇万のリプリア王国だし」
「私達も同感です。攻撃型と自爆型を集めたヤヌス部隊が二〇〇万もあれば、ユーリウス様は大陸を支配出来るでしょう。逆らう者は皆殺しにしてしまえば良いのです」
「……それは恐怖だな。確かに逆らう者はいなくなるだろうが……」
魔王っぽくて良いかな? などとちょっとだけ心が揺れたユーリウスであったが、死ぬまで魔王を続けざるを得ない状況になるのが目に見えてる。
ユーリウスが欲しいのはそんな生活ではないのだ。
好きな時に出汁入り卵かけご飯を食べたりインターネット上のオモシロ動画で笑ったりしたいだけなのだ。
「駄目だな。俺は魔王になる気はないぞ? そしたら死ぬまで魔王しなきゃならんだろうに?」
あくまでも人間として女王エリナリーゼの従者として早期に引退したいのだ。
引退して謎に包まれた神々――数千年前に世界を支配し魔王と戦った本物の神々――の時代を取り戻すのが目的なのだから。
「インターネット・モドキの基盤は創ったし、南方、リプリア王国との交易が復活すれば大量の米も手に入る。日本米に近い種類の白米も見つかるはずだ。リプリア王国やナヴォーナ王国は遥か東方の大陸との交易もしているらしいからな」
「マイマスター、そろそろ燃料が切れます。着陸して下さい」
「わかった。オートマタまた修正を頼む」
「了解、マイマスター」
そんな訳で、双発のタンデムパルスジェット機『XJ2‐Y1』は、多少ぎこちないながらも二〇〇〇メートル級滑走路に無事着陸したのであった。
が、この日の試験は実はまだ終わっていない。
ユーリウスが乗るF型強化外骨格初号機の実働実験もあるのだ。
ビジュアル化すると士郎正宗ファンからパクリ認定受ける事確実なデザインであったが、ビジュアル化さえしなければ「人型機動兵器の形状とその操作方法」というアイデアの部分だけなので著作権法の範囲外である。
尚、真紅に塗られる予定の弐号機以降は若干デザインを変えて、ビジュアル化してもバンダイさんからパクリ認定されない程度により宇宙世紀っぽくする事になっている。
細かい部分の説明は良いだろう。
XJ2‐Y1から降りたユーリウスはその場で専用の薄型動力甲冑に着替えると、魔剣を片手に駐機場に鎮座していた初号機に乗り込む。
座席の背中部分に魔剣の設置場所があるのだ。
これまでの実験では、駄剣は背中や腰に佩いているだけでも同調する事が可能であった事から、同調状態を維持したまま初号機を動かせるかテストするのである。
「いくぞ駄剣」
「おうさ、何時でも来いってんだこの野郎!」
その瞬間、ユーリウスの動きが変化する。
ユーリウスの意識は魔剣と同調し、剣の達人達の動きを再現出来るようになった。
当然初号機が手にしているのも長大な重量級の剣である。
「炭化タンタルの芯に迷宮外壁材の単分子ブレード、それは剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎた、大きく、重く、そして……以下省略……いくぜっ! 標的を出せ!」
「了解。A1型で私がお相手をします」
そうして始まった模擬戦だったが、A1型の武装が突撃銃だった為、二秒で終わった。
「ダーッ! いきなりフルオートで全弾コクピットに集中させるとか無茶苦茶だろ!! 模擬弾でなきゃ死んでるぞ俺!!」
「武装の指定がありませんでしたから。こちらも剣にしますか?」
「いや、もう良いや。駄剣と同調出来る事がわかれば問題ない。初号機用の突撃銃を使う。標的を飛ばしてみてくれ」
「了解。マイマスター。超小型無人航空機でお相手します」
次の瞬間、数十機の超小型無人航空機がどこからともなく湧いて出て、こちらも模擬弾で攻撃してくるのをゴロゴロと転がり飛び跳ねながら躱しつつ一体一体模擬弾で撃ち落としていくが、六機目を落とした所で脚部の同一箇所に命中弾が出て片足がロックされ、次いで頭部に三発命中してモニターの半分が消え、ピンホール式光学モニターに切り替えている間にコクピット部分の同一箇所に数発の命中弾を喰らって撃破判定が出た。
「ちょっと待てやオイ! なんなのこれ?! いじめか!? いじめなのかっ?!」
「いえ、違いますマイマスター。F型の運動性能と兵装ですと、黒い悪魔級かアルメルブルク級の敵が相手でなければその方がいじめになります。いじめが、いえ、無双がお望みでしたか? 直ぐに用意出来ますが?」
「――も、もういいです……」
「では今回の実働実験結果は弐号機に活かせる様にしますので弐号機の完成をお楽しみになさって下さい」
その言葉と共に初号機はオートマタの操縦に切り替わり、跪くとコクピットのハッチが開く。
ユーリウスに降りろと言っているのだ。
降りた後はオートマタの操縦で同じくオートマタ操縦のA1型三体を相手に実弾で撃ちあう実戦形式の試験に入る。
シミュレーターではどの程度の被弾で壊れるかまで終わっているのだが、実機で撃ち合ってみなければ本当の所はわからない。
そういう事であった。
そう、初号機は実際に攻撃を受けて破壊されるのである。
「駄剣、オートマタ達、最近怖いよな?」
「昔から怖かったぜ? 気付いてなかったのかよ?」
「うん。気付いてなかった」
「だからこんな魔の森のど真ん中でも安心して暮らせるんじゃねーか」
ユーリウスは考えるのを止めた。
「それで……あぁ、蒸気タービン機関車の模型だったか? そう言えば五カ年計画の進捗率はどうなんだ?」
「ハウゼミンデンとブランを結ぶ線路は今日までの所一五〇パーセントですね。このまま進めばレーゲンとブランを結ぶ線路は半年以上早く開通します。問題はレーゲン大橋の進捗ですね。九〇パーセントを切っていますから。なにかテコ入れが必要かもしれません」
「土人形かE型を増やすか?」
「いえ、それより現場監督を入れ替える方が早いかと?」
「わかった都市計画班に確認してくれ」
そうして周囲に無数の窓を並べて五カ年計画の詳細を見直し始めるユーリウス。
盛土と砕石、枕木代わりの迷宮外壁材と、線路となる迷宮外壁材の生産状況とその輸送網に関する図表がある。
無人航空機が撮影した画像を元に作られたゲルマニアの詳細な地図を元に練りに練られた――オートマタ達によって――線路網の地図があって、蒸気タービンエンジンを搭載した機関車の試作品の進捗状況があって、それに引かせる一等から三等級までの客車の試作進捗状況があり、一般的な貨物車とコンテナ用の貨物車の試作進捗状況がある。
ある種の鉄道マニアならたまらない内容ではあったが、残念ながらユーリウスは中二病なだけで、復水器付の巨大な蒸気タービン式機関車の破格さには気付かない。
挙げ句にさっさとガスタービン式に変えてしまえ、などと考えているのだ。
愚かな話である。
因みに燃料も迷宮素材で、新壁貨が出回る前の壁貨と同じ物としてあるが、重油や軽油も使用可能な設計になっている。
運用状況を確かめてから、壁貨材仕様、軽油仕様、重油仕様のそれぞれの機関車を作る予定になっているのだ
「蒸気タービンか。これ、ガスタービン式になるのは何時だ?」
「三〇年から五〇年、早くて一〇年です」
「――それってどういう事なの?」
「蒸気タービンの効率が高い事と、それを超える高効率のガスタービンが作れる様になって、迷宮外壁材以外の液体燃料が豊富に何処でも手に入る様になるまでの予想です」
「なるほど。エレンホルの油田迷宮とブランがパイプラインで結ばれたら早まるか?」
「大量のタンクローリー車がベターです」
「タンクローリー車は土人形エンジン?」
「その方が安くて環境にも優しいですね。エンジンに油を使うのは無駄が多いのです。油は化学製品の材料にするべきです」
「航空機では外燃機関が必須だろう?」
「はい。現在の高度六〇〇〇メートル以上を目指すのであれば」
そこで計画中の様々な航空機の完成予想図が表示される。
が、一部に変わった形の予想図が表示された。
「アニィ、これはなに?」
「質量制御式の航空機です」
「は?」
「ユーリウス様からの指示です『見かけの質量を変化させる事が出来るなら、実際の質量を変化させる事だって可能なはずだ。多分竜はそれで空を飛んでる。質量制御か重力制御かわからないが、モモが知ってるなら聞いて研究してみてくれ』とおっしゃいました」
「記憶にございません。つーか重力制御とか質量制御って出来るの?」
「ユーリウス様が「なんちゃって停滞場」と呼ぶ結界を使えば質量については可能です。結界で質量ゼロ、或いは質量がマイナスの機体は作れます。問題は生命体が乗れない事でしたが、結界を二重に展開可能な魔導師が同乗すれば――」
「――宇宙船が作れるって事じゃん!!」
「宇宙空間で動作する推進機関がありません。重力源に向けて、あるいは重力源から離れる動きだけになります。現在重力波の制御方法を学んでいますので、それ以降でしたら宇宙空間でも自在に機動可能な機体が作れるでしょう。ただし質量を変動させる関係上、迷宮からの攻撃を防ぐ術がありませんので、全ての迷宮を管理下に置く必要があります」
「わかった。つまり魔王の迷宮もその他の迷宮も全て都市化する必要があるって事だな?」
「はい」
「……そう言えば、アリスには迷宮の様な攻撃は可能なのか?」
「改装が必要ですが可能です」
その返事を聞いたユーリウスは、即座に重力制御装置とハイパードライブの設計と生産を命じたのであった。
それにしても、と、ユーリウスは考えこまざるを得ない。
アニィはオートマタになってから成長し過ぎじゃね?
と。
既に二五〇体を超えるオートマタが存在しているが、アリスとオートマタだけの街にした方がアルメルブルクは上手く回るんじゃね? と。
技術の特異点を超えて実は暴走を始めてるんじゃね?
――と。
ユーリウス。
その思いはまだ早い。
アニィもオートマタも、ユーリウスが指示した事以外には手を出していない。
オートマタの量産化も戦術級超小型無人航空機部隊『ヤヌス』の拡充も全てユーリウスが指示して放置した結果に過ぎないのだ。
そしてユーリウスは気付いていないだろう。
そしてユーリウスは忘れているだろう。
幼い頃に命令した物も含めて、アニィに生産と基礎研究を命令した兵器やその他道具類には、まだまだ先がある事を……。




