第百十二話 王国筆頭宮廷魔導師
A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年
風の月(二の月) 風の週の四日(二十二日)
リプリア王国 王都リプリア
ディディエ二世、ディディエ・ドニ・オラース・ドゥ・リプリア
その日、巨大なリプリア王国王都の中枢、その更に中心にあたる王宮の一室で、国王ディディエ二世は奇妙な魔道具の見聞を行っていた。
「――これがブランザ王国の新兵器か」
「はい。その通りにございます陛下」
「火を吹き鋼の矢を飛ばすと言うが、これがその矢か。随分小さいのだな? この程度では竜騎兵(※1)の装甲は貫けまい?」
「いえ陛下、こちらをご覧下さい」
そう言ってテーブルに並べられていた一枚の金属片を手に取る筆頭宮廷魔導師のセザール。
憔悴した様子が見て取れる。
「ふむ。これがどうしたのだ?」
「この溝にございますが、その小さな金属の矢が穿った物にございます」
それを聞いたディディエの表情が変わる。
「竜騎兵が使う最上級の胸甲の欠片がそれにございます。残りの部分は回収出来なかったそうにございますが、ただ一撃で胸甲の中心部を穿ち、叩き割ったそうにございます」
暫くその金属片に穿たれた溝を見ながら溜息をつくディディエ。
「それが連続して放てると申すのだな?」
「はい陛下。それも十ほども数える間に数十の矢を放つとの事でございました。」
ディディエの視線はバラバラの部品毎に分解されたその兵器に注がれる。
「実際に放てる物はあるのか?」
「申し訳ございません陛下。三振り程手に入れましたが、二振りは内部を調べようとした際に火を噴き上げて、周囲の者を巻き込み失われましてございます。仕込まれておりました魔晶にその様な機能が備わっている様子にございました」
「ではこれはどうしたのだ?」
「我が魔法で魔晶の部分を撃ち抜き、こちらの数字通りに外しましてございます」
「ほう? その方が魔晶を撃ちぬいたのか?」
「はい陛下。火を噴いて壊れれた欠片を調べました所、どうやら迷宮の外壁に非常に近い物が使われておりました故、我が魔法以外では一撃で魔晶だけを壊す事など不可能でございました」
どうやら筆頭宮廷魔導師としてのプライドも相当に高いらしい。
「迷宮の外壁か……。それで、一体これはどうやって動くのだ?」
「それについては大凡判明しております」
と、小さな棒状の金属と、四角く加工された魔石、薄い迷宮外壁の板を貫いて、変わった形の独楽の様に見える小さな矢を手にとる。
「この絡繰りの部分で、この小さな棒がこちらの四角い魔石の底にある穴を突くと、炎と雷の魔法が生まれます。それもこの魔石が完全に形をを失うほどの炎と雷です。それが――」
そう言いながらテーブルに置かれた細長い板状の部品を手にとるセザール。
「この小さな穴を塞いでいる板で受け止められ、想像を絶する早さでこの小さな矢を進め、先の穴から出た所で板が二枚に分かれて落ち、この矢だけが飛んでいきまする」
「……ふむ。なんとも面倒な魔道具であるな?」
セザールの差し出した独楽の様な小さな矢を受け取り、板の部分が二つに分かれる事、単なる板ではなく、矢羽に当たる部分を保護し包み込むような形状になっている事を確認していく。
「いっそ炎と雷の魔法の方が強力なのではないか?」
「陛下、最初は私もそう考えました。ですがどうやらそれは私の間違いだったのでございます」
どういう事だ? と視線で尋ねるディディエ。
「同じ量の魔石で生み出せます炎と雷は確かに強力にございます。そう、手の届く範囲、槍を持って戦う範囲であれば、炎と雷でも重装騎兵を打ち倒せましょう」
いささか勿体ぶった言い回しのセザールに、ディディエが視線だけで先を促す。
「対してこの魔道具は、この小さな矢を飛ばすだけにございます。が、それだけであるがゆえに、優に一〇〇〇ローム(約六〇〇メートル)の彼方から、重装騎兵の胸甲を穿ちます」
セザールの台詞にポカンと口を開けたまま数瞬意識を飛ばした後、無理矢理表情を作って問い返すディディエ。
「セザールよ。今なんと申した? どれほどの距離で騎兵の胸甲を打ち抜けると申したのだ?」
「一〇〇〇ロームにございます、陛下」
「――冗談ではないぞセザール! 一〇〇〇ロームだと?! 一〇〇〇ロームの距離から重装騎兵の胸甲を打ち抜ける矢を連続して、それも一〇数える程の間に数十も放てるというのか?! それも、それもたった一人でっ?!」
それまで何度も報告を受けていたディディエであったが、余りの荒唐無稽さに話半分以下で聞き流していたのである。
が、筆頭宮廷魔導師からの直接の報告によって、漸く真実であると理解したのだ。
「その通りにございます陛下。これはその通りの魔道具なのでございます」
ぐっと奥歯を噛み締め、再びテーブルに並べられた魔道具の部品を一つ一つ確認していくディディエ。
「これらも何百もの兵士の手に渡っているといったか?」
「はい陛下。あの大魔導師は配備計画というものを公表しております故、それが真実であれば既に数千の軍兵の手に渡っているものと思われます」
その情景と、それが齎す脅威が想像出来たのであろう、手にしていた部品を放り出して頭を抱えるディディエ。
「……それで、同じ物を我が国で作る事は可能なのか?」
「現在の所不可能にございます」
国王に向かってキッパリと不可能であると言い放つセザールであったが、ディディエはセザールの表情を見て面白そうに口を歪める。
「その方でも難しいか?」
「はい。これ程の物は無理にはございますが、似たような物であれば王国でも作り出せまする」
「似たような物、か……?」
「はい陛下。既に簡単な試作品を完成させておりますが、いかが致しましょう?」
「ええい、出来ている物があるならさっさと見せぬか!」
そうして扉の前で控えていた従者に声をかけるセザールを見送り、テーブルの上から小さな矢を取って見つめるディディエ。
「あの大魔導師とは一体何者なのだ?」
思わず呟いてしまっただけの台詞であったが、セザールに聞き取られてしまったらしい。
「陛下?」
「セザール。あの大魔導師『灰色の霧』の眷族を名乗っているというが……真実かも知れぬな?」
「――陛下。戯言にございます。あの者は人の皮を被った悪魔にございます」
「その方がそう言うのか?」
「あの者は人の考えから外れた存在にございますれば、悪魔、と。ですがその悪魔も時に役立ちまする。どうかご覧下さい」
そう言って従者たちが運び込んで来たのは、幾本かの鉄製らしい棒と部品の類。そしてそれぞれの棒に何やら器具を取り付け、木製の銃床がある、正しく銃と呼べる存在が四種類と、謎粘土製の大掛かりな仕掛けであった。
「――これは?」
「元になったのはこちらの品にございます」
そう言って持ち込まれた四種類の銃の一つを取り上げる。
「これはゲルマニアのさる工房で作られていた物を購入した物です。私が製作者を探させた時には既に行方知れずとなっておりましたが、工房にはその者が使っていた謎粘土が残っていました。それを元に更なる改良を命じて作らせた物にございます」
「……似たような物……?」
ブランザの魔道具とはどう見ても似ても似つかぬ代物である。
「似ているのは炎や雷の力で小さな矢を飛ばすという仕組みの部分にございます、陛下」
そう言って一つ一つを説明していくセザール。
「元になったこの道具は、小さな矢ではなく、こちらの、鉛の玉を飛ばします」
鉄製の薬莢と球形の玉、ライフリングの無い銃身、レバーアクションの装填機構という、火縄銃だのドライゼ銃だのを一気に飛ばして金属薬莢を使った連発銃である。
「この部分を引くと玉包がこの絡繰りの中に入ります。そして引き金を引くと、炎の魔法陣を刻んだこちらの絡繰りが動いて小さな炎がこの場所に生まれ、玉包の中の秘薬が爆発し、この玉を飛ばします」
「――なぜ玉なのだ? 矢の方が良いのではないのか?」
「申し訳ございません陛下。矢の方は現在研究中にございますれば、いずれ。ですが、こちらを御覧ください。矢ではありませんが、こちらの椎の実型の物をご覧ください」
そう言ってせセザールが手にしたのは、側面に数本の溝が切れられた椎の実型の玉、いや弾であった。
※1 騎兵銃を持った騎兵の事ではなく、二本の縦に並んだ角を持ち、四足歩行する『地竜』に騎乗して戦う兵士。ほぼ全員が騎士階級以上の貴族。
少しづつ頑張っていきますのでよろしくおねがいします。




