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第百十話 バール

短いです。

更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

また少しづつ更新出来ると思います。


A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年

風の月(二の月) 水の週の一日(十三日)

ノイエ・ブランザ王国 ノルトブラン州

王都ハウゼミンデン

ミスカ・ライネン



 獣人族(バール)の狼人で有力氏族の長たるミスカ・ライネンも、ノイエ・ブランザ王国から正式に招待された賓客の一人であった。

 事前に噂されていた通り、暫く公の場から姿を消して沈黙を保ってきた、ノイエ・ブランザの大魔導師たるユーリウスが、久しぶりに公式の場に姿を見せていた。

 各国の要人達を招いて行われていた、装甲化強化外骨格(パワードスーツ)部隊の出陣式に現れたのである。

 噂ではティックルルーの暴走に対処する為の魔導兵器開発に邁進しているのだと言われていたが、その成果であると思われる異形の装甲化土人形(ゴーレム)、それも一体毎に兵士が乗り込むという全高三メートル近い巨人達の群れには、ノイエ・ブランザ王国や妖精族の国(ヴェルグニー)が使っている一般的な土人形(ゴーレム)とは全く違う一種異様な迫力があった。

 工兵や輜重輸卒向けだと説明された、搭乗席(コクピット)が透明な板で覆われただけに見える「D型」という強化外骨格(パワードスーツ)でさえ、例えティックルルーに飲み込まれても自力で脱出可能なだけの性能があるのだと言う。

 各国の要人達からすれば、輸出仕様だと言われて見せられた「E型」でさえ度肝を抜かれたと言うのに、戦闘用だと言うA型からC型の各種強化外骨格(パワードスーツ)とその装備品には、只々圧倒されるばかりであったが、それでもその勇姿には心からの声援を送っていた。

 なにしろ彼らは僅か数十人で、ルツとボーゲンザルツの二つの大迷宮攻略に赴くのだから。

 

「……精鋭達よ。親愛なる(わたし)の精兵、偉大なるノイエ・ブランザ王国の戦士達よ! 時は満ちた! 雪解けと共に復活した黒い悪魔(ティックルルー)達の活動が再開されようとしているのだ! 確かに敵は強大で恐ろしい魔物だが、そなたらであれば必ず迷宮攻略を成し遂げ、ノイエ・ブランザを、世界を安寧に導く勇者となってくれるであろう事を信じている!」


 大歓声と共に女王によるアジテーションが終わると、今度はユーリウスが王宮のベランダに立つ。


「では只今この時をもって反撃を開始する! 第一群はルツへ。第二群はボーゲンザルツにて黒い悪魔(ティックルルー)達を討つ! 私が諸君に望むのは三つ! 一つ! 黒い悪魔(ティックルルー)を殺せ! 二つ! 黒い悪魔(ティックルルー)を殺せ! 三つ! 黒い悪魔(ティックルルー)を殺せっ!! 進撃して蹂躙せよ! 黒い悪魔(ティックルルー)を皆殺しにするのだっ!」


 ユーリウスの台詞が終わるのと同時に王宮の両脇に設置されていた大型の対空粒子加速砲二門が虚空に向けて射撃を開始し、大気を焼いて衝撃波と轟音を発生させ、間髪を入れずに凄まじいまでの大歓声と雄叫びが上がった。

 技術大国であり軍事大国でもあるノイエ・ブランザ王国の面目躍如といったところであろうか?

 黒い悪魔(ティックルルー)の脅威に晒されていた旧ノヴィエヴァーデン共和国の諸都市から訪れていた大使の中には、自国を取り込んだノイエ・ブランザ王国の力強さをみて単純に喜んでいる者も見られたが、ラネック王国、デラニス王国、オレスム王国等の大使達はもちろん、同盟国である妖精族の国(ヴェルグニー)やシュマルカルデン王国の大使達の顔色は非常に悪い。

 ミスカの顔色は見えないが、その立派な数本の髭がしんなりと垂れてしまっており、普段はキリリと張りのある毛並みを誇っているその尻尾ももまた、心なしか艶がない様に見える。

 黒い悪魔(ティックルルー)の撃退と封じ込めに絶大な威力を発揮した「|E型」と火炎放射器でさえ、量産されて同盟国に対して無数に輸出(有償供与(レンドリース))される事になると聞いた各国の首脳陣は恐怖したのだ。


 人の手の及ばなかった遥かな空の彼方から、凄まじい衝撃と炎を撒き散らす爆発物を降らせる飛行戦艦、増力機能が付いて常人の何倍もの力を出せるという動力付きの甲冑、目にも止まらぬ早さで小さな金属の矢を連続して発射する突撃銃(アサルトライフル)、ピンを抜いて投げると暫くして爆発する手榴弾、三輪、四輪、六輪の各種車両や装甲車、牽引式で人力や馬でも輸送可能で大型の榴弾を発射する大砲や、発射から一定距離で爆発して小さな金属球(ベアリング)を撒き散らす、対人兵器としても有効な対空砲、そして、突撃銃(アサルトライフル)の攻撃すらある程度は受け止める事が出来るという、漆黒の装甲を纏った強化外骨格(パワードスーツ)


 弓矢や刀剣ではもちろん、魔法をもってしても対抗のしようが無かったし、こんな物を一体どうやったら開発出来るのか、どうやったら生産出来るのか、その糸口さえも掴めてはいない。


 獣人族(バール)の国からはノイエ・ブランザ王国の新兵器に関する情報を、可能であればその設計図や基礎技術に関する情報を得るようにと言われてはいたが、ノイエ・ブランザではちょっと裕福な者なら子供でも手する事が可能な板状携帯端末(タブレット)を見れば簡易な概念図や基礎技術情報の他、どんな素材が使用されているかまでは誰でも見る事が可能なのだ。


 出来ないのはそれを形にする事である。


 ユーリウスはアニィとアリスのお陰で迷宮そのものを事実上の超大型3Dプリンター(レプリケーター)として利用しているが、ユーリウス以外の者達にとっての迷宮素材や迷宮外壁材とは、板状の物を溶かすか削って利用する物であり、魔石とは魔導師や魔法使いが行使する魔法の補助とする物なのだ。


 他にも板状携帯端末(タブレット)に仕込まれた超高密度で超微細な立体構造という謎があった。

 板状携帯端末(タブレット)の全てに精霊が、少なくとも精霊の欠片が宿っているところまでは判明していたし、魔石や魔晶を利用して物体に精霊を宿す手法がある事については広く知られていたが、ある特定の、全く同じ性質の精霊を無数に憑依させる方法など誰にもわからない。


 もちろん超高密度で超微細な立体構造は、その構造の幾つかからある種の複合的な魔法陣であろう事は判明しているが、そこで手詰まりとなっていた。

 なにもかもが明け透けに公開されているかのように見えて、何一つわからない様になっているのがノイエ・ブランザ王国の魔導具であり魔導技術だったのである。


 それでもシュマルカルデン王ヴィルフリートなどは、『わかっている所から実用化して出来る範囲で出来るだけけの事をする』を国是に、ノイエ・ブランザの大型板状携帯端末(タブレット)で詳細な設計図を描き、それをノイエ・ブランザ王国から輸入した各種工作機械で加工したり、或いはアルメルブルクに必要な部品の設計図を送って製造させる事で、据え付け型の手回し機械計算機や蒸気機関で作動する大型の機械式弾道計算機、新型の蒸気船や車輪式や履帯式蒸気機関車、巨大な蒸気式強化外骨格(パワードスーツ)(全高六メートルの乗り込み式人型攻城兵器)や、大型の蒸気式攻城砲(カタパルト)――蒸気圧で腕を動かし数十キロの鉄やら岩を数百メートルの彼方に投げ飛ばす攻城兵器――やらまで試作しており、ユーリウスの助言を容れて商品化されたキャッシャー付き手回し機械計算機は、ノイエ・ブランザでも人気商品となっている。


 ついでに言えば、意外にも蒸気式攻城砲(カタパルト)などは良好な実績を残したらしく、シュマルカルデン王国軍の正式装備化している。

 現在では板状携帯端末(タブレット)から得た情報を元に、火薬式兵器の開発や各種内燃機関及び外燃機関の実用化の研究を進めているらしく、それらについてはノイエ・ブランザ側が技術の供与を申し込んでいる程であったから、今後もノイエ・ブランザとシュマルカルデンとの蜜月関係は続くのだろう。


 他にもラネック王国の錬金術師達が作り出す各種薬品への食いつきっぷりは有名であった。

 先の戦争でヘッセン公国が崩壊した後、ラネック王国の直轄領となったヘッセン州では、新たに始まったノイエ・ブランザ王国との貿易で莫大な貿易赤字を出していたのだが、各種化学薬品大量生産とその輸出が始まった事で、多少なりとも赤字分を相殺出来る様になっていたのである。

 もっとも、それがノイエ・ブランザ王国の技術力の底上げになってしまっているらしい事と、ラネック国内の産業構造が化学薬品関連生産に偏りはじめてしまっているのが痛し痒しと言う所であろうか?


 では翻って、獣人族(バール)がノイエ・ブランザ王国との取引で使える物はなんだろう?

 いくら考えてもわからなかった。

 こんな時にミスカの脳裏を過るのは、アルメルブルクで見た『明日は世界を!』のスローガンである。

 人々の明るい表情と、あらゆる種族が差別なく――少なくとも表面上は――暮らしていたアルメルブルクの町並み。

 一見理想的な社会にも見えるが、ミスカの胸の内になんとも言えない違和感が湧き上がって来るのを抑えきれなかった。

 狼人族と人族との考え方の違いなのだろうか?

 ありとあらゆる物が人の都合の良い状態に調整された迷宮から生み出され、そこに暮らす人々の生活の全てが迷宮を中心に回っていたアルメルブルク。

 それの一体何が悪いと言うのか?

 わからなかった。


「……久しぶりに狩りにでも行きたいところだな……」


 と、不意に、本当になんの気もなく突然自身の口をついて現れたその台詞に、ミスカは思わず叫び声を上げそうになった。

 目を閉じ片手で額を押さえる様にして鼻先を風上に向ける。

 獣の香りがしなかった。

 いや、汗や肉や皮や毛皮の香りはしている。

 微かに、本当に微かに漂う排泄物の臭いもしていたし、街路樹や広場の緑地から漂う土の香りもしている。

 だが違うのだ。

 獣人族(バール)の国に漂う濃密な森と獣の香りを思い出し、ミスカは殆ど泣きそうな気分になっていた。

 ユーリウスとの面談で勧められた獣人族(バール)の為の新しい産業計画を思い出す。


「畜産は如何でしょうか?」


 微笑みという、獣人族(バール)には威嚇としか思えない人族の親しみを表すという表情を浮かべたユーリウスが説明してくれたそれである。

 曰く、狩りをするより家畜を育てる方が確実に美味い肉が手に入る。

 曰く、その家畜を育てる為の餌は迷宮から好きなだけ採取出来る。

 曰く、問題になるはずの家畜の排泄物も迷宮に捨てるだけで良い。

 曰く、今獣人族(バール)が得意としている皮革関連素材の生産量も大幅に増える。

 曰く、鞣しの工程で出る毒物による病気も抑制出来るだろう。

 曰く、肉や皮革関連商品の輸出で獣人族(バール)の食料事情は大きく改善し、飢えに苦しむ者も減るだろう。


 ……きっと世界は大魔導師の導く何処か知らない遠い世界に向け、加速しながら驀進していくのだろう。

 だが獣人族(バール)を、獣人族の国(バール)を発展させると言う事は、ミスカが愛した森と獣の香りを失い、春も夏も秋も冬も夜も昼も無く、毎日毎日似たような事を延々と繰り返す生活を受け入れると言う事なのだ。


 確かにユーリウスの言う通り、獲物が捕れずに女子供や老人達が飢えて死ぬ事も無いし、冬の寒さで凍える事も無いだろう。

 子供たちもその多くが成人出来る様になるだろうし、その頃には長老連中すら凌駕する圧倒的な知識を身に付け、信じられない程精巧で精密で高性能な魔導具を使いこなしているだろう。


 だが、その子供たちは夜が明ける前に起き出し、父親の後について弓を山刀を手にして山に分け入り、仕掛けた罠を確認して回ったり、獣の足跡を見つけて追跡したり、仲間たちと協力して獲物を追い込んで狩り、狩ったばかりの獲物の肝を分けあい喜びの歌を唱和する事は無いのだ。


 ノイエ・ブランザの技術と文化を受け入れてしまえば、恐らくそんな事をしている「暇」などなくなってしまう。


 ……そう、狼人達の「生活」とは、アルメルブルクの人々にとっては、取るに足らない暇潰し程度の行為にしか過ぎないのだから。 

 何時しか自分とその従者だけになってしまった式典の場を見渡し、抜けるような冬晴れの青空を見つめて拳を握りしめ、「誇り高く、狼人らしくあれ」と、死のその直前まで言い続けた父の言葉を思い出す。

 

「――(バール)よ……っ!」








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