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第百九話 冒険者たち 2

本日二話目の投稿になります。

A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年

風の月(二の月) 水の週の四日(十日)

ノイエ・ブランザ王国 ズルトブラン州

ロートシート

探索者カール


 職人であるというコリンナが作り出した「(グーヴァ)(小銃)」の性能は、カールがその身を持って証明していた。

 カールは至近距離から右足の太腿を撃ちぬかれて一時は生死の境を彷徨う羽目になっていたが、幸いにもロートシートでの軍役で顔見知りとなっていた元軍医の町医者の魔法によって辛くも命を繋いでいる。

 普通なら大事件になってもおかしな話では無かったのだが、コリンナが土地の有力な豪族の庶子である事や、母方の祖父がロートシートでは最大の商会の会頭である事などから、カールへの暴行については自業自得とされて不問となっている。

 女の職人という時点で、普通ではないと思っていたファビアンとウドではあったが、そこまで普通ではないとは思っておらずに顔色をめまぐるしく変えていた。

 とは言え、カールの治療費はコリンナが出すという事で二人は全てを流し、同時にコリンナのカールに対する怒りも死にかけたカールを見て治まったらしく、わざわざクロイツからやって来たという探索者達への対応は丁寧なものであった。


「……迷宮探索で使いたいと? 本気ですか?」


 施療院送りになったカールに変わって、ファビアンが三人の目的について話したのだ。


「はい。カールの鎧を軽く撃ちぬき、そのまま足を貫通して扉にまで穴を空けた上、その衝撃で骨を圧し折り心臓まで止めかけたあの威力。なんとしても手に入れたい。そう思いました」

「軍の使う物は更に強力ですし、連射も出来ます。私が作ったのは一発づつしか撃てませんし、ちょっと離れただけで殆ど当たりませんが?」

「迷宮で使うだけですので射程距離は問題ありません。正直いってもう少し威力があればありがたいですが、それは可能なのでしょう?」


 その通りであった。

 一応軍で使われている擲弾を参考にして銃弾と炸薬を一体化した中折れ式の元込め銃で、クズ魔石を用いた発火機構を銃本体に組み込むという、「その内火縄銃くらいは発明されるかもしれないなぁ」などと呑気に考えていたユーリウスが聞けば、あまりにも革新的に過ぎる程の発明である。

 しかも最初から椎の実型の弾や矢の様な形状の弾頭が使われており、下手をすると一分間に十数発という射撃速度――といっても実際には一〇発も連続して撃てば加熱して使えなくなるが――が見込めるだけの性能があった。

 見本が見本――軍で使っている小銃や擲弾――だけに非常に見劣りする性能ではあったが、いきなり中折れ式の元込め銃である。

 

「……可能です。今はどうすればもっと遠くから当たる様になるかを研究していた所なのですが、威力を上げるだけであれば一発毎の秘薬の量を増やすかもっと大きな弾を撃てる様にすればいいだけですから」


 知人の伝手を使ってロートシートの守備隊で試してもらった時の評価が「全く使えない。威力も変えられないし射程が短すぎる」と散々であった事から、コリンナの発明を評価してくれたのはこの探索者達が始めてだったのである。

 内心では天にも登りそうな程に喜び舞い上がっていたコリンナであったが、見た目は仏頂面のままである。元々内向的な性格であった上に、自身を弄んで捨てた男の仲間という事で素直になり切れていないのだ。


「軍が使っている様な、命中すると爆発する様な弾は作れるか?」


 それまで黙っていたウドが聞く。


「同じ銃では難しいですが、専用の物であれば作れると思います」

「ではアレは、その、小さな弾を一度に沢山撃ちだすのは可能か?」

「射程が更に短くなっても良いですか?」

「構わない」

「ならば簡単です。……たぶん」


 ウドが言っているのは要するに炸裂弾と散弾の事であろう。

 簡単だと言ったのは嘘ではない。

 命中率の悪さを補おうと試行錯誤して試作した「失敗作」にウドが言う様な物もあったからだ。

 

「本当に射程が短くても良いのですか?」

「本当に射程が短くても良いのだ」


 ファビアンの答えにウドが頷く。


「問題は費用だ」

「……費用ですか……」


 最大の問題であった。

 コリンナの表情が曇る。


「だが実際に使ってみて成果が出せれば、迷宮組合からの補助金も期待出来るはずだ」

「補助金……!」


 迷宮ギルドからの補助金。

 ファビアンのでまかせであるが、可能性は皆無ではない。

 迷宮ギルドは存亡の危機にあったし、この(グーヴァ)が使い物になるのであれば、これまでの様な達人級の探索者達でなくても深層のお宝を得る事が出来る様になるかもしれなかった。

 コリンナの作り出した(グーヴァ)の性能はそれほどの物であったのだ。


「それで聞きたいのだが、(グーヴァ)一個の値段と弾の値段はどれくらいになるのだ?」

「それは……」


 と、コリンナの脳内で無数の計算が行われる。

 原価については即座に出てくる。が、そこに研究開発費を上乗せした場合、(グーヴァ)一丁あたりの価格は目玉が飛び出る程になるはずなのだ。


「その、とても高いです。例えばこの(グーヴァ)(カールを撃った(グーヴァ)である)の場合、本体が一金貨(ロアン)から二金貨(ロアン)、弾が一発あたり三〇〇〇壁貨(ヴァンツ)から五〇〇〇壁貨(ヴァンツ)くらいになると思います」


 流石にそこまで高価になるとは思っていなかったらしい。

 ファビアンもウドも顔を見合わせて絶句する。


「あ、でも、沢山売れるのであればもっと安く出来ると思います!」


 コリンナもファビアン達の様子を見て不味いと思ったらしい。

 慌てて言い足す。


「そ、それに、実際に使ってそれだけの価値があるなら、その、魔剣や魔導具よりも安いですし……?」


 それは間違いなかった。

 魔剣等の戦闘用の魔導具は高いのだ。


「……確かに魔剣を買うよりは安いか……」


 と、ファビアンとウドが囁きを交わす。


「魔剣よりも安いが一発毎に三〇〇〇壁貨(ヴァンツ)は高いぞ?」

「だがその価値はあるのではないか? 低層や中層の魔物相手には勿体無くて使えないが、恐らく深層の魔物が相手でも十分に通用するだろう?」

「相手にもよるだろう?」

「それを言ったら魔剣や魔槍や、他の魔導具だって同じだろう?」

「それはそうだが……三〇〇〇壁貨(ヴァンツ)だぞ?」

「だが、考えてみろ? 例えば三〇〇〇壁貨(ヴァンツ)でオーガを倒せるならどうだ?」

「オーガか。オーガなら急所に当たれば倒せるだろうな。だが、例えば深層のタンタルピッツなどは難しいのではないか?」

「それは爆発する弾があればいけるだろう?」

「ああ、そう言えば爆発する弾があったな?」

「いけるか?」

「うむ。いけるだろう」


 二人の囁きに、少々聞き捨てならない言葉を聞いて慌てて訂正する。


「あ、あの、三〇〇〇壁貨(ヴァンツ)から五〇〇〇壁貨(ヴァンツ)というのはこの(グーヴァ)の弾で、爆発する弾だともっと高くなると思います」


 コリンナの台詞にファビアンとウドが絶句する。


「……因みに幾らくらいになる?」

「本体はもっとずっと安く作れると思いますが、弾は一発で小銀貨(アーウル)数枚分くらいにはなるかと……?」


 コリンナの答えに再びファビアンとウドが顔を見合わせて囁きを交わす。


「……難しいな?」

「難しい」

「だが沢山売れればもっと安くなるのだろう?」

「みんながみんな同じ武器を使って深層に潜る様になったら……」

「……迷宮素材の価格も更に落ちるかもしれんな?」

「合わないか?」

「わからん。わからんが難しい」


 そこでファビアンがコリンナを見つめて口を開いた。


「迷宮で良く使われる類の手槍や剣が一本で五、六銀貨(スヴァン)だ。四、五人で一度迷宮に潜れば手入れが必要になって、ギルドの専属鍛冶の所で纏めて五〇壁貨(ヴァンツ)から六〇壁貨(ヴァンツ)くらいかかる。迷宮に潜って戦う回数は多くて四~五回、魔物の数にして二〇体くらい。それで数銀貨(スヴァン)にはなる。どう思う? その(グーヴァ)は使えると思うか?」


 コリンナはその情報から頭の中で検討を行う。

 とても合わない。

 それでも言うしか無かった。


「……弱い相手には安い(グーヴァ)を使い、強い相手には高い(グーヴァ)を使えば大丈夫です。もしくは弱い相手はこれまで通りに剣や槍を使って、必要な時にだけ(グーヴァ)を使えばどうでしょうか?」


 コリンナのでまかせに気付かずファビアンとウドは考えこむ。

 確かに全員が(グーヴァ)で武装する必要など無いのだ。

 持っていく(グーヴァ)も一つである必要は無い。

 一発だけ、目的する魔物に撃ちこんで終わりに出来るのであれば「使える」かもしれなかった。


「……つまり俺達はこれまで通りに迷宮に潜って戦い、コリンナが(グーヴァ)を持って付いてくればそれで解決するな?」


 俯き加減に暫く何やら考えこんでいたファビアンとウドの二人だったが、不意にウドが顔を上げてとんでもない事を言い始めた。


「それは良い! 流石はウドだ!」

「な、なんで私が迷宮に?!」


 慌てたコリンナが必死で二人に文句を言うが「コリンナは自分の発明に自信が無いのか?」と言う、本気で不思議そうに問いかけて来るウドの台詞に胸を張って「ある」と答えてしまった。

 もちろんそれと発明者であるコリンナ自身が迷宮に潜る事とは別の話なのだが、なにやら大喜びするウドとファビアンを前に考えが纏まらないまま、一回だけ、少しだけ、大丈夫だから、必ず守るから、などと言う何処かで聞いた事のある台詞に押されて頷いてしまう。

 カールの友人達はやはりカールの友人であったという事であった。




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