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第百七話 冒険者たち 1

A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年

太陽の月(一の月) 木の週の六日(三十日)

ノイエ・ブランザ王国 ノルトブラン州

クロイツ 

迷宮探索者カール



 カールは迷宮組合の探索者である。

 そこそこ名前の通った中堅と見られるパルストマエスタと呼ばれる階級に属している。

 もっとも、ここ一、二年の間に仲間達の多くが探索者を辞めてしまっており、パルストマエスタなどと言っても敬意を払ってくれる者は殆ど居ない。

 そう、迷宮組合は斜陽の時を迎えていたのだ。


「……なんでそんなに安いんだ?」

「決まってるだろ?」

「またあの金髪の小僧か……」

「そういう事だ」


 カールが話している相手はクロイツにある迷宮組合の買い取り窓口の担当者……兼ギルド受付兼クロイツ支部長のフンベルトである。

 クロイツに残された唯一の自然迷宮、つまり魔物が湧き出す迷宮に潜って様々な素材や貴重な工芸品を持ち帰る事を稼業としている者達の数は激減しているのだ。

 一時期は自然迷宮が減った事から、クロイツの迷宮にズルトブラン全土から探索者が集中してしまい、クロイツは空前の活気に満ちていたのだが、ほんの一年程の間に見る影も無い程寂れてしまっていた。

 金髪の小僧と呼ばれるノイエ・ブランザの覇者、大魔導師ユーリウスが生み出した、魔物の出ない迷宮、いや、迷うような通路も無い為、迷宮とすら呼べない新迷宮によって、魔物達に怯える事無く無尽蔵の素材を手にする事が出来るようになってしまったからである。

 もちろん自然迷宮からしか得ることが出来ない素材も存在しており、それがあるからこそ、寂れたとは言え未だに迷宮組合や探索者などと言う存在が生き残っているのではあるが、探索者達の生活は非常に厳しい。

 極々一部、それこそ滅多に見ることも出来ない様な稀な魔物達の角や骨や牙、それまで見向きもしなかった謎の石塊や土塊、聞いた事も無かった各種薬草や魔物達の体液等は、それこそ一攫千金と言って良い程の価格で売れる様にはなっていたが、カールが探索者になった頃に主流であった鉄や銅のインゴットなどはもちろん、迷宮産の良質、と思われていた武器や工具や工芸品等は二束三文で買い叩かれる様になってしまっていたのである。


「オーガの角が一本一大銅貨(ケネル)か……」

「すまんな。ハウゼミンデンで売りだされた黒銀二号とほぼ同じ素材らしい。牙はどうする?」

「……今回の探索でウドの戦斧が割れた。補修に使う事にする。角は買ってくれ」

「わかった」


 乾いた笑いを漏らしてオーガの角を小銀貨(アーウル)一枚で売り払う。

 今回の探索ではオーガの角と皮と睾丸、灰色大鼠の皮と尻尾、鈍色大百足の殻等を得て居たが、それら全てを売り払っても小銀貨(アーウル)四枚にしかならなかった。

 剣士で槍使いであるカールの仲間は、巨大な盾と戦斧を使うハーフ巨人のウドと、斥候職で弓使いのファヴィアンの三人で、荷物持ちとして買った奴隷のヨアヒムも含めて四人である。

 命懸けで二日間迷宮に潜って小銀貨(アーウル)四枚。

 どれほど大切に使っても消耗してしまう武器の補修費用を考えれば完全に赤字なのだ。


「……どうだった?」


 不安そうに声をかけてきたのは、今回の探索で愛用の戦斧を壊してしまったウドである。身長二メートルを超える巨体にみっちりと筋肉の盛り上がった大男だが、巨人族としてはこれでも優男であるらしい。

 カールは黙ったまま握りしめていたその手を開いてウドに見せる。


「まさか――これだけか?」

「これだけだ。また新素材が出たらしい。オーガの角も大銅貨(ケネル)一枚だそうだ」


 既に怒りすらわかないらしい。


「カール」

「なんだ?」

「もうダメだ。深層に行こう。上層階でチマチマやっててもジリ貧だ。他の奴らにも声をかけて深層の土塊を――」

「――ファヴィアン、ファヴィアン!」


 右手で緑かがった黒髪をかき混ぜながら早口で深層の探索に向かおうと言うファヴィアンを制してカールが口を開く。


「落ち着け。俺もこのまま上層を探索しているだけではジリ貧なのはわかっている。中層から深層を目指すのも賛成だ。だが今の俺達が中層や深層を目指した所で死ぬだけだ」

「だから他の奴らにも――」

「ファヴィアン! 無駄だ。俺達程度の奴が何人集まっても深層には届かない」

「だったら、だったらどうしろって言うんだよ!」

「俺に一つ考えがある。頼む。俺を信じて任せてくれないか?」

「カール?」

「だが、その前に先ずは休もう。話はそれからだ。こんな状態じゃ頭も回らない。いいな?」


 反論は無かった。

 そうしてクロイツの迷宮組合から出て定宿にしている「酒の壺ハーゲン」に戻ると、装備を解いて部屋に置き、楽な格好で一階の食堂兼酒場に腰を据えた。

 ここ数年で増え始めたビールと呼ばれる苦い麦酒を一杯づつ注文し、先ずは無事に帰って来れた事を祝して乾杯する。

 迷宮から出て来た時間が早かった為、流石に朝食の客は既に居ないものの、客はカール達しかいない。

 盛り上がらない事甚だしいが、それでも生還した事を祝う乾杯の儀式はある種の神事であり、これだけはやらなければならない。


「……聞いてくれ」


 そうして一杯目のビールを飲み干し、二杯目を手にした所でカールは姿勢を正し、暗い顔でチビチビと舐める様にビール飲んでいるウドとファヴィアンに声をかける。


「去年指名依頼でライナの街に行っていただろう?」


 話の成り行きが全く読めずに不思議そうな顔をするウドとファヴィアンであったが、もちろん二人共その事は覚えている。

 三人とも同時に指名依頼が来たのだが、それは戸籍と言う出身地毎の領主から出される一種の賦役であり、出身地がバラバラであったために一時別行動をしていた事があったのだ。

 ファヴィアンは金を払う事で免除されてクロイツに残ったのだが、ウドはノルトブラン州のニールで、カールはズルトブラン州のライナで一年間の兵役を経験したのである。


「あぁ、俺はニールに行った。悪くは無かったが、それがどうした?」

「ノイエ・ブランザ軍の新兵器は知ってるだろ?」

「ん?」

「知ってるが、アレを使おうってのか? 手に入らないだろう?」

「違う違う、俺も見せてもらった事があるだけだし、アレは軍が登録した者しか使えない。そもそも売って無いしな?」

「ならなんだ?」

「まぁ聞けよ。ライナに居た時に知り合った職人がいるんだがな? そいつ、ブランザ軍の新兵器を見てえらく感動したらしくてな、同じ物は無理でもなんとか似たような物を作れないかと試作品を幾つか作っててな、試作品を幾つか試した事があるんだ」


 当時は未だブランザ軍の兵士全てに行き渡る程の数は無かったが、その威力については荒唐無稽な馬鹿馬鹿しいものから、なかなかに信憑性のあるものまで無数の噂が飛び交っていたが、実際に見た事があるウドと、弓使いであるファヴィアンの興味は十分に引くことが出来たらしい。


「それでどうだったんだ?」 

「全然ダメだった」

「おいカール!」

「ま、当時はな?」


 カールの台詞に顔を顰めたウドが声を上げるが、ニヤリと笑ったカールがそれに答える。


「つまり今は違うだろうと?」


 真剣味を増したファヴィアンが問いかける。


「わからないが、アイツは、その職人は恐らく諦めてなんかいないはずだ。俺の賦役が終わる頃にはクズ魔石と火の秘薬を組み合わせて何やら面白い事を始めていた。あれから一年だからな。もしかしたらある程度形になっているかもしれない」

「どれくらいの威力が期待出来るんだ? ブランザ軍の新兵器と比べてどうなんだ?」

「アレと比べるのは無理だ。だが、少なくとも奴が語った通りの物が出来れば、いや、出来ていれば――」

「――出来ていれば?」

「オーガだって一撃で殺せる。深層の魔物だってなんとかなるだろう」

「……本当なのか?」

「今言った通りだ」

「つまりわからないんだな?」

「……だから一度ライナに行ってみようと思う。賭けてみないか?」

「賭ける価値があるか?」

「ある。言っただろう? このままでは俺達はジリ貧だ。中層を突破する事も出来ないだろう。だが、もしアレが使い物になるのであれば……」


 そこまで言ってビールを飲み干すカール。


「――いいだろう。一度ライナに行ってみよう。ハウゼミンデンまで行けば後は船に乗って直ぐだからな」

「ウドはどうする?」

「行こう。俺も気になる」

「よし。幸い次の王都行きの馬車は明日だ。準備をしてくれ。ヨアヒム!」


 と、大声で食堂の片隅に控えている奴隷のヨアヒムを呼びつけるカール。


「はいご主人様!」

「役場にひとっ走りして王都行きの駅馬車を四名分予約して来い。残りで何か食って来い」


 そう言って小銀貨(アーウル)を二枚と大小五枚程の壁貨(ヴァンツ)を渡す。

 王都までの運賃は一人大銅貨(ケネル)一枚であるから小銀貨(アーウル)二枚、残りの壁貨(ヴァンツ)三枚と五壁貨(ヴァンツ)硬貨が一枚に二壁貨(ヴァンツ)が二枚が食事代であるらしい。


「はいご主人様! 直ぐに行ってまいります!」

「おう、予約したら出立の準備をしてそのまま寝ろ。明日は早い。寝坊せずにきちんと起こせよ?」

「はいご主人様!」


 と、一旦駆け出そうとして立ち止まり、追加の指示を受けると再び元気な返事を返して駆け出すヨアヒム。その後ろ姿を見送り溜息をつくカール。

 

「どうした?」


 カールの溜息にファヴィアンが問いかける。


「ヨアヒムは売らなきゃならんかもしれん」

「そうか」

「荷物持ちが居ないと厳しいぞ?」

「わかってる。だが……」

「……うむ。まぁ何れにしてもライナでその……その職人ってのはなんて名前だ?」

「コリンナ」


 ファヴィアンが右手で髪の毛をかき混ぜながらもう一度聞く。


「職人の名前はなんて言うんだ?」

「コリンナ」

「……職人なんだよな?」

「そうだ」

「名前は?」

「コリンナ」

「……女の名前みたいだが?」

「女だからな」


 ファヴィアンがもう一度、今度はかなり激しく長くなり始めたその髪をかき混ぜながら大きく息を吸い込んで口を開いた。


「女の職人だと?!」

「そうだよ! 何か文句あるか!?」

「あるわ! 大ありだこのバカ!」

「バカとはなんだバカとは!」

「おまえの事だバカ! 全部読めたわ! お前が職人の手伝いをしたとか言うから意味がわからなかったが、女のケツを追いかけてたって話なら納得なんだよ!! 今まで話さなかったのもどうせ手を出してそのままほっぽって来たからなんだろ?!」

「う、うるせぇ! 手を出したとか言うな! ちょっと親しくなり過ぎただけだ!」

「なぁカール?」


 と、カールとファヴィアンが手にしていたゴブレットを両手で押さえてウドが口を開いた。


「やるだけやってさっさっと消えちまった男がよ、一年もたってひょっこり戻って来たとして、それで、どうなると思ってるんだ?」


 ウドの額に薄っすらと浮かんだ血管を見て、カールとファヴィアンが沈黙した。


「教えてくれよカール? なんつーか、アレだろ? 職人がよ? 心血注いで作った物をよ? 自分を弄んで捨てた男によ、久しぶりですね、完成したので使ってみてください、とはよ、流石に言ってくれねぇんじゃねぇのか?」


 ウドの左手が置かれたカールのゴブレットから、ミシリ、と嫌な音が響いた。


「……そ、それは……」

「それは? どうなんだい?」

「行ってみなければわからないと……」

「――なぁカール?」

「はい」

「責任とってきっちり治めろよ?」

「かしこまりましたでございます」


 カールが頭を下げた。


「今日はお前の奢りだからな」


 ファヴィアンがとどめを刺した。







雰囲気を変えたかっただけ、ではありません。

書いてみたかっただけ、でもありません。

……多分。

誤字脱字その他コメントなどよろしくお願いします。

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