表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/131

第七話 灰色の霧

A.G.2870 ギネス二五九年

水の月(七の月) 地の週の四日(四日)

古代神殿



 ユーリウスは悩んでいる。

 魔法陣は確かに記憶出来た。自身で描こうと思えば寸分違わず描く事が出来るほど完璧に記憶している。

 後は魔法陣に自身のオドを循環(消費する必要は無い)させれば発動するはずなのである。

 が、魔法が発動しないのだ。

 当たり前である。

 こちらが魔法陣の何たるかを全く知らない以上、ユーリウスがどれほど頑張った所でどうしようもないのである。

 ここは「ざまぁ」か「ぷぎゃー」とでも言うべき場面なのだろうが、その手段が無い。

 残念である。


「どうして魔法が発動しないんでしょうね?」

「精霊魔法はわからないわ」

「僕には才能が無いの?」


 エリとメディナが真剣な顔で考え込んでいる横で、ユーリウスが泣きそうな顔をして可愛らしい質問をしている。

 内面を知っている以上、そんな顔をしたところで無駄なのだが、エリとメディナは痛ましげにユーリウスを慰めている。


「これはもう私達の手には負えないわね」

「そんな! エイドスとのパスはつながっているし、魔法陣だってちゃんと覚えてるのに!」

「だからよ。これ以上はもう専門家の手に任せるしかないんじゃないかしら?」

「専門家?」


 はて?

 専門家とは誰だろう?


「決まってるでしょう? 舞と祈りは巫女に任せよって言うでしょう?」

「モモね?」

「最近モモはどうしてるのエリ?」


 モモか……。

 魔王を倒すべく産まれた最強の精霊。もちろん魔王様には遠く及ばなかった訳だが。

 今この時点ではモモこそ世界最強の存在であろう。

 まさに神々にも等しい存在ではある。

 が、その存在は固く魔王の迷宮に縛り付けられている。

 自由に動けるのは極々僅かな欠片の様な存在のみ。

 力の振るい方さえわかれば私の方が強いに決まっている。

 うむ。

 モモが来たところで恐れる事は無い。

 何度もユーリウスと顔を合わせているのに私には全く気付かなかったのだからな。

 うむ。

 恐れる事は無いのだ。


「もう魔王の迷宮に縛られる事は無くなったので……」


 なにぃっ?


「迷宮をどうするべきか調べてみると言ったきりです。いずれ帰ってくるとは言っていましたけど……」

「連絡はとれないの?」

「魔力を乗せてモモの名を呼べば、直ぐに駆けつけてくれると言ってましたけど……?」


 ふぅ……。

 

「どうしましょう?」

「精霊ってなんなの?」


 ぐっじょぶユーリウス!

 非常に良いタイミングで実に良い質問がユーリウスの口から発せられた。


「あら? 教えてなかった?」

「うん。知らない。精霊ってなに?」


 うむ。確かに聞いてない。

 精霊とはなにか?


「精霊は精霊界エイドスに棲む力そのものだと言われているわ。交感によって接触した精霊たちは私達との契約によってある種の力を得る事が出来るらしいの。その対価として私達の願いを聞き届けて地上に恵みをもたらしてくれる。つまり精霊術は精霊からの恵みの一環というわけ」

「精霊が交感で得る力ってなあに?」

「わからないわ。誰も知らないの。モモも教えてくれなかったわ?」

「そうなんだ……あと精霊ってみんなモモみたいな存在なの?」

「もちろん違うわ。モモはとても変わっているのですって。他の精霊は地上に存在を持たないのに、モモは地上にこそ存在しているの」

「モモと精霊界エイドスの精霊ってどっちが強いの?」

「さぁ? 精霊にも色々あるみたいで、精霊だから強いというわけでもないのよ?」

「それじゃ精霊って沢山いるの?」

「モモは地上の全ての生き物よりも多くの精霊がいるって言ってたわよ?」

「……じゃあ、それじゃあもしかして僕が交感した精霊って物凄く弱くて光も使えないくらいの存在なのかな?」


 え?


「大丈夫よユゥ。地上の存在に力を貸せない程度の存在とは、そもそも交感すら出来ないの。貴方にもきっと使えるわ。だから心配しないで?」

「……わかった」


(じゃあなんで僕には精霊術が使えないんだろう?)


 それは我も私も使い方を知らないから。

 わかりやすい。

 なんの解決にもならないけど。


「大丈夫よユーリウス。代わりに私がもっと沢山の魔法を教えてあげるわ。一生懸命勉強しましょう。精霊魔法はモモが来た時に改めて習えば良いだけ。手の中の雀は、屋根の鳩よりもよい。って言うでしょ?」

「……うん。ありがとうメディナ。あと雀ってなに? 屋根ってなに? 鳩ってなに?」

「――そこから?! ……時々ユーリウスが本当ならまともに言葉も発せない様な幼児だって事を忘れちゃうのよね?」

「気持ちはわかるわメディナ」


 うむ。

 気持ちはわかる。

 よく見捨てないで育ててくれるものである。

 二人を尊敬する。


「僕はやっぱり変なのかな?」

「大丈夫。ユゥはユゥらしいだけよ」

「ありがとうエリ」

「それじゃモモを呼びましょう。エリ、お願い」


 待て! 待つんだメディナ! 心の準備が!


 と、こちらの事情などお構いなしに声を魔力に乗せて呼びかけるエリ。

 

「モモ……どこにいるの? モモ……時間があったらこちらに顔を見せて欲しいの。モモ……!」


 それは魔法使いの言う魔力とは別の力であり、エリの声は精霊界エイドスへと直接向かっている。

 精霊界とは一体なんなのだろう?

 聖女の知識で言えば精霊界とは神霊界の下位世界であり、地上ではなない遥かそらの彼方にある世界となっているが、祐介の知識で言えば空の上と言えば宇宙である。

 ここが一個の惑星であるのは間違い無さそうであったし、晴れた夜には星々が煌めく。当然空の上にはやはり宇宙があるのは間違い無い。

 つまり精霊界とは異次元とか異世界なのだろう。

 特にエリが語る精霊界、つまり「無限の力に満ちた無限の世界」という表現などまさに異次元とか上位時空とでも呼ぶべき存在と思える。

 更に言えば、ラプラスと呼ばれた魔王の記憶は殆ど存在していない為なんとも言えないが、この地で時折発生する所謂「魔王」とは別格の存在に思える。

 

「あ……!」


 と、不意にエリが声をあげた。一瞬エリから弱い魔力が放出されたのだ。

 どうやらモモからの答えがあったらしい。

 精霊界との経路を通じてモモからの返信があったらしい。

 わからない。

 ユーリウスとの経路はつながっているのだから、同じ様にユーリウスになんらかの信号を送る事は可能なはずなのである。

 そもそも経路(パス)とはなんぞや?


「モモが来るみたい」

「モモが来るの?」

「久しぶりね。あ! そうだわ、モモにお願いしなきゃいけない事があったのよ」

「メディナ……もしかして、本当はそっちが目的だったんじゃ……?」

「あら? ユーリウスに必要だと思ったのは本当よ?」

「もう、メディナってば!」

「じゃ、ちょっと準備してくるわね?」


 間違いない。

 メディナらしいと言えばメディナらしい策術ではある。

 実はメディナは森の主との交易では手に入らない、錬金術系の素材をモモに作ってもらっているのだ。

 ユーリウスは気付いていないが、実はメディナはモモの創りだす素材を使って、錬金術師たちが賢者の石と呼ぶ、若返りの薬の元を生成しているのである。

 庭で育てている薬草の一部もその原料の一部だ。

 祐介の知識に間違いが無ければ、地球においても実現しかけていた技術であるから、若返りの薬くらい、この世界の錬金術師達でも創り出せるものなのであろう。


「モモなら僕が精霊術が使えない原因がわかるかな?」

「ええ、間違いなくわかると思うわ。だってモモはこの世界でも一番古くて一番強い精霊なんですもの」


 その通りなのだろう。

 逆に言えば、モモに原因がわからなければ、この世界のどんな存在にもわからない事なのであろう。

 魔王ラプラスを攻略する為に必要な全てを成す為に産まれた亜神とも呼ぶべき存在。

 あぁ、モモが亜神ならラプラスは魔王どころか魔神なわけだな。

 すばらしい。


 と、そこでドンッという大きな音がして神殿の壁が震えた。

 どうやらモモがやって来たらしい。

 あの音は大気中で音速を超えた時に出る衝撃波なのだろう。


 そうして渦巻く灰色の霧(モモ)が神殿に入ってきた。

 





次の投稿は明日の七時になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ