第百三話 狂騒
A.G.2882 ギネス二七一年 アルメル二年
太陽の月(一の月) 風の週の四日(二十二日)
ノイエ・ブランザ王国 ズルトブラン州
ドーグの森北西のハルツ川上空
ナグルファー号艦内
艦橋は半ばパニック状態になっていた。
最初のユーリア、ザビーネに続いて機関長のヴァンダを含む四人の機関部員の生命反応が絶えたのだから仕方ないと言えなくもない。
既に機関部員は下がる様に伝えていたが、中間種が一度に六人である。
専門の戦闘職では無かったし外見上も女性型であったが、そこらの騎士や傭兵風情など足元にも寄せないだけの実力があった。
しかも全員拳銃で武装していたはずである。
それがほんの五分程の間に死んだのだ。
「敵は人型のティックルルーと思われる! 機動歩兵で対応するから手を出すな! 機動歩兵は敵の反応を間違えるな!」
一時的にナグルファー号の防衛指揮官――ナグルファー号の機動も含めて全権を与えられた――に任命されたカイである。
「ユーリウス様も何時でも魔法が使える様に準備して下さい」
「わかった」
「敵は後部第三艦橋から出て移動中! 乗員の姿に偽装している可能性がある! 見た目に騙されるな!」
と言っても狭い艦内である。
何人も並んで戦える様な広さは無いし、隠れる場所も殆ど無いのだ。
唯一機動歩兵らしい戦いが可能な場所と言えば格納庫しかないし、格納庫より前には正面を向いて左舷側に一番通路(艦橋と格納庫の間はこの一本の通路しかない)、上級士官用の個室と作戦室、一番前の突き当りに艦橋がある。
既にナグルファー号の乗員全てが格納庫よりも前に移動している。
格納庫より後ろは二本の通路が最後尾の第三艦橋まで抜けていて、中央は爆撃管制室、主砲管制室、副砲管制室が並び、両側の通路を挟んで船舷には、船首側を向いて右舷側が下級船員達の部屋、左舷側が食堂に台所と食料庫が並ぶ。
「アルフレート、ペーターが二番通路(後ろを見て右側)、ザシャとヴァルターが三番通路(後ろを見て左側)だ。ヘルマンとニクラウスは作戦室前。他はこの場で待機。行くぞ!」
カイの言葉と同時に格納庫から後方の船尾へと続く二つの扉が開け放たれた。
「中佐! 居ました! 第二通路です! こちらに向かってきています!」
どうやらまだ騙させると思っているらしい、乗員の中間種と同じ顔をした二体のティックルルーがヨタヨタと通路を進んでくる。
「こちらの向かってくるなら話は早いな。アルフレートとペーターは下がれ! ザシャとヴァルターはヒルベルトとローマンを連れて後ろに回り込め! 格納庫前で挟み撃ちにするぞ!」
その声はヴェルビングにも聞こえていた。
折角の擬態が無駄になってしまった事がわかって、ヴァンダの身体を乗っ取った自分を後方の第三艦橋に移動させ、自分は再び閉じられてしまった格納庫へ続く扉に向かって拳銃を向け、引き金を引いた。
連射の設定になっていたらしく、連続した小さな振動と共に十二発のロケット弾が発射されて格納庫の扉を吹き飛ばした。
即座にグリップの上の摘みのロックを外して押し上げ空の銃身をその場に落とすと、予備の銃身を装着して剣を構えて待ち構えている機動歩兵に向かって引き金を引く……が、今度はロケット弾が出ない。
「壊れたのか?」
別の銃身を装着してもう一度機動歩兵に向けて引き金を引くが、これもやはりミニロケット弾は発射されなかった。
不思議そうに首をかしげて単発、連射、斉発の摘みのそれぞれで試してみるが、やはりミニロケット弾は発射されない。
やはり壊れたかと色々といじっていると突然全てのミニロケット弾が一度に発射されて左側の壁面で殆ど同時に爆発した。
ほんの数十センチメートルの距離で発生したミニロケット弾十二発の爆発の威力は相当なもので、通路と船室を仕切る迷宮外壁材の一部に亀裂を発生させた上に内部に火災を起こしていた。
即座に防火用の結界が展開して室内の動きを止めてしまったが、驚いたのはヴェルビングであった。
因みに最大の被害を被ったのもヴェルビングである。
左肩と胸の一部に顔の半分を爆発でもぎ取られ、右側の壁面に叩きつけられたのだ。
人なら即死であったし、脳のほぼ全てを失った事で暫く思考が停止した。
本能のままに触手を伸ばしてその場から離れようとするが、爆風で焼けた身体の一部が壁面にこびり付いて離れなかった。
仕方なく焦げた身体の一部を切り離している間に損傷した脳の一部が回復する。
赤ん坊の様な奇妙な鳴き声をあげて立ち上がろうとした所へ機動歩兵の一人が切り込んで来た。
痺れた様に上手く動かない身体を無理矢理振り回して機動歩兵の剣を防ごうとするが、あっさりと切り離された。
機動歩兵が振るう剣に生身の身体では抵抗出来る訳がない。
悲鳴をあげながら先ほど落とした空の銃身を持って機動歩兵の二撃目を受ける。
傷も付かない所を見ると、これも恐らく迷宮外壁材なのだろう。
機動歩兵の攻撃を空き銃身で防ぎながら、更に思考が回復した所で新しく伸ばした触手を手に変えて、先ほど使った拳銃を拾うと予備銃身を装着して自身の背後の床に向けて単発で発射する。
やはり弾は出た。
どんな方法かはわからなかったが、ノイエ・ブランザ軍の兵士に向けて発射しても弾は出ないのだと理解する。
そのまま背後の壁に向かって斉発した。
爆発の衝撃で吹き飛びながら機動歩兵の全身にこびり付き、甲冑の隙間に入り込んで牙を作ると切り裂いた。
「ぐあぁあああっ!!」
「アルフレート!」
カイの視界の片隅に並ぶバイタルモニターの一つが暗転した。
アルフレートが死んだのである。
一瞬何が起こったのかはわからなかったが、ティックルルーの背後でミニロケット弾が一発爆発したと思ったら、先程ティックルルーを吹き飛ばしたのと同じくらいの爆発が発生し、ティックルルーごとアルフレートを吹き飛ばしたのだ。
問題はその後だ。
アルフレートはどうやら失神していたらしいが死ぬ程の怪我は無かった。
つまりティックルルーに殺されたのだ。
ビクビクと痙攣していたアルフレートの動きが止まった時には、アルフレートの全身がティックルルーに覆われていた。
「ペーターは下がれ! 火炎弾!」
ペーターに命じながら火炎擲弾にある二箇所の突起を押さえながら捻って安全装置を外し、三つ数えてアルフレートの死体の近くに放った。
カイにほんの少し遅れて全部で四つの火炎弾が通路に放り込まれ、全員が通路の奥が見えない所にまで下がった。
通路から爆風と爆炎が吹き出し、限界を超えた空調ダクトが吹き飛んだ。
既に高度は三〇〇メートル程にまで落ちている為気圧の変化は殆ど無かったが、冷たい外気が吹き込んで来ていた。
「ユーリウス様はどうか何も仰らない様に!」
思わず「や、やったか?!」などと言おうとしていたユーリウスは先制されて口を噤む。
直ぐに機動歩兵の一人が動いて様子を伺うが、どうやら動きは無いらしい。
「……畜生、アルフレート……!」
焼け焦げて嫌な臭いを発している肉の塊の様に見えるアルフレートの死体のそばに跪いたのはペーターである。
仲が良かったのだろう。
と、アルフレートの死体がピクリと動いた。
「アルフレート?」
「――ペーター逃げろ!」
カイの台詞は一瞬だけ遅かった。
アルフレートの脳を喰らって自身の脳をそこに移したヴェルビングは、アルフレートの身体を乗っ取り手にしていた剣を使ってペーターのマスクを刺し貫いたのである。
焼け焦げた肉を全身にこびり付かせたままヨロヨロと立ち上がるアルフレートの身体が甲高い射撃音と共に吹き飛んだ。
息を飲んで下がった機動歩兵達のお陰で射線が通った瞬間にエーディットが狙撃したのである。
ほんの一〇メートル程の距離である。
いくら機動歩兵の装備が優秀であってもゴーグル部分で狙撃銃の銃弾まで防ぐ事は出来ない。
ゴーグルの中央部分を貫いた銃弾は鉄製の殻を変形させながらアルフレートの肉体であったその額に穴を空け、生み出されたばかりのヴェルビングの脳を引き裂きながら変形して組織を巻き込み後頭部に大穴を空けてヘルメットの内側に衝突して罅を入れ、エネルギーの大半を失いながらも進行方向を変えると、今度は盆の窪辺りから頭蓋骨の一部と背骨と脊髄を破壊しつつ胸部を貫通して胸当ての内側部分にめり込んで止まった。
「今です!」
エーディットには軍に対する命令権など無いが、この状況ではカイ達にも否やは無い。
即座に数発の火炎擲弾が投じられて爆発と爆炎が発生した。
が、それで安心出来る様な状況ではない。
「全員下がれ! 魔法で焼き尽くす!」
仲間の死体を取り返したい思いはあってもそれが無理な事は前日の戦いで嫌というほど思い知っていた。
火炎擲弾の炎に巻かれてアルフレートとペーターの鎧の隙間から沸騰した血液や挽肉の様な物が吹き出しているが、その程度では殺しきれないのは知っている。
ユーリウスは落ち着いた様子で周囲に幾つもの窓と無数の魔法陣を展開していく。
カイは目を閉じた。
「燃え尽きろ!」
ユーリウスの言葉と共に、火炎擲弾とは全く違う内側に収束する様な青白い超高温の炎が二つ同時に出現し、アルフレートとペーターの死体を動力甲冑ごと焼いてゆく。
全身を覆っている甲冑の隙間から細い触手の様な物が何十本も飛び出すが、その瞬間に炭化して燃え尽きた。
ほんの数分で、残ったのは熱でボロボロになった二つの動力甲冑と、元がなんだったのかすらわからない灼熱の金属塊、焼け焦げ変形してしまった通路の床には隙間が空いて、船体の構造材と外壁のパネルの裏側が見えていた。
ユーリウスの魔法が終わった事に気付いたカイが声をあげる。
「まだ終わって無いぞ! 全ての死体を焼き尽くすんだ! どんな小さな欠片も見逃すな! レーダー画面に注意しろ! 進め!」
「了解!」
無理矢理声を出しているのがわかるがカイの言う通りであった。
まだ戦いは終わっていないのだ。
「動きを止めるだけでいい。見つけたら先ず火炎擲弾で焼け、俺が始末する」
「了解。全員聞こえたな? 前進だ!」
どこからか雪が吹き込んでいた。
火炎擲弾を放り込みながら先へ進んで焼けた死体が転がる第三艦橋に到着した後、ユーリウスはその全てを燃やし尽くした。
「……ちくしょう……」
骨と灰が雪と共に舞う第三艦橋に立ち尽くして呟いた。
第三艦橋に残っているのはユーリウスとエーディットに、カイが念のためにと残してくれた二人の機動歩兵だけである。
「――窓を塞ぐ。格納庫から麻袋を持って来てくれ」
近くに居た顔の見えない機動歩兵の一人が頷いて、隣にいた一人の肩を叩いて二人で駆け出していく。
「……ユーリウス様、ここはカイ殿にお任せして一旦戻りましょう。もう出来ること――」
突然警報が鳴り響いた。
思わずエーディットと顔を見合わせるユーリウス。
『こちら艦橋。本艦はこれより緊急着陸します。本艦はこれより緊急着陸します。総員着席の上シートベルトの着用をお願いします』
「やり過ぎたか?」
「……いえ、舵が効かなくなっているみたいですね」
放送と同時に板状携帯端末を操作していたエーディットが答えた。
警報は既に止まっている。
「天候には勝てないよな……」
「いや、お前が勝てないのは天候だけじゃないさ」
その声がした瞬間天井のダクトが吹き飛び、ユーリアの皮を被ったティックルルーが軟体動物の様な動きで飛び出してきた。
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