第九十四話 神々の遺産
ちょっと長くなり過ぎたので分割してあります。
A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年
夜の月(十二の月) 人の週の三日(三十四日)
ノイエ・ブランザ王国 ノルトブラン州
王都ハウゼミンデン
ボーゲンザルツで飛行戦艦二隻による砲撃と爆撃が行われている頃、無理を言って時間を作ったユーリウスは一人で執務室に篭っていた。
アニィに最重要として依頼していた調査と研究の結果が出たのである。
即ち、マナやオドの魔石化、魔晶化について、だ。
ユーリウスの周囲には二〇近い窓が浮かんでおり、机の上には束になった書類と、調査で使った計測機器の他、得体の知れないガラクタとしか思えない何かが数十個と、毒々しい赤色と黄色と黒色の斑に塗られた、妙に生物的な形状の超小型無人航空機が四種類四機並べられていた。
「……要するに瘴気が必要なわけだな?」
正解であるらしい。
窓の一つが反応して、集められたマナをオートマタが瘴気の淀みに向けて送り込む様子が映し出される。
左下にタイムスタンプが現れ、八倍速で瘴気に包まれたマナがキラキラと輝きながら凝集して石化し、魔石になっていく様子が映し出された。
「マナやオドを使い切ると瘴気になる、いや、瘴気が生まれるんだよな?」
その説明で大きな間違いは無いらしい。
再び新たな窓が開いてオートマタがマナを集めて無数の小さな雷を生み出し、森の暗い瞳と呼ばれる巨大な目玉の化物を一撃で焼き殺す所が映し出され、解体作業の様子が写される、が、本題は解体作業ではなくその右上の端に映っている何もない部分である。
先程オートマタが強力な雷の魔法を使った場所だ。そこに暗い煙の様ななにかが立ち上っていた。
「……こんな事で瘴気が……」
ユーリウスは自身が魔術や魔法を使う度に瘴気を生み出していた事になるからである。かなり頻繁に。
因みに瘴気は薄い間は特に問題は無いのだが、目に見える程の濃度になると非常に危険なのだ。ありとあらゆる物を侵食して劣化させ、粉や砂粒に変えてしまうのである。人や動物、魔物であっても例外ではない。
「……わかった。なるべく精霊魔法を使う事にする」
と、その言葉に新しい窓が浮かび上がってアニィのリソースメーターが映し出された。
未だ一パーセントにも満たない使用率であったが、こちらもタイムスタンプが現れて一秒一年程の割合で三〇〇年もすると急激に増え、あっという間に半分近いリソースが使われている状態になる。
「どういう事?」
人口爆発するであろう近い将来のゲルマニアの人口ピラミッドの推移と、アニィが管理している板状携帯端末や即時通信機、それからオートマタや超小型無人航空機やゴーレムや|航空・陸上・水上輸送機器等の略図が映し出され、その横の保有数の棒グラフが指数関数的に増えていく様子が映し出された。
「……な、なるほど。わかった。端末毎に可能な限りの大きな魔晶を使って……あ、なぁ? アニィの思考って基本的にはデジタルなんだよな?」
少し違うらしい。
窓が新たに開いて精霊界でのエネルギー遷移の概念図を映し出す。別の窓の中に四角く区切られた場所に数式と文字の組み合わせが凄まじい勢いで流れていく。アニィの、いや、オートマタの思考を数式と文字列で現したものであるらしい。もちろんユーリウスには全くわからない。
「……うん。わからないけど説明しなくていい。で、精霊界と地上の経路ってあるじゃん?」
また一つ窓が立ち上がって概念図と膨大な量の数式が映し出されるが、やっぱりユーリウスには理解不能だ。
そもそも初めから理解するつもりなど無いらしい。
「それもよくわからないけど、昔読んだ物語でアニィみたいな存在が出て来るお話があったんだ。その存在は経路そのものを素子として利用してたんだよ。つまり通常の回路を使うんじゃなくて、経路を経由してプログラムを流す感じ?」
その瞬間、瞬く間に数百もの窓が周囲に展開して猛烈な勢いで無数の計算を繰り返している状態になった。
ユーリウスのわかっているのかいないのかよくわからない説明を理解し自身にも適用可能な機能を思い付いたのだろう。
「うぉおおおお? な、なに?! どうしたのアニィ!?」
窓が一つ表示されて、なにやらうねうねと動く触手の様な物が無数に生えた複雑な虫食い構造の球体が見る間に拡大し、パースが調整されて球体が拡大し、再びパースが調整されて、といった様子が表示される。
「……なにこれ? ヨグ=ソトースとか?」
違うらしい。
「は? 経路を使った計算機の概念図?」
どうやらそのようである。しかもリアルタイムであるらしい。
いわばアニィが新しく造り出した脳みそを三次元表示した訳だ。
「……使えそうなわけ?」
再びリソースメーターが表示され、アニィのリソースの三パーセント近くがこの脳で占められている事がわかった。
「使えないじゃん」
違うらしい。
リソースメーターのタイムスタンプが動いていく。
凡そ二〇〇年くらいで三割程が専有されるが、急激に減って今度はアニィのリソースが急激に増え始めた。
数十年でリソースが増え始める場合も幾つか表示されていた。
使えるらしい。
それも物凄く。
「なるべく沢山の経路を作れって事で良い?」
良いらしい。
「無人航空機とか蟻サイズの物を沢山作れば良いよね? 自己増殖型の微小機械とかさ?」
渦巻く灰色の霧が映し出された。
「ん? 無人航空機? 自己増殖型微小機械? ――待て!」
窓が一つ開いていた。
渦巻く灰色の霧……モモの事である。
「まてまて、アレか? モモの霧はマナとオドだと思ってたけど、もしかして微小機械なの? いや、違う、マナやオドは微小機械なのか?」
正解であるらしい。
また一つ新しい窓が開いて、画像無しと画像有りのマナとオドが種類毎に一覧表示された。
大半は小さすぎてオートマタの目では見えないらしい。
驚いた。
ユーリウスも驚いたらしい。
不意に表情が改められる。
「……瘴気も微小機械だな?」
正解らしい。
これは画像が存在した。
奇妙な複数の触手を持つ、四つのトンボの様な羽根を生やしたクラゲ、といった形の機械……いや、事実上一個の生物だと言って良いだろう存在である。
マナやオドの中では、どうやら瘴気になるマナが一番大きいらしい。
少なくとも細菌レベルの大きさは有る。
問題は瘴気が対象のマナやオドが活動中か否かを確認する方法で、要するに活動中のマナやオドが瘴気に接触すると、活動中である事を伝える動きをするらしいのだが、同時に複数の瘴気が触れる事で活動中の信号を送り損ねる場合が出て来るのだ。
当然活動中の信号を受け取らなかった瘴気は、対象が壊れているかエネルギーを失ったマナやオドだと判断し、破壊して新たなマナやオドの材料に変えようとする。
他にも幾つかの種類と条件があるのだが、これが基本的な瘴気による侵食である。
「なんでもっと早く教えないんだよ……」
窓が一つ浮かび上がった。
ユーリウスが未読の数万点にも及ぶ報告書のリストである。
その内の一つがこれ見よがしにポップアップして表示される。
マナとオドの正体に関する報告書であった。
「――ごめんなさい」
許してくれるらしい。
「まぁこれで大体わかったわ。モモはアレか、この世界のマナとオドの親玉みたいなモンだって事だな?」
何かの系統樹の様な物が映し出された窓の一つがポップアップした。
頂点にあるのが渦巻く灰色の霧である。
「……原初の精霊か……どうりで強大な訳だ」
と、どうやらまた何か思い付いたらしい。
「もしかして……地表の何処にも鉱物資源が見当たらない理由もこれか? マナやオドが微小機械なら、要するに空気中に鉱物資源が漂っているって事?」
正解だった。
ただし一番多いのは海らしい。予測値ではあったが、地表に存在するべき鉱物資源のほぼ全てがマナとオドとして存在し、その六割から八割は水に溶け込んでいる。海の中には莫大な量のマナとオドが漂っているのだ。
それを見て頭を抱えるユーリウス。
「こりゃ近代的な鉱工業は成り立たないんじゃ……あ、いや、地下資源はあるし迷宮が増えたら成り立つ、のか? ……まぁ知ったことじゃないか。ノイエ・ブランザには都市精霊が居るし」
迷宮や都市精霊の資源産出量は、埋蔵量にほぼ等しいのである。
埋蔵されている資源を根こそぎにするのだ。
「なぁ、渦巻く灰色の霧は何処までマナの専有を許してくれると思う?」
全て。
それがアニィの答えであった。
「……わかった」
すこしの間呆然とした様子を見せていたが、暫くしてユーリウスが楽しげに笑いだした。
「忘れてたよ。本題だ。未使用のマナやオドが瘴気に触れると凝集して石化し魔石になる。ならば魔晶は?」
窓が一つ開いた。瘴気が溶け込んだ液体、瘴液とでも呼ぶべき物の中では、未使用のマナやオドは結晶化するのである。
例えば瘴気の濃い海域や魔物の体内である。
「……なるほど、だから魔晶は魔物からしか採れないのか……」
二〇倍速で映し出されるオドの結晶化の様子を見て再び考え込むユーリウス。
実際には魔物以外からも魔晶は採集出来るが、この際無視しても良いだろう。
「アニィ、研究所の何処かに魔石工場と魔晶工場を作れるか?」
これも可能であるらしい。
迷宮で生み出される様々な物質を適度な濃度で大気中に散布するか、三〇度前後のお湯の中に溶かし込んでかき混ぜてやればマナもオドも作り出せる。というか、勝手に増殖する。
生まれたマナやオドの一部を集めてエネルギーに転換してやればマナやオドは壊れたり消耗し、壊れたり消耗したマナやオドがあればそれを利用して大量の瘴気が湧く。
湧いた瘴気の中に残りのマナやオドを投入したら、魔石や魔晶が生成されると同時に、マナやオドの原材料となる精製済みの物質が生まれる……。
そして迷宮は、いや、都市精霊は拡大しつつ地中の資源を集めて精製し、都市自身を強化しながらマナとオドの供給源となる。
「つまり都市精霊の核も作れるよな?」
可能であった。
「神々の遺産か……ありがたく使わせてもらおう。全部消してくれ」
ユーリウスの周囲に展開していた全ての窓が閉じ、部屋の中が真っ暗闇となった。
いつの間にか随分長い間アニィと語り合っていたらしい。
暫く腕を組んでじっと虚空を睨みつけていたユーリウスだったが、不意に、闇に閉ざされた執務室に低い笑い声が響いた。
呪詛の様な低くゆったりとした不思議な笑いであった。
それは何時までも何時までも途切れる事なく続き、最後は狂気染みた哄笑に変わり、耳にした者達を青ざめさせたのである。
19時にもう一話投稿します。
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