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第九十三話 反撃の狼煙

A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年

夜の月(十二の月) 木の週の六日(三〇日)

ザルツ公領(ノイエ・ブランザ軍占領地域:ザルツ州)

フェストゥン砦



 ザルツ公領侵攻軍の第二軍がフェストゥン砦に集結していた。

 四十体以上のゴーレムが砦と街道の整備を続けており、ロートシートとフェストゥン砦の間は既に――ハルツ川を船で渡る以外は――全行程を自動貨物車(トラック)で行き来出来る様になっていたし、許可を受けた元気のある戦場商人達が護衛を率いてやって来る様になっていた。

 そうした商人達民間人を収容する為の陣地も築かれていて、そこには戦場で春を鬻ぐ女達やその子供たち、そうした者達が必要とする生活物資を売る者達に、手軽で温かい料理や酒を売る者達の他、賭場を開く者達までもが集まっていた。もちろんユーリウス、祐介の知る地球の歴史を見てもコレは同じであったから、世界が変わっても人という種族はこういうものなのだろう。

 迷宮が暴走して大量の魔物が出たという話は聞いていただろうに、なんとも逞しい話である。

 もっとも、このままフェストゥン砦を中心とした永久陣地化する予定ではあったから、何れはここがそのまま街になり都市になり、彼らが最初の市民となるのかもしれない。

 因みにザルツ侵攻軍の第一軍と第二軍であるが、ザクセン侵攻軍に参加していた兵力の一部に加えて、ノルトブラン州とズルトブラン州の各地から集められた補充兵によって、僅か二〇日間で見かけ上の戦力だけは侵攻開始時の兵力を回復している。

 ユーリウスが、いや、アニィが構築した兵站能力の賜物と言って良いだろう。

 当然ながらこの戦争はクリスマス――ゲルマニアの冬至(クリスマス)は大晦日(夜の月、十二月の神の週の一日もしくは二日)である――までにはどうやっても終わりそうが無かった。

 長期戦フラグは伊達ではないのである。


 そんな年の瀬も迫ったこの日、ユーリウスとカイの二人は同じ寝台で目覚めていた。

 機動歩兵に二割近い損害を出していた第二機動歩兵大隊だったが、殆ど壊滅状態であった支援部隊を増強すれば作戦行動は可能であると判断され、再編が終わり次第フェストゥン砦の周辺で訓練に入り、年明けには今は魔物と魔獣の都と化しているボーゲンザルツ攻略に向けて、周辺地域の魔物や魔獣の掃討作戦に出る事となっていたのだ。

 ユーリウスもまた年末年始の祝賀会へ出席する為に王都ハウゼミンデンに戻る予定で、二人が顔を合わせる機会は当分無かったのである。

 それまで極力接触を避けていたカイであったが、板状携帯端末(タブレット)でのユーリウスとの会話の後で士官食堂に赴き食事をし、そのまま乞われてユーリウス私室に入った。

 久しぶりであったし最初はどこかぎこちない雰囲気の二人であったが、グラスに半分程のワインを二人で更に半分づつ飲み干した後は互いに激しく求めあっていた。


「いっ……」


 毛布に血が滲むほどの引っかき傷だらけになっていた背中を庇いながら、そっと起き上がろうとしたユーリウスであったが、首に腕を回されカイの上に倒れこんでいた。

 ユーリウスの重みにふっと息を吐いたカイであったが、それでどうにか自身が寝ぼけている事には気付いたらしい。

 ユーリウスの首に回した右手はそのままに、左手で猫の様に目をこすってなにやら呟いた。

 バッサリと切り落とされていた光沢のある青みがかった黒髪は、いつの間にか随分と長くなっていた。

 白いシーツでもあればもっと映えただろう、などと思わなくもないユーリウスであったが、こんな最前線の砦にはくすんだ色合いの、雨具としても使えるくらい分厚い軍用の毛布くらいしかない。


「――カイ、そろそろ起きないと食事が出来なくなる」


 カイの黒髪とその肌との対比にどきりとして視線を逸らして窓の外を見る。既に空は白み始めており、女神の羽衣(リング)が美しい模様を描いていた。


「ユーリウス様」


 まだ半分微睡みの中にいるカイに口付けをして、その横に倒れこみ、頭の下に腕を回して力いっぱい抱きしめる。

 熾火となってしまった暖炉は暖房器具としての役目を果たしておらず、高価なステンドグラスが嵌った窓には霜が付き、部屋の空気は凍り付く程冷たかったが、厚手の毛布を纏って抱きしめ合えば寒くなど無かった。

 暫く互いの熱を感じて楽しんでいたユーリウスであったが、のんびりしている時間は無かったのだ。横になっていた身体を回して右肘を付いて身体を起こすと、左手をカイの頭に回して密着したまま跨る様にして上になると声をかける。


「カイ」


 幾度か名前を呼ぶと漸くその目を開け、濃紺の瞳で不思議そうにユーリウスを見つめる。と、カイは何やら少しづつ熱くなってきていたユーリウスを太股で挟み込み、微かに動かして笑みを浮かべた。


「カイ!」

「なんでしょう?」


 もう完全に目は覚めているらしい。

 カイの両足を挟む様にしてその動きを抑えこもうとするが、逆に強く挟み込まれるだけで意味が無い。楽しげなカイの顔を見て小さく溜息を吐くが、カイの太股は益々熱くなって来たユーリウスを挟んで離さない。

 ニヤニヤとなんとも楽しそうなカイであったが、ユーリウスがもう一度、今度は少しだけ濃厚な口付けすると力を抜いた。

 その瞬間に跳ね上がったユーリウスが当たって、少しだけ敏感になっていたカイは口付けをしたまま小さく声をあげた。

 流石にそれ以上何かをする時間は無い事には気付いていたから、身動ぎもせず舌の動きも控えめに、最後は互いの唇をほんの少しだけ触れ合わせる様な口付けをした後に身体を離す。

 すっと二人の間に冷気が入り込み、密着していた部分が急激に冷たくなって鳥肌が立ち、慌ててもう一度身体を合わせて苦笑した。


「寒いな」

「はい。あれ……?」


 ほんの少し身体を離していただけだったのに、ユーリウスの熱が冷めて優しく触れるだけになっていたのだ。

 もぞもぞと太股を動かすカイだったが、今度は一番上の所にはまり込んでいて上手く挟めない上に、それがまたなんとも悩ましい場所に見事に当たっていて、昨夜の余韻が二人の熱で緩んで来た所為か、ぴったりと張り付く様にして広げて来るのだ。悪戯するつもりであったカイの方が誘惑に負けてしまいそうになる。


「ん……!」

「――カイ! 起きるぞ。マジで時間だ。大急ぎで着替えないと食事抜きになる!」


 カイは既に負けてしまいたかったのだが、随分と焦った様子で早口で話すユーリウスを見れば、いや、動いた時に触れた太股が冷たく濡れていたから、優しく柔らかになってはいても、ユーリウスをもまた不味い事になりそうであった事に気付いたのだ。

 自分だけでは無かった事に少しだけ満足して我慢するカイ。

 暫く二人で見つめ合ったあと、今度はカイからユーリウスに口付けして答えた、


「了解しました総司令官閣下」


 そうして二人は散らばっていた衣服をかき集めて適当に身に付け、カイは一人で部屋を出た。

 カイの動力甲冑は自室であったし、部屋に戻って身体を拭い、最低限月経布くらいは使わないと、後が少々不味い事になりそうだったのである。

 動力甲冑に匂いが付いたらいたたまれないと思ったのだ。

 そんな訳で動力甲冑を身に纏い、小脇にヘルメットとマスクを抱えたカイが食堂に入った時には既にユーリウスは食事を終えており、エーディットと二人で板状携帯端末(タブレット)を見ながら何やら真剣な顔で話し込んでいた。

 第二機動歩兵大隊の面々も残っていたのは一人だけであった。


「中佐! ここです! あ、失礼しました大佐! 食事をしながらで良いので確認して下さい」

「あぁ、すまない。少し寝過ごしたんだ」

「――まぁ寝過ごしたって事でも良いですけど」


 などと淡い金色の髪をワシャワシャとかき混ぜながら声をかけてきたのは、新たな副官に任命されたユンゲルス大尉、ジークムント・ユンゲルスという貴族士官である。

 ユーリウスとの事は完全にバレているらしい。

 流石に赤面するほど初心ではなかったが、未だまだ純粋さを残した様子の綺麗なその青い瞳で見据えられると、なんというか少々決まりが悪いのは仕方なかった。

 トレーに料理を山盛りにしてジークムントの前に座ると、カイも自身の板状携帯端末(タブレット)を出して起動し、補給と補充を終えた大隊の最終的な報告を聞きながら猛烈な勢いで朝食を搔き込む。


「既に飛行戦艦二隻とフェストゥン砦の守備隊がゴーレム部隊を出して周辺の掃討を終えています。大隊の充足率は八割。補給は三割増しって所です」

「ひゃんわぁ、三割増しだと? 良くそんなに分捕って来れたな?」

「補給のビュルス男爵、えっとビュルス少佐はフェストゥン砦の攻防戦で大佐に命を助けられたそうですよ?」


 そんな事を言われてもカイには顔も名前もわからなかった。


「そうか。後で礼を言った方が良いか?」

「お願いします」

「わかった。それで新兵は?」

「機動歩兵の補充はありません。支援部隊の補充も貴族軍でした。アロイス・ツァイラー少佐、ブランのツァイラー男爵(バーオン)家の三男ですね。第八四任務部隊の兵三〇〇。編成は騎兵が三〇、槍兵が八〇に弓兵二〇。残りは傭兵が二〇程居るくらいで徴用兵が一五〇。イエルスの郊外領地を持っていたそうですが、今はブランの近郊に領地替えになったラネック系の新興男爵です。三男の情報はありません。初陣です」


 ジークムントの言葉を聞いたカイは、食事の手を止め頭を抱えた。


「勘弁してくれ……」


 絞りだすような男言葉で呟くと、一瞬恨みがましい目でユーリウスとエーディットの居た席を見たカイであったが、既に二人とも居なくなっていた。

 別にユーリウスとエーディットが編成を決めた訳では無い事くらいは知っている。

 補給と補充は――最近は軍官僚と呼ばれ始めた――軍務省の軍文官の仕事なのだ。

 だが余程に力を入れて再編した領軍でないと、機動歩兵の支援部隊としては使いづらいのである。

 最低でも工兵が二個分隊か工兵と戦闘工兵を一個分隊づつは欲しいし、弓兵も一個小隊は欲しかった。それも機動歩兵専属の弓兵である。

 機動歩兵に合わせた支援部隊と組ませれば、一個小隊八名の機動歩兵が中隊規模の歩兵達を圧倒する事も出来たし、大隊規模の歩兵相手に互角の戦いが出来るのだ。

 が、数合わせだけの支援部隊など足手まといでしかなかったのである。

 

「――どうします?」

「どうするもこうするも無いだろう。傭兵以外は纏めて使うしかない。槌と金床だ」

「わかりました」


 つまり機動歩兵を支援させるのではなく、機動歩兵で支援する事で戦うと言っているのだ。


「傭兵の指揮権は分捕っておけよ? 非公式にでも構わん。隊の予算からも幾らか融通して良い」

「わかりました」


 そう言って直ぐ様メモ用紙という小さな紙片の束を取り出し、万年筆という筆記具でなにやら書き込むと、再び板状携帯端末(タブレット)を操作するジークムント。

 若いのに、というか資料によれば本当に若く未だ二〇歳にしかならないというのに、文字も書ければ算術も得意な文官肌の機動歩兵であった。

 もちろん文官も出来るというだけで正規の機動歩兵であったから、その体術も剣の腕も相当のものである。

 しばらくして現れたカイの(・・・)従卒――大佐になって従卒が付けられたのである――にツァイラー少佐と傭兵団の指揮官らしいランプレヒト、それからフェストゥン砦の作戦本部にいるシュテファン大尉に渡す様にと、数枚のメモ用紙を渡す。

 傭兵隊長のランプレヒトというのも作戦本部のシュテファン大尉というのも知らない名前だったが、どうやらジークムントが「当たり」の副官だったらしいと思い、少し、ほんの少しだけ気が楽になる。


「ボーゲンザルツの状態について新しい報告はあったか?」


 あっという間に山盛りの料理を綺麗に食べきったカイが、トレーを片手に立ち上がりながら聞く。


「はい。エイル号が……えっと……そう、航空写真というものを送って来ました。情報部の分析は未だですが、ヤバそうなのがウヨウヨしてます。ただ航空写真を見た限りでは既に共食いが始まっていると思います」


 直ぐにジークムントも自身のトレーを持って立ち上がるとカイの後に続きながら答える。


「それはお前の考えか?」

「はい。以前は迷宮ギルドに居ましたので下手な分析官よりは正確だと思います。ただ見た事も無い魔物も多くて、どれほど強いかまではわかりません」


 貴族で迷宮ギルドというのも珍しいものだと思いながらも二人連れ立ってトレーを返却し、そのまま第二機動歩兵大隊が集結している天幕に向かって歩いて行く。

 板状携帯端末(タブレット)で公開されていた写真を見れば、アルメルブルクの周辺で見た事のある様な魔物ばかりであった。

 つまり四〇から五〇階層くらいまでの魔物が地上に出て来ているらしい。


「……これは厳しいな。情報部で分析中ならエーディットも居るし大丈夫だとは思うが……ボーゲンザルツの街は爆撃で潰した方がいいかもしれない……」

「――この魔物をご存知なのですか?」

「あぁ、アルメルブルクの周辺に居たのがこんな連中だった」


 絶句したジークムントを放置して足を早めた。

 ユーリウスであれば恐らくボーゲンザルツは市街地ごと爆撃で破壊し、掃討作戦を行うだろう。なれば作戦開始は年明け早々になる。

 早急に部隊を纏めておかなくてはとても戦えない。

 と、そう思ったのである。


 そしてそれは当たっていた。

 ユーリウスとエーディットが食堂で交わしていた話の内容は、まさにボーゲンザルツの爆撃計画だったのである。

 一応生き残りが存在する可能性についても検討されたが、例え地下に居ても通気口が無ければこれ程長期間生きてはいられないはずであったし、魔獣化した鼠や昆虫の類も大量発生している状況であったから、通気口があれば鼠や地虫の類が人間(しょくりょう)を見逃すはずもなかったのである。

 ユーリウスは一瞬躊躇しただけで即座に爆撃案を決定していた。

 そう、既にボーゲンザルツへの爆撃計画は始動していたのだ。







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