第九十一話 シ◯ガミさま
昨日の続きで短いです。
本日中にもう一話投稿予定です。
A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年
夜の月(十二の月) 水の週の四日(十日)
ザルツ公領(ノイエ・ブランザ軍占領地域:ザルツ州)
第四物資集積所の北方数キロメートル
割れた角笛の様な鳴き声が荒野に響き渡った。
「炎槍三発程度じゃ死なないって事か。デカイってのはそれだけで脅威だな」
マイクロバスサイズの巨大猪が身体に空いた穴から血を吹き出しつつ立ち上がるのを見て、魔剣を抜き放ちながら呟く。
真っ赤に染まっていた視界上部のヒットポイント・バーは修正されて、未だ三割近い長さを保っていた、いや、少しづつジリジリと回復すらしているらしい。
「エーディット、大技の後だけど未だいけるよな?」
「はい、ユーリウス様」
「視界塞げる?」
「――やりましょう」
エーディットの言葉に頷き、魔剣を一振りして叫ぶ。
「俺が足を止めてエーディットの魔法で奴の目を塞いだら全員で『フルボッコ』だ!」
ユーリウスの日本語の台詞も雰囲気で理解したのだろう。ゲオルグ達も即座に散開して取り囲む様に動きだし、ユーリウスもまた真正面から巨大猪に向かって走り出す。
後から駆け出したというのに、真ん中に薄い板状の角が付いた真紅の動力甲冑はゲオルグ達を一瞬で抜き去り巨大猪に肉薄する。
多分三倍くらい速い。
どうやら内蔵も傷つけられたらしく、見た目より遥かに大きなダメージを負った巨大猪であったが、それでもその巨体に較べて三本の炎の槍は細すぎたらしい。
人間で言えば焼けた鉄串でも刺された様な感じだろうか?
巨大猪は『真紅の人型』に狙いを定めたらしく、身体を深く沈めて顔を下げ、二メートルはありそうなその凶悪な見た目の牙をユーリウスに向けて駆け出す。
手負いとは思えない驚異的な加速だった。
通過電車に飛び込む様なものである。
当たり前だがこんな魔物に剣で斬りかかったところで、剣ごと腕をもぎ取られて終わりだ。質量も持っている運動エネルギーの量も桁違いなのである。
……通常であれば。
「駄剣! 折れるんじゃねーぞ!」
「けっ、折れてたまるかよ! つーか駄剣って呼ぶな!」
小癪な真紅の人型を一突きにせんと振り回された長大な牙を、まるで風の様にすり抜けたユーリウスが「うおおおおおおっ!」などと叫び声を上げ、巨大猪の右前肢、その関節部分を舐める様な動きで切り裂く。
大地に付いていた方の足である。しかもその瞬間のその場所においてはユーリウスの方が速かったし、魔剣はユーリウスの求めをよく理解して、ただひたすら切れ味を良くする事に力を注いでいたのだ。
一瞬の間をおいて半ばまで断ち切れていた巨大猪の右前肢が弾ける様に折れ曲がり、バランスを崩した巨大猪が悲鳴の様な咆哮をあげてその場で一回転し、大量の土砂と血液を撒き散らしながら大地を転がる。
「エーディット!」
ユーリウスが声を上げるまでもなかった。
「風よ!」
と、エーディットの声が即時通信機から聞こえて撒き散らされた全ての土砂ごと上空に舞い上がった竜巻が、一瞬大きな球形の風の塊になった後、目にも留まらぬ早さで、懸命に起き上がろうとする巨大猪の顔面を襲うと、鋼のような剛毛など全く無視して剥き出し、その二つの瞳を滅茶苦茶に切り裂いてしまう。
「ゲオルグ! 魔法を使う! 注意を逸らしてくれ!」
「了解!」
ヒャッハー! とは言わないが、言いそうな勢いと雰囲気で、一斉に、或いは時間差で巨大猪の巨体に群がるゲオルグ達である。
致命傷など与えられるはずもない小さな存在ではあったが、それでも彼らに攻撃されれば傷はできるし痛いのだろう。
しかも視界を塞がれ自慢の鼻も、自身の撒き散らした血の匂いで殆ど効かない。
身を捩って立ち上がろうとするが、その巨体に三本脚では上手く立てない。
そうこうしている内に、立ち上がろうとしている状態では絶対に動かない右の後肢の関節をゲオルグ達に狙われてその場に転がる巨大猪。
上手いものである。
どうやら大型の魔物を狩った経験があるのだろう。
ユーリウスの周囲には何枚もの窓が浮かんで並び、再び派手な魔法陣が幾つも浮かび上がって、その周りを風が渦巻き小さな電光がパリパリと音をたてて飛び交っている。
もちろんただのエフェクトである。
「さぁ化物! お前の頭蓋骨と迷宮外壁と、どっちが硬いか試してやろう! 喰らえ! 強化圧縮型焼夷徹甲爆裂火炎弾!」
先ほどのエーディットをみて真似をしたくなったらしい、大きく振りぬいた右手の先から直径三〇センチメートルほどはある紡錘形の炎の塊が凄まじい勢いで飛び出し、一旦ひょいと上空に上がった所で方向転換し、巨大猪の頭部めがけて加速しながら突っ込んで行く。
「行けぇええええぇええええっ!」
カッコイイと思っているのだろう、伸ばした右手はそのままに、どことなくビジュアル系と呼ばれたバンドの決めポーズっぽい格好をして叫び声をあげているユーリウス。
前世の中二病仲間が見たら羨ましくて悶死するくらいに決まっているのが残念である。
巨大猪にも巨大な魔力が凄まじい勢いで向かってくるのはわかったのだろう、必死で逃げようとするが「強化圧縮型焼夷徹甲爆裂火炎弾」という魔法は自動追尾型である。
荒野に壊れた角笛の様な鳴き声が響き渡った。
もちろん調子に乗っている中二病患者が気にするわけもない。
強化圧縮型焼夷徹甲爆裂火炎弾は正確に巨大猪の額を貫き最も硬いそこを貫通して内部で残っていた魔力の全てを放出して爆発した。
くぐもったバン、ともドン、ともつかない轟音と共に、巨大猪の額の穴から血と何か別のものが吹き出し、巨大猪の切り裂かれた目玉が飛び出す。
即死であった。
「……とったどぉーーーー!」
ヒットポイント・バーがゼロになり、「YOU WIN!」の表示が出た瞬間、ついブルー達との魔物狩りの癖が出てしまったらしい。
「は?」
日本語で「とったどぉーーーー!」などと言われても解るわけが無いのである。
ユーリウスの間の抜けた叫び声だけが、戦いの終わった午後の荒野に虚しく響き渡った。
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