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第八十八話 フラグ

A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年

夜の月(十二の月) 地の週の六日(六日)

ノイエ・ブランザ王国 王都ハウゼミンデン



 ユーリウスは久しぶりに王都に戻って来ていた。

 と言っても命令や指示の類は全て板状携帯端末(タブレット)を通じて行われてしまう為、ユーリウスが何処に居ようと然程の違いは無い。

 エリへのご機嫌取りに一日、王都に居た貴族達との社交や、仕官を申し出てくる魔導師や錬金術師達と面談して魔導士や錬金術士として登用したり、漸く仕様が纏まったノイエ・ブランザの新貨幣の鋳造計画等の雑務に一日、そしてアルメルの四美姫達の一人一人と四日間を過ごし、更にもう一日、ユーリウスの帰還を知って慌ててご機嫌伺いにやって来た諸侯達との社交に費やして、漸くの自由時間である。

 王立の牧場であるミンデハイムで乳牛の様子を確認した後、試作品である四輪駆動の軍用ゴーレム自動貨物車(トラック)に運ばせた、これまた試作品の歩行型や飛行型偵察用自動機械(オートマタ)や、攻撃型無人航空機(ドローン)の性能試験をオートマタ(アニィちゃん)二号と共に行って充実した一日を過ごす。

 と言っても既に全て正式採用が決定している装備品であったから、ユーリウスは自身の目で確かめてみたかっただけである。

 実戦での試験使用も、アルメルブルクに常駐している妖精族(エルフ)の迷宮攻略軍が無償で請け負ってくれている為、ユーリウスが口を出す必要も無いくらいの出来栄えなのだ。

 と言うか、ユーリウスの擬似人格が調子に乗って暴走している為、その更新速度は異常な程になっているのである。

 なにせユーリウスの擬似人格の思考速度は光速――だとユーリウスが勝手に思っているだけ――であり年中無休で休息が要らないのだ。

 普通の人間なら数十年試行錯誤して思考する必要がある所を数時間から数日で終えてしまう上に、モモの蓄えた知識でアニィが検証を行うのである。

 必要になるのは実践してみてそれを改善する作業だけ。

 それも今では一〇体以上いるオートマタ(アニィちゃん)が同時に並行して進めているのだから、ユーリウスが時折零している偵察衛星に手が届く日も然程遠い事ではないだろう。


 そんな訳で、新しい玩具を手に入れた子供の様な様子で軍用の四輪駆動自動貨物車(トラック)に乗って出かけたユーリウスを、なんとも釈然としない顔で見送った四美姫である。

 披露宴については戦争が終わってからという事でお預けにされているが、一応ヴァテス教に則って婚姻の儀式だけは行っている為、ユーリウスとは正式な夫婦となっており、王宮ではなくユーリウスが下賜されたナーディス時代の迎賓館に居を移している、はずなのだが、警備上の問題その他を指摘されて未だ王宮に仮住まいのままである。

 便利であるから特に問題は無いのだが、女王の宮殿に間借りしているという一点で、居心地が良いとは言い難い。


「……それで、昨夜はどなたが?」


 口火を切ったのはミヒャエラである。


「決まっているではありませんか」


 パチリ、パチリと扇を鳴らして答えたのはヘルタである。


「やはりエーディット様ですか。いっその事正妃にでも迎えて下されば諦めもつくのに」


 大きな溜息と共にそう言ったのはソフィである。


「仕方あるまい。私はもう諦めたぞ?」

「お姉様!」

「フィーム様!」


 フィームの台詞にヘルタとミヒャエラが同時に声をあげた。


「なんだ? どうしろと言うのだ? そもそもエーディットから求めている訳では無いのだぞ?」

「だからこそでございます!」

「ミヒャエラ様の仰るとおりですわ。ユーリウス様も、せめて私達の内の誰か一人でも懐妊させてからにしてくだされば良いものを」

「だが披露宴が何時になるかもわからない状態では、早々懐妊などさせる訳にもいくまい?」

「フィーム様、それは話が逆でございます! 今は戦時! ユーリウス様とて不死身と言う訳ではございません。ユーリウス様は今や王国の安寧の要なのです! 同盟と忠誠が長く続く事の証となる子を齎す事は義務ではございませんか!」


 ミヒャエラの言う事は正論であった。


「その義務にもう少し真剣に向き合って下さればよろしいのですが……」

「――無理だろう。ユーリウスは未だ子供だ。ナリは大きくなったしナニもそこそこだがな。知っているだろう? 奴は確かに一八になるが、その内十二年は魔物の中に混じって修行していたのだ。人としては未だ六つかそこらの子供だと考えた方が良い。そう考えたら諦めがついた」


 酷い言われ様であるがユーリウスなら仕方がない。


「……つまり、フィーム様は六つかそこらの子供を手籠めにされたのですか……」


 フィームがお茶を飲み損ねて吹き出した。


「ミヒャエラ様、お口が過ぎます。それよりお姉様、本当にアレでそこそこのナニなのですか?」

「ヘルタ様。そっちですか」

「気持ちはわかる。久しぶり過ぎて初めての時の様に出血してしまったしな。それでも、だ。ユーリウスのナニは恐らくそこそこのはずだ」

「アレよりも大きいとなると、一体どんな事になってしまうのでしょうか?」

「私は悲鳴を堪えるのに必死になってしまうほど恐ろしゅうございましたが……」

「……確かに、私にもアレは凶器にしか見えませんでした」

「あの、ふぃ、フィーム様は、つ、つまり、あ、アレより大きなナニをご存知でらっしゅっ」


 ソフィが舌を噛んでしまったらしい。


「……公式には知らぬがな……」

「では非公式には……?」

「これはあくまでも、そう、聞いた話だ。間違えないでくれよ?」

「もちろんですわお姉様」

「わかっておりますとも」

「き、聞いてしまっれも、その、い、いいのれしょうか……?」

「良いではないか。まぁ最初はどんなモノでも痛いのだ。もちろん痛いだけでは無いのはわかっているだろうが……」


 ――ユーリウスよ。

 『女の猥談はドキュメンタリー』なのだ。

 どうか心を強くもって生きろ。

 おや、板状携帯端末(タブレット)がこんな所に……。



 その頃、六体のゴーレムが休む事無く城壁の補修と空堀の掘削を続けているフェストゥン砦に、第二機動歩兵大隊五〇〇名を中核とする第二任務軍二〇〇〇の兵士が到着していた。

 ハウゼミンデンよりハルツ川を遡り、急造とは思えない見事な港で上陸した後、ロードローラーと呼ばれる巨大な石柱をゴーレムが転がす事で均されただけ――と言っても既に輸送用の自動貨物車(トラック)は通行可能となっている――の道を行軍し、一兵も欠ける事無く到着した精兵であった。

 第二機動歩兵大隊にとっては忘れる事の出来ない悪夢の様な戦いがあった場所であったが、同時に輝かしい栄光を掴みとった勝利の土地でもあった。


「またこの砦に来る事になるとはな……」

「今度は防衛戦じゃありませんから」

「そうだな。既にマルク・マルクの先陣はボーゲンザルツ近郊に陣地を築いて展開を始めているし、我々の出番は無いかもしれないしな」

「出番が無い方が良いと思いますがね? それにボーゲンザルツの城壁がどんな物かは知りませんが、我らが守護神の一撃に耐えられるとも思いませんから。さっさと終わらせてもらった方がお国の為ってもんです」


 第二機動歩兵大隊のカイ中佐と副官のヘンリック中尉である。

 カイはヘンリックの軽口にニヤリと笑ってその二の腕を叩く。

 因みに守護神と呼ばれているのは飛行戦艦ナグルファー号とエイル号である。


「そうだな。ヘンリックも早く帰りたいのだろう? 確か軍務省のピーア伍長が――」

「中佐! やめて下さい! それは『死亡フラグ』ってやつでしょう?! 俺を殺す気ですか!?」

「おっと、危ない危ない、大切な副官殿をこんな所で失いたくはないからな。口は慎む事にしよう」

「まったく。何人そいつの餌食になったと思ってるんです? その『死亡フラグ』って奴は呪いです。ヤバすぎですぜ……」

「……確かになぁ……的中率が高すぎて背筋が寒くなったからな……」


 それは以前総司令官(ユーリウス)閣下と飲んだ時に教えて貰った呪いの発動条件であった。

 曰く、「この戦いが終わったら結婚する」「ここは俺に任せて先に行け」「や、やったか?」「あと◯◯日で除隊なんだ」「これ、預かっててくれないか?」「よろしい、本懐である」等である。

 他にも「その言葉はお前が自分で伝えろ」や「なぁに、あいつなら直ぐに戻るさ」等があって、確かにその台詞を口にした者達が片っ端から死んでいたのである。

 特に機動歩兵は全員が板状携帯端末(タブレット)に匹敵する情報端末であるゴーグルを着けているから、その手の情報は一瞬で全機動歩兵に伝わっており、その余りの的中率の高さに一時は情報が非公開指定された程だった。

 もちろん今は全面公開されており、『死亡フラグ』を打ち消す『生存フラグ』なる呪文についても公開されていた。


「ええ。あの話を聞いた連中は一気に酔いが覚めてましたからね。俺も鳥肌が立って――いけねぇ、また鳥肌が立ってきやがった……」

「やめよう。戦いの前には不吉過ぎる」


 流石にマスクはしていないが全身黒尽くめの動力甲冑にゴーグル姿の二人である。

 

「中佐殿! 入城許可が出ました!」


 と、良いタイミングで伝令が戻って来た。


「それじゃ挨拶をしてくる。補給物資の受け渡しは任せた」

「了解です」


 そう、これからフェストゥン砦の守備隊指揮官に挨拶をして補給の手配を「お願い」しなくてはならないのである。

 本来戦略予備にあたる彼らの為の物資も集積されているのだから、「お願い」などする必要も無いのだが、この手の挨拶は時に死活問題に発展する事があるのだ。

 挨拶は大切なのである。

 補給を受けて温かい食事と二日程の休息をとったら、彼らも先発しているボーゲンザルツ攻略軍の後を追って再び行軍開始である。

 北からはマルク辺境伯(マルク)ゲオルグが率いる一〇〇〇〇を超える兵が、西からはライナの領主シェルベ子爵(ヴィスカン)ハンス率いる五〇〇〇の兵に、後詰め、事実上の戦略予備たるカイ中佐率いる第二任務軍の二〇〇〇が侵攻する事になっている。

 カイとヘンリックが口にしていた通り、本来であれば彼らが出張る必要がある様な戦況ではない。

 だがユーリウスは『死亡フラグ』を彼らに教えた時、『苦戦フラグ』についても教えておくべきだったのだ。

 「出番などないだろう」

 フラグである。

 翌日、フェストゥン砦に救援要請が届いた。

 ボーゲンザルツの迷宮が暴走。ボーゲンザルツの城壁の封鎖は失敗し、ザルデン・ザルツの両軍は壊滅、マルク辺境伯(マルク)ゲオルグとシェルベ子爵(ヴィスカン)ハンスが率いるザルツ侵攻軍が大損害を受けて後退中だというのである。

 ……暴走したのは推定二〇〇階層超えの大迷宮であった。

 





『男の猥談はファンタジー、女の猥談はドキュメンタリー』

なのだそうです。

一般論ですが。

あくまでも一般論ですが。


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1602162135 日付変更しました。

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