第五話 魔法はチート
A.G.2870 ギネス二五九年
地の月(四の月) 風の週の一日(十九日)
古代神殿
帰って来たメディナは二つのフラグを綺麗に回収した。
先ずティックルルーとの物々交換を行い、エリとユーリウスに長時間のお説教を行ったあと、ユーリウスに幾つかの魔石と大量の粘土状の物体をくれたのである。
「ユーリウスにはコレをあげる。使い方は教えてあげるから、何が欲しいのか、先ずはコレで作ってみて?」
どうやらマギシュトゥンと呼ばれる、可塑性のある紙粘土かパテの様な物らしい。
粘土やパテとの最大の違いは小さな魔力で加工したり動かしたり出来る事。もちろん乾いてもある種の薬液を使えば何度でも再生出来る。
「ユーリウスなら上手に使えると思うから頑張って」
と、最低限の知識と注意だけして放置されるユーリウス。
「手でも加工出来るが、魔力を使えば見えない部分も加工出来るし、手では難しい細かな細工も可能で手も汚れない……だと?」
因みに耐熱性の高い再生不可能な物も存在しており、それは鋳物や金属細工などに利用されている。
「ま、先ずは長門ちゃんか……? いや、赤城か?! いや、これだけあれば連合艦隊丸ごとだって夢じゃない……!!」
どうやらユーリウス、いや、祐介は当初の目的をすっかり忘れて、人形作りに手を出すつもりらしい。
「あ、マテ、待つんだ。艦娘はマズイ。というか、まずはコレに慣れないとな……取り敢えずは真面目に猫車とリヤカーの模型だったよな?」
あぶない所であった。
ところでマギシュトゥンの扱いについてだが、これまで勝手に魔力操作の自主訓練を行ってきただけあって、しばらく遊んで慣れてしまえば余裕であった。
少なくとも「ねんどろいど的何か」を作っては、『お兄ちゃん働いて』『働いたら負けだと思う』『ふざけんなクズ兄貴』『うるせぇっ(壁ドン!)』などと一人ダーク・アダルト・シル◯ニアファミリーごっこが出来る程度には。
「ねぇエリ? 私達、一体どこで何を間違えちゃったのかしら?」
「……ま、まだ更生の余地はあると思います……」
「そう?」
まぁそんなこんなは兎も角、ユーリウスが速攻で謎粘土の操作には慣れたため、一般に(?)猫車と呼ばれる一輪の手押し車の実動模型と、リヤカーの実動模型については即座に作ってメディナに渡した上で説明を行っている。
ユーリウスにしては想像以上に頑張っているような気がしないでもないので、それについては納得がいかない。
「ねぇメディナ?」
と、広間の片隅で、ユーリウスが作った猫車の模型を木材や魔物素材その他で再現しようと四苦八苦しているメディナの所へやって来た。
どうやら一人シ◯バニアファミリーごっこに飽きたらしい。
「なあにユーリウス?」
「これって一人で勝手に動く様には出来ないの?」
「……ゴーレムの事かしら?」
(おお?! 多分ここの言葉でゴーレムって言ったんだよな? やっぱりゴーレムってあるのか?!)
「ゴーレム?」
「そう。コレって元々は土人形っていう、命令したら勝手に動いて人の手伝いをする土人形を作る為の素材なのよ」
メディナによると、元々はゴーレムを作る為の素材の一つであったのだが、既にゴーレムそのものを作る技術は失われて久しく、現在ではちょっとした小物を作ったり、欲しい物を作る前の設計図代わりに使われているらしい。
紙よりも安価で何度でも再生出来るのだから当然であろう。
当然ながら、この粘土を使える事が職人になる上での最低条件なのだ。
「そっかぁ……」
「でもコレだけでも人が働くよりも何倍もの力が出せる土人形が作れるから、大きな建物を造ったりする時には今でも大活躍しているのよ?」
「でもずーっと誰かが動かさないといけないんでしょ?」
「そうね。でも専門の熟練者だと一人で何体もの土人形を操れるから……あぁ、ユーリウスはもう一人で何体も同時に操れるみたいだけど……なんでかしら?」
(ぎくぅっ、まずいのか? 珍しいのか? 結構簡単に出来たけど?!)
「なんで? メディナは? メディナも出来る?」
「そうね。私も出来るわ。でも本当はとても難しいのよ?」
「そう?」
「そうなの。やっぱりユーリウスは凄い子ね」
「僕は凄いの?」
「そうね。普通はもっと大きくなって、沢山練習をしてからでないと出来ないもの」
「ふーん……あ、そしたら勝手に動く……ゴーレムってもうないの?」
「いいえ。まだ沢山残ってるわよ? ほとんどは兵隊さんたちが使っちゃってるけど」
「兵隊さん?」
「あぁ、兵隊さんっていうのはね?」
どれほど奇妙な子供だと思っていても、エリもメディナもユーリウスへの教育として、何かに興味を示したらとことんまで付き合ってくれているのが素晴らしい。
メディナも何かあればこうしていくらでも付き合ってくれるのである。
最初の頃はやり過ぎて、エリやメディナが一日にしなくてはいけない作業を遅らせてしまった事で、二人が夜鍋して作業をしていたりと随分と迷惑をかけていたユーリウスであったが、今ではエリやメディナの日々の作業量を見計らって声をかけ、しかもなるべく手短に切り上げてはいる。
中二病でも空気を読んで成長する事は出来るのである。
(そうか。土人形を作る技術はロストテクノロジーになってたのか……だが誓おう! 俺は、俺は何時か必ずねんどろいど土人形を作ってみせる!)
「何処かに本当の土人形って落ちて無いかな?」
「どうかしら? あぁ、もしかしてユーリウスは土人形を作りたいの?」
「違うよ、ねんどろいどを作るの!」
明らかに「え? それって何が違うの?」という顔をしているメディナには気付かず、最終的にユーリウスの体重と同じくらいの量のマギシュトゥンを確保し、「ありがとうメディナ!」と可愛らしく微笑んで再びシルバニアンねんどろいど作成に戻るユーリウス。
(取り敢えずこの粘土は大きな収穫だった。この身体では非力過ぎて何も出来なかったけど、魔法で泥人形をを操れるならどうにでもなる。これでブルーにも勝つる!)
あれ? そういう話だったっけ? などと考えていたら祐介の思考になど付き合いきれないのは理解しているはずである。
(というか、全部木で作ろうと思ってたからメディナにお願いしただけで、もしかしたらこれでメディナの手を煩わせる事も無くなるんじゃ?)
その通りである。
実際メディナも模型を見て、骨組みその他に削り出した木を使うつもりではあるらしいが、かなりの部分を魔物素材で済ませるつもりでいるらしい。
木と魔物の骨で骨組みを作ろうとしているのがわかる。
(よくわからないけど、木の板を組み合わせるより簡単だって事かな?)
実はその通りだったりする。
例外はあるにせよ、そもそも木の板を作るより魔物の皮にゼリー状の硬化剤を塗布する方が簡単な上に軽くて丈夫なのである。
(あ、軸受け! メディナは木と骨で組み合わせるつもりみたいだけど、それってどうなの? 金属って使えないの? つーかベアリングなんて無いよね? 必要な部品を謎粘土で作ったら理解してもらえるかな? えっと、封入式? で良いんだっけ?)
どうやらまた何かを思いついたらしい。
中二病というのは実は学者かなにかなのか? 単なる精神障害の一種ではないのか? なぜそんなに色々知っているんだ?
「……つーか……この……謎粘土って便利過ぎじゃね? なんとなくで適当にいじってたら……大体の形は……ほら。出来た。つーか良いのかこの世界。なんでこんなに便利で中世レベルの生活してんのさ?」
余計なお世話である。
「あ、まさか……!」
余計な事を思いついたって顔である。
「中世レベルの生活をしてるのはここが辺境の森の中だからとか? 実は森を出ると電車や車が走ってたりするのか?!」
それはない。
実際のところ職人としての腕がある者がいたとしても、謎粘土をある程度自在に扱えるだけの魔力が無い者はギルドに所属する正規の職人になれないため、職人の数がとにかく少ないのである。
当然大半の工芸品は高級品であったし、様々な生活雑貨も、大半を占める下層の人々は自分たちで自作するのが普通なのだ。
例外は鍛冶師くらいであろうか? 鍛冶師として大成出来るのはドワーフ族だけであるため、人族の鍛冶師は最初から雑貨しか作らないのである。
ただし鍛冶師についてもやはり問題が多い。
ドワーフ族の国にしか「鉱山」が存在しないのだ。
鉱石の採掘と精錬がドワーフ族の秘匿技術であるため、人族はドワーフ族から交易で手に入れた金属素材を使うか、迷宮で得た金属素材を使うしかない。
もちろんそれにも例外があって、生命の木(世界樹とも呼ばれる)やその眷属の木々には大量の金属を含む種が存在しており、少量ながらもそれらを栽培する事でも鉱石的金属原料を得る事は可能だった。
「……まぁ現状じゃ情報が少なすぎてどうしようもないんだよなぁ……」
わかってる癖に余計な妄想をして横道にそれるは中二病の特性なのだと信じたい。
「ん……随分スムーズに動く様になってきたけど……ベアリングの玉を作るのって実は物凄く難しくないか……? そうだ! 球よりも円筒形の方が簡単じゃね? ――あ、止まった……」
そんなこんなでユーリウスがローラーとボールの二種類の軸受けの模型を謎粘土で完成――動きはかなりぎこちないものの――させたのは、翌日の午後の事であった。
祐介は全ての異世界の職人さん達に土下座して謝罪するべきだと思う。
次の投稿は明日の朝七時になります。




