鼓動がわかるくらいドキドキ
試合はいまだ0対0のまま。しかし、ボールの支配率は圧倒的に相手のチームの方が上だ!
「相手ペースのままだね。理奈たち大丈夫かな?」
「やっぱり交代すべきだったかな・・」
「一也、今さらそんなこと言わないの!」
「ああ」
「とにかく俺たちに出来るのは精一杯の応援だけだ。理奈ちゃんたちを信じてさ」
「そうね!」
「よーし翼、理奈ちゃんを応援するぞ!」
「うん!」
私は全力で走ることはできず、はや歩きの格好で皆のプレーする姿を目で追っていた。
空にあった雲は、風に飛ばされどこにもない。ただあるのはギラギラと輝く太陽と、なまあたたかな風だけ。
皆必死でボールを追いかけ、そしてゴールを守っている。そんな中で私だけなにもしていない。
私は試しに痛めた左足で地面を少し蹴ってみた。
大丈夫!痛みはそれほど感じない。
その時だった。私の耳にかすかに聞こえてきたホイッスルの音。
「まさか・・」
それは相手チームの得点を意味するものに違いなかった!
「あーくそー!先制されちゃったかあ」
「まだまだこれからよ!」
「だけど、残り時間もあまりないぞ・・」
「勝負は最後まで諦めない!!」
「瞳の言う通りだぞ一也!」
「そうだな」
「理奈お姉さん頑張れー!」
精彩のない私の動きを見て、相手の私へのマークはさほど厳しくない。チャンス!?
私はもう一度足の具合を確かめた。
大丈夫!いけそうだ。
そして私は両腕で大きな丸をつくってみせた!これはハーフタイムの時、皆で決めていたサイン。
そう、足の痛みがひいて、ボールを受けても大丈夫という意味!当然相手チームにはそんなことはわからないはず。
「蘭、理奈お姉さん何してるのあれ?」
「足が治ったんだ!」
「ホント!?」
「ああ!これから理奈ちゃんたちの反撃が始まるぞー」
皆の視線が一瞬私に集中した。
やはり私に対する相手のディフェンスは手薄。
その時、相手のパスを味方が鮮やかにインターセプト!そしてボールは私の足元に。
私はハーフウェイ付近から、相手ゴールに向かって走り出した。足の痛みはほとんどない!これならいける。
そしてゴールは目の前だ!
そこで私のとった選択は仲間へのパス!
フェイントぎみに味方の走る方向へ・・狙い通り・・お願い!そのままゴールを決めて・・。
その右足から蹴り出されたボールは、地面を這うように勢いよくゴールに・・素早く反応したキーパーは右足を辛うじてボールに・・。
皆息を呑みその場面を凝視していた!
『ピーッ!』
勢いにのったそのボールは、キーパーの足をはじきそのままゴール左に突き刺さった!
やったあ!同点だ。
そして、その歓喜は一瞬のうちに消え、センターに戻されたボールに集中!残された時間はわずか。次の1点が決勝点となるだろう・・でももう時間が・・。
そして
『ピーッ ピーッ』
後半終了のホイッスルが鳴り響いた!
「あっ!終わっちゃった。理奈お姉さんたちどうなるの?」
「PK戰さ!」
「あっそっか!」
「理奈は蹴るのかな?」
「・・蹴る・・」
理奈ちゃんならどんなに足が痛くても必ず蹴るさ!
そしていよいよPK 戦!
「安藤、どうだ蹴れそうか?」
コーチは私にそう聞いてきた。
「はい!」
私は迷うことなくそうこたえた。
なぜだかわからないけど、その時俺はふと理奈ちゃんが俺たちの学校に来たときのことを思い出していた。
理奈ちゃんは緊張ぎみに挨拶をして、俺の隣の席に。
色白の頬っぺの上にはやや大きめのメガネ。
席が隣同士だと思ったら、家まで上と下で。
あれからもう何ヵ月経ったんだっけなあ・・?
今が初めてじゃない。時々頭に浮かぶんだよなあ、その時の光景が!
そしてPK 戰は佳境にはいる。ここまで誰もミスをしていない。
私の順番は最後の最後!
こんな状況で緊張するなって言うのは無理な話。さすがの私も心臓の鼓動がわかるくらいドキドキだ!
いよいよ私の番・・お願い蘭君、私に力を貸して!
瞳も一也も翼もそしてもちろん俺も、今は理奈ちゃんを信じて見守るだけだ!誰ひとり声も発しない。
理奈ちゃん・・!
私は静かに立ち上がりボールをセットした。今まであんなに賑やかだった応援が、気づくと静けさと緊張に変わっている。
私は知らず知らずのうちに蘭君を探していた・・そして目があった!
大丈夫!私には蘭君がついていてくれる。
キーパーはゴールの中央で仁王立ち!
そして私は助走に入った・・。