痛いのかもな
今日は6月の最初の日曜日。地区大会準決勝・決勝の試合の日。天気は晴れ!風がやや強いけど、陽射しはほとんど夏を思わせる。
このまま本格的な夏が訪れると、瞳は行っちゃうんだよなロサンゼルスに・・!
会場に着き、いよいよ女子の準決勝のキックオフだ!今の私は絶好調、負ける気なんてしない。
私は今日作戦を考えていた。皆は私にどんどんパスを回してくれるはず。でも私は決してシュートを狙わないと・・。
ここまで勝ち進めたのも皆のおかげだ!それに、もしかしたら私は、今日この場所には居なかったかもしれないのだ。そう、ロシアにあのまま行くことになっていたら・・。
あの頃は気持ちが落ち着かずミスばかりしてた。でもそんな私をチームのみんなが見捨てず支えてくれた。
だから今日は皆が主役!
試合は前半からこちらのペース。思った通り皆私にパスを回してくれる。
私はそのパスを受けると、相手のDF を十分引き付けてから、フェイントぎみに味方にパスを出していった。
不意をつかれた相手DF は、その後の攻撃を防ぎきれず、ボールはゴールネットを揺らしつづけた!
そしてハーフタイム
チームのみんなは私にどんどんシュートを撃つように言ってくれた。
蘭君も瞳も和久井くんも・・。
しかし私はこのプレースタイルを変えるつもりはない。
皆にシュートを決めてもらいたいから!そして皆で勝利を掴みたいから!
そして試合終了のホイッスル。
午後からは決勝戦だ。
「理奈ちゃん・・」
蘭君がちょっと不思議そうな顔で私のところへやって来た。
「蘭君、私ね今日はシュートしないって決めてるの!」
「どうして?」
「今日は私じゃない。皆が主役なの!」
「ん?だから理奈ちゃんはパスに専念するってこと」
「うん、そうよ」
「そうかなあ・・そういうものかなあ・・」
「蘭君・・?」
「 理奈ちゃん、それちょっと違ってる気がするけど・・」
「理奈、私も蘭と同じ気持ちよ」
「瞳・・?!」
「それは確かに自分でゴールを決めれば誰だって嬉しいに決まってる。でも、今理奈がしてることをチームの皆はどう思ってるかな?」
「えっ!」
「嬉しい・・心の底から嬉しいかな?」
「・・・」
「蘭、理奈お姉さーん!」
「翼!」
「翼君、来てくれたの!?」
「うん、お母さんとね。お姉さん次の試合も出るんでしょ?」
「うん」
「絶対ゴール決めてよね!」
いよいよ決勝戦!
「頑張れー!理奈お姉さーん」翼君の大きな声が聞こえる。
さすが決勝の相手だ!これまでとは勝手が違う。手強い!
私の足元にもボールがなかなか飛んでこない。これが決勝戦なのかあ・・。
そしてやっと私のところにボールが・・そう思った瞬間だった。相手DF がボールめがけて鋭いスライディングを仕掛けてきた!
私は地面を思いきり蹴ってジャンプ。よし!ボールは私の着地する足元に転がっている。
パスで繋げる・・しかし、もう一人のDF の足が私より一瞬早くボールを蹴り出してしまった。
私が着地したのは、そのDF のスパイクの上!相手はやや顔をしかめている。
「ごめん、大丈夫?」
私はそう声をかけた。
「大丈夫」
私はその言葉に少しホッとした・・。
気をとりなおし、ボールに向かおうとしたその時だ!私の左足に激痛が走った。相手のスパイクの上に乗ってしまった左足・・。
走ろうとしても、痛みのためうまく走れない。どうしよう・・。
異変に気づいたチームのひとりが私に近寄ってきて、大丈夫か?と聞いてきてくれた。
「大丈夫よ!」
私はなんとか笑顔をつくることができた。
♪ピーッ
そして試合は0対0で前半を終えた。
足がだんだん痛さを増してきた気がする。
「理奈、やっぱりケガしてるのね」
「うん、ちょっと足ひねっちゃったみたい」
「すぐにアイシングしないと!」
「うん」
チームメートの皆が、私を囲むように近寄ってきてくれた。
「あれ?理奈お姉さんどうしたのかな・・」
「皆、理奈のところに集まってるわ!」
「蘭、行ってみよう!」
「ああ」
「安藤、大丈夫か?!」
「あっ、はい」
「んー、足をくじいたようだな。痛みはどうだ?」
「少しだけ・・」
「仕方ない、後半は交代しよう」
「えっ・・」
「理奈ちゃん!」
「蘭君・・足をくじいちゃったみたい・・」
「痛みは?」
「少し・・でも大丈夫よ!」
「けど後半は無理だろうな」
「コーチからもそう言われちゃった!交代だって」
「ケガだもん、しょうがないよ」
私はちょっと立ち上がってみた。
「うっ!」
「理奈ちゃん、無理しない方がいいよ!」
「理奈お姉さん・・」心配そうに見つめる翼君。
それでも時間がたつにつれ、足の痛みは徐々にひいてきてる。酷いケガではなかったようだ。
そこにチームのみんながまたやって来てくれた。
「理奈、痛みはどう?」
「うん、さっきよりはだいぶ良いみたい」
「今コーチと話したんだけど、理奈がいないとこのチームは成り立たない!」
「えっ?」
「それに、ここまで一緒にやってきたんだし・・」
「だけど、私が試合に出たら足手まといだよ!ボールも思いきり蹴れそうもないし、全力で走ることも・・」
「理奈はただピッチにいてくれればいい!ボールも無理に追いかけなくていい!それに、理奈がいるだけで相手には相当のプレッシャーよ!あとは私たちが理奈の分も頑張るからさ」
「でもコーチが・・」
「それならまかせて!私がうまく言っておくから!」
そんなチームメートの言葉は、私にとって何よりの宝だ!でも・・私は迷っていた。
「理奈!」
「瞳?!」
「私は理奈が羨ましいな」
「ん?」
「こんなにチームメートに慕われてる理奈がさ・・」
「瞳・・」
「出てやりなよ!勝つにしろ負けるにしろ、理奈がいなきゃダメみたいよ、このチームは・・」
「・・・」
そして決勝戦後半のキックオフだ!
私はそのピッチに立った。
そんなとき、私の頭に蘭君と瞳の言葉が浮かんだ。
『理奈ちゃん、それちょっと違ってる気がするけど・・』
『嬉しい・・心の底から嬉しいかな?』
「理奈お姉さんファイト!」
相手は私の動きを警戒してる。私は足のケガを悟られないように、冷静を装うよう努めた。
しかしキックオフから5分がたつというのに、私はまだボールに一度も触れていない。相手のディフェンスが良いのもあるけど、皆が私のケガを気遣ってくれているんだ。
「理奈ちゃん全然ボールに絡めてないなあ?!」
「一也、理奈はケガしてるんだよ!理奈に負担はかけられないでしょうが」
「それもそうだな」
「理奈お姉さん、足痛くないかな?」
「痛いのかもな・・でも、理奈ちゃんなら大丈夫さ!」
「そうだよね!」